2011年08月14日

霊学32

愛されたい気持ちがみたされないときに、自分で自分を愛する自己愛のメカニズムが働きはじめます。この自己愛のメカニズムは、自分を愛してほしい対象に自分がなる、つまり同一化のメカニズムを基本にしています。それによって、自己愛がみたされるという意味で、これを「自己愛同一化」とよびます。
小此木

自己愛は、フロイトのいう、リビドー、バリントのいう、愛情要求と自己保存本能が、むすびついた欲求であり、生きている限り、それは、求められ、満たされなければならない、らしい。
らしい、とは、小此木氏が、言う。

自己保存本能と、自己愛のつながりについては、自己破滅、恐怖、去勢の脅し、依存と主観的安定などが、問題になる。

自己愛という言葉を、私の言い方に変えると、本当の自分に逢いたい、欲求であると、言う。

ところが、心理学では、というか、屁理屈を好む学者は、どうしても、父、母との、関係に帰結させたいようである。

だが、続けて見てゆく。

フロイトや、フロイト以後の研究家は、その精神分析に、自己愛の構造というべき、自己愛を満たす、心理的な仕組みが、どのように、出来たのかということを、研究した。

そこで、おおよそ、自己愛の、構造は、幼稚園児くらいらしい時期、つまり、フロイトの言う、エディプス・コンプレックスを克服した時期に、当る。

そして、その構造は、現実の、自分、つまり、リアル・セルフ、理想自我、つまり、アイデアル・セルフ、自我理想、つまり、アイデアル・エゴ、超自我、つまり、スーパー・エゴなどから、成り立つという。

日本人の、心理学者の怠慢は、西欧の心理学を、そのまま、鵜呑みにして、紹介することに、ただそれだけに、費やされる。
だがら、日本の心理学は、最低である。

昔の言葉に、
親はなくても、子は育つ、という言葉を、知らないようである。

更に、驚くべきは、その、構造と、機能を知ると、自己愛の心理が、よく解るというのである。
であるから、心理学を学んだものは、人の心を、手に取るように、解ると、誤解し、はては、妄想する。

病んでいるのが、自分だとは、知らない不幸である。

例えば、私の親類に、心理療法家として、活躍し、大学の教授になっている者がいる。
彼は、両親の面倒を見る事無く、実家に帰ることもせず、その父親が、寝たきりになっていても、平然として、福祉、心理療法について、講義しているらしい。

本人自身が、病んでいることを、知らないという、良い例である。

頭脳労働のみ・・・
現実生活、生きるということと、学問が、別問題なのである。
心理学者に、こういう、馬鹿が多い。

であるから、その学生も、頭脳理解のみ。
現実的に、何の貢献も出来ない。

しかし、一つの概念をしばらく我慢して理解すると、自己愛の心理がいままでとは違ったもっと細かい働きとして、手にとるように見えてきます。
小此木

それを、全員に、当て嵌めるという、暴挙である。

心理学者の罪は、重い。

だが、面白いので、見てゆくことにする。

自我理想、リアル・セルフに、現実の自分が、一歩近づくと、自己愛を満たし、豊かにする。
その反対に、自我理想通りに、いかない、自我理想に照らして、駄目な存在だと、感じられると、不全感、挫折感を起こる。
そして、己を恥じる気持ちを持つのである。

それで、逆に、自我理想通りに、順調に、進んだ者は、どうか。
それについては、答えは、おおよそ、解るが、実際は、とんでもない、人間に成長する。

スーパー・エゴといわれる、超自我までも、巻き込んで、その傲慢不遜が、余りある人間に成長する。
他人を、道具としか、扱えない。
更には、自分のために、他人を犠牲にしてでも、自我理想を、求めて、生き続ける。

ここで、小此木氏は、自我理想も、超自我も、われわれの心のあり方、行動を規制する内面的な、規範になっていると、言う。

違う。

そういう、人しか、見なかったのである。
または、自我理想も、超自我も、目覚めさせないで、生きてきた人を、知らない、見なかったということである。

ここで強調したいのは自我理想の場合も、その家族なり社会なりに一定の価値規範というものがあって、この規範が自我理想や超自我の形で、それぞれの心の中に内在化して一つの精神構造になったものです。そうした価値規範が確固とした秩序の存在する社会の中で、はじめて自我理想も超自我も内在化していくのです。
小此木

それでは、どのように、心の中で、内在化するようになるのか、と、いうことになる。

ここで、一つ提言するが、脳学者の活躍が、目覚しい時代、心理学者は、脳学者と、共に、お勉強すべきである。

脳学者に言わせると、心の中・・・ではなく、脳内の仕組みの中で、という、表現になるはずである。

だから、本当は、ここから、少し、寄り道して、脳の有り様を、紹介したいところだが、また、膨大に長くなり、元に戻るのが、大変なので、別に、書くことにする。



posted by 天山 at 23:19| 霊学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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