2010年09月01日

天皇陛下について 32

東京裁判という、欺瞞溢れる、復讐裁判に、判事として、唯一の、国際法学者である、インドの、ラダ・ビノード・パール判事が、真っ向から、異を唱えた。

この裁判は文明国の法律に含まれる貴い諸原則を完全に無視した不法行為
であると、告発し、日本が、無罪であることを、明確した。
英文にして、1275ページにわたる、意見書を、提出したのである。

勿論、多数派に、阻止されて、通らなかった。
しかし、パール判事は、冤罪を着せられた、日本の将来を、思い、三度も、来日する。

そのたびに、日本の教科書が、東京裁判史観に沿って、日本は、侵略の暴挙を犯した、先の大戦は、侵略戦争だったという、教育のあり方に、自虐的になっていく日本人を見て、憂いだ。

東京裁判で、何もかも悪かったとする、戦時宣伝デマゴギーが、これほど、日本の人の魂を、奪ってしまったとは、思わなかった。
この影響は、原爆の被害より、甚大であると、述べている。

日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、退廃に流れるさまを、私は、平然と見過ごすわけにはいかない。誤った彼らの、戦時宣伝の欺瞞を、払拭せよ。誤られた、歴史は、書き換えられなければならない。
パール判事の、警告であり、メッセージである。

しかし、日本人は、自虐史観に、囚われ、犯された。
誰が、そうしたのか。
左翼系の人々、更に、マスコミ、進歩的といわれた知識人たち、日教組・・・
売国奴たちの、戦略である。
では、何故、そのようになったのか。
何が、目的で、そのようにしたのか。

答えは、簡単である。
彼らも、妄想の恨みを抱いたからである。
妄想の、恨みとは・・・

名利の大海に、溺れるのである。
つまり、支配欲である。
強烈な、支配力に、恨みを抱き、今度は、強烈な、支配力を得たいと、思ったのである。

そして、遂に、マスコミは、強大な、支配力を得て、更に、自虐史観を、加速させた。
テレビ、新聞・・・

自虐史観でなければ、取り上げないのである。

そして、左翼系政治家・・・
彼らは、その自虐を楽しみ、謝罪外交を繰り返して、悦にいった。
ぶってぶてと、自虐を楽しむ、マゾヒズムである。
それが、国民に受け入れられると、信じた。

歴史を、真っ当に学ばない、政治家が、それから、多く出た。
今でも、歴史を知らない政治家が多い。
実に、アホ、馬鹿、間抜け、糞っ垂れ、自害して果てた方が、身のために、良い者たちである。

しまいに、学者である。
何を持って、伝統と言うのか・・・
呆れた
素人の私でさえ、伝統の何かを知る。

要するに、大戦以降は、伝統も何も無いということなのだろう。

先祖の因縁が悪いとしか、言いようが無い。

更に、作家・・・
それほど、日本が嫌なら、日本に居る必要はない。
中国でも、韓国にでも、移住すべきである。

考えても、日本人であることを、嘆く・・・
という、自虐も、ここまで、くれば、病気である。
それらが、堂々と、小説も書かずに、自虐を、書き続ける。
ホント、病気としか、言いようが無い。

東京裁判は、その後、国際法学者の間では、完全に否定された。
違法な裁判である。
それが、定説である。

それを、忘れることなかれ。

更に、である。裁判に関わった、多くの判事たちが、帰国して、裁判の不当性、違法性を、証言したのである。

信じる者は、騙される。
東京裁判の、判決を信じたのは、日本人である。
つまり、騙されたのは、なんと、日本人である。

そして、驚くべき事実。
裁判を、開廷させた、マッカーサーが、後に、日本を、侵略国として、裁いたのは、間違いだったというのである。

1950年10月、ウエーク島で、トルーマン大統領と、会談した、マッカーサーは、
東京裁判は、誤りだった
と、述べたのである。

そして、翌年の、5月3日、アメリカ上院の軍事外交合同委員会の、聴聞会にて、聖書に誓い、
日本は八千万人に近い膨大な人口を抱え、それが四つの島にひしめいているのだということを理解していただかなければなりません。その半数近くが農業人口で、後の半分が工業生産に従事していました。
潜在的に、日本の擁する、労働力は、量的にも質的にも、私がこれまで接した、いずれにも劣らぬ優秀なものです。歴史上の、どの時点においてか、日本の労働者は、人間は、怠けているときよりも、働き、生産しているときの方が、幸福なのだということ、つまり、労働の尊厳と呼んでもよいようなものを、発見していたのです。
更に、続けて
これほど巨大な労働能力を、持っているということは、彼らには、何か働くための材料が必要であったということを、意味します。彼らは、工場を建設し、労働力を有していました。しかし、彼らは、手を加えるべき、原料を得ることができませんでした。

