2010年09月26日

天皇陛下について52

西欧列強の、植民地政策を、見てきた。
白人主義と、キリスト教の、最悪の姿を見た。

そして、19世紀末、その植民地争奪戦に乗り込んできたのが、アメリカである。

その前に、アメリカは、先住民族である、インディアンを、民族浄化と称して、虐殺による、蛮行によって、樹立された国であることを、覚えておくべし。

西部開発という名の、侵略を完了させて、北アメリカ大陸での、膨張にメドがつくと、海を渡り、侵略行為を開始する。

最初は、ハワイである。

19世紀、ハワイには、宣教師を中心とする、アメリカ人が入っている。
宣教師であるから、布教である。
が、しかし、宣教師と、その息子たちは、ハワイの政界に進出する。

更に、要職を務めるようになる。

そして、ハワイ王国の軍隊とは、別に、最新鋭の銃器を装備した、私的軍隊、ホノルルライフル部隊を、編成するという。

1887年に、カメハメハ王朝の、カラカウア国王に、銃を向けたのである。

彼らの要求は、表向きは、近代的憲法の発布である。
だが、実質は、国王の国政への発言を封じ込め、実権を握るためのもの。

彼らが押し付けた憲法は、選挙権は、高額所得者に限る、である。
そして、二重国籍のアメリカ人にも、選挙権を認めるということ。

当時のハワイの人々は、貧しく、高額所得者とは、アメリカ人を指していた。

参政権を現地の人から、奪い、自分たちが、議会の実権を掌握するという、見え透いた行為である。

このように、キリスト教の宣教師、この場合は、プロテスタントであるが、侵略の、さきがけをするというのは、スペイン、ポルトガル以来の、伝統である。

キリスト教というものが、いかに、傲慢な思想を、白人に与えたかが、解るというもの。

カラカウア国王は、その事態を、予想していた。
そこで、実は、日本に助けを求めていたのである。

その六年前、国王は、国賓として、日本を訪れ、明治天皇に拝謁し、日本人の、ハワイ移住を懇願し、更に、国王の姪で、王位継承者である、カイウラニ王女と、山階宮親王の、婚儀を申し出たのである。

