2011年09月26日

もののあわれについて。533

若き君達は、え堪へずほほえまれぬ。さるは、もの笑ひなどすさまじく、過ぐしつつ、しづまれる限りをと選りいだして、瓶子なども取らせ給へるに、筋異なりけるまじらひにて、右大将、民部卿などの、あぶなあぶなかはらけとり給へるを、あさましくとがめ出でつつ、おろす。博士「おほし垣下あるじはなはだ非常に侍りたうぶ。かくばかりのしるしとあるなにがしを知らずしてや、おほやけには仕うまつりたうぶ。はなはだをこなり」などいふに、人々皆ほころびて笑ひぬれば、また、博士「鳴り高し。鳴りやまむ。はなはだ非常なり。座をひきて立ちたうびなむ」など、おどしいふもいとをかし。




若い、公達は、我慢できず、つい、笑い出す。実は、笑わないような、年もゆき、落ちついた者を選んで、お酌などをさせたが、いつもとは違う席なので、右大将や民部卿などが、精一杯盃を取るのを、呆れるばかりに、厳しく叱りつけるのである。
博士は、全体、相伴方の方々は、実に、もってのほか、である。これほど、著名な拙者を、知らなくて、朝廷に仕えているのか。まことになっておらん、と、言うので、人々が、皆、堪えきれずに、笑った。博士は、やかましい。静まりなされ。実にもってのほか。退席していただきましょう、などと、威張るのも、面白い。

垣下
かいもと、である。正客の他に、相伴役として、出席する人である。
えんが、とも言う。




見ならひ給はぬ人々は、珍しく興ありと思ひ、この道より出で立ち給へる上達部などは、したり顔にうちほほえみなどしつつ、かかる方ざまを思し好みて、心ざし給ふがめでたきこと、と、いとど限りなく思ひ聞え給へり。いささか物いふをも制す。なめげなりとてもとがむ。かしがましうののしりをる顔どもも、夜に入りては、なかなか、今すこしけちえんなる火影に、猿楽がましくわびしげに人わろげなるなど、さまざまに、げにいとならべてならず、さま異なるわざなりけり。




見慣れていない人々は、珍しい面白いことと、思い、儒者の上達部などは、つい得意げに、微笑みを浮かべて、殿様が学問の道を、愛好され、夕霧を大学へ進めたのは、結構なことだと、この上なく、敬服する。博士どもは、ちょっと物を言っても、叱りつける。失礼であるとまで言い、咎めるのである。
やかましく叱りつけていた、連中の顔も、夜になると、昼よりかえって、一段と明るい火の光で、滑稽じみて、貧相であり、不体裁で、それぞれに、普通ではなく、一風変わっているのである。




おとどは、源氏「いとあざかれ、かたくななる身にて、けうさうしまどかはかされなむ」と宣ひて、御簾のうちにかくれてぞ御覧じける。数定まれる座につきあまりて、帰りまかづる大学の衆どもあるをきこしめして、釣殿の方に召しとどめて、ことに物など賜はせりけり。




源氏は、私みたいに、ひょうきんで、頑固な者は、やかましく言われて、まごつくだろう、と、おっしゃり、御簾の中に隠れて、御覧になる。
設けの席が足りず、座りきれず、退出する大学の学生連中がいると、耳にされて、釣殿の方に、お呼びになり、特別に、賜ったものがあった。




事果ててまかづる博士、才人ども召して、またまた文作らせ給ふ。上達部殿上人も、さるべき限りをば、皆とどめ侍はせ給ふ。博士の人々は四韻、ただの人は、おとどをはじめ奉りて、絶句つくり給ふ。興ある題の文字えりて、文章博士奉る。短き頃の夜なれば、明けはててぞ講ずる。左中弁講師つかうまつる。かたちいと清げなる人の、声づかひものものしく神さびて読みあげたる程、いと面白し。おぼえ心ことなる博士なりけり。かかる高き家にむまれ給ひて、世界の栄花にのみたはぶれ給ふべき御身をもちて、窓の蛍をむつび、枝の雪をならし給ふ、心心に作り集めたる、句ごとに面白く、唐土にも持て渡り伝へまほしげなる世の文どもなりとなむ、その頃世にめでゆすりける。おとどの御はさらなり。親めきあはれなる事さへすぐれたるを、涙おとして誦し騒ぎしかど、女のえ知らぬことまねぶは、憎きことをと、うたてあればもらしつ。




式が終わり、退出する、博士や、作詞に堪能な者を、すべて残らせる。
専門家の人たちは、四韻、学者以外の人たちは、殿様をはじめ、絶句を作られる。
面白い題を選んで、文章、もんぞう、博士が、差し上げる。
夜が短い時期なので、披露されたのは、明け方である。
左中弁が、講師を勤める。顔立ちが綺麗で、声の調子が堂々として、荘厳な感じに読み上げるのは、実に、趣があった。評判のよい博士である。
このような、身分の高い家に生まれ、ありとあらゆる栄華に耽ける身でありながら、窓の蛍を友とし、枝の雪に親しむ、御勉強の熱心さを、あらん限りの故事を使い、喩えに引いて、思い思いに作った句は、どれも、面白い。大陸に持って行き、伝えたいと思われる程の、名文である。と、当時、世間では、褒め称えた事である。
殿様の、御作は、言うまでも無い。親らしい愛情までも、素晴らしい事だった。感涙を流して、吟じて騒いだのである。
しかし、女の身を、解りもしない漢詩を口にするのは、生意気だと、止めにしました。

最後は、作者の注釈である。

親めきあはれなる事
親の愛情の、あはれ、なること。
つまり、深い愛情の様を言う。

当時の、作詞は、漢詩である。
漢籍の知識が、最も、重要視された。

また、正式の文も、漢文で、書かれたものである。
であるから、源氏物語は、女の読むものという、意識があった。

下手をすれば、そのまま、闇に葬られた可能性もある。
藤原定家などの、書写により、現代まで、残ったのである。





posted by 天山 at 06:57| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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