2011年08月21日

性について。183

ユスティニアヌス帝の書から

余が臣民のうちにある者は、従来売春より得たる利益に満足せず、余が帝国の版図をひろく馳せめぐり、若き乙女の貧困と無経験につけこみ、美麗なる衣装およびこれと同種の物品を与えることを約し、彼女らを巧みに誘惑するに至っていることは、余の耳に達した。彼らは、乙女らがみずから適当と認める期間は常にその経営する娼家にとどまる旨を約定せしめ、これに署名させるという手段をもって、娼家に彼女らを留置している。不幸なる彼女らは、自由を剥奪され、衣食も事足らず、いかなる客も拒むことなくこれに春を売っている。しかも、その報酬たる金銭も決してみずからの手にするところとはならず、もっぱら周旋業者の手中に帰している。この人身売買の安全・確実を図るべく、彼女らに保証人を立てしめることが通例であり、この保証人あるがゆえによく彼女らを拘束しえているのである。それというのも、憐れみの心から彼女らを不幸な運命から救い出し、これと結婚せんとする男性の現れることもすくなからず、このため彼女らをこの種の牢獄から奪いさられるがごときことをなからしめ、ただ金銭によってのみ購いうるものとするためである。いまだ満十歳にも達せざる少女にも売春させるための、汚辱にみちた振る舞いも余の耳に達している。かかる一切の極悪非道の所業も、その他の多くの所業も、ただこの都市の下層地域において行われていることにとどまらず、都市の周辺にあっても行われているのである。
535年法典勅令

都市とは、コンスタンチノーブルのことである。

上記を読むと、どんな状態だったのかが、想像できる。
要するに、児童買春も、堂々と行っていたのである。

皇帝が、人身売買業者、ヒモ、売春斡旋業者に対する、戦いと名づけたほど、それが、酷い状態だったのだ。

そして、遂に、娼家の閉鎖であった。
売春の目的で女性を、いかなる場所にも、閉じ込めることが、禁止され、娘たちは、解放された。

そして、レノンと呼ばれる、売春関係者には、強制労働を課した。更に、再犯者は、死刑である。

だが、問題が起こった。
開放した、売春婦を、どのように扱うかである。

次代を継いだ、皇帝の妻である、テオドラ女帝は、深い慈悲を持って、彼女たちを収容することに、専念した。

そのうち、五百人以上の売春婦を、生活に再適用できるように、極めて快適な保護施設に収容したのである。

テオドルの、こうした憐れむべき女たちに対する扱いは、ちょうどみずから目の当たり罪業を味わい、ずっと後になって立派な生活に戻った多くの婦人たちのそれに似ていた。だが、売春婦の方は、ほとんど礼儀など仕込まれてもいないし、およそ忍耐力に乏しかったから、歴史の語るところでは多くの女たちはこの収容所を去ったとのことである。
ガブリエル・マンシニ

その後、聖王ルイ、ルイ九世によって、宗教と慈善事業によって、売春を抑止する方法が、繰り返された。
これも、現代につながる、貴重にものである。

だが、売春は、無くなるものではなかった。

ヨーロッパ中世では、あきらかに、売春は、禁止されていた。
だが、奴隷制が存続し、その結果、売春婦の数が、増加したのである。

全体として、農村には、農奴制があり、役に立たない人間は、解放された。中でも、女子労働力は、男子より、収益を上げることがなかったため、女子たちが、開放された。

飢えや、様々な生活困窮により、若い娘たちは、職業的な売春斡旋人の手に、委ねられた。

この時代は、古代文明のいっさいの追憶を喪失した時代であったし、彼女らも、嫌悪の的とされるまでに至った。
ガブリエル・マシンニ

つまり、集団的住居現象が現れることにより、増加傾向の放埓な売春婦に対する、法と、世論が、非難をすることになるのである。

506年に公布された、アラリック法典は、西ゴート、フランク王国国王アラリックの名を付した、フランク族の法典であるが、それは、ローマ文明の影響を受けた時代の、ゴール族の売春禁止を強化するものだった。

それによると、淫奔な女、つまり、売春婦は、苔刑三百回に処せられた。
更に、女の雇い主も、非難されていることと、その両親も同罪であり、いずれも、苔刑百回の罰を受けた。

カール大帝、フランク王国、西ローマ皇帝、カロリング朝の基礎を築いた、シャルルマーニョ大帝は、絶対に売春を禁じた。
これを規定した、大帝勅令は、この売春禁止法令の、最初の記念碑として、理解していい。

それには、売春婦には、特に刑罰が重く、公共の広場で、鞭打ちの刑に処せられる旨が、規定された。
だが、売春宿の経営者は、小額の罰金で、刑を免れた。
そして、刑の宣告を受けた女を、肩に担いで、刑場まで運ぶという作業が、課せられたのである。

だが、それでも、売春が無くならないというのは、貧困と、営利を求める人たちが存在するということである。

売春を生み出す原因は、今、現在も、その多くの理由は、貧困である。
更に、抑圧された少数民族の、女たちである。
つまり、収入の道が無いからである。

そのため、それらの、女たちに、職を身につけさせる方法が、取られていたり、慈善団体による、技術の指導がなされている。

後進国、最貧国などに、日本のボランティア団体が、技術指導や、伝統の織物などを、再確認させて、仕事場を作るという、活動をしている。

もっと、問題なのは、児童買春問題である。
最貧国に、接する、国境地帯では、今なお、それが闇の中で行われているという、状態である。

これは、世界的に、認識を深め、更に、法的手段によって、規制することが、まず、重要なことである。



posted by 天山 at 07:56| 性について5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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