当時、人間だと、認められていたのは、有色人種の中では、唯一、日本人だけだった。

日本の皇室と、姻戚関係を結び、アメリカを牽制するという、考えである。

だが、当時は、国際社会に、出たばかりの日本である。
西欧列強を敵に回して、などということは、出来ないことだった。

明治天皇は、アメリカと事を構えるのは、日本にとって、危険であるとの、考えで、翌年、特使を派遣して、申し出を正式に、断るのである。

その後、国王は、実権を奪われ、失意のうちに、亡くなる。

代わって、即位したのが、国王の妹である、リリウオカラニである。

彼女は、1893年、最後の抵抗を試みる。
島民にも、選挙権を与える、憲法発布である。
それも、アメリカ系市民の、権利を認めた上でのこと。

しかし、駐在アメリカ公使ジョン・スティーブンは、本国に、血に飢え、淫乱な女王が、恐怖の専制王権を、復活させようとしているとの、大嘘を、喧伝する。

そして、アメリカ市民の保護を目的に、ホノルルに寄航させていた、米戦艦ボストンの砲口を、女王のイオラニ宮殿に向け、海兵隊を出動させたのである。

女王は、強制的に、退位させられた。

その後、民主的な共和国の、看板を掲げて、何と、アメリカ人の大統領を誕生させるという、暴挙である。

ドールという、宣教師の息子、サンフォード・ドールが、初代に就任する。

1898年、ドールは、島民の意思を無視し、アメリカに、国土を寄贈し、結果的に、ハワイを、乗っ取ったのである。

これから、アメリカの、植民地政策が、次々と、行われることになる。

ここでも、解るように、キリスト教の宣教師というもの、いかに、狡賢い者たちかという、ことである。
それは、カトリック、プロテスタントに、関わらない。

十字架を掲げて、人種差別を増長させて、更には、虐殺にも関わり、白人主義を、全面的に肯定するという。
呆れた、行状である。

であるから、イエスと、キリスト教とは、別物だと、考えるべきである。
今、現在も、そのような、差別意識を、キリスト教は、植え付けている。

この、歴史的事実を、彼らは、謝罪も、反省もしないのである。

宗教というものが、如何に、人間を愚かにし、蒙昧にさせるかという、良い見本である。

そして、キリスト教は、政治と、切っても切り離せないものである。
教団は、政治団体と、同じだと、考えて間違いないのである。

ローマ皇帝は、皇帝の地位を、法王に承認させ、皇帝は、法王を、承認するという、茶番を堂々と行うのである。

法王は、手を汚さずに、異端審判を繰り返して、利益を、皇帝と、山分けするという。
それが、いまだに、続いていると、見てよい。

実際、アメリカという国は、イギリス国王から、ローマ法王へ、譲渡されているのである。
アメリカの、大家は、ローマ法王なのである。




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天皇陛下について52

西欧列強の、植民地政策を、見てきた。
白人主義と、キリスト教の、最悪の姿を見た。

そして、19世紀末、その植民地争奪戦に乗り込んできたのが、アメリカである。

その前に、アメリカは、先住民族である、インディアンを、民族浄化と称して、虐殺による、蛮行によって、樹立された国であることを、覚えておくべし。

西部開発という名の、侵略を完了させて、北アメリカ大陸での、膨張にメドがつくと、海を渡り、侵略行為を開始する。

最初は、ハワイである。

19世紀、ハワイには、宣教師を中心とする、アメリカ人が入っている。
宣教師であるから、布教である。
が、しかし、宣教師と、その息子たちは、ハワイの政界に進出する。

更に、要職を務めるようになる。

そして、ハワイ王国の軍隊とは、別に、最新鋭の銃器を装備した、私的軍隊、ホノルルライフル部隊を、編成するという。

1887年に、カメハメハ王朝の、カラカウア国王に、銃を向けたのである。

彼らの要求は、表向きは、近代的憲法の発布である。
だが、実質は、国王の国政への発言を封じ込め、実権を握るためのもの。

彼らが押し付けた憲法は、選挙権は、高額所得者に限る、である。
そして、二重国籍のアメリカ人にも、選挙権を認めるということ。

当時のハワイの人々は、貧しく、高額所得者とは、アメリカ人を指していた。

参政権を現地の人から、奪い、自分たちが、議会の実権を掌握するという、見え透いた行為である。

このように、キリスト教の宣教師、この場合は、プロテスタントであるが、侵略の、さきがけをするというのは、スペイン、ポルトガル以来の、伝統である。

キリスト教というものが、いかに、傲慢な思想を、白人に与えたかが、解るというもの。

カラカウア国王は、その事態を、予想していた。
そこで、実は、日本に助けを求めていたのである。

その六年前、国王は、国賓として、日本を訪れ、明治天皇に拝謁し、日本人の、ハワイ移住を懇願し、更に、国王の姪で、王位継承者である、カイウラニ王女と、山階宮親王の、婚儀を申し出たのである。

