2011年06月25日

パプアの叫び 7

ラバウル・ココポに滞在する期間は、五泊である。

その、四泊目の夕方、部屋に戻ると、まず、ライターが無いことに気づく。
そして、コータは、携帯電灯が無いことに気づく。

えっっっと、私は、お金を調べた。
すると、半分無いのである。

何度も、繰り返し、点検した。が、無い。

コータが、フロントに、それを伝えるために、部屋を出た。
ホテルのマネージャーが、別のホテルにいる、ジェネラルマネージャーに、相談すると、答えたという。

感情家の、私は、伝えるとは、何か、と、次第に感情的になる。
そんな、適当なことではない。

それで、私たちは、フロントに下りて、理由を言い、明日、ボスと、警察を呼べと、言った。

私は、この国と、日本の友好のためにも、ここに滞在し、更に、スタップの親切な対応に、とても、快くして、ラバウルのホテルに行かずに、ここに泊まっていると、言った。

その場にいた、事務所のスタップたち、全員が、納得した。
そして、明日、ボスと、警察を呼ぶと、約束した。

部屋に戻り、私は、再度、お金の勘定をした。
すると、お金を分散しておいたことに、気づいた。
お金は、無くなっていなかったのである。

あららら

それは、悪いことを、したと、再度、フロントに行き、それを誤る。
と、それから、マネージャーの態度が、少し変わった。
そして、翌朝、更に、態度が、強固になっていた。

貴重品などは、客の責任に帰すという、言葉である。
勿論、それは、十分に知っている。

だが、その対応に、私は、激怒した。

失った物より、客に対する対応に、文句を言った。
大声である。

更に、私は、嫌がるマネージャーを、部屋に連れて、説明した。
こちらには、何の責任も無いという、態度が、更に、私を激怒させた。

責任が無い。だから、お仕舞いではないだろう。
客が、紛失したという物に対して、客を大切に思うならば、せめて、その気持ちを汲んで、何らかの行為を取るべきである。

大声である。

大半の国で、経験したが、大声を嫌がる。
大声が、脅威になる。

私たちは、三つの、条件を出した。
一つ目は、警察に連れてゆく。
二つ目は、携帯電灯の、代金を支払う。
三つ目は、ボスと話しをさせる。

時間も、指定した。
だが、いくら待っても、返事が無い。
スタップたちは、ジェネラルマネージャーの所に、相談に出たというのみ。

要するに、取り合わないという、状況が見て取れた。

マネージャーが、私たちに、紛失したことに、同情し、更に、ベッドメークたちに、問い掛ける・・・等々の行為を欲した。

ホテル中、私の剣幕に、騒然とした雰囲気になったようだ。

時間を二時間過ぎても、連絡が無いので、フロントに下りた。
そして、マネージャーがいることに、更に、腹を立てた。

出て来なさい、と、私が言うと、叫ぶのは、嫌だ。出て行かないと、言う。

叫ばないから、出て来なさい。
ようやく、フロント前の、ロービーに出た。

そこで、私は、静かに、このホテルのスタッフの親切さと、礼儀の正しいことに、とても、感動し、ここに五泊することにしたのだと、言った。
そして、私たちは、あなたの、心使いが、欲しいのだと、伝える。

私には、責任が無い。
マネージャーは、女、おばさんである。

それは、よく分かっている。しかし、お客が、困った時に、どのように対処するのか、それが、問題だと、言った。

知りません・・・
それでは、ホテルとしての、サービス業は、成り立たないだろう。
責めて、警察に、一緒に行くくらいは、するべきではないのか・・・

私は、警察で、紛失したことを、証言して欲しいと・・・

延々と、話しが、続いたが、平行線である。
すると、漸く、ジェネラルマネージャーの所に、連れて行くと言う。

コータの携帯電灯は、高額なものだった。
いつも、旅のために、持参していたのである。

私のライターは、百円ライターである。
どうでもいい、もの、であるが、無くなったことは、事実だ。

ジェネラルマネージャーは、別のリゾートホテルにいた。

それも、女である。
しかし、何と明確に、私たちに、説明してくれた。

そして、出来ることは、ポリスに行くことだが、実は、こちらの、ポリスは、頭が悪く、書類を作るにも、二時間はかかる。
更に、私たちは、あなたたちの持ち物を見ていないために、何とすることも出来ない。
ただし、スタッフが、取ったとすれば、即座に、首にすることになっている。

私たちの、ホテルを気に入ってくれたことに、感謝する。
それで、ベッドメークたちを、調べて、報告する。

感情を害したことに、お詫びします。
それで、今夜のディナーを私から、プレゼントさせて欲しい。

すると、同行していた、マネージャーも、私も、到らずに、申し訳ないと、謝る。

そこから、取り合えず、ポリスに行くことになった。
ところが、本当に、ポリスたちは、頭が悪いようで、書類を書く者がいない・・・
それで、と、全く、へんてこな質問をしたという。

コータも、話しにならないと、戻った。
その際には、行かないと言った、マネージャーが一緒にポリスに入ったのである。

私たちは、それで、もう、満足だった。

だが、その報告を聞く前に、私たちは、ポートモレスビーに戻ることになった。

戦々恐々としたのは、ベッドメークたちだった。
首になっては、大変である。
そこにいた、ベッドメークたちは、白である。

その中で、一人だけ、当日にいた、メークの一人のおばさんが、別の仕事場に出て、いなかったのである。

疑いたくなかったが、彼女しか、後は、部屋に入れた者は、いないのである。
後味の悪いものだった。

私は、ベッドメークの人たちにも、支援物資を渡した。
だが、そのおばさんを、省いて、皆、差し上げますよと言ってから、受け取ったのである。
その、おばさんは、自分から、私が、男の子に渡したかった、立派なリュック型のバックを、欲しいと、言ってきたのである。

ホテルの名誉のために、書くと、その付近では、値段が安く、スタッフの対応が、実に、行き届いていた。
更に、朝食つきである。

街中にあり、わたしたちが、活動するのに、実に良い、場所だった。




posted by 天山 at 00:00| 旅日記 パプアの叫び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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