2011年01月01日

神仏は妄想である 311

イエスはキリストではない。
よく「イエス・キリスト」といわれ、それも一般的には、とくに日本ではイエス・キリストよりもキリストのほうが多く用いられている。しかしイエスはキリストではない。
イエス逆説の生涯 笠原芳光

笠原氏は、同志社大学大学院神学研究科修士課程修了である。
聖書を古典として、現代的に解読する。

私も、同じことを、言う。
しかし、私は、兎に角、素人であるから、説得力がない。
しかし、神学研究をした者が、それを言うと、説得力がある。

およそイエスという名は新約聖書の原語であるギリシャ語ではイエースースであり、語意は「神は救いなり」である。ヘブライ語のヨシュアとおなじであり、珍しい名前ではない。
笠原芳光

日本にキリスト教が、伝えられたときは、天主教と呼ばれた。それは、明治時代まで、続く。カトリシズムである。
プロテスタンティズムを、耶蘇教と、呼んだ。

もっとも、イエスはキリスト教の開祖でも、教祖でもない。イエスはキリスト教とかなり異なった宗教思想の創唱者であったからである。
笠原

旧約聖書という言葉は、二世紀に用いられている。だが、本当は、ユダヤ教聖書、ヘブライ語聖書と、称するのが、真っ当である。
四世紀になり、キリスト教団が、それを自らの聖書として、取り入れ、イエス以後を新約、以前を旧約と、名づけた。

キリスト教が、世界的宗教に発展し、以後、旧約聖書と呼ばれるようになる。

だが、これは世界史上最大の著作権侵害というべきであろう。
笠原

イエスの、死後、かつての弟子たちを中心として、グループのような、原始教団が、エルサレム、ガリラヤ、シリアなどの、各地に、いくつも作られた。その中で、当時、待望されていた、メシアに擬せられて、キリストという、称号で、呼ばれた。

イエスをキリストであると信じ、それを文書に表現した最初期の一人はパウロと考えられる。パウロはユダヤ教の大教派パリサイ派の人物であり、ローマの市民権を所有し、ギリシャ的教養に富んでいた。パウロの書いた現存する最初の文書は、紀元50年ごろにギリシャのコリントからマケドニアのテサロニケの教会、といっても初期のキリスト者の集会、に宛てた「テサロニケ人への第一の手紙」であるが、その冒頭に「主イエス・キリスト」と明記されており、文中にもしばしば用いられている。
笠原

同じ頃に、イエスの生き方、教えに、共鳴する、イスラエルの民衆に間に、イエスの教え、言葉を書いた、語録風にまとめた、文書がつくられていたと、仮定されている。それは、福音書よりも、早く、40年から、60年ごろに書かれたもの。
現在は、存在しない。

そして、最初の、福音書は、マルコである。

その、マルコを参照して、マタイと、ルカが、書かれた。

三つの、福音の他に、「Q」と名づけられた、資料が存在する。
ドイツ語の、資料という意味の、略称である。

さて、この、パウロであるが、余計なことを、書いておく。
彼は、イエスを知らない。
彼は、イエスを信奉する人々を、迫害していた人物である。

では、何故、突然、イエスをキリストと、信じたのか。
これが、曲者である。

馬に乗っていた。
突然の、光が差し込めて、イエスが、現れた。
そして、何故、私を迫害するのかと、言う。

イエスを知らないのに、光のイエスが、言った言葉を信じたという・・・
呆れる。
信じるものは、こうして、騙される。

その、霊は、イエスだったのか・・・

そして、その根拠は・・・

無い。
何も無い。

頭の悪い宗教の教祖たちと、同じである。
要するに、霊に、やられる。
霊の、判別が、出来ないのである。

そして、多くの、霊的能力者と呼ばれる人、自称する人は、そうである。

「Q」資料には、生前のイエスに接した人もいると、いわれる。

イエスの死後、およそ20年間はイエスをキリストではなく自由な教師と見る者も多くいたに違いない。
笠原

ともあれイエスに共鳴する人々にとってイエスの死は大きな衝撃であった。その死はユダヤ教とローマ国家に対して自由な生き方を貫いたことによる刑死であったのもかかわらず、民衆、ひいては人類の原罪をあがなうという贖罪の死であるとする説が、パウロやもとのイエスの直弟子によってつくられたのである。さらに当時、ユダヤ教のなかに取り入れられていて、本来は農耕文化の宗教思想であるが、そこでは黙示的思想に由来すると思われる復活という考えがイエスに当てはめられるようになった。
笠原

