2010年10月23日

天皇陛下について 79

昭和20年、1945年、日本は敗戦した。

広島、長崎と、原子爆弾が投下され、その後、ソ連が日ソ中立条約を破棄して、宣戦布告した。
主要都市は、廃墟となり、陸海軍の戦力も、崩壊した。

敗戦を決めたのは、8月9日と、14日に行われた、御前会議での、天皇陛下の、御聖断であらせられる。

ポツダム宣言受諾と、無条件降伏を決していた。

8月15日、玉音放送により、終戦の詔勅が流れる。
戦争が終わった。

ポツダム宣言には、天皇、憲法に対する、根本的な問題には、言及していない。
それが、日本側に、恐怖を与えた。

昭和天皇の処遇・・・
全く、皆目検討が着かない、状態である。

だが、じつは英米政府は、太平洋戦争中から日本研究を重ね、天皇の政治利用を狙っていたのだった。
英国機密ファイルの昭和天皇 徳本栄一郎

それを、裏付ける、複数の文書があるという。

一つは、1944年1月2日、駐米英国大使館が、本国に送った「ウィークリー・ポリティカル・サマリー」政治報告、である。

日本の将来像について新たな議論が出てきた。国務省内部では、ミカドと協力し、神道を連合国寄りに修正する可能性も話し合われている。ホーンベック(元極東部長)のみが、ミカドの有用性を妄想と考えているようだ。・・・
グルー(元駐日大使)は、新たな太平洋戦争の火種を防ぐため、敗戦後の日本は十分な経済市場を与えられるべきとしている。

かねて英米政府は、明治以来の国家神道が日本の軍国主義の温床になったと見ていた。天皇と協力して、その軌道修正を図ろうという考えだった。
徳本栄一郎

もう一つは、同じ年の、1月13日の、グルーが行った、スピーチを基に、英国外務省が作成した、日本の天皇制存続の展望、という、レポートである。

その中では、日本が無条件降伏をした場合、軍の強硬派が、穏健派を抹殺し、クーデターを起こすのではないか、というものである。

いかなる場合も、無条件降伏と連合軍の占領後、日本の皇室の威信を考える必要がある。天皇は世俗的王位ではなく、個人的人気があるかどうかは分からない。だが、彼は国家の崇拝物で、護符でもある。
レポート

上記を、見ても、よく解る通り、欧米の国々は、日本、そして、天皇の存在を、本当に知らないし、理解も出来ないのである。

人は、自らの、思考以外のことは、考えられないのである。

だから、天皇を理解できるのは、日本人しかいないのである。

更に、神道に関しても、全く、不案内である。
彼らの、宗教的概念でしか、理解し得ない。
それが、また、彼らの傲慢であるところのもの。

その以前も、それ以後も、彼らが、いかに、人種差別行為を、繰り返したかを見れば、一目瞭然である。
更に、である。
今も、その野蛮な思考方法は、変わっていない。

人間に、野獣性というものが、あるならば、それは、彼らの中にある。

さて、敗戦から、三ヶ月後の、1945年11月29日の、東京に進駐した、英国政府代表団が、本国に、長文のレポートを送った。

タイトルは、日本占領の問題点と方針、である。

それは、
いかに英国の利益を確保するか分析した内容だった。
徳本栄一郎

天皇制が、トップ上げられている。

連合の道具として天皇を残したのは、疑問の余地なく正しかった。日本国民は8月15日の詔勅を、全員玉砕するまで戦えとの命令と考え、それに従うつもりでいた。・・・
天皇の権威そこが、平和裏の占領を可能にした。

精神的シンボルとしての天皇の力は、物質的不幸で却って高められた。天皇は残された唯一の財産であり、他国にないシンボルである。

現在の天皇の退位は、戦争犯罪と関連して議論されてきた。彼は協力的な真面目な人物で、自分に出来る範囲で軍部に抵抗しようと試みた。天皇の退位は決して有益ではない。

興味深いのは、すでにこの時点で英国政府が、天皇を「シンボル」(象徴)に利用すべきたと提言している事だ。
徳本栄一郎

上記の、分析は、正しい。
しかし、問題なのは、英国の利益なのである。
根本は、英国の利益によって、理解されたものなのである。

皇室の、英国王室に、対する、対応と、考え方は、全く違う。
それは、利益ではなく、王室に対する、敬意なのである。
しかし、王室も、彼らも、全く、日本の皇室と、天皇の、存在意義を知らない。

ここで、天皇と、イギリス王というものに、天と地の差があることが、解るだろう。

言えば、イギリス王は、大地主であり、天皇は、日本全土を、何一つ持たなくても、天皇という権威のうちに、国民から、崇敬される、存在なのである。

日本全土を、覆う、その大御心なのである。
そのように、捉える。

その、天皇陛下が、わが身、いかになろうとも、日本と、その民のために・・・
と、仰せられる。
それは、天皇だから、出来ることなのである。

イギリス王ならば、わが身を、大切にするゆえ、亡命する。

日本の天皇の存在を、ある程度、理解出来る国がある。
タイ国である。

タイ国王は、国民から、世界の王として、認識されている。
それ以外の、王は、いないのである。

王様とは、タイ王のことである。
彼らに言わせれば、王様は、タイに、いる。
天皇は、日本にいる、ということになる。

それ程、権威というものが大事なのである。

タイの軍隊は、国軍ではない。
王様の軍隊であると、胸を張る。

ちなみに、タイ国王陛下在位60周年記念行事に、参加された、今上天皇、皇后陛下は、どの場面でも、国王のお傍に、置かれた。
当日は、全日テレビ中継で、その様子が、流れた。
私は、バンコクで、その映像を見ていた。

