2011年09月22日

ビサヤ諸島への旅7

バコロドの、支援は、孤児院が主である。

そして、それらの施設は、カトリック系の修道院が、行っている。

最初の、孤児院が、あの見たことのある、修道服である。
マザーテレサの、兄弟姉妹会である。

エジアさんが、その施設長に、掛け合う。
はじめは、戸惑っていた、施設長だった。

更に、写真は、一枚のみ。また、施設の名前を載せない、などの注意である。
その訳は、後で、解る。

しかし、子供たちに、手渡しをはじめて、エジアさんの、ボーイフレンドが、バチバチと、写真を撮りまくるのである。

他の、シスターたちも、それを、容認していた。

私たちの姿を見て、納得したのだろう。

つまり、この施設の名前を掲げて、寄付行為をする者、多数いるというのである。
写真を撮り、施設の名前を掲げて、人から、金を取る、人たちがいる。

それで、納得した。

最後は、施設長も、他のシスターたちも、和気藹々として、さよならの挨拶を交わす。

昔は、私も、熱心なカトリック教徒であったから、手馴れたものである。
主の平安を・・・

その場に、合わせて、私の宗教も、変わる。
それで、いい。
余計な摩擦は、必要ない。
私は、支援物資を渡すことが、第一である。

さて、エデアさんの、ボーイフレンドは、本当に、役に立った。
フランシス君という。

更に、次の施設から、運転手も、手伝い出した。

次ぎは、幼児から、小学生くらいまでの、子供たちの、施設である。
丁度、お昼寝の時間だった。

だが、シスターは、受け入れてくれた。

一つ一つの部屋を廻り、眠る幼児の横に、衣類を置く。
目覚めている子もいるので、軽く触れる。

エジアさんは、兎に角、子供たちを、抱いていた。
彼女も、ボランティアに対する情熱に溢れている。

子供たちは、兎に角、触れて欲しいのですと、言う。

それは、また、女性にして、よく出来ることだった。

運転手は、荷物を運ぶ。
私に、荷物を持たせないのである。

三人の子供がいると、言った。
共感したのだろう。

汗だくになり、部屋を廻る。
幼稚園児の年齢の子供は、私たちの、気配に目覚めて、手渡す衣服を、身に当てる。嬉しそうだ。

ハロー
私の友達・・・

一人一人に、声を掛ける。

施設長は、起きている子供たちに、挨拶を教えた。
私の手を取り、額につけるという。
最高の敬意の挨拶である。

すべての部屋を廻り、施設長の部屋で、写真を撮る。
他のシスターたちも、打ち解けて、それぞれが、それぞれに、話し合う。

イエズス ビー ウイズ ユー
私は、シスターに、そう言って、別れた。

兎に角も、受け入れられたことが、幸いである。

その施設には、育てられなくなった、若い親が、子供を連れてくるという。
そして、子供は、神の子であるから、施設で、育てる。

どんな思想であっても、いい。
子供は、未来である。

どんな子供にも、生きる権利がある。
そして、幸せになる権利である。

私たちは、急ぎ、次の施設に向かうが、シスターたちも、名残惜しいようで、何かと、話し掛ける。

また、来ます・・・
沢山持ってきます・・・

ジャパニーズ・テン
一度聞いたら、忘れない名前にした。

玄関の前でも、皆で、写真を撮る。

運転手が、残りの荷物を運ぶ。
五人の心が、一つになっている。

次ぎは、女の子だけの、施設である。
先に、二つの箱を送っておいて、正解だった。
十分に、渡すことが出来たのである。



posted by 天山 at 08:12| ビサヤ諸島への旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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