死後、三日目に、復活したとみなすことにより、信ずる者に、安心と、崇敬の念を与えるものとして、処置された。

そのように、信じたいから、そのようになったと、仮定、いや、信じたのである。

最初に、答えを作り、それを、説得する資料を作るという。
宗教というものは・・・
救われない。

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明るい悲惨、ビサヤの私

寒い時期、暖かい国、フィリピンの、セブ島、ネグロス島へ出掛けるという、楽しい思いを抱いて、部屋を出た。

中は、夏物の、絽の襦袢に、単の着物、袷の羽織・・・
変な、気分である。
夏、春、冬物を、着ているのである。

そして、セブ島・・・
ああ、朝夕が、涼しい、いや、寒い。
夜は、もっと、寒い。

フィリピンは、今は、乾期の時期と、思いきや、セブ島、ネグロス島は、雨季なのである。

雨が降ると、益々寒い。
日本の冬物の、ジャンバーを着ている人もいた。

勿論、気温は、寒いといっても、20度はあるはず。

私は、暑い国というイメージを強固に持っていたので、寒くても、半袖。さらに、タイパンツ姿である。

そして、悪いことに、泊まるホテルは、古くて安いか、ゲストハウス。
夜も、送風が必要なのである。
臭いから・・・

イメージというのは、恐ろしい。
南国なのだという、思いが、薄着にさせる。
後半、くしゃみをして、鼻水が出て、ああ、今は、寒いと、納得した始末である。

飛行機は、セブ島直行便。
最初は、セブシティに入る。

前回も、泊まったホテルである。
観光地は、マクタン島である。

セブシティに泊まり、ネグロス島に行く、二日前に、マクタン島に、移ることにした。

一月の第三日曜日は、年に、一度の、お祭り、サントニーニョ祭があるという。
それで、ホテルの値段が、高くなっていた。

900ペソが、1000ぺソである。2000円。

ツーベッドルームである。
バッグを、六個。とても、大変な荷物。支援物資である。

コータのバッグの、半分も、支援物資。
兎に角、支援物資である。

だが、国内線に乗る前に、少し、支援をして、少なくしなければならない。
その前に、日本でも、荷物の分量が多く、機内持ち込みにしたほど。

50キロ以上は、持ち出したことになる。

セブシティでは、二日の間に、以前のストリートチルドレンに、逢うという。
とても、嬉しかった。

まず最初の、子どもは、すぐに、私を見つけた。
一緒に食事をすることになる。

着いた、翌日の朝のこと。

それで、彼の友達にも、パンを買って渡した。
驚いたのは、彼は、自分の注文したチキンと、ご飯を、三分の一食べると、他の、友達に、渡したことである。

さらに、私に、何も要求しないのである。

それは、翌日の、子供たちも、そうだった。
六人組みの、ストリートチルドレンが、目に入った。
見覚えのある顔。

あーーーー
元気・・・

一人の子が、私に、服を貰ったと、言う。
そうそう。
しかし、何も、要求しない。

彼らは、金にするために、ダンボールを集めて歩いていた。

その時に、渡さなければ、時期を失うストリートチルドレンが、私に、何も要求しないという・・・
実に、驚いた。

その驚きは、この旅の、驚きと、重なる。
多くの、驚きがあった。

私は、彼らの友達になっていたのである。
だから、要求しないと、気づく。

新しい子供たちは、私に、手を出す。物乞いである。
翌日も、その場に、行くと、子供たちが、手を出すので、パンを買う。
どこかで、私の行動が、見られている。
さらに、大人までも、手を出す。
ストリートアダルトたちである。

お金ではなく、食べ物を上げると、ストリートアダルトたちも、ニセモノの、バイアグラや、コンドームなどを、売りつけないことも、知った。

コータと、食事をした後、コーヒーを飲みながら、ホテルに戻る途中、向こうから、中学生くらいの、女の子三人が、やってきた。

私は、子供たちに上げた、パンの残りを、一つ持っていた。

ばったりと、私たちの、前に来た。
そして、手を出す。
パンを一つ渡すと、コーヒーも、欲しいと言う。
それが、とてもスムーズで、堂に入っていた。

私も、コーターも、コーヒーを渡した。

サンキュー
すれ違いざまの、行為である。

セブシティは、そんな、子供たちと、大人たちで、溢れている。

だが、観光地のマクタン島は、まだ、酷いのである。


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2011年01月02日

神仏は妄想である 312

イエスをキリストとしたのはイエス自身ではないことは、近年の聖書の歴史的・批判的研究によって明らかになっている。イエスは自らをキリストと思い、また称したことはなく、教団がイエスをキリストに仕立てたというのが、その研究の成果である。一例をあげよう。すでに1926年に聖書学者ルドルフ・ブルマンが著した「イエス」にはつぎのように記されている。・・・なおブルマンははじめは合理主義的な近代神学を批判し、のちには聖書の非神話化、すなわち実存論的解釈を唱導したが、この書ではイエスの歴史的研究を行っている。
笠原

イエスは自分をメシアと考えたか否か、もしそう考えたとしたら、どんな意味でメシアと考えたか、何時からそう考えたのか、等々に関する判断がどんなにまちまちであるかを思うなら、更に自分をメシアと考えるということは実際小さなことではなくて、そう考える者の全存在を決定的に規定したに違いないことを思うなら、私達はこう告白せざるを得ない。すなわちこの点が不明瞭だと言うなら、私達はまさにイエスの人格に就いて殆んど何も知らぬに等しいのだ、と。私個人としては、イエスは自分をメシアと考えなかったと言う意見である。
ブルマン

イエスは、メシアというのは、歴史的事実ではない、ということである。

さらにいうならイエスはキリストではなく、むしろブッダであるといったほうが正確ではないか。ブッダが自覚した人間という意味であるのなら、イエスもまたブッダであるといってよいはずである。
笠原

実に、面白い考え方である。

イエス・キリストは、嘘であるが、ゴータマ・ブッダは、正確な名称だという。

心霊学研究から、言えば、イエスも、ブッダも、人類の教え親になる。
二人とも、大師と呼ばれるという。

勿論、人類の教え親は、多数いる。
だが、誰一人として、宗教を開かない。
実践のみに、焦点を当てる。

更に、面白いのは、
このことに関して、日本基督教団の牧師であった赤岩栄はつぎのように言っている。赤岩栄は第二次大戦後ただちに戦争中のキリスト教を反省して、キリスト教とマルクス主義は有神論と無神論の対立ではなく、人間における実存の問題と社会変革の問題として両立すると説いた。そしてキリスト教の教義、儀礼、教団を批判し、やがて「キリスト教脱出記」を著して歴史的にイエスを探求するようになる。晩年、1966年に書いた「仏教の光を通してみたキリスト教」の末尾にこう述べている。
笠原
と、言う。

このイエスは、神と律法という世界中で、もっとも捉われた考えをもつユダヤ教の中に生まれ、何ものにも捉われないで人間性に生ききった人であったのだ。もし、仏教圏に生きる人たちがイエスに違和感を感ずるとするなら、それは血なまぐさい西洋人のイエスに対するひいきのひき倒しに原因いるのである。福音書の編集史研究とともに、いまや、イエスを東洋の光の中で、これまでとは別のものとして、見出す時が始まろうとしている。そこで見出されるイエスは、西洋の植民地政策のお先棒としてかつがれた栄光のキリストではなく、衆生の悩み苦しみとの連帯性に生き、それをともに克服していく「ほとけ」にほかならないのである。
赤岩栄

南米、フィリピンなど・・・
西洋の植民地政策に、おいて、キリスト教、カトリックの果たした役割は、巨大である。
ねこぞき、彼らの、伝統文化を破壊し、更には、虐殺して、キリスト教に改宗させた。

虐殺の数、南米では、おおよそ、一億人である。
どこに、栄光の神の・・・があるのか。
このような、暴力を、カトリックの名において、行ったという反省、謝罪を聞いた事が無い。

