2011年01月07日

明るい悲惨、ビサヤ諸島 7

その任務とは、これからの三、四ヶ月の短期間内に、ネグロス島北西部地区に、いわゆる、州都・バコロド市に比較的近距離のシライ町を中心にして、一大航空要塞を構築することだった。その要塞の基地のひとつが、今日から着手されるタリサイ要塞であるという。タリサイ基地の完成こそが、わが第九中隊に課せられた重大任務であった。
ネグロス島戦記 池 平八著
以後、引用は、すべて、ここから、取る。

私が、慰霊した、タリサイ村である。
タリサイにも、兵舎があった。しかし、今は、それを覚えている人はいない。

私たちの、目に入るのは、さとうきび畑であるが、その向こうは、田圃がある。
池氏は、その田圃の風景を、よく描写している。

この重作業、重労働は、一日の休みもなく続く。連日、灼熱炎熱の下、裸体の上半身は汗と泥、そして、涙が入り混じって皮膚の穴から浸透した。毎夕食後、全身をいくら水洗いしても、いくらこすってみても落ちない。背中であれ顔であれ、全身真っ黒。白いものはただ一つ、歯だけだ。
池 平八

車は、シライ市に向かっている。
私は、シライ川まで、行くようにと、頼んだ。

背中の皮も痛さを通り越して、血がにじむ。何回皮がはがれたことだろう。このごろでは、手拭でこすることもできない痛さであった。目だけが、異様に光る。といっても、それは他人の顔のこと。自分の周囲の戦友のものすごい形相。鏡がある訳ではない。自分の顔、形がどのように恐ろしく変わり果てているかは、知らぬが仏だ。ただ、戦友の変わり果てた、恐ろしいまでの形相を見て、己の顔もまたあのような鬼神の形相に変わり果てているのであろうと想像するのである。
そのころから、一人また一人と、マラリアやテングなどの南方独特の風土病に次々と倒れ、作業を休み始める戦友が出るようになった。
池 平八

シライ市に入り、橋に向かう。
そのシライ川には、山の温泉で、眠る如くに、亡くなった、兵士たちの、遺骨が流れた川である。

私は、早速、慰霊の準備をする。

木の枝を取り、御幣として、神紙をつける。
国旗を、ロザンナさんに、持っていただく。

橋の上は、大型のダンプカーが、時々、土ぼこりをたてて、走り去る。

丁度、太陽が出でいるので、神呼びを行う。
そして、祝詞を献上して、少し長い、追悼慰霊の儀を執り行う。

更に、この地で亡くなられた、すべての、兵士の皆様、連合国軍兵士、フィリピン兵士に、向かう。

日本兵の皆様には、お送りの音霊により、この地から、解放されることを、促す。

いつもの通り、日本へ、お帰りください。故郷へ。
あるいは、靖国へ。

兎に角、そこに、自縛することなく。

私が、祈る間、ロザンナさんも、祈っている。

清め祓いを、行う。

最後に、御幣を、川に流す。

一通り終えて、車に戻る。
運転手が、交代するという。
来た道を、戻り、少し待ってくださいと、言う。

道を戻り、少し広い場所に出た。
そこで、車を止めて、次の運転手を待つことにした。
しかし、中々、来ないのである。

丁度、街中で、車が、渋滞し始めている、時間帯のようだ。

「敵機だ、敵機だ。緊急退避、退避、退避だ」
「退避、退避だ」
避難命令の声が聞こえ。先刻までの、歓喜の坩堝が一瞬にして、恐怖の戦慄の淵にたたき込まれた。皆、右往左往しながら安全な場所を求めている。退避壕などを造成する時間は今までになかった。
次々と爆弾が投下される。爆煙が充満し、轟音と爆風で、恐怖が、全身を走る。上半身裸体の軽装の将兵が、眼前に次々とうつ伏せになる。目と鼻を両手でおおいながら伏せる。
池 平八

作業中に、攻撃を受けたのである。
最初は、友軍の飛行機だと、歓喜の声を上げていた。
しかし、それは、敵機襲来だった。

敵機は、造成中の滑走路を、攻撃するために、訪れたのである。

硬く締め固められて、太陽の光を受けて黒く輝いていた、昨日までの滑走路の姿はもうそこにはない。ほぼ完成に近い状態までに整備されて、友軍機による使用を明二十五日にひかえていたにもかかわらず、一度も友軍に使用されることのないまま、このように破壊されてしまったのだ。
池 平八

更に、滑走路を、また造成し始めると、また、敵機が襲ってきた。
遂には、兵士たちをも、狙うようになる。

ここ、タリサイの数ヶ月間、日常の重労働は、過酷で辛いものであったが、平和そのもののうちに過ぎて、戦争や戦場が存在することさえ信じられなかったのだ。昨日まで、いや正確には数日まではそうであった。
それがある日、突然「戦争」が異様な形をもって、何の前ぶれなしにやって来た。この数日の現象が、異様さが、真の第一線、戦場であるのかもしれない。
池 平八

私たちの通り道は、昔、戦場だったのだ。
だが、実感として、感じられない。

コータが言う。
平和な時に、ここに来られて良かった。
そう、コータの年齢以下の若者が多く、その地に兵士として、いたのである。

バコロドから、シライ市、そして、マンダラガン山の裾野と、その一帯は、どこで、慰霊をしてもいい。

見渡すと、マンダラガン山と、同じような、形の山が、もう二つ並んでいる。
三つの、山の景色は、実に、いい。

だが、その三つの姿を、すべて見られるのは、本当に天候に、恵まれた時である。
私たちは、セブ島に戻る日、その三つの姿を、空港のロビーで、見ることが出来た。




posted by 天山 at 00:00| 明るい悲惨、ビサヤ諸島 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神仏は妄想である 317

