2011年01月10日

明るい悲惨、ビサヤ諸島 10

私たちは、ギンバラオンの台地に入る手前で、慰霊を行ったが、再度行く時は、そのギンバラオンを通り、山の入り口まで、行きたいと思う。

更に、池 平八 ネグロス島戦記から、引用する。

しかし、それは長い年月だった。空襲、爆撃、機銃掃射の弾雨の中におびえて、精神状態に異常をきたすのが通常のことなのか。こうした歩行もできないまでの恐怖の中に、まるで精神病者か夢遊病者のように、本人自身が今なにを言ったかさえも分からない。そうなるのが人の常であろうか。戦争とは、かくも残酷で非情なものなのであろうか。まったく戦意を喪失し、生きた屍になった、世にも哀れな人間集団。こんな放心状態の精神病患者を、まだ一人前の兵力、戦闘可能な戦力として、認めなければならなかったのだ。

わが軍は、作戦を変更。夜間ひそかに、敵陣に迫る遊激戦を採用した。そして、わずかの戦果をあげたものの、その後、敵陣地は、夜間照明を強化し、遊撃隊がつけ入る隙は全くなかった。わが各部隊の陣地は連夜、砲爆撃を受け、そのつど、戦友の胴体が、頭が、手足が、骨片が空中に飛び落下した。

突撃隊というのも、特攻の一つの、形である。
斬り込み隊ともいう。

特攻隊だけが、特攻攻撃ではなかったのである。

次第に、友軍の姿が、消滅してゆく。
そして、毎日の攻撃である。
次々と、戦友が、命を落とす。
真っ当な神経であれば、耐えられない、極めて、切迫した状況の中を生きる。

もう今日限りで、戦友の遺骨箱ともお別れである。背後の山は峻険で、大量の物資や遺骨などを残された少数兵員では、とうてい運搬不可能だと判断しての処置である。
池 平八

その数、百七十五柱という。
その遺骨を、壕の中に収めて、入り口を、爆破し、塞ぐ。

大半の、遺骨は、その地に、留まったままである。

そして、そのうちに、ビラが空から、撒かれるようになる。

「日本兵の皆さま。長い間、よく戦いました。あなた方は、なぜ戦うのですか。なぜ、ただ一人の将軍の名誉と勲功のために、あなたの尊い命を。
一生一度の自分の命を、なぜ、いとも簡単に捨ててしまって、一人の将軍に捧げるのですか」

宣伝文の散布を終え、敵機が飛び去った後に、また改めて、別編隊の後続機が来襲し、爆弾投下の後、機銃掃射の弾雨を降らせる。
わが軍がいくら深い樹海の底にひそもうとも、彼らは観測機による電波探知機を利用して、日本軍の陣地を突き止める。連日、猛爆、機銃掃射、威嚇宣伝を継続する。
池 平八

そして、深い樹海の中に、一瞬にして、阿鼻叫喚の地獄が、展開される。
傷つき、斃れる兵士は、数知れない。
多大の尊い人命を損傷する。

そして、遂に、日本軍は、敗退、後退、敗走・・・である。
しかし、走れもしないと、言う。
移動の度に、歩行困難な兵士は、その場に、置き去りにされる。

長く続いた激戦の恐怖と、食料不足による疲労衰弱が重複して、わずかな爆音、飛行音を耳にするだけで、恐怖の奈落の底に辛吟して奇声を堕すもの、泣き叫ぶ者がいる。突然賭け出す者もおり・・・
池 平八

そして、落伍者は、食糧を食べつくした時点で、餓死するしかなくなるのである。

こうして、毎日毎朝のように昨日の仮寝の場所で、そして今日の朝露に濡れて、各部隊で一人、また一人と、餓えて飢えて死んでいく。
池 平八

しかし、それが、まだ、序の口だとしたら・・・
これ以上の、ことがあるのか。
あるのである。

生き延びた兵士たちの、それは、筆舌に尽くし難いのである。

すべての感情、感覚を失う。

人の死も、我が身の死も、何の感慨もなく、受け入れてゆく。

私は、池氏の、引用を、終える。
まだまだ、続くが、今回は、終わることにする。

私たちは、慰霊を終えて、戻る道の、一番近くにある、部落に入り、衣服支援を行った。

その部落に入って行く。
細い道を、行くと、男たちが、一つの屋根の下で、休んでいた。

私は、荷物をそこに、運んだ。
ロザンナさんが、皆さんに、何か言う。
男たちは、オーッと、声を上げて、何やら、叫ぶ。
すると、家の中から、人々が、出て来た。

女、子供たち・・・

早速、手渡しが始まった。
ロザンナさんも、手伝ってくれて、大忙しである。

どんどんと、人が集う。
おばあさんから、おかあさん、娘たち、子供たち・・・

慣れてくると、声が上がる。

子供たちには、文具も、用意していた。
それを、村のおばさんに頼んで、分配して貰う。

あっという間の、支援である。
勿論、私は、汗だくになる。
一人一人に、手渡すからだ。

彼らには、見たことも無い、女性物・・・
歓声が上がる。

すべてを、私終えて、車に乗り込む。
日本語で、ありがとう、という、人がいて、驚く。

昔のことは、忘れたのか、知っていても、知らない振りをするのか。
それは、もう、恩讐の彼方なのであろう。

新しい時代が始まっているのである。




posted by 天山 at 00:00| 明るい悲惨、ビサヤ諸島 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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