更に、現在でも、ヒステリーのプロテスタントたちが、多くの国に、入り、ヒステリーな布教を繰り返している。
そして、争いを起こしている。

更には、その中に、キリスト教新興宗教も加わり、争いに、拍車をかけている。
信じられないのである。

どこに、栄光の・・・が、あるのだ。

西洋の植民地政策のお先棒としてかつがれた栄光のキリストではない。
まさに、その通りである。

つまり、
ともあれイエスは自分をキリストであると思わず、称さなかった。キリストといって権力的な称号はイエスにはまったくふさわしくないといわねばならない。それでもイエスをキリストと信じ、キリストと呼びたい人は少なくない。もとより信仰は自由であるから、それを防げることはできない。しかし、それはイエスの意に反した行為といわねばならないだろう。にもかかわらずキリスト教はイエスをキリストと信じる宗教である。ということはキリスト教は根底から矛盾した宗教であることを端的にあらわしている。
笠原

初期キリスト教団という、グループは、まだ、ユダヤ人のキリスト教だった。しかし、ローマが、国教しとした、カトリックは、権力と結び、その権威を持って、権力と、共同して、教線を拡大した。

その前に、ローマにより、ユダヤ人キリスト教徒は、皆殺しにされたのである。

初めから、血なまぐさい集団だったということである。
それからの、ことは、歴史を見れば、一目瞭然である。
宗教戦争、イスラムとの、戦い。戦いに明け暮れた宗教である。

西洋は、ほとほと、戦いが嫌になって、もう、戦いは、この地域では、止めようと、EUが、出来た。

その原因は、すべて、キリスト教である。

そうなるべく、イエスをキリストとして、祭り上げたのであるから、どうしようもない。
加えて、白人主義である。
西洋の、白人たちは、色付き人間だった、アジアのイエスを、自分たちのグループに取り込んだ。

イエスは、白人なのである。

であるから、歴史的存在の、イエスとは、別人である。
つまり、魔神のヤハゥエの子孫として、これまでやってきたのである。

イエスと、ヤハゥエは、何の関係も無い。
その、楔から、解かれよと、イエスは、訴えたのであるから。

と、すると、何もかも、一から、やり直さなくてはならない。
イエスの、存在である。

旧約聖書と、新約聖書の間には、何のつながりも無いのである。

繋げたのは、ユダヤ教徒の革新派である。
イエスは、キリストだと、嘘偽りを、平然とついた・・・彼ら、である。


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明るい悲惨、ビサヤ諸島

ビサヤ諸島は、フィリピン群島の中央に位置する。
ルソン島と、ミンダナオ島に、はさまれるようにしてある。

幾つかの大きな島と、多数の小さな島で構成されている。
主要な島は、セブ島、ボラカイ島、ボホール島、ネグロス島、パナイ島、サマール島、レイテ島、シキホール島など。

セブシティは、メトロ・マニラ、ミンダナオのダバオに次ぐ、フィリピン第三の都市。

その中で、第二次大戦の、激戦地となったのは、ルソン島北部、レイテ島と、ネグロス島であり、さらに、ビサヤの海も、大戦の場になった。

一時期、日本は、フィリピンを侵略していたのである。
そして、大戦の舞台とも、なった。

日本兵だけではなく、連合軍、フィリピン軍の犠牲者も、多数に上る。
勿論、市民も、犠牲になった。

周囲が、海であること。
それは、人の心を、明るくする。
開放的である。

だが、反面、反省無く、無軌道に生きられる。
フィリピンは、生死が、隣り合わせにある。
殺人が多いのは、開放的な性格が、悪く生かされたときである。

僅かな、お金のためにも、人を殺す。

怒らせると、最後に銃を持ち出す。
遺産相続などでは、簡単に人を殺すのである。

いつ、そのような目に遭うかもしれない。だから、生きている間は、明るく楽しく、である。

開放的なのが、良くも、悪くも、生かされる。

更に、権力も、金も無い者が、殺されても、あまり、気にされないのである。

命が、とても、軽い国である。

ネグロス島から、セブ島に、戻る日が、セブシティの、最大のお祭り、セントニーニョ祭であり、セブシティのホテル、ゲストハウスは、満杯だった。
それも、通常利用金の倍の金額。
予約も、取れない状態だった。

私たちは、それで、マクタン島の、ダイビング専門の人たちが、泊まる、安いホテルにした。ただ、泊まるだけの部屋。

30ドルの、一割引で、泊まった。
目の前が、海である。
ロケーションは、いい。

そこで、海岸に出たときに、見た一つの光景は、男の子が、子猫を、海に投げ込んで、殺すところである。

どうして
私が、付近の、おばさんに、尋ねた。
あの猫は、耳が無いの。それで、殺すのよ
えっーーー

もし、これが、タイならば、逆の対応になっただろうと、思う。
耳の無い、不自由な猫だから、大切にするという。

ということは・・・
障害児が、生まれたら・・・

そこまで、考えて、考えるのを、止めた。

話しが前後するが、セブシティで、二泊して、私たちは、マクタン島の、以前泊まった、古いリゾートホテルに、引越しした。
1200ペソである。

その辺りの、リゾートホテルとは、格段に安い。
だが、私は、部屋の前に、大きな、ベランダがあるのが、気に入っていた。
海は、見えない。
更に、海に出るためには、別の道を行かなければならない。

一泊、一万、二万の、ホテルが、ざらにある。
ツアー客が、利用するのである。

今回は、マクタン島のスラムに、支援することにした。
というのは、最初は、海洋少数民族の人たちに、衣服支援をしようと、予定していた。
ところが、最終的に、彼らの多くは、セブシティの海岸に移動していると、知ったのである。
それも、マクタン島に、向かうタクシーの中で、である。