とても、よい分析をしている。
真っ当に日本人を、見たということだ。

日本は、絹産業以外には、固有の産物が、ほとんど何もないのです。彼らは、綿がない、羊毛がない、石油の産出がない、錫がない、ゴムがない。その他、実に多くの原料が欠如している。そしてそれら一切のものが、アジアの海域には存在していたのです。
もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から、一千二百万の失業者が発生するであろうことを、彼らは、恐れていました。したがって、彼らが戦争に、飛び込んでいった動機は、大部分が、安全保障の必要に迫られてのことです。
と、語ったのである。

安全保障の必要性により、戦争を始めた。つまり、自存自衛の戦争だと、認めたのである。

更に、歴史は、隠されていたから、マッカーサーも、アメリカの日本潰しなどの計画は、知らない。

アメリカこそ、アジアを、侵略したい、などとは、マッカーサーも、知らない世界のことだった。

日本が、いう、大東亜権を、最も、欲したのは、アメリカである。
更に、西欧列強である。

大東亜戦争を、しなければ、今でも、アジア諸国は、欧米の植民地として、搾取、搾取の歴史を、重ねていった。

白人の、人種差別というものは、今でも、生きている。
それを、忘れることなかれ。

東南アジアを多く旅する、私は、その、白人たちの姿を、目の当たりにしている。
昔は、ここは、俺たちの、国が支配していたのだという、強烈な意識を、今の、今でも、持っている。
そして、現地の人たちに、サーと尊称して呼ばれることを、当たり前に思っているのである。

サーである。殿様・・・
ご主人様である。

色付き人間は、劣っていると、書いた、イギリスのアホの、あの時代から、何も、変わっていない。つまり、成長していないのである。


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神仏は妄想である 290

ここで、少し、当時の時代背景を、描くことにする。
更に、話が、横道にそれても、それは、必要なことである。

当時の、ユダヤ教の姿は、想像以上の、ものだった。
それは、支配者階級である。

戒律主義、差別的偏見、物欲のとりこ、傲慢の極み、傲慢の塊である。
イエスは、彼らに対して、徹底的に、攻撃し、鋭い批判を展開した。

勿論、だからこそ、最高刑の、磔刑を受けたのである。

イエスは、民衆の人気者、大変な支持を受けた。
何故か。
それは、虐げられた人々の中に入って、行ったからである。

ユダヤ教の、支配者層は、政治的支配者でもあった。
その、支配者層によって、搾取され、差別された、人々の、この世での、救いは無い。

当時は、更に、ローマの支配の中に、組み込まれて、民衆は、二重支配に、苦しめられていた。

救いようの無い、民衆に、イエスは、心から、同情した。
と、共に、本来は、民衆のために、現世の救いも、与えなければならない、役割をするべき、ユダヤ教の支配者層は、皆無だった。

現在の、キリスト教の、支配者層に、実によく似ている。

現世の生活にも、救いが無い、状態を生きる人々の、救いは、矢張り、神だった。
だが、その神の側につくのが、律法学者であり、パイサイ人である。

イエスは、色々な、差別から、人々を、解放した。
当時のユダヤ人ほど、差別感情の激しいものはない。

隣国サマリア人、異邦人、婦人、子供、貧しい人々、心身障害者、らい病、取税人とは、ローマの委託を受けて、税金を取り立てる者である、更に、遊女たちである。

選民意識から、出た、これらの差別は、まことに、根の深いものである。

マルコ福音には、
私が来たのは、健康な人たちのためではなく、病気の人たちのためである。義人を招くためではなく、罪人を招くために来た。

差別されていた人々は、罪人として、扱われていたのである。

恐ろしい、排他的主義である。

歴史は、それが、逆転して、ユダヤ人迫害に至ることを、教える。

自分たちは、神に選ばれた者である、という、意識過剰は、甚だしく、イエスの、怒りは、それに向けられた。

実際、イエスは、宗教教団を作る意思は無い。
ユダヤ人の、意識改革であった。

当時の、イエスの世界というものは、実に、狭いのである。
地の果てとは、どこまでのことを、言ったのかは、誰にも、解らない。
しかし、イエスは、ユダヤ教の地域の、地の果てを、指していたのである。

現在の、全世界のことではない。

傲慢とは「自分を義人だと自任して他人を見下げる」ことであるが、それは神との垂直な交わりを阻害するだけではなく、他人との平等な交わりをも破壊する。ゆえにイエスは傲慢という非人間化からの開放を行ったのである。
キリスト教新講 由木 康

そして、偽善からの、開放である。

イエスは、罪人と、言われた人々、貧しい人々、病人に対しては、実に、哀れみ深く、対応したが、律法学者、パリサイ人には、容赦なく、大変厳しい態度で、臨んだ。

その、彼らに対して、
外側は美しいが、内側は、死人や骨、あらゆる不潔なもので一杯である。
外側は、人に正しく見えるが、内側は、偽善と不正とで、一杯である。
と、攻撃した。

その激しさは、生半可なものではなかった。
イエスを、亡き者にしようと、彼らが、策を練るほどであった。

一体、このような、人間が現れた時に、既成の権力を持つ人たちは、どのように、対処するだろうか。
暗殺を考える。

更に、イエスは、ユダヤ教の、神にも、その、攻撃を向けるのである。
というと、おかしい、イエスは、神の子であろう・・・
いや、神の子は、ユダヤ人、すべての人のことである。

