2011年08月18日

神仏は妄想である。347

大正時代から、昭和にかけて、精力的に、記紀神話の研究を続けた、津田左右吉という、学者がいる。

津田は、最終的に、二つのことを、結論付けた。

その一つは、日本の上代において、宗教的性格を持つ、祖霊崇敬の観念はなかったこと。
つまり、伊勢神宮の祭祀は、太陽神崇敬が本来のものであり、皇室の祖先崇拝の根本であるとするのは、後世の創作である。

その一つは、日本の政治的君主にカミの性質があるというのは、その地位についてのことであり、その地位にある、君主が個人として、カミではない。皇室の地位が、永遠の存在であるのは、太陽が永遠であることの、象徴としてみられたことである。

津田は、徹底的に、記紀神話の解釈に、宗教的解釈の要因を持ち込むことに、反対した。実証的合理精神である。

これに対して、深い呪術と、宗教的解釈を、試みたのが、折口信夫である。

しかし、両者の目の付け所が、違う。
私は、両者の説を取る。

折口信夫は、その伝統行為の中に、それを、見出したのであり、津田左右吉とは、別のテーマの取り方である。

津田は、カミの語源について、ミという、語根に、カという、プレフィックスがついた言葉であるとした。

本体の、ミは、霊威ある有形の霊物、無形の精霊であり、それ自らが、呪力を持つと、信じられたという。
また、祭祀祈祷の対象とされたものを指す、呼称である。

山を、ヤマツミ、海を、ワダツミと呼ぶ。
その、ミである。

ミを精霊と考えたという。
カミは、人の形をとることができなかったゆえに、古い先祖や、人間を示すということがなかった。

カミが、擬人化されるのは、カミの代の物語が、作られてからである。
つまり、創作である。

アマテラスオオミカミは、天を照らす大いなるカミという、カミは、第一祖としての、太陽であった。が、神代の物語が成立する過程で、この太陽という、カミは、説話上の人間として、登場するという。

それが、オオヒルメノミコトであり、大いなる光明であり、高貴の地位にいる人である。

上記、私は、宗教的観念がないというのに、賛成する。

ただし、二つ目の、説には、反対する。

津田は、大和朝廷以前の、富士王朝の存在を知らない。または、それ以前の、古代史は、正史となり得ないとの判断であろうか。

大和朝廷以前の、歴史的事実を、記紀神話が、凝縮して、物語化したのである。

カミの、言の葉を、分析すると、かアみイ、である。
母音が、ア、イ、である。

以前、大和言葉のカミを説明したが、それに加えて、私は、言う。
アとは、開く、拓く、啓く、披く、意味である。
イとは、受ける、請ける、享ける、意味である。

つまり、カミとは、開いて、受けるという、意味になる。

さて、天照は、カミであると、同時に、ミコト、つまり人間でもあるという、両面で、考えられるようになったと、津田は、言う。

それは、第一祖にして、言えることで、第二祖からは、ミコトであるとの、説である。

それではなぜ第一のカミたるアマテラスがミコトとして擬人化され、第二祖以降の皇祖であるかのように説話化されたのかといえば、それは明らかにこの神代の物語が皇室の由来を語るために作られたものであり、日本の国家の統治者としての君主の由来を語るために作られた政治的フィクションであったからである。
日本人の霊魂観 山折哲雄

ということになる。

それがあって、当然である。
統治者は、物語を必要とする。
その由緒が、由来が、必要である。

それは、統治者が変更するたびに、変更される。
しかし、日本の場合は、幸せなことに、今に至るまで、変更されていない。
それが、神話的共同幻想として生きているのである。

国家としては、実に幸せなことである。

津田は、伊勢神宮の祭祀が、太陽崇敬が本来のものである、というが、伊勢神宮だけではない。
日本のすべての、神社、神宮は、それである。

出雲大社のみ、大国主命である。

後世、様々な、カミを奉じるようになったが、それらは、すべて、創作、妄想のカミたちである。

そして、それは、あたかも、そのカミが、存在するかの如くに、振舞う、所作を行うことにより、その地域社会を、安定させてきたのである。
つまり、祭りである。

私が言いたいことは、津田の宗教的観念が一切ないという、考え方である。
そして、それが、伝統として、機能したことを、特に言う。

日本には、宗教的・・・西洋の宗教学で、言うところの、宗教の観念は無いのである。

それを、明確にしなければ、すべてを、誤るのである。
つまり、神仏は妄想なのである。



posted by 天山 at 20:34| 神仏は妄想である。第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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