私たちは、マクタン島から、ボートで、マクタン島から見える、オランゴ島に渡り、バチャオ族の人たちに、支援をすることにしていたのだ。

慌てた。
戻るにも、ユーターンする道が無い。
結果、次回にすることにした。

オランゴ島には、船外機を取り付けたボートであるから、どんな状況になるのかは、想像できたが・・・

そのホテルに、三泊する。
その間に、色々と、見て廻った。

リゾートホテルに続く道ではない、地元の道。
そこは、スラムに続く道である。

コータが、探した、スラムへ、二日目に出掛ける。

特に衣服が必要な、スラムを、見つけたのだ。
そして、おおよその、時間も、指定して、出掛けた。
朝の、十時頃に、行くと伝えていた。

ホテルから、ジプニーに乗る。
一人、7ペソである。14円。

バイクタクシーでも、50ペソかかる。100円。

十字路で、降りて、バッグを持って、スラムに向かう。
その間に、色々と、勧誘される。
タクシーは、勿論、色々な勧誘である。

私は、コータに言った。
帰りは、彼らを、ピタッと、黙らせてみるよ。

その通りになった。
私たちが、支援をして終わり、元の道を戻ると、勧誘の男たちが、やってくる。

私は、彼らの言葉を、手で抑えて
アイム プレイ
イノミネ パトリ エット フェリ エット スピリット アーメン
ゴット ビー ウイズ ユー

すると、男たちは、じっと、その言葉を聞いて、立ち去るのである。

それは、カトリックの司祭が、行う、祝福の言葉、祈りである。

右手の、所作が特別なものなのである。
それは、秘密にして・・・

ところが、最後になり、ある男に、それを行って、ホテルに戻ろうとして、歩いたときに、私は、着物の後ろが、破けて、尻が出ていたのである。

それを見た、勧誘の男たち、十名ほどが、大爆笑である。

子どもと、写真を撮るために、しゃがんだ時に、着物の尻が、汗で、くっ付いて、破れたのである。

私は、ノーパンである。
美しい、尻の肉が、見えたのである。

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2011年01月03日

神仏は妄想である 313

イエスを歴史上の神仏とみる資料は少なく、イエスを信仰上の対象とする文書が多くつくられていくなかで、イエスをキリストと信ずるキリスト教が形成され、発展していった。そこには原始教団がユダヤ教やローマ国家に批判され、迫害されていく社会的状況のなかで、強烈なドグマによって、心理的にそれにうちかとうとしたことが大きな原因になったのだろう。そしてイエスを自由な人間とする歴史的な思想は、そのような強力な教義を信ずる正統主義者からは、異端として無視されたり、排斥されたりした。
イエス逆説の生涯 笠原芳光

異端は、イエスの死後、間もない頃から、多く存在していたのである。
しかし、原始教団によって、排除され、少数派になっていった。
更に、中世では、教会権力により、異端審判は、凄まじいものになった。

現代では、逆な現象が、出てきた。
20年ほど前から、イエスに関する、新しい、見方である。

現代では聖書学者や歴史家はもとより、むしろ一般の人々の間にも、イエスをキリストとして信ずるよりも、すぐれた、自由な人間として考え、「イエスとはなにか」を改めて問い直そうという関心が世界的にさかんになってきている。その風潮は「イエス・ルネサンス」などと呼ばれて、キリスト教界にもしだいに大きな影響を及ぼしつつある。その意味で、いまやキリスト教は根底から揺り動かされているといわねばならない。
笠原

つまり、信仰は、イエスという存在が、自分にとって、どのような意味を持つか、という、実存的な関係が、求められる。

歴史的には、イエスは、キリストではないのであるから。

信仰と考えると、教会の存在が、大きく、その教義を受け入れる、信ずるという行為になる。
それに関しては、極めて個人的な問題であり、他の介入を許さない。
更に、信教の自由である。

笠原氏は、イエスを、思想史の中で、捉える試みを提唱する。
それは、賛成である。

思想史としての、イエスの言葉を、検証することは、理想的である。

単なる、信仰としての、存在として、考えるということは、結果、それぞれの、教団の支配の下になるものである。

教会権力の下に入ると、それは、個人の信仰を超えて、教会という、集団の信仰グループに入ることであり、そこには、支配がある。
決して、個人の、勝手な解釈は、許されない。

更には、そのシステムの中で、個人の存在が、位置付けられて、信仰と、聖職者による、支配が、跋扈する。

更に、個人の中においても、奇跡的な、事実を見ると、迷う。勿論、それは、蒙昧、妄想なのであるが、そのように、信じてしまうのである。

いつもと、違う事象が起きる。
すると、それが、特別な意味を、持っていると、考える。そこから、信仰という、迷いに入るのである。

多くの、信徒たちを見て、私は、そう思った。

最近、イエスについての研究が進んで、イエス像がある程度、客観的に明瞭になってきた。同時に、それに伴って従来の主観的な、いわばイエスをキリストと信ずる神学的な主張はアピールをもたなくなっている。そして広い意味で人間としてのイエスに関する書物がヨーロッパやアメリカにおいても、日本においてさえ、他のキリスト教関係書よりも多く出版され、読まれているという現象はそのことを端的に示している。
笠原

それは、イエスだけのことではない、
ブッダに関しても、である。

勝手に、宗教の開祖として、祭り上げる存在に、嫌気がさしているのである。

それは、勿論、教団というものの、嘘、極めて悪質な、信者支配、更には、金銭の搾取などが、横行しているからである。

最早、そんな、教団には、イエスも、ブッダも存在しない。
存在するのは、宗教家の、地位と、無法である。

ブッダは、唯一絶対の、神観念を否定した。
ところが、イエスも、実は、その神観念を否定したのである。

その、神観念を否定することにより、神という存在の、在り様を、発見したと、いってよい。

彼らは、神仏は妄想であることを、明確にしている。

今を、生きること。
それが、問題であり、テーマだった。

それは、反逆の行為である。
しかし、ブッダの、地域と、イエスの地域は、別である。
当然、表現の仕方が違う。

そして、その二人を、持ち上げて、造り上げた、教義なるもの。実は、夢幻の妄想だったのである。

それを、哲学、思想と、呼ぶ事が出来るのか。
神学が、学問に入らないように、宗教の教義は、学問ではない。

勝手な、妄想である。

更に、そこに、救いという言葉、救済という言葉が、見えるが、皆々、嘘である。

救われるという言葉にある、本質は、救われないと、同じものである。
一体、誰が、救うのであるのか。
妄想の、仏や、神か。
妄想の存在が、救いも何も、あったものではない。
それは、その人の、頭の中にあるだけのものである。
理屈の中にあるものである。

神仏が、妄想であることを、悟り、そこから、己というものを、見る行為に、微かに、救いに、似たものを、見る事が出来る。

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明るい悲惨、ビサヤ諸島 3

日本にて、セブパシフィックを予約していた。
セブ島から、ネグロス島の、バコロド行きである。

朝、8:30発である。
ホテルから、6:30に出発する。
タクシーを予約していた。

300ペソだと言う、運転手。
またまた、はじまった。
兎に角、タクシーは、吹っ掛ける。

だが、それも、理由が解っている。
タクシーは、自分の持ち物ではなく、借り物であり、一日当たり、セブシティだと、1400ペソ、マクタン島だと、700ペソで、借りているのだ。