私の父と、イエスがいうところの、父が、ユダヤ教の神のことだろうか。

ユダヤ教の、神とは、アブラハム、イザク、ヤコブ、ヨハネの、神である。
更に、モーゼの神である。

磔刑の、イエスは、最後に、神よ、神よ、私の神よ、何故、お見捨てになるのですか、と、旧約にある、言葉を、投げ掛ける。

実際、イエスの神と、旧約の神、ヤハゥエ、エホバは、違う。

イエスの、時代になると、神は、沈黙したままである。
あの、嫉妬と、怒りの神が沈黙したのである。

イエスは、多く神という、言葉を、用いない。
天の父、私の父、である。

当時は、神の名を呼ぶことも、注意に、注意した。
それなのに、私の父と、言って、憚らないのである。

聖書研究の、限界が、見える。
旧約の神と、イエスの神は、別物である。
そして、もし、同じならば、イエスも、魔神の仲間であるということだ。
ヤハゥエとは、霊である。
ユダヤ民族の、神と、名乗る霊なのである。

私以外を、拝んではならない、という、魔神であり、化け物の霊である。

イエス以後、その神が、ユダヤ民族に、対して、何事か、指し示したか。
否である。

ユダヤ教は、旧約の、契約から、未だに、一歩も、出ていない。
だから、今でも、メシアの、出現を待つ。
そして、それは、永遠に訪れないのである。
それは、すべてが、終わったからである。


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あらっネグロス島へ

今回の、旅の主たる、目的は、フィリピン、ネグロス島における、戦争犠牲者追悼慰霊である。

セブ島直行便にて、セブ島から、その隣の島の、ネグロス島へ出掛ける予定だった。

勿論、衣服支援も、行う。
それは、セブ島、ネグロス島の、両方である。

ところが、とんでもない、間違いを犯した。
ネグロス島の、バコロドという町の近郊、シライ市という場所に、2008年に、日本の円借款によって、空港が建てられた。
私は、その空港から、シライ市にある、シライ川にて、激戦地だった、その山中の皆様の、追悼慰霊を行う予定だった。

飛行機のチケットを買う時に、私は、当然、バコロドに行くものと、納得していた。
ところが、その翌日、コータが、チケットを見ていて、行き先が、ネグロス島の、南の町、トゥマゲッティであることが、分かったのである。

えっ

バコロド行きではないの・・・
じゃあ、バコロドの空港は、閉鎖されているの・・・
船で、行くしかないのか・・・

それも、思い込みであった。
その、チケットを扱う、旅行代理店は、バコロド行きのチケットを、扱っていないだけだったのだ。
それも、知らなかった。

ネグロス、イコール、バコロドと、思い込んでいた。

しようがない、トゥマゲッティに行くことにした。
これも、何かの意味があるのだうろうと、良いほうに、考える。

そして、ネグロス島に行く朝、四時に起きて、空港に行くと、唖然・・・
バコロド行きがあるではないか。
それも、朝の、八時半の便である。

コータ、変更できないか、聞いてきて・・・
だが、24時間前まででなければ、変更は、効かないと、言われた。

ため息 ため息 ため息である。

飛行機に乗り込んで、私は、寝た。
30分ほどで、トゥマゲッティに到着する。
低空飛行になったとき、私は、窓の外を見た。

美しい。島々が、実に、美しいのである。

トゥマゲッティで、三泊することになる。

フィリピン、ビサヤ諸島は、日本軍の、戦の場であった。
セブ島には、最初に上陸している。
ネグロス島では、激戦である。
そして、その、隣のパナイ島にも、基地があった。

フィリピンの島々を舞台に、日本軍は、連合軍と、戦ったのである。

後半、ネグロス島の、戦禍を少しばかり、紹介する。
次回の旅の日記には、じっくりと、深く、その戦いの様を、紹介することにする。

兎に角、とんでもない、間違いを犯して、この旅が、はじまった。
とはいえ、めげている、暇は、無い。

セブ島にても、衣服支援をし、更に、色々な情報を耳にした。
目に入るものは、すべて情報である。
だから、とても、疲れた。

単なる、観光旅行であれば、目にするものを、無私する。しかし、私の旅は、いつものように、様々なことを、見聞して、考える旅である。

テーマー別にして、この旅日記を、書くことにする。

セブ島までは、五時間である。
いつもの、飛行時間より、短い。

薬を飲んで、飛び立つ前に、眠ってしまう。
食事の時間になると、目覚める。
そして、また、眠る。
それが、一番である。

セブ島は、観光地であるが、その場所は、セブシティではない。
セブシティと、橋で結ばれた、マクタン島が、名目上、セブ島といわれる。
観光客は、セブシティに入ることは、あまりない。