当時、人間だと、認められていたのは、有色人種の中では、唯一、日本人だけだった。

日本の皇室と、姻戚関係を結び、アメリカを牽制するという、考えである。

だが、当時は、国際社会に、出たばかりの日本である。
西欧列強を敵に回して、などということは、出来ないことだった。

明治天皇は、アメリカと事を構えるのは、日本にとって、危険であるとの、考えで、翌年、特使を派遣して、申し出を正式に、断るのである。

その後、国王は、実権を奪われ、失意のうちに、亡くなる。

代わって、即位したのが、国王の妹である、リリウオカラニである。

彼女は、1893年、最後の抵抗を試みる。
島民にも、選挙権を与える、憲法発布である。
それも、アメリカ系市民の、権利を認めた上でのこと。

しかし、駐在アメリカ公使ジョン・スティーブンは、本国に、血に飢え、淫乱な女王が、恐怖の専制王権を、復活させようとしているとの、大嘘を、喧伝する。

そして、アメリカ市民の保護を目的に、ホノルルに寄航させていた、米戦艦ボストンの砲口を、女王のイオラニ宮殿に向け、海兵隊を出動させたのである。

女王は、強制的に、退位させられた。

その後、民主的な共和国の、看板を掲げて、何と、アメリカ人の大統領を誕生させるという、暴挙である。

ドールという、宣教師の息子、サンフォード・ドールが、初代に就任する。

1898年、ドールは、島民の意思を無視し、アメリカに、国土を寄贈し、結果的に、ハワイを、乗っ取ったのである。

これから、アメリカの、植民地政策が、次々と、行われることになる。

ここでも、解るように、キリスト教の宣教師というもの、いかに、狡賢い者たちかという、ことである。
それは、カトリック、プロテスタントに、関わらない。

十字架を掲げて、人種差別を増長させて、更には、虐殺にも関わり、白人主義を、全面的に肯定するという。
呆れた、行状である。

であるから、イエスと、キリスト教とは、別物だと、考えるべきである。
今、現在も、そのような、差別意識を、キリスト教は、植え付けている。

この、歴史的事実を、彼らは、謝罪も、反省もしないのである。

宗教というものが、如何に、人間を愚かにし、蒙昧にさせるかという、良い見本である。

そして、キリスト教は、政治と、切っても切り離せないものである。
教団は、政治団体と、同じだと、考えて間違いないのである。

ローマ皇帝は、皇帝の地位を、法王に承認させ、皇帝は、法王を、承認するという、茶番を堂々と行うのである。

法王は、手を汚さずに、異端審判を繰り返して、利益を、皇帝と、山分けするという。
それが、いまだに、続いていると、見てよい。

実際、アメリカという国は、イギリス国王から、ローマ法王へ、譲渡されているのである。
アメリカの、大家は、ローマ法王なのである。


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天皇陛下について53

アメリカは、ハワイを強奪した、同じ年、スペインに戦いを挑む。
その理由が、スペインの植民地支配に苦しむ人々を、救うというものである。

米西戦争である。

キューバの独立戦争を助ける名目だったが、勝利すると、キューバは、保護領にされる。更に、スペイン領だった、プエルトリコも領土化され、カリブ海が、アメリカのものになるという、始末。

1903年のパナマの保護領化は、アジアの国々にとっても、大きな出来事。
1914年、アメリカは、パナマ運河を開通させ、南米大陸への航海権、通商権を掌握し、東海岸からの、太平洋への航路を確保する。

そして、更に、スペイン領だった、フィリピンにも、艦隊を派遣し、スペイン艦隊を撃破する。

この勝利は、フィリピンの独立革命家、アギナルド、リカルドを指導者とする、独立軍の活躍があった。

海から、アメリカに追い詰められ、マニラに立てこもったスペイン軍は、独立軍に方位され、あっさりと、降伏する。

独立軍が、アメリカに協力したのは、独立支援を約束していたから、である。

しかし、アメリカは、1899年に、戦争に勝利すると、独立軍の報復に恐れる、スペインの要望に応じて、独立軍の入城を禁じ、フィリピンを、アメリカの領土に組み入れる。

ジャングルに追われた、独立軍は、日本に、援助を求めつつ、ゲリラ戦を展開する。

すると、アメリカは、独立軍は、ゲリラであると、宣言し、戦争ではなく、ゲリラ掃討として、対処するという、暴挙に出た。
つまり、ゲリラとの、戦いは、国際法の適用外であるからである。

国際法では、殺傷力の高い非人道的な武器の使用、捕虜の虐待、拷問の禁止などが、定めてある。
ゲリラには、それが、適用されないのである。

とても、ずるい。

であるから、やりたい放題である。
ゲリラ戦で、アメリカ兵が、一人死ぬと、捕虜を一人以上、処刑する。
大量に水を飲ませて、みずぶくれになった、独立軍兵士の腹を、サウンドバッグのように、殴り続けるという。
さながら、中世の異端審判で、用いられた拷問も、行うという。