それでも、空港までは、近いし、高い。
コーターが、250ペソと、値切った。
すると、素直に従う。

そして、運転手が、話し始める。
仕事の大変さである。

二時間半かかる、町から、出稼ぎに来ているのである。
子どもが、9人で、また一人生まれると言う。

余計な話しだが、いつも、思う。
産児制限の教育がされていないのである。
更に、カトリックの国。
これが、問題である。

快楽のセックスは、禁止であり、妊娠した場合は、生むべし、である。

コンドームの配布も、ままならないのである。

カトリックは、これで、多くの支持者から、見放される。
このままでは、貧しい人々の養成を、推し進める。
せめて、若者に、避妊の教育を推進するべきである。

ストリートチルドレンの多くは、若い親から、生まれる。そして、育てられなくなり、町に放り出すのである。

よほど、頭のおかしい人でない限り、性欲というものは、健全にしてある。
それを、抑制せよというのは、無理。

性欲を、快楽と、決め付ける、宗教の教義は、実におかしい。
快楽あっての、人生である。
それは、無軌道ではない。健全な、欲望である。

だから、こそ、避妊の教育と、推進が必要なのである。

貧しい国は、特にそうである。

更に、問題なのは、子どもは、多い方がいいのである。
何故か。
死ぬからである。
病に罹っても、病院に行けない。つまり、治療無しで、死ぬ。

子どもが、多ければ、その中の一人でも、成功すれば、儲けものである。

海外に出稼ぎに出て、どれほど多くの、家族、親族が助かるか、である。

一人の、収入を当てにする。
フィリピンの、最悪の国情である。

運転手が、私たちの、活動を聞いて、言う。
私の町に来てくれ。
貧しい人で、溢れている。私たち家族は、政府に、貧しい者として、認められていると。

ああーーー
そう、どこに行っても、そう言われるのである。

搾取と、賄賂の国。
人命軽視の国、フィリピンである。

権力と、金を持つ者だけが、生き残る。
更に悪いのは、権力、金を持たない者は、人間として、認められないのである。

罪に問われても、権力と、金を持つ者は、罰せられないという。

5000円でも、金のために、人を殺す国。
民主主義とは、笑わせる。

これは、スペインの植民地時代からの歴史を書いて、説明しなければならない。
だが、省略する。

私たちは、たっぷりと、運転手の、話を聞かされて、空港に到着した。

国内線乗り場は、すでに、人が沢山いた。
早い時間の、飛行機もある。

前回、間違って出かけた、トマゲッテイ行きは、私たちの、一時間前に、飛ぶ。

水を持って乗り込めるので、私たちは、何本もの、ペットボトルを持参していた。

大きな物は、5リットルボトルである。
コータが、それ駄目じゃないのと、言う。が、私は、水は、いいんだから、駄目と、言われたら、文句を言う。

私は、常に、大声であるから、嫌われるか、銃で、撃たれるだろうと、思っている。

まあ、5リットルのボトルは、他のボトルに移せたので、問題なかった。

バコロドまでは、35分で、着く。

8:00までに、登場口にということで、無料インターネットと、タバコを吸うために、喫煙室に出たり入ったりする。

登場口には、人が並ぶからと、私は、8:00になっても、うろうろしていた。
すると、アナンスである。
驚いた。
私と、コータの、名前が、呼ばれた。
急いでください
えっ
何で・・・

それもそのはず。
登場口は無い。
飛行機には、バスで、移動するのだ。

焦って、行くと、ムッとして、係員がいた。
バスが、私たちを、待っている。
すでに、他の客は、飛行機に乗り込んでいた。

これが、タイならば、乗せてもらえなかった可能性がある。

私たちが、乗り込むと、扉が閉まった。
そして、すぐに、飛行機が動き出した。

はい、時間です、ではない。客が、全員乗ったら、出発なのである。


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2011年01月04日

神仏は妄想である 314

イエスは、キリストではなく、一人の自由な思想の、持ち主だった。

イエスは、キリストであるという、初期、キリスト教団によって、キリスト教が、作り上げられてきた。

更に、プロテスタントも、カトリックの儀式以外の教義に、少しばかり、手を入れて、聖書主義などと、言って、新しい教会を作る。

イエスは、キリストであれかし、という、願望の元に、キリスト教が、生まれたが、その弊害は、歴史を通じて、大変に、重いものとなった。

異教徒の排斥のみならず、虐殺、民族の虐殺と、血生臭い、行為が、繰り返された。更に、為政者と、組んでの、異端審判である。これも、野蛮極まりないものだった。

さて、1960年代、「神の死」の神学が、生まれた。
アメリカである。

それが、世界に浸透してゆくのである。

アルタイザー/ハミルトン共同の、論文集「神の死の神学」は、「神の死」というはなはだショッキングなキャッチフレーズでもって、宗教的信仰の問題を倫理的実践の問題に変え、超越の神を内在的な人間イエスの問題に転じて論じる。だが、特記すべきは、「神」そのものの死を公けに宣言する、彼らの発想のもつラディカルさである。彼らはともに、「宗教」の教師でありながら、宗教の不要を説く。その意図するところはどこにあるのか。あるいは、かかる発想は、宗教だけに限られるのであろうか。彼らの思想は突然あらわれたのであろうか。
「神の死」とラディカリズム 小原 信

これは、現代にまで、至り、多くのテーマを投げ掛ける。

丁度、その時期から、カトリック信者と、プロテスタント信者が、歩み寄り、共に、祈る場所を、求めた。
体制側の、危惧である。

決して、相容れないものだった、彼らが、信仰の危機を感じて、手を携えなければならなくなったのである。

このままでは、教会が、キリスト教が、潰れる。
会社が、倒産するように、倒産するという、意識である。

絶対的権威の、ローマ法王の、メッセージさえ、デモが、起こるようになる。

昨年、2009年も、フランスの若者たちが、ローマ法王の、コンドーム禁止に対して、デモを繰り広げた。

更に、聖職者たちの、男児、男子に対する、性的暴力に、立ち上がった。
ついに、ローマ法王が、犠牲者となった、少年に、謝罪するという。

それは、たった、一つの出来事である。
教会の、権威の失墜は、目に見えて落ちている。

現代においてGODは死んでいる。東洋のカミも、大学の「神」も、われわれの心のなかの「深み」も、「究極的関心」も、そうして、アメリカ・デモクラシーという「神」も、社会主義国家という「神話」も死んじまったのである。まことに、「神は、われわれの時代に、われわれの歴史に、われわれの実存に死んだのである」(アルタイザー)。現象的にはまさに絶望的にニヒリズムの時代、それが現代なのである。
小原 信