その、マクタン島には、最後の一泊だけ、過ごした。
確かに、観光地である。
ある一部だけは。

ところが、驚いた。
別の場所には、スラムが、広がる。
それも、海の上まで、張り出した、長屋のような、家々である。

漁業を営んでいた、少数民族の人たちだと、知る。
更に、彼らが、海上で、物乞いするのを、見た。

セブシティの港に入る、船に、小船で、近づき、乗船する客に、物乞いするのである。
コインを、投げると、全裸の男の子たちが、海に潜り、そのコインを拾う。

そして、それを、海に投げ入れた、客に見せる。
一つの、ショーのようだった。

その貧困の様は、表現できない。
次に、出掛けたときは、その、海に突き出た、長屋のスラムに、支援に行くことにする。

観光地と、隣り合わせのような、全く別な世界を、見た。

何故、魚を捕ることで、生活が出来ないのか。その疑問も、解明したいと、思った。

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2010年09月02日

天皇陛下について 33

これは、重大なことである。
東京裁判を、開廷した、マッカーサーが、日本は安全保障の必要により、戦争をはじめた。
大東亜戦争は、自存自衛の戦争だった。
そして、東京裁判は、間違いだったというのである。

なのに、何故、今まで、侵略戦争だと、金切り声を上げて、日本人が、言うのか・・・
更に、である。

今では、大東亜戦争を、侵略戦争であるというのは、日本人と、韓国人と、中国人である。
韓国、中国は、真っ当に歴史というものを、学ばないし、検証もしない。答えを先に造り上げ、それに、沿って、歴史を創作するのである。
話にならない。

この、マッカーサーの証言の翌年、1952年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効して、日本は、独立国として、復帰する。

アメリカは、安全保障条約の同時締結と、東京裁判の堅守を要求する。

条約第十一項に、
日本国は、極東軍事裁判所・・・裁判を受諾し
とある。
しかし、この、裁判という、訳は、誤りで、判決である。
これは、日本の官僚の作為ある、訳である。
これでは、裁判すべてを、受諾するという意味になる。

官僚の中には、売国奴がいるということ。
忘れるな。

マッカーサーの、証言を、日本国民に知らせず、侵略戦争であると、喧伝する、政治家、官僚、そして、政府・・・
それにより、日本は、巨額の賠償金を、支払う。
ここだ。ここに、問題がある。

侵略戦争でなければ、賠償金を、支払う義務はない。

この、賠償金の行方である。
おおよそは、知る。
しかし、その賠償金が、途中搾取されているとしたら・・・
私は、彼らが、それを、途中で、搾取するために、侵略戦争であると、国民に信じ込ませたと、思う。

賠償金を、払うから、後で、いくらか、こちらに、回せと、言える。
そして、そういう、政治家、官僚が、必ず居る。

中国に、支払った金額は、富士山を超える以上の巨額な、金額である。
それで、彼らは、軍事大国になるべく、邁進した。

更に、今の、今でも、韓国、北朝鮮に、戦後保障が、されていないと、言われる。
実に、おかしな話である。
保障は済んでいるのに、まだ、寄越せという。

彼らが、おかしいと、思っていたが、それを、言わせる、日本政府と、それらの政治家に、私は、疑念を抱く。
日本国民より、あちらの、国民の機嫌を取りたい、政治家がいるのである。

何故か。

歴史は、必ず、暴かれる。
時間が、解決する。

さて、その、マッカーサーだが、日本占領で、為したことは、甚だしく、日本精神を、崩壊させるものだった。

それを、俯瞰すれば、欧米の思想というものが、手に取るように、解る。
要するに、理解できないものが無いということを、知らない。

マッカーサーは、日本の神道を、キリスト教のように、考えることしか、出来なかった。
日本の精神的支柱に、神道があると、思い込んだ。

彼らの、一神教は、戦う宗教である。
しかし、日本の神道は、平和の宗教である。

儒教、道教、そして、今では定着した、仏教を、すんなりと、受け入れた。

ホント、マッカーサーが、馬鹿だと、思うのは、神社の焼き払いを、計画したことである。

日本人は、神社などなくても、神道の心は、失わないことを、知らない。
本来は、建物を、置かないのが、神道であり、それは、所作の問題であることも、知らなかった。

勿論、知らなくていい。
彼は、軍人である。
文化人類学者ではない。

だが、占領軍の、日本解体の計画を見れば、欧米の人の、精神というものが、透けて見えるのである。

実に、軽薄短小である。

体と、性器は、大きいが、軽薄短小・・・・

大きすぎて、頭の方は、隙間だらけである。

さて、マッカーサーは、神社焼き討ち、を、計画して、駐日ローマ法王庁代表、バチカン公使代理のフルーノ・ビッテル神父に、意見を聞いた。

神父は言う。
自然の法に基づいて考えると、いかなる国家もその国家のために死んだ人々に対して、敬意を払う権利と義務があるといえる。それは、戦勝国か、敗戦国かを問わず、平等の真理でなければならない。無名戦士の墓を想起すれば、以上のことは、自然に理解できるはずです。

更に、続けて
もし、靖国神社を焼き払ったとすれば、その行為は、アメリカの歴史にとって不名誉きわまる汚点となって残るであろう。歴史はそのような行為を理解しないに違いない。はっきりいって、靖国神社を焼却することは、アメリカの占領政策と相容れない犯罪行為である。

