2011年03月29日

神仏は妄想である 343

神、カミ、という、大和言葉の意味を知れば、いかに、現実に即したものであるか、ということが、解る。

カム・カミ・カマとの、系列語であり、カマが、最も大切なものだった。
つまり、竈のカマである。
人間は、食べなければ、死ぬ。
食べることは、生きることだった。

そこで、神社神道の、成り立ちについて、書いてゆくが、最初に、結論を言う。
建物を、建てること自体、誤りなのである。

特に、巨大建築は、神道ではない。
お宮程度の、小さな建物ならば、まだ、許せるが、建物として、建てるというのが、紛いものになる。
すべて、あちら、渡来のものに、影響されたと、思われる。

日本の神道には、建物は、必要ないのである。
お祭りの祭に、神の座を用意して、それで、終われば、また、元の通りにする。

ただし、古代においては、建物は、そのまま、政の場であったということ。
それが、神社の発祥である。

信仰形態としての、神社は、必要無い。
自然を拝むこと、特に、太陽を拝することで、十分に足りた。

神社には、ご神体というものがある。
鏡、剣、石などである。
それが、神の依り代、よりしろ、とされて、そこに、神が降臨すると、考える。

御霊代、みたましろ、ともいう。
神霊が、そこに、憑る、依り代の、代であり、神霊が、宿る神聖な場所である。

これは、偶像ではない。
神霊を、呼び出した時に、そこに、鎮座するという、意味であるから、偶像とは、いえないのである。

更に、日本には、神の姿を模したものなど、皆無だった。
必要なかったのである。

だから、本来の、依り代は、自然の中にある、樹木、山、森自体が、依り代だった。

自然の中にあるものは、すべて、神の場所として、認識されていた。

祭祀は、季節の変わり目に、特に多く行われた。
春と秋は、生活の最も重要な節目として、その都度、祭り場を設けて、執り行われたのである。

やがて、その場所に、恒常的な神祭りのための、施設が、設けられる。それが、神社の前身である。

だが、それは、大和言葉に見るように、後々のことである。
神という、観念は無かったのであり、自然そのものが、畏怖するもの、畏敬するものであり、それ以外の何物も無い。

それが、また、祖霊崇敬を、伴うことになる。

平たく言えば、自然が、社であった。
それは、自然と共生するという、日本人特有の、感覚であり、情操だった。

神社という、建物が、登場すると、そこに、仕える、神主を置くことになる。
それが、神社の堕落のはじまり。

神主とは、その時、その年によって、皆、持ち回りで、行うべき行為だった。

要するに、今は、職業神主である。
さらに、今では、宗教家といわれる。
宗教ではない、神道に、宗教家がいるという、不思議。

時代と共に、神社のあり様も、進歩するのか・・・

さて、神社神道が、最も、大切にしたのは、その環境である。
神社は、杜に囲まれてある。
神聖な場所として、俗世間から、隔絶された。
それも、堕落である。

ご神体を、奉る、本殿が、設けられ、ご神体を拝する、拝殿が、設けられる。
更に、神に捧げる、幣帛を祀る、幣殿が作られる。

中には、山そのものを、ご神体として、本殿を置かない神社もある。

更に、建物を作るということは、その地に、関わりの深い、神、あるいは、土地の気を、崇敬し、それを、産土の神、うぶすなかみ、または、氏神、うじかみ、として、祀るのである。

産土は、土地の、気を持って、当るという、自然霊である。
氏神とは、氏というように、その家系の祖霊を主として、祀る。

それらは、自然発生的に、成ったといえる。

もう一度、最初に戻って、神道とは、自然崇敬であり、あらゆる、自然と、自然が作り出すものを、崇めていた行為である。

これは、古神道、古代神道から、同じである。
ただし、古神道は、もっと、素朴で、儀式なども、その時に、感じたように、行うのである。

例えば、日拝という、太陽崇敬は、最も、原始的である。
生かされていることを、感じた、日本人の、自然崇敬を、最も、端的に表す。

太陽に向かい、言葉なくして、黙祷する。
ただ、それだけ、である。

拍手の所作は、縄文期からの、所作であり、それは、集団の長に対する、挨拶から、はじまった。

手を打ち鳴らして、挨拶をするのである。
それが、今も、神社参拝に生かされて、二拍、あるいは、四拍する。

手を打ち鳴らすという、とても、原始的な方法が、今も、残って、神祭りには、絶対不可欠となった。
礼儀なのである。

畏れ多いものに、対する、礼儀である。
それが、自然に対するものであったと言う、事実である。




posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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