2011年03月26日

神仏は妄想である 340

神仏は妄想である。
まだまだ、序の口である。

聖書についても、仏教についても、まだまだ、続く。

さて、日本には、これほど多くの、新興宗教がありながら、宗教がないと、言われる。何故か。
日本には、宗教が必要ないからである。
その、伝統で、十分に、生きられる。

その伝統とは、神道に連なるもの。
神道とは、何か。

神道とは、これこれで、何々ですと、説明すると、それは、嘘である。

神道には、教祖や、開祖、また、教義、教理、つまり、教えは、一切ない。
では、どうして、続いてきたのか。
それは、所作である。

所作のみで、続いてきた。

お祭り、であり、お奉りである。

お ま つり
お まつ り

御 麻 津 裏

御は、敬称、麻は、祓いの麻、津は、区域、地域、裏は、隠れているものを、表にする。

麻を持って、祓うのである。
祓うものは、裏のもの、である。

麻は、縄文期からのもので、衣類としても、利用された。
とても、貴いものである。

御麻を、持って、津を祓うのは、裏のものである。
普段は、表にない、裏のものとは、カムたち、つまり、祖霊たちである。

八百万の神、千代万の神
神は、カムである。

カムは、カマから、きた。
カマは、窯である。
煮炊きする窯のことである。

人は食べて生きる。
食べなければ、死ぬ。

だから、食べ物を、大切にした。そして、それを、貯めて、更に、分配しなければならない。

縄文後期から、稲作がはじまった。
弥生時代の、およそ500年前からである。

瑞穂の国といわれた、日の本の国。
その前に、豊葦原、とよあしはら、と、敬称された。

豊かな、葦原、である。
稲作に適した、土地である。

豊かな、恵みである。

そして、田圃が出来る。
田圃は、田であり、それは、手、タであった。
多くの、手、タを使う。

その、手、タを、結ぶもの、それが、上、カミであった。
上は、棟梁である。
その昔、大、タと、名づけた。

大政頭、おほまつりことかしら
それは、政頭の、上に存在した。

上は、すめら、と呼ばれる。
そして、人は、命、みこと、であった。

命、みことは、使命とも、言う。

その後、大王と、書かれ、そして、天皇と、書かれた。
おほまつりことかしら、である。

その使命は、貯めて、分配する使命を持ったのである。

その、御親、みおやが、天照るカムとして、総称された。
天照大神である。

その方は、富士王朝時代の、中期に生存された、大政頭である。
唯一の、女性、頭である。

その、お祭りが、所作をのみ、伝わり、今も、延々として、脈々と、続く。
それを、神道と、名づけた。

最初に、神道を使ったのは、孝徳天皇である。
推古天皇から、大化の改新を経て、舒明天皇、そして、孝徳天皇と、続く。

すでに、仏教が、百済を通して、入っていた。
それは、審の神と呼ばれた。となりのかみ、である。

そこで、古来からの、日本の所作を、神道と、名づけたのである。

誰言うともなく、自然に発生した、カム祭りを、神道と、命名したのである。

読み方は、かむながらのみち、唯神道、随神道とも、書く。
かむ、とは、上の意味で、その上の、道を、生きるのである。

その昔、人は、皆、神と書かれた。
その伝統が、生きて、尊、命、と、記された。
それは、尊称となる。

人は、皆、死んで、命、みこと、になるという、考え方である。
つまり、生きている人は、すべて、カムなのであり、それを、現人神と、呼んだ。

現人神、あらひとかむ、である。
その、代表者が、現人御神、あらひとみかむ、である。

つまり、天皇、すめらみこと、である。

お祭りの、祭祀であらせられる。

ここに、妄想の一点もない。
しかし、その後、多くの神道家による、妄想が、生まれた。

その昔の、所作を、神道と、区分けて、古神道と、呼ぶことにする。
古神道に関しては、いずれ、書くことにする。




posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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