2011年09月24日

ビサヤ諸島への旅9

翌日、私は、何もしなかった。
実際、ホテルから出るのも、億劫だった。

軽い熱中症・・・疲れである。

ようやく、二度ほど、食事のために、出た程度である。

ぼんやりと、ベッドに横になったり、椅子に腰掛けたり、タバコをふかして、過ごした。

次にやるべきことは、海岸に出で、祈ること。
そして、残りの支援物資を、必要な人に差し上げること。
ストリートチルドレンに、食べ物と、飲み物を渡すこと。

三日目は、完全、お休み状態である。

明日の一日だけ、行動できる。
五日目は、マニラに行き、一泊して、朝、帰国する。

食事は、大衆食堂である。
日本料理、中華料理の店も、多々あるが、行かない。
ただ、地元の人と、同じものを、食べる。

魚料理も多いが、煮る、焼くという、素朴さ。
スープの中に、切り身を入れているものもある。
小魚の塩煮。

私は、魚料理をよく食べた。
コータは、全然、駄目である。当るかも・・・という、恐れが、口に出来ない理由だ。

熱をしっかり通しているものは、大丈夫である。
更に、作りたて。
中には、一日中、ウインドーのおかず置きに、入れてあるものもあり、それは、少し危険だ。

夜は、面倒なので、ブタ肉と、ご飯のついた、弁当のようなものを、買ってきて、部屋で、食べる。

矢張り、活動した、翌日は、休むことである。
無理は、禁物。

そして、翌日、朝10時に、部屋を出て、海岸に向かった。
最期の支援物資も、持参する。

ジプニーに乗って、終点まで行き、そこから歩いて、海岸に出る。

ハバナ畑があり、その中に、小屋を作り、住んでいる人がいる。
丁度、通りかかると、妊婦さんがいたので、声を掛ける。

ハロー、フラムジャパン、プレゼント、アフター
妊婦さんは、少し恥ずかしがる。

海岸に出て、祈りと、黙祷をして、御幣を投げ入れる。

静かな海岸である。

と、その時、三人の男の子たちである。
ストリートチルドレン・・・
頷く。
そこで、私は、地元のもち米で作った、携帯食を渡した。
三人は、兄弟だった。

道には、小屋が二つ。
食堂のような雰囲気。食べ物の小物類を売る。
いや、男が、ビールを飲んでいたから、飲み屋でもある。
朝から、飲むのだ。

そして、バナナ畑の妊婦さんの元に。
すると、小学生と、裸の幼児である。

小学生は、長男、そして、次男で、次は、女の子だと言う。
それではと、残りの衣類を出して、差し上げた。

二人の子にも、これから生まれる子にも、上手い具合に、合うものがある。

少し向こうで、三人の男たちが、洗濯をしていた。
サンキューという声。

三人の一人が、夫なのだろう。
彼女に似合うものもあった。
更に、女性物が残っている。

すると、彼女は、私の姉が、あちらの店にいるので・・・と言う。
オッケー、オッケー
私は、もう一度、海岸の道を戻り、小屋作りの、店に行った。

誰が、お姉さんか解らないが、二人のおばさんと、一人の若い女性に、衣類をすべて出して、どうぞと、言った。

更に、幼児が一人。
それも、最後の服があった。

支援物資は、皆、無くなった。

サンキューと、何度も言われて、元の道に戻る。
先ほどの、長男である、小学生が、学校へ行く。
私たちを見て、手を振る。

そのまま、街に向かって歩いた。
その途中で、腹を空かせた、男の子に逢う。
彼は、小さな銀行の前で、人々に、手を出して、物乞いしていた。

私か声を掛けると、お腹を押えて、腹が空いたとの、表現である。
すぐに、もち米の携帯食を取り出して、上げる。

そこから、更に、歩く。
カテドラルの前に出た。

その前の公園には、無名兵士の慰霊碑がある。
私は、そこで、黙祷を捧げた。
そして、そのまま、カテドラルに向かい、そこにいる、物乞いの人たちに、携帯食を差し上げる。

この、公園には、ストリートチルドレンが、集まるのである。
だが、今回は、昼間のせいか、中々、見当たらない。

しかし、物資は無い、夜に来ても、食べ物、飲み物を上げることになる。

だが、海岸から、歩いてホテルまで、帰ったので、全身汗だく。もう、外に出るのは、無理である。

三時間ほど、外に出ていた。

やるべきことは、多々ある。
何度も、何度も、ここに来て、益々と、関係を深めたいと、思う。

一つ情報を得たのは、ストリートチルドレンの家があるとのこと。
そこで、寝泊りしているという。
では、次回は、その家に、支援に出かけたいと、思う。

エデアさんの、家にも、帰る日に、伺い、叔母さんにお会いした。
母の、ロザンナさんは、友人のお見舞いに出掛けて、まだ、戻らないという。

それでは、また、来ますと、挨拶して、バコロドの予定を終わる。

書かないことも、多々ある。
次ぎがある。

また、私は、タイ、メーソートに出掛けて、ミャンマー難民の孤児たちに、逢うべく、準備する。
再来年までの、予定を視野に入れて、考えるが、どうも、死ぬまでに、時間が足りないようだ。

兎に角、無常迅速を、駆け抜けるしか、ない。




posted by 天山 at 07:39| ビサヤ諸島への旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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