そして、神父は、
われわれは信仰の自由が完全に認められ、神道、仏教、キリスト教、ユダヤ教など、いかなる宗教を信仰する者であろうと、国家のために死んだ者は、すべて靖国神社にその霊を祀られるようにすることを、進言するものである。

神父の言葉が、マッカーサーの、アホになるような、行為を止めた。
神父に、尋ねなければ、そんなことも、解らないのである。

カトリックの、したたかさである。
その国の、伝統を守り、その伝統を、有効に利用して、布教をする。
馬鹿な、プロテスタントの、ヒステリーのような、布教はしないのである。

つまり、カトリックは、伝統を、理解できる、伝統があるからである。


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神仏は妄想である 291

マタイ福音書の、冒頭では、イエス・キリストの系図というものが、書かれる。

アブラハムはイサクを生み、イサクはヤコブを、ヤコブはユダとその兄弟たちとを、
ユダはタマルによってペレズとゼラとを・・・・

エッサイはダビデ王を生んだ。

イエスが、ダビデの、子孫であり、約束された、キリスト、メシアであることを、説得するのである。

聖書研究では、アブラハムの名を記したのは、神がアブラハムに約束された、全人類への祝福が、キリストによって、与えられたことを、示すと、いう。

ヤコブはマリアの夫ヨゼフを生んだ。
キリストと呼ばれるイエスは、このマリアからお生まれになった。

だから、イエスは、ユダヤ教の、完成者なのであると、言いたいのである。

しかし、イエスは、聖霊によって、身ごもったのであり、血統ではない、はず。
マリアの子であり、ヨゼフの子ではない。

マタイは、ダビデのすえである、ヨゼフが、妻マリアから生まれる子の、父としての資格を持つことによって、この子こそ約束された、メシアはダビデのすえから出るという、預言を成就するものでると、教える。
とは、聖書研究である。

血の関わりより、聖霊、つまり、神の意思の方が、強いのである。

あまりの、こじ付けに、唖然とする。

処女降誕は長々と書きつられた系図を無効にしてしまう。その意味においても、処女降誕の記事は不可解である。
聖書の読み方 北森嘉蔵

ところが、北森氏は、とんでもないことを、書く。
それこそ「連帯化」の真理にほかならない。連帯化は、一方ではAがBと一体化し内在化することであるが、しかし他方ではAはBから超越して他者性をもっていることを必要とする。処女降誕はその超越的他者性を示すのである。

系図によって人間と一体化した救い主イエス・キリストは、その系図とは無関係な処女降誕によって、人間から超越した他者であることを示すのである。

救いとは、罪びとから超越している聖なる神が、罪びとの世界に内在して罪びとと一体化することによって成り立つのである。

上記、勝手な言い分、勝手な解釈である。
全く、説得力がない。
超越的他者性・・・
詭弁である。

更に、その蒙昧は、続く。

もし罪びとと一体化するだけであるなら、それは罪びとを現状肯定することになってしまうであろう。救い主が罪びとから超越した聖なる存在であることによって、救いが罪びとの現状肯定に終わらず、その現状批判と現状変革とを伴うことになるのである。

これが、神学者である。
系図を取り上げた、マタイの解釈ではなく、希望的願望を、書き上げるという、愚である。

更に
はじめから罪びとと一体化しているだけの存在なら、救いと称しても、結局は「すねに傷持つ身同士」」で傷をなめ合っているようなことになるにすぎない。
と、なる。

この人は、自分が、矛盾しているとは、全く考えていない。
イエス・キリストが、メシアであるという、前提に立ち、解釈するからである。
つまり、信じている。
信じているから、とんでもない、飛躍したことも、平然として、書く。

イエスの、系図の解説を、淡々とするというならば、解る。しかし、そこに、すでに、イエスを、メシアであると、信じることが、前提にあるから、全く、説得力がない。

イエス在世当時の、律法学者と、変わらない。
今、イエスが、目の前に現れると、偽者だと、弾圧するであろうことは、難くない。

責任を負うのは、相手の現状に対する批判と変革とを伴う。この批判と変革は、相手からの超越性によってのみ成り立つ。完全に内在化してしまえば、相手を批判することも変革することもなくなる。
北森

通常の、問題を解決する、手立てとしてならば、それを受け入れられるが、イエスが、メシアだということの、解釈とすれば、受け入れることは、出来ない。

キリストは罪びとの責任を負って十字架の刑罰をうけ、罪びとをその刑罰から救い出す。それは完全な救いであって、人間のがわでのいかなる条件をも要求しない。無条件の救いである。それが系図の中にふくまれるメッセージである。
北森

ここでは、人間を、罪びとであるとする、前提がある。
人間は、罪びとなのである。

しかし、そのキリストは本来的に罪びとであるのではなく、罪から超越した聖なる存在であるままで、罪びとと連帯化するのである。この超越性が処女降誕の中にふくまれるメッセージである。
北森