神なきいま、神の死の神学者たちは何をするのか。彼らにとって特徴的なことは、彼らがイエスに集中しようとすることである。彼らは、神は殺すが、イエスは殺さない。むしろ神なきあとは、イエスにすがる。神の死の神学は、神観を破壊してイエス像を再構築するといってもよいのである。
神の死とラディカリズム 小原 信

だが、再構築するという、イエス像は、何から、得るのかと、言えば、聖書からである。
それ以外に、方法は無い。
しかし、その聖書が、改竄されたと、現代では、常識になっている。

これは、とても、大変な試みである。

とくに、ラディカルなのは、アルタイザーのイエス観である。アルタイザーによれば、イエスは神の死によって生まれた。聖書の言う神、キリスト教の言う神が人間になったこと、神が人間「肉」になること、つまり、「受肉」が、そのまま神の死をあらわしていると言うのである。この神の自己否定もしくは自己滅却が、神の愛だと言う。かくして神は、偉大な人間性として、文字通り宇宙大の現実のなかに、イエスとして現在することになる。
小原 信

これでは、詭弁である。

神が人間になった。
キリスト教の、第一義の、教義である。
結局、神が死んでも、イエスが、その役割をするということで、内容は、変わらない。

今までも、イエスは、神の子であった。

さらに、
イエスに集中することは、新約聖書のおけるイエス像を基礎とすることであり、新約聖書のなかのイエスがどのような人物であったかは、福音書の記述からわかってくる、とハミルトンは考えている。むしろ、イエスに従い、イエスをまねようとする者には、イエスが、人のために苦しみをなめ、神がいないのなら、そしてわれわれにはイエスがわかるのなら、抽象的で観念的で形而上学的な神というものを考えないでより具体的なもの、より現実的なものととりくんで生きようとするわけである。
小原 信

それならば、今までとは、たいして、代わり映えしないのである。

神の死の、神学者も、戯言を言う。

人間、イエスとして、捉えることが、出来ない、という、既存の神学から、まだ、抜け出ていないと、見る。

ただ、神なしに、新約聖書のキリスト論を考えることが、出来ると、考える、学者も存在するというが、キリスト論というところが、実に、蒙昧である。

イエスを、キリストとしたのは、誰か。
原始キリスト教団である。

ただ、新約聖書の現代版を、創作しようとする試みに、似る。

つまり、新しく、イエス・キリストを創作しようとする試みであり、結局、イエスは、メシアとなるのである。

神なしで生きるとは永遠の生命なしに生きることでもある。神の死の運動は、神なしに、永世なしに、しかし絶望なしに生きることを求める。神がいないということは、神が何か他の名前によっても存在しないということである。神を「根底」とか「深さ」とか「創造性」とか「愛」とかいうふうに名づけ直すことも、ここでは拒否される。あるのは、ただ、神なしにイエスに集中しようということだけである。・・・・
天の神も、機械仕掛けの神もいらない。いるのはただ、イエスだけだ、と言うのである。
小原 信

気持ちは、解る。しかし、人間イエスを、見るのではない。
イエス・キリストを、見るのである。

そこで、面白い、展開が、出てくる。
これは、仏教かという、考え方である。

つまり、
神なきいま、イエスに集中するとは、この世にイエスを見出すことだから、神も聖も救いも、すべて、あるとすれば、この世の中に現に在ることになる。キリスト者とは、この世のなかに神「キリスト」を見出す者のことであり、キリスト者は、俗なる世界がそのまま同時に聖なる世界でもありうること、世俗の時間がそのまま同時に聖なる時間でありうること、肉欲的なものがそのまま同時に霊的なものでありうること、つまり二つのものの弁証法的性格を信じる者として定義し直される。
小原 信

どこかで、見た、仏教の、お話である。

煩悩即菩提などという、詭弁である。

今頃、気づいてどうする・・・

弁証法的性格などというが、単なる、言葉の遊びである。

神の死を言う、ラディカルズは、聖域のすべてを、文字通り、宇宙大に相対化させてしまった、と言うが、何のことは無い、当たり前のことである。

結局、神の死を言う、彼らも、神観念から、抜け切れていないのである。

つまり、教会は、いらない、教団はいらない。
司祭と、信徒の区別も無い。

イスラムのようで、いいのである。

これは、長い間の、教会権力に対する、反乱でもあろう。

だから、
神は天にいるのではない。地上にいるのでもない。神は上にも下にもいない。神はどこにもいないのである。・・・この世以外のものは否定され、拒否されねばならない。あるのは、われわれ人間の現実の生であり、われわれがやがて死ぬということである。だが、自己の生、つまりこの世があるということは、どこまでも自己の責任として、また課題として受け取られる。神は死んでこの世がある。イエスは死んでこの世のなかにいる。ゆえに、かつてではなくていまが、あそこではなくてここが、大切であり意味をもってくる。・・・
われわれには、この世界が、この世が、われわれの生きかつよろこびを見出す世界、つまり「神の国」ということになってくる。
小原 信

まあ、ここまでくるのに、どれほどの、時間を費やしたのか。

一体、キリスト教というものは、何をしていたのか。

思い出して欲しい。
イエスは、キリストではないのである。

そして、神は、妄想である。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。