2011年09月25日

最後の沈黙を破る。56

私の、戦争犠牲者追悼慰霊の、活動が、六年になる。

死ぬまで、続ける。

何度か、書いた。
その、きっかけは、サイパンに日本兵の幽霊が出る、というものだった。
その話しを聞いて、25年ほど、過ぎた。

そして、よくやく、日本兵の慰霊の行為を、決心して、今に到る。

今年は、敗戦から、66年。
開戦から、70年である。

霊など、存在しないと言う人は、読む必要はない。

あれから、幽霊になって、出るという、その思いに、私は、感動する。

祖国のために、戦い、死んで、その地に、幽霊になって、出るというのである。

それから、幽霊が出る場所を、私なりに、調べた。
数多くあった。

日本兵が、国境の辺りを、行ったり来たりしている、というもの。

更に、フィリピンの、ある島では、日本兵の幽霊によって、島民が、体調不調になる、特に、子供たちが、原因不明で、倒れるというもの。

日本の人に、慰霊に来て貰いたいと、切実に、訴える現地の人。

そして、私は、様々な、戦場に、赴き、慰霊の行為を行った。

しかし、幽霊を、見ることも、感じることもなかった。

ちなみに、私は、五歳の時に、幽霊というものを、確認している。
それ以前も、あったのかもしれないが、知らない。

パラオ共和国に出掛けた時に、私は、その存在を、確認した。

ただし、普通の幽霊ではない。

姿を見せず、私のホテルの部屋の前から、200名ほどの、日本兵が、集ったのを、感じたのである。

それは、恨みも、辛みも、悲しみも、なかった。
ただ、存在を知らせるものだった。

そのホテルの並びの道に、最期に、さくら散る、と、玉砕の電信を送った、洞窟がある。

その、日本兵たちは、私が、パラオの、ペリリュー島に、着いた日ではなく、翌日の、慰霊をした日に、現れたのである。

つまり、私たちは、あなたの行為を、受け入れましたと、感じた。

ペリリュー島を去る日の朝、私は、最期の、電信を打った、洞窟に出向き、黙祷を、捧げた。

玉砕
それは、全員が死ぬことである。

死にたくなかった人も、大勢いるだろう。
だが、死んだ。

無念

死後の世界とは、想念の世界である。

想念とは、思いである。
念である。

それは、無くならない。
肉体を失っても、無くならないのである。

それを、便宜上、霊と、呼ぶ。

脳が、死滅すれば、すべてが、無くなる。

だが、脳が、発した、思いは、漂うのである。

それを、霊と、便宜上、呼ぶ。

脳が死滅すれば、認識する能力を失う。当然である。肉体があるうちの、値打ちである。

死後の世界は無いという、証明は、出来ない。
更に、在るという、証明も、出来ない。
それが、実は、テーマなのである。

死後の世界を、否定していた人が、死ぬ。すると、漂う。思いが、である。
それを、浮遊するという。

例えば、車の事故死の場合は、その場で、同じように、人を誘う。
だから、事故多発地帯がある。
自分の死の自覚がないために、事故死を誘うのである。

日本は、仏教の教えが、全般に行き渡り、供養という言葉が、通念としてある。
供養する・・・

死者のために、供養する。
全く、出鱈目なのである。
供養は、生きている人に、するものである。

死者には、回向という、行為があるのみ。仏教では。
ただし、開祖の仏陀は、死者の回向さえも、拒んだ。

何故か。

この世の法は、自業自得であると、悟ったからである。

とすると、戦死者も、自業自得になる。
さて、そこで、私は、迷う。

その時代に、生まれ、生きたということが、自業自得なのか・・・

戦争の時代に、生まれ合わせたことが、自業自得なのか・・・

私には、解らない。

仏陀も、わからないことに、答えなかった。
仏陀を、超越した人間として、捉える、誤った人々がいる。

仏陀は、人間である。
超越した存在ではない。

死んだのである。

人間が、超越した存在を、考えだしたのは、利益のためである。

こうして、書き続けると、延々として、終わらないことになる。

兎に角、私は言う。
死んで、化けて出ないように、して欲しい。
霊も、霊界も無いと言っても、いい。
だから、化けて出るな。

霊も霊界も無い。
よろしい
だから、化けて出るなよ・・・

霊能者の、誤りは、その、化けて出る者たち、霊たちを、相手にすることである。

ああーーー
疲れた
もう、止める





posted by 天山 at 07:47| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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