2010年09月03日

あらっネグロス島へ 3

セブシティの中心部、その中でも、更に、中心の、ダウンタウンの、ゲストハウスに泊まる。

近くに、メトロ・ガイサノという、デパートがあり、少し歩くと、フィリピン最古の教会の一つ、サント・ニーニョ教会がある。
更に、新しい教会も、その傍にある。

その、界隈が、ストリートチルドレンの、溜まり場であると、知ることになる。

彼らは、夕方から、動き始める。
まず、真っ当なのは、教会にお祈りする人たちに、ロウソクや、花輪を売る。
更に、ゴミ箱から、食べ物を、探す子供もいる。

親のいる子もいるが、兎に角、貧しいゆえに、自分の食べる物は、自分で、確保しなければならない。

矢張り、広い意味での、ストリートチルドレンである。

私たちは、二日で、三度の、支援を行った。

夕暮れから、夜にかけて、行う。

最初は、新しい教会辺りからはじめて、サント・ニーニョに向かう。
小さな子供たちが、多い。
一人に渡していると、次から次と、子供たちが、現れてくる。

よちよち歩きの、幼児は、母親に言われて、私たちの元に、来る。
下半身が、裸の子が多い。

今回は、子供用を、多く持参した。
渡した子供たちは、とても、喜んだ。

さて、そこから、サント・ニーニョに向かうと、10名ばかりの、子供たちが、下水道から、吹き出す水で、水浴びをしているではないか。

水道管から、水が洩れて、下水道に流れているのである。

驚いた。

女の子たちも、全裸である。
これは、写真に撮ると、掲載できないかもしれない・・・と、思いつつ、衣服を取り出して、手渡しをはじめた、が、足りない。

男の子も、女の子も、どんどんと、私の傍に来て、ズボン、シャツと、ねだる。
しかし、足りない。

私は、皆に、明日、ここに、もう一度来るから、ここで、待っていてと、英語で、話した。
中に、英語が解る子がいて、皆に、お知らせしていた。

必ず来るから

裸の女の子に、腕を取られて、抱きつかれそうになった時は、少し、ドキドキした。
これは、少女売春が、可能であろうと、想像した。

それは、セブ島に来る前に、その、情報を得ていたからである。
フィリピンの法律では、19歳から、売春は、可能であるが、それ以下の年齢は、罰則がある。

帰国して、写真を見て、矢張り、危ないと、思った。

私が、子供たちに、渡している間に、とても、セクシーに写真に、収まる女の子が、写る。

翌日、その場所に出掛けると、昨日とは、少し顔が違った、子供たちもいた。
兎に角、手渡しをはじめると、昨夜の、子供たちも、やってきた。

幼児を、おんぶした、女の子が来た。
男の幼児は、全裸である。
一切の、衣服が無い。

彼女に、幼児のもの、彼女用のものを、手渡した。
とても喜ぶ。
幼児は、彼女が、衣服に夢中になるので、泣き始めた。
私が、幼児を、後ろから、抱えるようにして、抱くと、泣き止む。
その写真もある。

怒涛の如くの、手渡しを終えると、昨夜の、顔見知りの子達が、食べ物が欲しいと、言う。
そこで、何を食べたいのかと、尋ねると、フィリピンで、展開している、ハンバーカーの店の名を言う。

そこで、五名を引き連れて、その店に向かった。

コータに、ハンバーガーを買わせ、私は、水を買うために、別の店に行く。

水を渡し、ハンバーガーを渡して、終わりである。
ところが、後から、一人の男の子が、着いて来た。
私たちの、帰り道、一緒に着いてくる。

私は、口に手をやり、食べ物ほしいのと、聞く。
彼が、頷くので、近くの、パン屋さんに、立ち寄り、二つのパンを買って、与えた。

とても、名残惜しそうに、私を見つめる。が、連れてゆくことは、出来ない。

手を振り、別れた。

ストリートチルドレンは、地元では、相手にされない。
差別の対象なのである。
それが、悲しい。

確かに、彼らを相手にしていれば、毎日、毎日、彼らのために、何かをしなければならなくなる。そんな暇は、誰にも無い。
自分のことで、皆、一杯である。

私は、彼らを忘れるが、彼らは、私を覚えている。
それが、次に、行くときの、救いである。

衣服を渡すと、必ず、食べ物を、求められる。
食べ物は、一日、最低、一度は、必要である。
衣服は、長く持つが、食べ物は、毎日のことである。
深く、考えさせられる。

子供たちだけでなく、青年、大人も、ゴミ箱から、食べ物を探す光景を、目にする。
老人福祉は、無い。
道端に寝る、老人の気持ちを思うと、心が乱れる。

マニラも、大変だが、島々も、大変である。
兎に角、貧しい。
更に、貧しい者は、差別される。



posted by 天山 at 00:00| あらっネグロス島へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神仏は妄想である 292