メシアとして、作られてゆく、イエスであるということだ。

処女降誕を信じることが、クリスチャンの、まず最初の試み。

ユダヤ教の、背景を、見回して、イエスの存在が、アブラハムから、ダビデにつながる、系図の上にある存在を言い、それが、旧約に約束された、メシアであるという、段取りを、マタイ教団は、その、権威と共に、書き上げなければならなかった。

イエスを、メシアとして、作らなければならない、使命があった。

処女降誕だけでも、十分に、説得力があるものだが、ユダヤ教、ユダユ人を、意識しての、記述である。

信仰宣言は、我は全能の神を信じ、乙女マリアから生まれ、死から甦る、主イエスを、信じます、である。

最低限の、それは、信仰宣言である。
が、二千年前の人には、通ずるが、今は、無理である。

神話として、生きているというならば、それもまた、善しであるが、それが、事実であるというのは、あまりにも、無理がある。

それは、完全な救いであって・・・
何を根拠に、完全な、救いというのか。

まさに、妄想というしかない。


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あらっネグロス島へ 2

通常、セブ島といえば、セブシティから、突き出た、マクタン島のことをいう。
そこは、観光地であり、ビーチ沿いに、ホテルが立ち並ぶ。

私たちは、マクタン島ではなく、セブシティに、直行した。
ホテルは、街中を避けて、街の北寄りにある、ホテルにしていた。

一泊、900ペソ、1800円のホテルである。
ホテル周辺は、静かだった。
そこで、二泊し、ネグロス島への、飛行機のチケットを予約し、もし、必要なら、その地区でも、衣服支援をする予定だった。

フィリピン料理は、不味いと、思っていたが、セブ島に来て、その思いが、変わった。
意外に、薄味で、食べられるものである。

ホテル近くの、120ペソ、240円での、食べ放題の店に入った。
驚くべき、安さであり、更に、品揃えが、豊富で、驚いた。
私は、二食分を食べた。

その日は、それで、終わり。
翌日に、旅行代理店のある、ロビンソンデパートに、出向いた。

その時、道端で、寝ている、二人の男の子、ストリートチルドレンを見た。
私は、後で、彼らのために、衣服を持ってこようと、思った。

急ぎ、ネグロス島の、チケットを予約する。
その時、私は、ネグロス島の空港は、バコロド空港のみと、思い込んでいた。
その空港は、2008年に、日本の円借款により、建設されたものである。

ところが、その旅行代理店では、バコロド行きのチケットを、扱っていないのである。だが、それに気づかない。
兎に角、ネグロス島一本やりである。

6日に、行き、9日に、戻る。
そうして、予約した、チケットの内容に、気づいたのは、後のことである。

トゥマゲッティという言葉を、何度か、聞いたが、それが、空港のこととは、理解しなかった。
よく解らない英語だと思い、オッケーを繰り返していた。

さて、急ぎ、ホテルに戻り、男の子の、衣服を持参して、また、ロビンソンに、戻ろうとした。
ところが、通りを歩く、目の前を、五人のストリートチルドレンが、現れた。

そこで、すぐに、手渡すことにした。
彼らは、見つけた時でなければ、渡せないのである。

とても、喜んだ。
二人の少年の、ズボンは、破けて、一人は、チンチンが見え、もう一人は、尻の半分が見えた。

ところが、二人分として、持参したので、足りない。
そこで、彼らに、ここで待っていなさいと、言い、再び、ホテルに戻り、バッグに、多くを詰めて、戻った。

歓声を上げて、喜ぶ。
年は、見た目、八歳から、十歳程度である。だが、栄養不足で、見た目より、年齢が高い場合がある。

一通り、衣服を渡すと、少年の一人が、腹が空いていると言う。
そこで、じゃあ、何か食べ物をと、思った。
すると、また、少年が、すぐ近くに、食堂があるという。

そこに、行くことにした。

地元の人たちの、食堂である。
彼らを連れた、私たちを、食堂の、若い女性が、怪訝な顔をして、見る。

私は、ライスと、おかずを、選んで、彼らに、食べさせるように、言う。
すると、少年たちも、あれが食べたい、これが食べたいと、指定する。

私は、スープも注文した。
ところが、本当に、スープだけを、盛り付ける。
すると、一人の少年が、早口で、女性に言うと、スープに、肉の塊を入れた。

肉を入れてくれと、言ったのだろう。
言った者、勝ちである。

そして、清算をすると、全部で、125ペソ、250円である。
実に、安い。

コータが、彼らの写真を撮ると、皆、一人一人、ご飯を持ったところを、撮って欲しいと言う。
そんなところが、子供らしい。

そして、私たちは、ホテルに戻った。
しばらくして、あっと、気づいた。
私は、ロビンソンの傍の道端で、寝ていた、男の子に、衣服を渡すはずだったと・・・

そして、再度、二人分の、衣服を持って、出掛けた。
しかし、一人は、いなくなっていた。更に、もう一人の少年は、起きる気配がない。

彼の、頭の横に、食べ物が、置かれていた。
誰かが、置いたのであろう。
無理に、起こすのが、躊躇われた。

しばし、様子を見ていたが、全く起きないのである。

彼の横に、衣服を置いても、誰かが、取ってゆくこともあると、私は、諦めた。
そして、もう一度、後で、来てみようと、思った。

外に出ると、汗だくになる。
ペットボトルの水を、三本買って、ホテルに戻ることにした。

次に、街中の、ゲストハウスを探すことにした。
一泊、600ペソ、1200円の、ゲストハウスが見つかった。
私は、拙い英語で、予約した。
ホテルの予約は、すべて私がした。

