2011年03月06日

スラバヤ 6


車が、線路沿いを通過するとき、私は、止めた。

ストップ、ストップ・・・
ちょっと、待って・・・

そして、車から降りて、バッグを二つ持ち、線路沿いに向かった。

こんにちはーーーー
ハロー
フロム、ジャパン、プレゼント・・・

バッグを開けて、中を見せて、プレゼントと、何度も言う。
コータが、少し覚えた、インドネシア語で、何か言う。

おばさんや、お姉さんが、頷く。

私は、衣類を取り出した。

さあ、それからが、大変。
どんどんと、出て来た。
イスラムの白い服を着た、おばあさんたちである。

はじめは、良かった・・・
しかし、そのうちに、ベビー、ベビーと、ベビー用を取り出すと、皆、口々に、ベビー、ベビーと、手を伸ばす。

じいさんも、混じってきた。
違う。
ベビーだよ・・・

ベビー、ベビー・・・

何でも、欲しがるのである。

ガールといえば、ガール、ガールと、口々に言う。

駄目だ・・・

遠巻きに、少女や、男の子が、見ている。
近づかない。
イスラムの教えか・・・

少しばかり、少女たちに渡したが、もう、限界である。
おばあさんたちの、迫力に、負ける。

私は、バッグの口を閉じて、戻る、戻る。
そして、追い掛けてくるのである。

ベビー、ベビー、ガール、ガール
意味が解らないのに、言うのか・・・

運転手が、見ている。
どうしていいのか、解らないようだ。

アホ、馬鹿
手伝え・・・

現地の人が、仲介してくれれば、少しは、安定して、手渡せるのに・・・

アホ、馬鹿、間抜け

私たちは、車に戻った。
コータに、これは、よく考えてやらないと、駄目だと、言うと、周囲に、若者が、沢山いたという。

婆さんたちの、迫力に負けたのか・・・

線路沿いの、家々は、小屋である。
とても、住まいとは、思えない。

日雇い、ゴミ拾い、物乞いなどで、暮らすのか・・・
ああ、荷物運びの人たちが、住むとも、ホテルで、聞いた。

それにしても・・・
今回は、線路沿いで、支援をするのを、この一回で、止めた。
次回は、十分に準備するか、現地の人に、手伝ってもらうことにする。

後で、自転車タクシー、ベチャのおじさんと、路地を廻ったときは、おじさんの計らいで、とても、スムーズに、支援が出来たのである。

コータも、ゆっくりゆっくり、という、現地の言葉を、覚えて、人々を、なだめつつ、支援が出来た。

まあ、突然、衣服を持って、現れたのであるから、驚きと、嬉しさで、皆、感情的になってしまったのだろう。

あの、昼間の暑さの中での、支援は、とても、疲れる。

そして、イケメンのアホな、運転手は、二時間という、決まりを、守るべく、ホテルに向かうと言う・・・
時間は、気にしないと、言ったのに・・・

本当は、もう一件の、ヤヤサン孤児院に行くはずだった。

三時に、ホテルに到着である。

少し、私が、日本語で、怒鳴ったのが、勘に触ったのか、イケメン運転手は、その後、あまり、私に近づかなかった。

何せ、仕事なく、毎日、ホテルにいるのである。

それでも、日が経つと、彼は、私たちに、親しくなり、おどけて見せたりする。

私は、コータに、馬鹿が来たよ・・・と、言って教えた。
彼は、最後に、私たちを、空港まで、送ることになっていた。
朝の四時である。
まあ、また、次に来た時も、同じホテルを利用するので、逢うことになると、思う。

イケメンでも、馬鹿は、馬鹿・・・
アホは、アホである。

と言いつつ、私も、親しくなった・・・

コータが、心配したのは、馬鹿、アホの意味が、わかっていたら・・・ということ。

いいよ、いいよ、親愛の情だと、言えば、いい。




posted by 天山 at 00:00| 貧しさに負けるスラバヤ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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