2011年07月31日

タイ、イサーンの姿5

ウボン・ラチャタニーで、すべての支援物資を渡して、私たちは、バンコクに戻った。

そして、四泊する。
その、二泊は、ルンビニ公園近くのホテルである。
700バーツ、2100円である。
都会のホテルでは、とても、安い料金だ。

だから、日本人は、一人も見えない。
大半が、欧米人たち。それも、男たち。

何故か。
七対三の割合で、女を買う、男の子を買うのである。
七が、男の子を買う、ゲイの男たち。
その付近は、実にゲイが多いエリアである。

さて、私は、ルンビニ公園にて、タイ騒乱の、デモの際に、軍と衝突した、赤シャツ組と、日本人カメラマンの、慰霊を行うことにした。
約、60名以上の死者数である。

ラマ四世通りである。
通りでは、行えないので、公園の中で、行うことにした。

一日目は、休む日なので、出来るだけ、外に出ずに、部屋にいた。
バンコクは、相当な暑さである。
一時間も出ていては、完璧に熱中症になる。

食事と、水を買うために、通りに出る。
食事は、庶民の店である。
そこは、扉なく、暑いまま。だから、食べたら、すぐに、ホテルに戻る。

安いホテルだが、部屋は広い。
更に、予約した時に、ベッドが一つで、テレビ無し、バスタブ無しだったはずが、部屋には、ダブルベッドと、シングルベッドが、一つずつある。
本当に、適当なのだ。大変助かった。

一番安い部屋ということだったが、意外に違った。
100バーツ追加すると、テレビがあるというが、私は、テレビを見ない。

適当なついでに、私は、忘れ物をした。
タイパンツと、風呂敷である。
だが、後で、気づいて、電話をしたが、ありません・・・である。
次に、泊まった時まで、保管してもらおうと思ったが・・・

曖昧で、適当なタイ人・・・
しかし、それは、イサーンには、言えない。
あくまでも、バンコクなどの都市部である。

翌日の、夕方四時、公園に出掛けた。
しかし、太陽の位置は、日本の二時頃の状態。
暑い、暑い・・・

急いで、公園の中に入り、木陰に入る。
一本の枝を取り、御幣にする。

そして、祈る間、太陽を拝する。

黙祷。
ただ、黙祷。

そして、公園の不穏な空気を、清め祓う。
夜は、とても、危険になる場所である。

アル中、薬物中毒・・・
売春婦が立つ。

そして、戻りかけた時に、目にした、オブジェ。
近づいてみると、日本の国旗が、刻まれた金属の椅子。

真ん中に、亀の像があり、その周囲を十二正座が、取り囲む。
そして、その逆に行くと、もう一つの椅子があり、タイの国旗が。
よく見ると、現王様の、誕生日が記されてある。
そこで、もう一度、戻り、日本の国旗の下を見ると、現天皇、今上天皇の誕生日が、刻まれているではないか。

天皇と、王様は、椅子で対座しているのである。
友好のオブジェだった。

日本と、タイの友好を確信した。
それぞれの、国の象徴が、互いに向き合い、対座する。

タイ人は、九割が、国王支持である。
更に、現在の国王は、大変に人気がある。

ただ今、国王は、入院中であられる。
今年、83歳になられるのである。

日本と、タイは、アジアで、唯一植民地に成らなかった、国である。

昭和天皇が、タイ国王に、贈られた、鯛に似た、淡水魚は、今では、タイの主要な蛋白源として、到るところで、塩焼きにして、売られている。

タイ国民の、栄養状態を、心配された国王に、天皇陛下が、贈られたのである。

国王在位60周年の、記念写真が、タイの到るところで、飾られているが、国王の隣には、いつも、天皇皇后両陛下が、いらっしゃる。
国王は、最後まで、天皇陛下に、寄り添い、案内されたというから、実に、敬意を示していたということである。

ちなみに、タイでは、国歌斉唱と、国王賛歌が流れた際には、起立を要求される。
それをしなければ、法律に違反し、懲役刑がある。

ウドンターニという、空港で、国王賛歌が流れた時、私は、それを知らなかった。白人たちも、起立しているのを見て、あっと思い、立ち上がった。

例えば、私が、正式に、国王賛歌を歌うと、タイ人は、起立するのである。
カーオラプチャター・・・
下手糞でも、国王賛歌である。



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