それを聞いていた、コータが、完璧な英語と、褒める。
だが、通じる場合と、全く、通じない場合がある。

一番、がっかりしたのは、ネグロス島の、ホテルで、従業員と、英語で会話したときに、私は、日本語が出来ませんと、言われたときである。私の英語が、英語として、聞こえないということであった。
ジャパニーズイングリッシュだったのだ。


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2010年09月03日

天皇陛下について 34

靖国神社以下、神社の、焼き討ちを断念した、マッカーサーであるが、日本人の心を、骨抜きにするという、方針を諦めた訳ではない。

その前に、一言、アメリカは、広島、長崎と、原爆を落とし、更に、国際法に違反する、都市への、空襲などなど・・・
いずれ、日本から、謝罪を求められる。更には、その保障を求められると、考えたはず。

何せ、一般市民を、攻撃したのである。
今でも、アメリカの世論では、原爆投下は、戦争終結のために、また、多くの犠牲を出さないことによりと、肯定されている。

兎に角、今までの、日本人の、精神を破壊する。

その、第一歩。
「神道指令」を発布して、日本政府に、「国家神道、神社神道に対する政府の保証、支援、保全、感得、及び公布の廃止」を命じる。

これが、後に、憲法の政教分離条項に、引き継がれる。

だが、おおよそ、政教分離とは、理想である。
アメリカでさえ、大統領並びに、何かを証言する時には、聖書に手を置いて、誓いを立てるのである。

更に、戦争犠牲者の、施設では、宗教なくしては、意味をなさない。
政治と、宗教の扱うテーマが違う。

政教分離は、正しいが、現実に、行おうとすると、とても、異常な事態になる。

靖国神社への、首相参拝などが、国内で、これほど、議論されるのは、国際社会では、異常なことである。
少なくとも、最も歴史ある、更に伝統として、ある、神社という、形態にて、戦争犠牲者を、奉ることは、当たり前である。

ところが、仏教系、キリスト教系の、一部、ヒステリーのような、人々が、反対を掲げる。では、どうすればいいのか・・・と、なると、自分の宗派なら、一番良いということになる。

そうした場合は、混乱甚だしくなることは、見えている。

だから、歴史と、伝統に従う形が、理想である。

神社では、どのような祈りを、上げても、構わないのである。

さて、日本精神の、破壊は、あらゆる分野に、及ぶ。
システムも、すべて新しく作り変える。
政治、教育、税制、法律・・・・
憲法、教育基本法、累進課税方式の所得税法、六・三・三制の教育制度・・・

従わざるを得ない、状況に置かれた日本と、日本人は、素直に、受け入れた。
それも、見事な変わり身である。

敗戦が、いかに、多くの人の心を、踏みにじったか、である。

兎に角、敗戦でも、なんでもいいから、戦争は、やめて欲しいという、気持ちが、敗戦により、腑抜けたものになり、ただ、従順に従う。
戦争より、マシだ、である。

だから、あの大戦が、いかに、国民には、過酷なものだったのか。

物資の乏しさ、特に、食べ物・・・
人間は、食べるためには、なんでもする。
食べなければ、死ぬからである。

戦時を生きた人々が、それを、語らないのは、語れないほど、辛かったということ。
語れないほど、辛いこととは・・・
生死の、境にあったからである。
兵士でなくとも、死を見つめた。そこまで、追い詰められたのである。

栄養失調で、亡くなった人のことは、多く語られない。が、そうして、亡くなった人が大勢いる。

日本解体によって、価値観が、180度、変容した。
アメリカ、更に、戦勝国の、目論見通り、戦前とは違う、異質な、そして、異様な日本人が、生まれた。

大まかに、言えば、日本の先祖たちは、清貧に甘んじて、子孫のために、神社や、寺を作り、国を護ろうとしてきた。
明治以降の西洋化の流れで、神社仏閣は、激減したが、それでも、神社仏閣、それぞれ、八万、合計十六万が、日本に点在する。

戦後の、日本人を代表する、精神構造は、現在の価値観を、大切にする考え方、つまり、今がよければいい、である。
現世利益、刹那主義、それは、私利私欲、身勝手、快楽主義・・・

敗戦までは、礼節を重んじ、勤勉、忍耐、公徳心という、心と、魂のあり方が、明確だった。

だが、それが、自己本位、無責任、問題先送りと、すっかり、変わった。

私が、子どもの頃の田舎では、まだ、戦前の考え方が残っていたように思う。

人を、諌めて、真っ当に、しようとする場合、年長者から、それでも、お前は、日本人か、と、咎められた。
そして、それを聞く者も、それで、反省した。
それでも、日本人か、という、誇りが残っていた。

