2010年12月12日

プノンペンの悲しみ 12

1978年までは、兵士は、もっぱら「70年代」だった。
「75年世代」の子供たちは、八、九歳の頃から、しきりにスパイとして、使われたが、体制側に与する度合いは、極めて弱く、スパイする相手との間に、しばしば一種暗黙の共犯意識が生まれ、それとなく、こちらの正体を、相手に知らせることさえあった。

それより、少し年上だと、地元幹部の大量粛清のあと、彼らは時に、補助的な「子ども民兵」や、新たな共同組合長所属の、補充兵になり、食料自給の罪を犯した者を突き止め、逮捕し、滅多打ちにする任を与えられた。

ロランス・ピックの経験によれば、中央では、「子ども独裁」が、時を経るにしたがって、民間人の組織・統率の領域にまで拡大されていくよう、保障されていたという。

彼女は、述べている。
「幹部の第一世代は、裏切ったし、第二世代も、それより劣ることはあっても、優れることはなかった。そういうわけで、君たちこそ、急いで、その後を継ぐよう求められているのだ。・・・この新しい世代の中から、子ども医師が出現した。九歳から十三歳までの、六人の少女だ。やっと、字が読める程度だったが、党は、その一人一人に、一箱の注射器を預けていた。彼女らは、注射をする任務を与えられていた。・・・

わが子ども医者は、農民出身だ。
彼らは、自分たちの階級に奉仕する覚悟が、出来ている。彼らは、驚くほど、頭がよい。赤い箱に、ビタミン剤が入っていると言いさえすれば、彼らは、いつまでも、それを覚えているだろう。
注射器を、どう消毒するのかを見せれば、彼らは、その通りにする事が出来るだろう。

少女たちは、純粋だったことは、疑いもない。がしかし、注射を扱えるという、ノウハウがもたらす陶酔感は、勘定に入っていなかった。
子ども医者たちは、たちまちのうちに、前例のないほどの、傲慢無礼さを見せるようになった」


カンプチア共産党の意志に、意識的にせよ、無意識的にせよ、逆らう可能性のあるものは、一切、存在しては、ならなかった。

どんな、些細な、党の決定にも、無謬性のドグマが結びついていた。
逮捕された者は、身動きもとれぬ、もとにおかれた。

中国におけると、同様、逮捕されたこと自体が、彼に、罪があることの、証拠なのであり、後から、自白が行われるとしたら、それは、オンカーが決定した、逮捕という行動を、更に、正当化する役割をもつばかりだった。

「民主カンプチアにおいて、輝かしいオンカー体制の下、われわれは未来を考えなければならない。過去は葬られた。”新人民”はコニャックや、高価な服装や流行の髪形を忘れなければならない。・・・われわれは資本家のテクノロジーを全然必要としない。新しい体制のなかでは、もはや子どもを学校にやる必要はない。農村こそ、われわれの学校なのだ。大地はわれわれの紙であり、鍬はわれわれの万年筆だ。耕すことによって、われわれは書くのだ。証明書や試験は不要だ。耕すこと、農水路を掘ることを学べ。これこそ君たちの免状なのだ。そして医者、これもまたわれわれには必要なくなった。もし誰かの腸を取り除く必要がある時は、私自身がそれを引き受けよう」

「簡単なことさ、分かるよね。そのために学校に行く必要などない。技術や教授といった資本家の職業ももう必要ないのだ。われわれに何をすべきか教え込む学校の教師は必要ない。彼らは皆腐りきっている。われわれに必要なのは、ただ畑で一生懸命働こうとする人々だけだ。しかしながら、同士諸君・・・労働と犠牲を拒否する連中がいる。・・・よき革命家の心性をもたない扇動者たちがいる。・・・やつらは、同士諸君、われわれの敵だ。その幾人かは、今晩、ここにもいる」

延々と続く、このような演説を聞くのである。

演説と、踊りは、何時間も続いた。最後に、幹部全員が、一列に並んで、声を一つに、叫んだ。

「血で血に、復讐を」
「血」という言葉を発するとき、彼らは、拳で胸を叩いた。
「復讐」を叫ぶとき、彼らは、胸を上げ、拳を突き出して、敬礼した。

「血で血に、復讐を、血で血に、復讐を」
野蛮な決意に凝り固まった顔で、胸を叩くリズムに合わせて、彼らは、スローガンを叫び続け、この恐ろしいデモンストレーションの最後を、響き渡る叫びでしめくくった。
「カンボジア革命万歳」

こういう、光景を見ることは、無い。
しかし、ある種の、狂信に取り付かれた、集団は、時に、このような集会を、重ねることを、知っている。

ここにあるのは、狂気のみである。
主義も、主張も無い。
それは、信仰に満ち溢れて、恍惚として、磔にされる、殉教者の心持にも、似る。
陶酔感。

あらゆる、人間の考え方、思想、哲学、そして、宗教に、獲り憑かれた人間が見せる、狂気である。

ただし、殉教者の場合は、殺されるが、彼らは、殺すのである。

この、カンボジアの悲劇を知ることから、歴史を見ることで、人間の蒙昧さを、観ることが、出来る。

例えば、南米で、民族虐殺を、行ったスペインの狂気。
それは、キリスト教という思想によって、その野蛮が、成り立った。

アメリカに渡った、清教徒たちの、インディアン虐殺も然り。

オーストラリアの、原住民を、劣った民族として、非人間的に、扱った、イギリスの傲慢な行為。

何も、共産主義によるものだけではない。
一神教の宗教は、すべて、この狂気を持つ。

イスラムが行った、シルクロードの、仏教徒に対する、虐殺、キリスト教による、植民地政策の、虐殺。

異教徒は、殺せ、というのは、革命に反する者たちは、殺せ、と、同じなのである。

何故、人間が、このような狂気に、陥るのか。

そこには、差別と、狂信がある。
それは、すべて、人間が、考え出した、言葉による、観念なのである。

白人主義だけが、野蛮なのではない。
色付き人間も、どこもかしこも、野蛮なのである。

歴史は、その野蛮さの、証明である。

戦争回避のためには、この人間の持つ、野蛮な心根を、何かによって、取り除く、あるいは、変容させなければならない。

その方法は、知恵でしかない。
人類の、英知の進化を、信じる。

クメール・ルージュについては、また、カンボジア旅日記の際に、書くことにする。

兎も角、虐殺された人々の、冥福を祈る。

カンボジアの、知的財産である、知識階級は、ほとんどが、消滅した。いや、消滅させられたのである。



posted by 天山 at 00:00| プノンペン二度目の悲しみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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