2011年08月22日

性について。184

16世紀の終わりごろには、宗教的倫理は浄化され、貴族の堕落とともに、聖職者の側から習俗の放縦に対して反動が巻き起こされる。1560年のオルレアン三部会の判決で、「淫売宿」は廃止され、この時代の風潮のうちに、性病撲滅の規則が設けられるが、それもともかく強制的手段で行われることがあきらかになる。性病患者は、棒打ちの刑にされ、溺死刑で脅かして追放される。
ガブリエル・マンシニ

1665年、パリ城外の、サン・タントワーヌに、休養矯正施設が、作られる。
いわゆる、女子感化院である。

1684年、フランスの政治家、ルトリエの発した、条例で、売春婦処罰のため、不身持な女、身を持ち崩す恐れのある女は、サルペトリエール館に、監禁されるべきだとして、身体の力の及ぶ限り、最も激しい重労働に服せしめる、とされたのである。

ヴェルサイユに宮廷が、おかれたところから、その付近の野営地にいる兵士に、女を提供した、多くの売春斡旋の男たちが、やってきた。
ルイ14世は、軍隊を立派に訓練された部隊として、強く望み、そこで、恐ろしい手段を講じた。

売春の後押しをした者は、何人であれ、耳と鼻を削ぎ落とすと、された。
これが、軍法会議の決定とし、客引き行為は、起訴されるのである。

売春婦を、家においていた、ホテル経営者も、罰せられた。
罰金は、550リーヴルである。

更に、売春婦は、鞭打ちの刑と、裸馬の上に乗せて、晒し者にされる。

だが、警察が、売春宿経営者と、結託した結果、弊害が生じた。そこで、1713年、ルイ14世自らの、勅令により、取り締まり強化がなされた。

その、一般条文には、売春婦たちだけを、激しく攻撃している。
彼女たちは、道徳的、宗教的に、大いなる罪人とされ、家族にとっては、悪夢のような存在で、一切の悪の根源とされた。
だが、ひも、については、言及されていないのである。

いつの時代、どこの場所でも、売春は、尽きることがない。
買う人がいて、売る人がいる。

そして、多くの場合は、貧しさが、その根底にある。
しかし、稀に、娼婦として、生まれたような、女もいる。

もう一つは、斡旋する者たちの存在である。
いつの時代も、最も、悪質である。

生来の、悪というものを、身につけている。
その証拠が、児童を使う者たち。
後進国で、多く見られる。

現在も、国境付近、あるいは、売春街で、行われている。

貧しさに、付け込み、子供を金で買う。
そして、抵抗する子供には、電気ショックを与えて、客に渡す。
その、悪魔的行為には、慄然とする。

だが、買う人がいる。
私が、知るところでも、フィリピン、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー、そして、ネパール、バングラディシュ・・・

欧米人から、日本人まで・・・

それには、各国が、連携し、法制化して、取り締まる以外にないのである。

他国で、行っても、自国で、裁けるように、である。

さて、
ナポレオン一世は、まだ若い砲兵中尉であったころ、客引きにしつこく誘われた時のいまわしい事件の証言を今日に残している。この時代の習俗を奇妙な形であきらかにしたいまひとつの事実は、こうである。1790年のパリ市長シルヴァン・パイィ氏および国民会議に提出されたパリの「娼婦」の嘆願である。その内容は、バレ・ロワイヤルの二千人を越える女性たちが、警察や役人の使う言葉が卑猥だと嘆いて、苦情を申し立てたというわけである。売春婦たちは、「淫売」とか「売女」とか、「尻軽」だとか「淫売屋のかみさん」とかいった言葉、「不名誉な呼び名」を自分たちに投げてよこすことの抗議しているわけである。
ガブリエル・マンシニ

更に、その後、1960年にも、パリにて、同じような事件が起きている。
売春婦たちは、パレ・ブルボンの前で、デモを行った。
その要求は、ショートタイムの連れ込み宿を、自由に使用させろ、ということである。

この裏には、まさに、売春ホテルの経営者が、ひも、と手を結んでいるという事実を、表し、それを、攻撃しているのである。

革命時代が、やってくる。
その最初は、1791年の法律である。

売春取り締まり規定が、組織立てられる。
それは、売春行為の基準として、その行為が、人々に周知であること、何度も同じ売春行為を繰り返していることの、二点である。

革命後については、売春の歴史はもはや綴るには及ばない。その理由は、売春が組織された公娼制度の一部となったからであり、あえて売春を論ずるには及ばないからである。
ガブリエル。マンシニ

公娼制度は、1960年になり、公式に終わりを告げる。

綴るべきものはその属性、客引き行為、売春仲介および放埓行為である。近代国家は、ひとしく公娼制度を組織することになり、19世紀において売春に対して採用されるに至る方策は、売春条例による禁止体制にむすびつくか、あるいは登録制度つまり監督つきの公認という体制にむすびつくかいずれかになってゆく。もちろん後者の方が一般的である。ようやく20世紀半ばに至って、女性の監視――娼家にしばりつけ、鑑札制度を採用するといったーーを廃止しようという廃娼論が姿を現すに至るものである。
ガブリエル・マンシニ

しかし、売春禁止制度が、法制化されても、売春は、廃れない。それは、人間が、そういうモノだからである。
人間の、本能の欲求なのである。
それに、どう対処するかということを、国家、指導者が、考え続けてきたが、その本人でさえ、その、欲望に翻弄される。

人類が、続く限り、売春は、無くならない。

更に、売春と、結婚・・・という、制度自体が、変容してゆく時代に、突入している。
売春の、定義と、観念が、変わるということである。




posted by 天山 at 15:00| 性について5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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