特に、悲惨だったのは、サマール島である。
島人が、アメリカ兵に、反撃したことで、報復として、女子供を含め、サマール島、隣の島の住民、二万数千人を皆殺しにするという。

更に、田畑、家屋が、焼き払われ、家畜が、殺され、そのため、食糧を失った島人は、飢餓によって、死んでいった。
その数は、五万人といわれる。

1902年、約、20万人の犠牲者を出した末、独立軍は、鎮圧されたのである。

この時、八万の大軍を率いて、乗り込んだのが、フィリピンの初代軍政長官となった、アーサー・マッカーサー陸軍少尉である。
そして、副官は、息子の、ダグラス・マッカーサー中尉である。
後に、日本占領した、連合国最高司令官の、マッカーサー元帥である。

アメリカは、更に、ずるいことを、考えた。

フィリピンに、独立を約束させたが、独立後も、支配するために、憲法に、戦争放棄の条項を、盛り込んだのである。

フィリピンも、日本も、占領政策で、独立後も、アメリカの支配下に、置かれ続けているのである。

アメリカは、その後も、グアム、サモア郡島と、太平洋の島々を手中に収めて行く。

そして、東アジアに迫るのである。

日本は、フィリピン人からは、裏切り者と、言われる。
侵略しないと、言ったのに、一時期、侵略し、占領したからだと。

しかし、アメリカは、どうか。
あまりに、事が大きいと、見えなくなるようである。

フィリピンの、知識層や、若者たちは、アメリカの文化を取り入れ、アメリカを目指した。ここでも、完璧に、アメリカに精神が、やられたのである。
英語教育も、その一つ。

領土だけではなく、精神も、その求めるものも、アメリカ追従になってしまったのである。
そして、それに、気づかず、現在まで、至る。

そして、豊かになったか。

英語は、外国に、出稼ぎに行くために、必要なものとなり、自国の文化は、衰退し、フィリピンには、何が、あるのか。

フィリピン精神を見たければ、マニラのある、ルソン島以外の、島々に出掛けなければ、見えないのである。

更に、である。
フィリピンから、何も得るものがなくなると、アメリカは、軍隊まで、引き揚げた。

金食い虫となった、フィリピンに、用は無いのである。

残虐の限りを尽くした、米西戦争・・・
アメリカでの、評価は、この戦いに参加し、外国人の人々に自由の手を差し伸べたアメリカ軍兵士たち、とある。

人権と、自由の国、アメリカとは・・・
人権は、同じ白人、キリスト教徒に言えること。

それ以外は、人間ではないのである。
そして、その感覚は、今でも続いている。

白人、キリスト教徒・・・
死ぬまで、傲慢不遜である。

ちなみに、フィリピンの戦争放棄の憲法は、そのまま、日本にも、適用された。
素晴らしい、平和憲法であるとは、何も知らない者の、たわ言なのである。

アメリカ憲法に、戦争放棄があるか。
無い。
アメリカに、楯突かないように、戦争放棄を憲法に、制定するという、ずるさ、である。

私は、個人的に、戦争放棄という、思想は、理想であると、思う。
そして、それは、世界のすべの国が、そうなるべきであり、限られた国にのみ、あるというのは、それは、策略であると、気づいた。

アジアは、言論にて、白人社会に対して、徹底抗戦すべきである。
一切の、武器は、使用せず、言論にて、白人、更には、その元である、キリスト教に対して、徹底抗戦すべきである。

主イエスは、彼らを受け入れるであろうか。
彼らは、神の国に、入るのだろうか。
天の国に、彼らが、入るというならば、その天の国は、全く、別の世界であろう。

余計な一言を、付け加えておく。
アメリカは、無限魔界の世界のみ、存在する。
霊界も、無い。
人権と、自由の、裏は、魔界なのである。


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