国民が、見られない場面でも、タイ国王は、つねに、天皇陛下をご案内していたというから、驚く。




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2010年10月24日

天皇陛下について 80

日本を民主主義国家に改造するマッカーサーの切り札、それが大日本帝国憲法の抜本的改正だった。
徳本栄一郎

1946年2月3日、GHQ民生局長の、コートニー・ホイットニー准将は、次長のチャールズ・ケーディス大佐、法規課長のマイロ・ラウエル中佐らを呼び出した。
そこで、極秘の指示を出した。
最高司令官は、つまり、マッカーサーは、われわれに憲法草案を書くよう命令された。毎日新聞の記事を見ても、日本政府の憲法案はあまりに保守的で、天皇の地位を何ら変更していない。

日本側の、憲法草案は、明治憲法の枠を出ない保守的なもので、特に、天皇の条項は、明治憲法と大差なく、GHQ側を、激怒させた。
ゆえに、マッカーサーは、ホイットニーに、新憲法の草案の指針を手渡したのである。

2月19日、日本政府は、閣議で、GHQ草案を提示した。
侃々諤々の議論の末、結果は、その案に沿った、憲法を作る方針を決定した。

間髪を入れず、マッカーサーは声明を発表した。
「天皇、政府によって作られた新しく開放的な憲法が、日本国民に予の全面的承認の下に提示された事に深く満足する」
まさに、完璧なやらせだった。
徳本栄一郎

1946年3月8日、東京の英国代表団が、本国に至急電報を打った。
この草案は明らかに英語で作成され、日本語に翻訳されたものだ。トーンがあまりに米国的すぎる。・・・特に軍備を禁じた条項は、将来の改憲議論の焦点になるだろう。
憲法改正を急がせた理由は不明だが、極東委員会と対日理事会を無視する意思が背景にある。この草案が国会で可決されてしまうと、外部の介入は困難である。
1946年3月8日、英国外務省報告

マッカーサーが、本国政府の許可なしに行動しているのは明らかだ。われわれの不満を表明し、彼に対処させるべきである。
1946年3月19日、英国外務省報告

19世紀以来、インドやアフリカに広大な領土を誇った英国は、老獪な植民地経営に長けていた。時には、現地の文化や歴史も巧みに利用する。それだけに、短期間で国家改造を押し付けるマッカーサーに、大きな危うさを感じていた。
徳本栄一郎

連合国は、壮大でかつ野心的な実験を行おうとしている。支配と教化で国民の政治的体質を変え、これまでの知的伝統を破壊または大きく修正できると考えている。可能かもしれないが、歴史上、そのような前例は聞いた事が無い。・・・われわれが望むのは、日本が攻撃的な全体主義から民主主義国へと生まれ変り、国民が基本的権利を享受し、経済政策が相反しない事である。・・・それが自国の利益にも適うと理解させるため、日本に圧力をかけるのは適切かつ合理的だ。しかし、教室で細部の処方まで与える手法は信用できない。日本人に、われわれが望む結果だけを伝え、やり方は彼らに委ねるべきである。
1946年3月26日、英国外務省報告

敗戦後、一度も、改憲せずに来た。
それは、奇跡的である。

平和憲法という名の、美名に酔ってきたのである。
そして、多くの矛盾を、兎に角、辻褄を合わせて、ここまで、来たのである。

イギリスが、言うように、日本民族は、攻撃的ではない。
羊のように、大人しい。
そして、羊のように、従順である。
だから、憲法改正も、進まないのである。

徳本氏は、60年前の、英国政府の懸念が、的中したと、言う。

われわれが日本に採択させるべきは、立法府と個人の権利を尊重する、アングロサクソン型民主主義である。これはキリスト教の教義に由来する個人の自由の伝統から、長い時間をかけて発展してきたものだ。それが、産業革命後の裕福な中流階級により、十九世紀に拡大してきた。同じ条件が整わなければ、日本で同じ発展が起きるとは思えない。

考えられるのは、日本を1868年の明治維新の状態に戻し・・・リモート・コントロールする事である。すなわち、国際社会復帰が認められるまで、欧米列強の監視下に置き、不平等条約も改正しない。
1946年3月26日、英国外務省報告

いかにも英国的な経験主義アプローチである。日本の国民性を無視してやみくもに改革に突き進むGHQは、彼らに子供同然に映ったのだろう。と、徳本氏が、言う。

私は、違う。
ここまで、傲慢なイギリスの、本性を見るものだ。

アメリカの、魔的なものと、イギリスの魔的なものとは、違う。
産業革命後・・・裕福な中流階級・・・
それが、すべて、植民地からの、搾取による。

そして、それが、アングロサクソン型民主主義であり、キリスト教に由来する・・・
呆れる。
それが、可能だったのは、何か。
多くの植民地政策であり、人権無視、更に、人種差別の何物でもないのである。

彼らの、優越意識は、付ける薬がないほど、である。

イギリスは、どれほどの、悪行をして来たのか・・・
その意識さえない。

欧米列強の監視下に置き、不平等条約も改正しない・・・
さらに、日本の、植民地化である。

アメリカより、狡猾、更に、傲慢、優越意識・・・

イギリスは、今も、多くの国に、君臨する。
イギリスを、宗主国としている、国が、今も多く存在する。

そして、そこは、今も人種差別に、晒されているのである。

だが、兎に角、世界は、そのように、動くということである。
国益・・・
その、国益のためには、相手国が、どうなろうとも、いや、殺さない程度に、生かして、搾取するという。
そこに、思想がある。
実に、恐ろしい、思想である。

posted by 天山 at 00:00| 天皇陛下について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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