2011年04月02日

難民1

前回、メーソートに出かけた時は、実に、苦労した。

飛行機で、スコータイまで行き、そこから、バスを乗り継いで、行った。
ところが、満席のバスであり、次ぎの、ミニバスは、人が多くて、乗れない。バス停に留まっていた、バンコクからの、タクシーに乗って、ようやく、メーソートに着いた。

それで、今回は、メーソートに、飛行機が飛び始めたということで、小さな飛行機に乗ってゆくことにした。

19席あり、16席だけを使用する、プロペラ機である。
実に、恐ろしい・・・

そして、乗った。
その音の、煩いことといったら、なかった。
それでも、バスで、9時間かけて、メーソートに行くより、いいと、それにしたのである。

一時間半。
何とか、耐えて、メーソートに到着する。

空港は、小さな家・・・
すでに、テラの会メーソート支部に成ってくださった、広倉さんが、待っていてくださった。

本当に、心強いことである。
現地に人がいるということは、とても、安心なのである。

バッグは、全部で、六個。
皆、支援物資である。
自分たちの、物は、ほんの少し。

勿論、それには、追加料金がかかった。
3300円である。
私たちには、結構高い料金である。

でも、50キロ。
そして、広倉さんに、100キロを送っていた。

それを、持って、一日で、支援と、慰霊をする予定である。

飛行機が、週に、三便しかないので、どうしても、その予定が、一番理想なのである。
長居をすると、広倉さんに、迷惑を掛けると、思うのだ。

何から、何まで、助けてくださるので、安心と、甘え過ぎるのが、怖いのである。

ホテルに、荷物を置いて、三人で、麺類を食べる。
私たちは、日本のラーメンに慣れているからと、広倉さんは、いつもの、倍に麺を入れてと、注文してくれた。

タイの、麺類は、日本のラーメンの、三分の一程度の、量なのである。

これで、明日の、予定を、決める。

最初は、メータオクリニックである。
ミャンマー難民の、無料診療所である。

現在は、イギリスと、フランスから、ボランティアの医者が、二名来て、診療に当っていると、いう。

カルテの、10バーツを支払えば、後は、すべて、無料である。
入院しても、無料。
だから、患者の家族も、一緒だという。

更に、広倉さんは、この頃は、貧しいタイ人も、来ていると、言う。

貧しくても、健康であれば、何とかなるが、病気だと、どうしょうもない・・・

そんな中で、この、病院は、希望である。

ところが、私は、昨年同様の、人数を予想していて、十分に、支援物資があると、安心していたのである。

勿論、見事に、裏切られた。
人々が、溢れていたのである。

それで、その診療所を作られた方に、ご挨拶をしたいと、思ったが、何やら、調子が悪いらしく、お会いすることが、出来なかった。
診療所にも、いないので、少し心配した。

だが、患者さんたちは、多い。

私の、支援する人たちは、入院患者さんたちである。

最初に、一番奥の、入院病棟に行った。
病棟といっても、単なる、部屋である。

三人の方がいらした。
二人は、男性で、一人は、寝たきりである。足が、不自由なのである。
そして、もう一人は、とても、痩せていた。
更に、寝たきりの、おばあさんである。

おばあさんは、私が、タイ語で、サワディーカップと、声を掛けると、涙を流して、上半身を、起こした。

大きな、タオルを渡すと、日本の人から、これも、これも、貰いましたと、言う。
そして、日本の人たちの、写真を示した。
おばあさんの、横には、色々な日本の方が、写真に写っていた。

とても、喜び、歓迎してくれている。

男性二人にも、それぞれ、上下の、衣服を渡した。
そして、写真を撮った。

また、来ますね
コータが、通訳する。
ありがとう、ありがとう・・・

それからである。
その人数に驚くことになる。



posted by 天山 at 00:00| 旅日記 難民 メーソート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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