ここで、東洋のカミというもの。それは、何を指すのか。
それらの、カミとは、インド系の、カミを指すものであろう。

日本には、彼が言うところの、神観念は、皆無である。

神と言う言葉は、欧米の神、アラブの神、インド系の神と、日本の神とが、混同されて、理解された時期がある。

日本には、それらの、神観念とは、無縁である。

日本の、神は、祖霊のことであり、唯一絶対の人格神などは、無い。

更に、精霊信仰でもない。
祖霊は、自然に隠れる存在であり、そこから、自然崇敬の、思いが、満ちたものである。
それらを、総称して、神というが、神観念は、天地の差ほどある。

日本人に、宗教が必要ないのは、それだからである。
空気のようなものなのである。

ただ、祖霊に対する、自然に対する、所作だけがある。

神社参拝とは、あれは、本来、自然に参拝するものである。
たまたま、社を、設けただけである。
自然参拝は、祖霊参拝である。

神主という、職も、古来、村の長老たちが、持ち回りで、行ったもの。
国家資格の神主が、常駐する、神社神道は、明治期からのもの。
勿論、それ以前も、存在したが、別に、資格などはなかった。
その必要がないのである。
何せ、教義も、教理も無いのである。あるのは、所作のみ。

誰もが、神主になるのである。

その、象徴として、天皇という、存在を、置いたのである。

「神」の「死」とは、現代人のすぐれて今日的な意識の象徴である。神々のラディカルな死と喪失とを願うこころ、これをわれわれは今日ほど激しく実存的に感じ取ることはないかもしれない。神も権威も、体制も秩序も、ともにわれわれを束縛し、われわれを疎外させるものとしてネガティヴにひびく。
小原

それを、意識するもの達が、今を、生きるのである。
ニヒリズムは、長年続いている。
そして、終わることがないだろう。

そこには、様々な要因が、複雑に絡まり、その絡まりを解くことは、容易ではない。
だが、それらの、要因が、一人の人間、いや、すべての、人間を疎外しているとしたら・・・

それは、恐怖である。
妄想にさえにも、酔いしれない、人間の不幸は、余りある。
だから、
しかし、それとともに、あのバイド・パイパーのように、一人の笛吹き(メシア)があらわれて、われわれ農民たち(ねずみ)を引きつれてこのカオスの狂乱をしずめてくれるユートピアを、学生も教師も、牧師も信徒も、心のどこかではげしく待ち望んでいる。・・・・
人々の心をとらえて離さない「神の死」の神学は、その否定的、破壊的、消極的な印象にもかかわらず、その根底においては、深く肯定的、建設的、積極的な創造の情熱にあふれているのだ。その情熱とは何か。彼らは何をどのように指向しているのか。そこには神学という特殊性を越えた一般的な訴えかけはないのか。西欧人には問題であっても、日本人には関係ないものなのか。・・・
小原

キリストは、死んだか
アメリカ各界の人たちが、著した、本が、私の手元にある。
まさに、キリスト教が、変革するのか、変容するのか・・・

事実が、明るみにされた時に、人は、信徒は、どのように、何かを、解消させるのか。
勿論、それらに、関係なく、我が信仰の道を、行くと言う人もいるだろう。

そして、信仰の先には、架空の、ものが、存在するだけ。
つまり、何もなかったのである。

しかし、信ずる者は、それでいいのである。
信ずるという行為によって、救いと言うものがある。

昔の人は、言った。いわしの頭も、信心から・・・
しかし、自分の信じているものは、いわしでは、決して無いと、それも、信じるのである。

いわしの頭ならば、良かった。
何にも無いものを、在ると想定して、信じていたのである。

宗教とは、騙しのテクニックである。

ここに、現代の、深刻な問題がある。その、宗教の、騙しの事実を、人は、知ったであるから。
勿論、アホは、まだ、その蒙昧の中にいる。


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明るい悲惨、ビサヤ諸島4

ネグロス島、バコロド・シライ空港である。

空港の、玄関にて、タクシーを捜す。
中々、見当たらない。
しかし、その辺に止まる車は、皆、タクシーなのだった。

あちらから、声を掛けてくる。
タクシー
ハゥマッチ
500ペソ

何、500・・・
冗談じゃない。
1000円である。

セブ島の、タクシーでさえ、セブシティまで、390ペソ。

何でそんなに、高いのだーーーー
私の声が、空港の玄関前に、広がる。

メータータクシー・・・・
と、叫ぶ。
だが、メータータクシーは、見当たらない。

そのやり取りを見ていた、一人の女性が、声を掛けてくれた。

その、知性溢れる、美しい顔かたちは、忘れられない。
美人。単なる美人ではない。
フィリピンに珍しい、才女の雰囲気。

私と、一緒に行きませんか。150ペソです。
コータと、話し合ってもらう。

一台の、大型バンが、来た。
それに乗り込む。

その前に、私は、他のタクシー連中に、よせばいいのに、こっちは、150だよ、なんで、そっちたは、500なんだ。
ウエルカム・サンキューだろう
大声で、怒鳴る。
勿論、日本語。