処女降誕とは、イエス・キリストが男女の性的結合によらないで生まれたということである。これはまさに「異象」である。人間が男女の性的結合によって生まれるという自然現象を破るものとして、異常な現象である。そこで、もし処女降誕がこのような異常な「現象」が起こったと承認することを意味するなら、それは信仰の告白ではなくなる。
北森

奇跡についての、説明をしているのだが、それが、宗教信仰の現象の奥にある、本質を見るものであるという。

宗教信仰は本来「本質」の領域にかかわるのであって、「現象」の領域にかかわるのは科学ないし常識である。
北森

奇跡は、意味の領域に属する。
北森

つまり、その、内容のもつ、宗教的意味であるということ。
それを、決断によって、受け入れる者にとってのみ、生きてくる。

それでは、信じる者だけが、その宗教的意味を、知るということになる。

私は、処女降誕という、奇跡など、どうでもいいのである。
イエスという、人間が、当時の、ユダヤ教の中にあり、その、偽善を暴き、弱い人々、更に、罪人といわれた、人と、真っ当に対座したということが、魅力なのである。

上記、簡単に言えば、信じるか、否か、ということである。

奇跡は、信仰されるものとして「ある」のである。
北森

勿論、信じる人に、信じるなということは、出来ない。
いわしの頭も、信心からである。

その、いわしの頭も、信心というものと、別であると、屁理屈を書き連ねる、根性が気に入らない。

たとえば生物学的に処女降誕に類する現象が証明されたとして、それを承認することが処女降誕の信仰告白であるというなら、すべての人間が信仰の決断なくして、キリスト教徒となり得るであろう。・・・普遍的に認識される事に対しては、信仰は要求されないからである。
北森

処女降誕を、あくまで、奇跡として、見ることが、信仰であり、更に、飛躍して、イエス・キリストの本質的な意味、それは、イエス・キリストの愛に、他ならないと、語る。

実に、恐ろしい、理論である。

イエス・キリストが、処女降誕で、生まれたということに、意味を、持たずとも、イエスという、人間の教えを、受け入れることが、出来る。
どうしても、そのような、奇跡を、意味ある、本質として、受け入れると、考えるという、錯乱である。

更に、飛躍することは、イエスの、愛は、どのようなものであったか。
それは、愛に価しない者に対する愛であった、と、語る。

人間は、愛に価する者だけを愛するのである。したがって、愛に価しない者を愛することは、人間の自然的ありかたを超えたものとして、まさに奇跡である。
北森

罪びとを愛するイエス・キリストの愛は、自然的人間にとっては奇跡である。
北森

一体、この人は、何を言っているのであろうか。

これが、神学者といわれる、人の書き物である。

更に、処女降誕に対して、愛に価しない者への、愛に、真っ向から対立するのは、性愛である。性愛は、それが健全なものであろうとするなら、必ず愛に価する者へ向けられるはずである。
性愛は本質的にいって、愛に価する者への愛である。
北森

であるから、処女降誕は、人間の自然的なありかたを超えた「本質的な意味」としての「罪びとへの愛」を語るためのものである。
と、なる。

そのような、意味としての、処女降誕であるというのである。

聖書が、語りたいことは、イエスの、本質的な、意味としての、罪びとへの愛という、奇跡を、処女降誕の奇跡で、語るということなのであるという。

ここまで、偏狭になれば、第一級の、神学者なのであろう。

人間を、初めから、罪びと、であると、断定して書く。
これが、キリスト教の、原罪説である。

これも、信じるか、否かである。

この世に、生まれたこと、自体が、罪びと、なのであるという、妄想である。

聖書が、語りたいことが、云々として、語るが、彼は、その証拠があるのか・・・
ある訳が無い。
そのように、教えられたのである。そして、その、教えを、信じたのである。

そして、信じる者は、騙される。

私は、処女降誕の奇跡から、イエスの、愛の奇跡、つまり、愛するに価しない者への、愛というものがなくても、イエス・キリストの、存在を、否定しない。肯定する。

神学というものが、学問に価しないというのは、これを、読んでみて、よく、解るのである。

つらーっとして、読んでいると、そんなものかと、思われるが、このような、妄想を、彼らは、撒き散らすのである。

そして、驚くべきは、原罪というものである。
生まれながらに、罪人であるという、意識。それを、持てという。
それも、信仰の、世界の問題である。

生まれながらに、罪人という、意識を、持たなければ、キリスト教徒になれないのである。

自虐に、他ならない、考え方。
一体、誰が、考え出したのか。
実に、おぞましい、自虐感覚である。

これを、考え出した者、当然、自虐感覚に、囚われたのである。
それを、教義とした、キリスト教である。

宗教の、蒙昧が、明確に、現れた。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

天皇陛下について 34

靖国神社以下、神社の、焼き討ちを断念した、マッカーサーであるが、日本人の心を、骨抜きにするという、方針を諦めた訳ではない。

その前に、一言、アメリカは、広島、長崎と、原爆を落とし、更に、国際法に違反する、都市への、空襲などなど・・・
いずれ、日本から、謝罪を求められる。更には、その保障を求められると、考えたはず。

