2011年07月21日

神仏は妄想である。346

イザナミの神が、最後に、火の神を生んだときに、ホト、女陰を、焼いて死ぬ。

これが、面白い。
女陰を焼いて、死ぬという、神話である。

とても、まともな神経ではない。
まあ、それに、意味づけするのが、アホな学者たちである。

たいした意味は、無い。ただ、死ぬというところである。意味のあるところは。

それから、イザナミと、イザナギの神の、戦いである。
死の国に入った、イザナミに、イザナギが、逢いに行き、そこで、イザナミの醜い姿を目にして、驚き、逃げる。
そして、追われる。
ついに、逃げ切る。

そこで、イザナギは、穢れを清めるために、禊をする。

その際にも、多くの神を生んでいる。
男神が、生む・・・

要するに、神話だから出来る芸当である。
実に、荒唐無稽なお話し。

そして、完全に清くなった、イザナギが、最後に、左目を洗うと、天照大神が、右目からは、月読命、つくよみのみこと、鼻から、スサノオの命が、生まれる。

これは、完全に、大和朝廷以前の、存在していた、現し身の、つまり、実在の人物を、物語化したのである。

物語・神話の形にして、登場させるという、手、である。

ここで、一気に、飛躍すると、この、天照大神が、皇室、天皇の、神として、その後に、認定されるが、違う。

もし、天皇の神とするならば、皇室の、本来の祖霊神は、高御産巣日神、たかみむすびのかみ、である。
たかみむすびのかみ、とは、神産巣日神、かみむすびのかみ、と、対になり、独り身の、神である。

産巣日、むすび、とは、魂、とも、書く。
産霊、むすびれい、それは、魂結び、たまむすび、であり、霊魂を体内にこめる、鎮魂の法である。

むすび、を、特に、貴んだのが、天皇家、皇室であるから、当然、産巣日、の神である。

実在の、天照る神とは、富士王朝、高天原府の、中興の大政頭、まつりごとかしら、であった。
唯一、女性の、大政頭である。

その、弟が、月読命で、彼は、姉に、その位を譲り、自身は、山を統治する頭として、高天原府を出る。

スサノオは、別物である。
大陸から、富士王朝を、攻めるために、来たものである。

そして、天照る神に、恭順を示すことになる。
それが、神話として、描かれる。

これを知らない人たち、研究家は、天照大神を、男神だと、判定するようである。
その、男神に、仕えていた、巫女である女性が、天照大神とされたと、言う。

何とでも、いえるので、何とでも、言う。

ある、書籍には、
母権社会から父権社会への転換という大きな流れに沿って、一つにまとめあげられた。それは、北方的・父権的文化を列島にもちこんだ天孫族による、古い日本文化の取り込み、そして支配を意味するものであった。

と言う。

大和政権にとって、都合の良い解釈をする必要があったと、言うのである。

つまり、それは、縄文期から、各地で行われていた、太陽祭祀を一本化するための、方法であったとする。

研究家たちは、持統天皇の代に、男神から、女神への、差し替えが行われたとする。
違う。

天皇家が、伊勢神宮の斎宮に、皇女を差し出していたのは、意味がある。

祟神天皇の代に、富士王朝から、天照の鏡を、奪い、皇居に、奉る。
だが、世の中騒がしく、疫病が流行り、自らの、体調も良くない。
それゆえに、皇居から、鏡を、他の場所に移すことにした。
その際に、皇女を、その守りとして、斎宮を置くことにしたのである。

そして、次期天皇、第十一代垂仁天皇の、皇女である、倭姫の命が、その鏡の、奉る場所を求めて、旅をし、伊勢の地に、お奉りすることになる。
それが、伊勢神宮の前身である。

富士王朝は、大和朝廷以前に、機能していた、王朝である。
勿論、初代神武天皇から、富士王朝の、血族である。

富士王朝は、神都として、九州王朝は、天都として、機能していた。
これについては、古神道に際に、詳しく書く。

確かに、持統天皇の時代に、伊勢神宮を取り巻く環境に、多くの変化があった。
それまで、神宮の祭司を勤める、度会氏が、外宮である、豊受大神の禰宜に代えられ、内宮の、天照大神を祀る、禰宜には、中臣系の荒木田氏が、任命された。

ここに、策略があるとの、見方をする。

持統天皇の存在意義を、男神から、日女、ひるめ、つまり、日神である、男神から、女神へと、変更することで、天武天皇の妻であった、日女が、天皇になったために、日女、ひるめ、を、神にしたという、説である。

天皇家は、すでに、そんなことをしなくても、安泰だった。
持統天皇と、天照大神を、重ねる必要は無い。

日本書紀には、それを、裏付ける記述があるというが、それも、作為あるものであれば、何のことは無い。

つまり、天照る神を、おおひるめ、おおひるめむち、としているというのである。

それは、日神に仕える、巫女という、立場である。

それは、古代史を知らないからである。
富士王朝の存在を、知らない者の言うことである。

持統天皇は、唯一、伊勢神宮に行幸した、天皇であるが、この時に、幣帛、新羅からの、貢物を、伊勢神宮だけではなく、大和神社、おおやまとじんじゃ、など、いくつかの、大社に、奉るのである。

伊勢神宮だけが、別格の扱いを、受けた訳ではない。

ただ、事実として、古代末期から、中世初期に、女神として、定着したと言われている。

それ以後、日本中に、伊勢神宮の存在が、伝わり、広がる。

明治になり、政府によって、国家神道としての、伊勢神宮の神が、絶対神として、強調された。
これが、実に誤りであったことは、見てきたとおりである。
第二次世界大戦の際には、軍部によって、それが、天皇陛下と共に、利用されたのである。

天照る神は、太陽信仰、日の崇敬を、特に人神の時代から、勧めた、人物である。
それは、縄文期から、各地で行われていた、太陽崇敬に、よく、表れている。

大昔、古代、人は、神、かむ、として、意識された。
後に、それが、人が死ぬことは、神になることだとの、意識になるのである。

日本には、唯一、超越した、絶対的存在の神というものは、存在しない。
存在するのは、自然であり、そして、祖霊の神、カムなるものである。

祖霊は、自然の中に、隠れて存在し続けると、認識された。

古事記、日本書紀の、最初の、神話の部分は、神話であり、それは、古代の歴史を、その中に、封印したものと、認識していいのである。

神の名前の、天照以前のものは、創作である。
その後では、何とでも、意味づけ、解釈することが、出来る。

それが、堕落なのである。
要するに、妄想なのである。




posted by 天山 at 05:10| 神仏は妄想である。第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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