タクシー運転手たちは、私を避けて、目を逸らす。
この行為は、場所が違えば、銃で撃たれる。

コータは、何も言わずに、黙ってみている。
この場合は、止めると、もっと、激しくなることを、知ってのこと。

車に乗り込み、女性に、感謝を述べる。

彼女は、初めて、バコロドに来て、嫌な印象を持たれるのは、哀しいことですと、言う。

エィジアと、名を名乗る。
私たちも、それぞれ、挨拶する。

先に、私たちの、ホテルに向かってくれるという。
彼女の家は、ホテルのすぐ近くだという。

30分ほどの、車の中で、彼女との、会話が弾んだ。

そして、結果は、彼女のお母さんが、日本語が出来る。
私たちの、お手伝いをするという。
お母さんの名は、ロザンナさん。

ホテルに、電話をしてくれるということで、ホテル到着。
実際は、色々な話をしたが、思い出せない。というより、その美しい英語が、解らない、私には。

地元の、リサール大学を卒業して、フィリピン第一の、銀行に勤めている。
今回は、研修で、セブ島に出たという。

彼女の、目的は、ボランティアである。
仕事を辞めて、ボランティアをし、更に、地元の若者の、手本になりたいというのである。

世界で、というのではない。
地元を、もっと、よくしたいのである。

多くのストリートチルドレンがいる。
彼らは、若い親から、生まれる。
若い親は、育てられなくなり、町に放り出す。

エィデァさんは、それが、心痛い。
地元の若者の、手本になりたい・・・

私は、それだけで、感動した。
また、コーターも、である。

コータは、エィデアさんに、一目惚れ。

主席で卒業し、更に、ミス・リサールなのである。
その活動は、多岐に渡る。

一度、仕事を辞めて、本格的に、町のために、ボランティア活動をと、思ったが、友人たちに、猛烈に反対された。
いま、彼女は、その収入で、一家を支えているのである。
仕事を辞めれば、どんなことになるかは、目に見えている。

ホテルに着いた私たちは、兎に角、興奮である。

何と言う、出会い・・・

コータが言う。
先生が、怒鳴っていたから、出会った、と、ポツリ。

あのまま、500ペソのタクシーに乗っていれば、出会いはなかった。

それを言われて、私は、複雑な心境である。
コータは、私が、怒鳴れば、その後、疲れて、静かになるので、黙っているとのこと。
それに・・・
自分が、怒鳴られるより、いい。

何が、利するか、解らない。

この、バコロドの、三日間は、実に有意義であった。


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2011年01月05日

神仏は妄想である 315

「神の死」の解釈として始めにあげられる点は、既存のものにはリアリティがない、生命にふれた生き方が感じられない、ということである。形式はあるが内容がない、安定していても喜びがないということである。・・・
「われわれ(アメリカ人)は、神を礼拝しているのではなく、われわれの礼拝を礼拝しているのである」と、かつて「リポーター」誌の記者は書いたことがある。
「神の死」とラディカリズム 小原 信

これは、マンネリである。
マンネリに耐えられるのは、大概が、老人である。しかし、若者たちは、耐えられない。
教会に、魅力がなくなったのである。
更に、神学者が、神の死を、唱え始めたのである。

衝撃である。

小原氏は、現代の世俗化現象のなかで、既存の宗教的な生き方が根底から批判され反省されはじめたということでもある、と言う。

これは、違う。
世俗化の中にこそ、求めるべきものがあると、言うべきだ。

現実遊離が、宗教の持ち味である。
更に、その妄想とである。

「神の死」を一言で言えば、彼らのもっていた神学的確信が終わりをつげたということである。もしキリスト教がマンネリズムということで問題視されるなら、他宗教の場合にも言える。問題は、人々が神に自信がもてなくなり、神以上に興味をもつものがふえてきたということなのである。だが、じつは事柄はそれだけではない。彼らの関心が、かつての「神学」にではなく、いわば「倫理」とも言うべきものに移行して来たこと、倫理的なものがかつての神学的な関心に匹敵する位置を与えられるようになって来たといった方がよいかもしれない。
小原

倫理進化学というものを、以前、私は、紹介している。
それが、宗教に変わるものであることは、明白である。

リアリティは、教会の中ではなく、テクノポリス、つまり、都市にあると、考え始めたと、小原氏は、指摘する。

それは、キリスト教だけではない。
すべての、教団としての、宗教に言える。

かろうじて、耐えられているのは、現実生活に、密着した、活動を主体とする、新興宗教、新宗教などが、それを、抑えている。あるいは、正体不明な、霊感宗教である。

更には、悪徳霊感商法まがいの、悪徳宗教である。

いかに、宗教が、怠慢であるかは、
知的・学問的信仰は抽象的であり、庶民に訴える力に乏しい。教義学や組織神学の体系、また神の存在論的証明は庶民には暗号にもひとしく、神学者という知的ゲットーに住まうものの自慰行為だとみられるのである。アカデミズムを絶対視して社会を無視することも、聖壇での説教を第一として隣人の問いをあとまわしにすることも、ひとつの偏見だとみるのである。現代では、神は人々に対するマスター・キーではなくなったのである。また現代人は、興味がなくなれば受け入れようとしない断片的・瞬間的な態度を強くしてきている。
小原

日本の場合は、どうか。
既存の仏教教団は、瀕死の状態に、陥っている。
そこからの、脱却なども、考えられないのである。

鎌倉仏教などは、何の魅力も無いものになっている。
興味を持たれるとしたら、開祖の太鼓持ちをする、作家たちの書くものが、読まれるだけである。それも、実に怪しい、解釈である。

開祖の、教えを、我なりに、解釈し直して、紹介するという、自己顕示が、目立つばかり。

ご苦労なことに、開祖の言わないことまで、推測して、言うという・・・

単なる、開祖の迷いの教えを、更に、迷って、人々に伝えていると、勘違いする。

どこにも、開祖たちの言葉からは、生きる威力が、湧くことは無い。
同じところを、ぐるぐると、回っているだけである。

山で、遭難するのに、似る。
夜を徹して、歩いて、辿り着いたところが、最初の場所だったという、ように、である。

他の学問と、違い、宗教の教義は、単なる、思いつきのような、考えを、教義としている。
閃いた、発見を、教義とするような、宗教が、現代に、何の力も与えない。そればかりか、逆に、生きる、を、逆行させる。

甚だしいのは、経典の、切り売りである。
切り貼りとも、言う。

時代に合わせて、簡略化したのであろうか。
巨大組織などは、簡単に、経典を、省略して、お勤めなどと称している。

何の、考えも、そこにはない。
単に、信徒の数を増やすという、安っぽい、考えがあるだけである。

十字架も、本尊も、曼荼羅も、何もかも、お飾りなものばかりである。

念仏や、題目を唱えて、救われる、浄土に行くなどとは、最早、誰も、信じていないのである。勿論、それを、教える僧侶も、である。

かつての占星学が天文学に、錬金術が化学に席を譲ったごとく、神学についても、何らかの変化が起こってしかるべきであり、超越的かつ超自然な神が、世俗的・内在的な神に変えられるべきだという考え方がここにはある。
小原