何せ、一般市民を、攻撃したのである。
今でも、アメリカの世論では、原爆投下は、戦争終結のために、また、多くの犠牲を出さないことによりと、肯定されている。

兎に角、今までの、日本人の、精神を破壊する。

その、第一歩。
「神道指令」を発布して、日本政府に、「国家神道、神社神道に対する政府の保証、支援、保全、感得、及び公布の廃止」を命じる。

これが、後に、憲法の政教分離条項に、引き継がれる。

だが、おおよそ、政教分離とは、理想である。
アメリカでさえ、大統領並びに、何かを証言する時には、聖書に手を置いて、誓いを立てるのである。

更に、戦争犠牲者の、施設では、宗教なくしては、意味をなさない。
政治と、宗教の扱うテーマが違う。

政教分離は、正しいが、現実に、行おうとすると、とても、異常な事態になる。

靖国神社への、首相参拝などが、国内で、これほど、議論されるのは、国際社会では、異常なことである。
少なくとも、最も歴史ある、更に伝統として、ある、神社という、形態にて、戦争犠牲者を、奉ることは、当たり前である。

ところが、仏教系、キリスト教系の、一部、ヒステリーのような、人々が、反対を掲げる。では、どうすればいいのか・・・と、なると、自分の宗派なら、一番良いということになる。

そうした場合は、混乱甚だしくなることは、見えている。

だから、歴史と、伝統に従う形が、理想である。

神社では、どのような祈りを、上げても、構わないのである。

さて、日本精神の、破壊は、あらゆる分野に、及ぶ。
システムも、すべて新しく作り変える。
政治、教育、税制、法律・・・・
憲法、教育基本法、累進課税方式の所得税法、六・三・三制の教育制度・・・

従わざるを得ない、状況に置かれた日本と、日本人は、素直に、受け入れた。
それも、見事な変わり身である。

敗戦が、いかに、多くの人の心を、踏みにじったか、である。

兎に角、敗戦でも、なんでもいいから、戦争は、やめて欲しいという、気持ちが、敗戦により、腑抜けたものになり、ただ、従順に従う。
戦争より、マシだ、である。

だから、あの大戦が、いかに、国民には、過酷なものだったのか。

物資の乏しさ、特に、食べ物・・・
人間は、食べるためには、なんでもする。
食べなければ、死ぬからである。

戦時を生きた人々が、それを、語らないのは、語れないほど、辛かったということ。
語れないほど、辛いこととは・・・
生死の、境にあったからである。
兵士でなくとも、死を見つめた。そこまで、追い詰められたのである。

栄養失調で、亡くなった人のことは、多く語られない。が、そうして、亡くなった人が大勢いる。

日本解体によって、価値観が、180度、変容した。
アメリカ、更に、戦勝国の、目論見通り、戦前とは違う、異質な、そして、異様な日本人が、生まれた。

大まかに、言えば、日本の先祖たちは、清貧に甘んじて、子孫のために、神社や、寺を作り、国を護ろうとしてきた。
明治以降の西洋化の流れで、神社仏閣は、激減したが、それでも、神社仏閣、それぞれ、八万、合計十六万が、日本に点在する。

戦後の、日本人を代表する、精神構造は、現在の価値観を、大切にする考え方、つまり、今がよければいい、である。
現世利益、刹那主義、それは、私利私欲、身勝手、快楽主義・・・

敗戦までは、礼節を重んじ、勤勉、忍耐、公徳心という、心と、魂のあり方が、明確だった。

だが、それが、自己本位、無責任、問題先送りと、すっかり、変わった。

私が、子どもの頃の田舎では、まだ、戦前の考え方が残っていたように思う。

人を、諌めて、真っ当に、しようとする場合、年長者から、それでも、お前は、日本人か、と、咎められた。
そして、それを聞く者も、それで、反省した。
それでも、日本人か、という、誇りが残っていた。

たった、一度の敗戦で、かくも、人の心は、変わるのか・・・
変わったのである。

私は、変わることは、悪いことではないと、思う。
しかし、国の意識を、破壊することは、最も、不幸なことである。

更に、自己卑下する。
特に、教育程度の高いひとほど、日本・・・そんな意識は、無い。
日本人・・・そんな意識を持っても、どうするの・・・

あえて、愛国心教育を、するまでのことは、無い。
しかし、日本人という、意識は、教育によって、得られる。
昔、それは、大人の姿を、見て、学ぶことだった。

今、大人の、何人に、何百人に、何千人に、何万人に、何十万人に、何百万人に一人が、国を意識するのか。そして、国を護り、育てることを、伝えられるのか。

日本の、パスポートを持つことで、それだけで、信用される。
よき日本人の伝統を、生かした、戦後の人たちの、お陰である。

posted by 天山 at 00:00| 天皇陛下について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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