それは、原点回帰である。

ところが、キリスト教の立ち帰るべき肝心の「原点」がはっきりしない。ある人は聖書に帰ろうと言い、またある人は教会へ帰ろうとも言う。いや結局は、神が「原点」なのだという人もいる。しかし、問題は、その「神」がよくわからないということなのである。「根」に帰れとか、「原点」に帰れと言われてみても、それが、イエスなのか、キリストなのか、神なのか、教皇なのか。神学書も、聖書の注解書も、牧師も、司祭も、さいごのところでは、納得のゆくようには語ってくれない。
小原

小原氏は、それに対しての、答えを、すぐに書いているが、これは、問題がある。

後で、それを紹介するとして、問題提起である。

神の死の神学者たちは、われわれの立ち帰るべき原点を「無」にしてしまった。神は死んでしまったのだ、と言う。われわれは、もし根本を徹底して考えようとするのなら、キリスト教の改革のために、われわれが、ばくぜんともっていると思っていた原点が、客観的かつ確実に存在するしろものではない、ということをこのさい確認して、そのことから出発するのでなければ、われわれはあやふやな土台の上にマイホームを建てることになる。キリスト教の原点とは何か。それを自らで模索せよ。神の死の神学は、われわれにこのことを教えてくれる。自明にして普遍的なる神などどこにもいない、のである。
小原

それは、また、自明にして普遍的なる仏など、どこにもいない、のである、という、言い方も、出来る。

勿論、騙されたままに、信仰生活を、送ると言う、お目出度い人には、言う言葉も、無いし、つける、薬も無いのである。



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明るい悲惨、ビサヤ諸島 5

バコロドでの、ホテルは、誰もが知らない人がいないという、古くて、安いホテル。
一泊、750ペソ。1500円。

古いホテルは、部屋が、広いから、いい。
しかし、古いホテルは、矢張り、古いのである。

シャワーを浴びるときは、その都度、フロントに電話する。
でなければ、お湯が出ない。

更に、ねずみの住処。
二日目の、夜に、コータが、気づいた。

大きなゴキブリが出たと、コータが言う。そして、私に、ゴキブリ、潰せるよね、である。そう、私は、ゴキブリを、手で叩く。
今、出てきたから、殺して・・・お前は、女か・・・

しょうがないと、ベッドから、起きて、ゴキブリ退治に、立ち上がる。
だが、見えない。
あっ・・・走った。
そして、隙間を縫って、隣の部屋へ。

そして、寝た。
翌朝、食べ物が、少しずつ食べられていた。
私の、買った、干しイカまで・・・

ねずみ、だ・・・・・・
コータが、叫ぶ。

そうして、隣の部屋の、隙間に、なんと、ソファーを横にして、置いた。
夜中、そのソファーに、どんどんと、体当たりする、ねずみ。

さて、夕方、エィデアさんから、電話が、入る。
そして、お母さんと、代わった。
私が、電話を取る。

日本語である。

話して、これから、一緒に、ご飯を食べましょうということになった。
ロザンナさんは、日本食のレストランに、私たちを、連れてゆくという。
そのようにした。

コータに、日本食だよ、と言うと、高いね、と、答える。
確かに、海外の和食の店は、高い。

母と娘が、ホテルのロビーに、来てくれる。

予定の時間より、10分早く、来た。
曰く、日本の人は、時間を守る。だから、エィデアに、早くしなさいと、いったと、お母さんが言う。

ロザンナさんの出会った日本人は、よほど、良い人たちだったようだ。

タクシーに乗り、和食の店に向かう。
現地の人と、一緒だと、安心する。

タクシーで、42ペソで、到着した。
私は、50ペソを渡して、お釣りは、貰わない。

とても、大きな日本食レストランである。
オーナーが、日本人で、コックは、日本で修行した人たちである。

寿司から、うどん、そば、様々な、一品料理がある。
私は、大枚を覚悟した。

飲み物は、水を注文。そして、それぞれが、食べたい物を、注文する。
私は、旅の間、一切、酒は、飲まなかった。

私は、揚げ豆腐と、値段が高い、地元で有名なラブラブという魚の、煮付けを、頼んだ。
後は、皆に、任せる。

私は、日本語ができる、ロザンナさんと話をして、コータは、英語で、エィデアさんと、話しをする。
初対面とは思えないほど、うち解けた、雰囲気である。
それは、ロザンナさんが、日本人との付き合いを、知っているからだろう。

兎に角、打ち解けて、緊張感がないのが、良かった。
旅の間は、ただでさえ、緊張している。

そこで、二時間ほどを、過ごした。
料金は、1000ペソ程度。2000円である。
そんな高い食事は、しないが、それほど高い料金ではなかった。
ホッとした。

私たちの食事は、現地の人たちと、同じような、食堂で、食べる。
その値段は、150円から、200円程度である。

それに比べて、2000円の食事は、とても、高い。
だが、ロザンナさんは、日本にいた経験から、その程度の、金額は、高くないと感じでいる。

兎も角、打ち解けて、更に、明日、朝の十時に、ホテル出発ということで、約束した。

ホテルに帰る時は、ジプニーに乗る。
一人、7ペソである。14円。

何となく、私たちの、感覚が伝わったのだろうか。
帰りは、タクシーを拾わなかった。

こんな出会いは、実に稀なことである。
明日の、慰霊と、支援は、ロザンナさんが、手伝ってくれるので、余計な心配は、無い。

私は、ホテルに戻り、明日の、慰霊の場所を戦記から、確認する。

ネグロス島から、生還された、元日本兵による、戦記を持参してきた。

バコロドから、タリサイ村を通り、シライ市に出て、シライ川、そして、激戦地となった、山裾まで、行く。

実は、朝、ホテルに着いてから、昼にかけて、バコロドの海岸、更に、バコロドの、カテドラルの前の、無名戦死の碑の前で、慰霊を行っていた。

バコロドは、日本軍の司令部があった、場所である。
しかし、司令部がどこにあったのかを、知らない。ゆえに、海岸に出て、慰霊を行った。

日本軍が辿った、道を、明日、私も、辿り、所々で、慰霊を行うことにした。


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