たった、一度の敗戦で、かくも、人の心は、変わるのか・・・
変わったのである。

私は、変わることは、悪いことではないと、思う。
しかし、国の意識を、破壊することは、最も、不幸なことである。

更に、自己卑下する。
特に、教育程度の高いひとほど、日本・・・そんな意識は、無い。
日本人・・・そんな意識を持っても、どうするの・・・

あえて、愛国心教育を、するまでのことは、無い。
しかし、日本人という、意識は、教育によって、得られる。
昔、それは、大人の姿を、見て、学ぶことだった。

今、大人の、何人に、何百人に、何千人に、何万人に、何十万人に、何百万人に一人が、国を意識するのか。そして、国を護り、育てることを、伝えられるのか。

日本の、パスポートを持つことで、それだけで、信用される。
よき日本人の伝統を、生かした、戦後の人たちの、お陰である。

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神仏は妄想である 292

処女降誕とは、イエス・キリストが男女の性的結合によらないで生まれたということである。これはまさに「異象」である。人間が男女の性的結合によって生まれるという自然現象を破るものとして、異常な現象である。そこで、もし処女降誕がこのような異常な「現象」が起こったと承認することを意味するなら、それは信仰の告白ではなくなる。
北森

奇跡についての、説明をしているのだが、それが、宗教信仰の現象の奥にある、本質を見るものであるという。

宗教信仰は本来「本質」の領域にかかわるのであって、「現象」の領域にかかわるのは科学ないし常識である。
北森

奇跡は、意味の領域に属する。
北森

つまり、その、内容のもつ、宗教的意味であるということ。
それを、決断によって、受け入れる者にとってのみ、生きてくる。

それでは、信じる者だけが、その宗教的意味を、知るということになる。

私は、処女降誕という、奇跡など、どうでもいいのである。
イエスという、人間が、当時の、ユダヤ教の中にあり、その、偽善を暴き、弱い人々、更に、罪人といわれた、人と、真っ当に対座したということが、魅力なのである。

上記、簡単に言えば、信じるか、否か、ということである。

奇跡は、信仰されるものとして「ある」のである。
北森

勿論、信じる人に、信じるなということは、出来ない。
いわしの頭も、信心からである。

その、いわしの頭も、信心というものと、別であると、屁理屈を書き連ねる、根性が気に入らない。

たとえば生物学的に処女降誕に類する現象が証明されたとして、それを承認することが処女降誕の信仰告白であるというなら、すべての人間が信仰の決断なくして、キリスト教徒となり得るであろう。・・・普遍的に認識される事に対しては、信仰は要求されないからである。
北森

処女降誕を、あくまで、奇跡として、見ることが、信仰であり、更に、飛躍して、イエス・キリストの本質的な意味、それは、イエス・キリストの愛に、他ならないと、語る。

実に、恐ろしい、理論である。

イエス・キリストが、処女降誕で、生まれたということに、意味を、持たずとも、イエスという、人間の教えを、受け入れることが、出来る。
どうしても、そのような、奇跡を、意味ある、本質として、受け入れると、考えるという、錯乱である。

更に、飛躍することは、イエスの、愛は、どのようなものであったか。
それは、愛に価しない者に対する愛であった、と、語る。

人間は、愛に価する者だけを愛するのである。したがって、愛に価しない者を愛することは、人間の自然的ありかたを超えたものとして、まさに奇跡である。
北森

罪びとを愛するイエス・キリストの愛は、自然的人間にとっては奇跡である。
北森

一体、この人は、何を言っているのであろうか。

これが、神学者といわれる、人の書き物である。

更に、処女降誕に対して、愛に価しない者への、愛に、真っ向から対立するのは、性愛である。性愛は、それが健全なものであろうとするなら、必ず愛に価する者へ向けられるはずである。
性愛は本質的にいって、愛に価する者への愛である。
北森

であるから、処女降誕は、人間の自然的なありかたを超えた「本質的な意味」としての「罪びとへの愛」を語るためのものである。
と、なる。

そのような、意味としての、処女降誕であるというのである。

聖書が、語りたいことは、イエスの、本質的な、意味としての、罪びとへの愛という、奇跡を、処女降誕の奇跡で、語るということなのであるという。

ここまで、偏狭になれば、第一級の、神学者なのであろう。

人間を、初めから、罪びと、であると、断定して書く。
これが、キリスト教の、原罪説である。

これも、信じるか、否かである。

この世に、生まれたこと、自体が、罪びと、なのであるという、妄想である。

聖書が、語りたいことが、云々として、語るが、彼は、その証拠があるのか・・・
ある訳が無い。
そのように、教えられたのである。そして、その、教えを、信じたのである。

そして、信じる者は、騙される。

私は、処女降誕の奇跡から、イエスの、愛の奇跡、つまり、愛するに価しない者への、愛というものがなくても、イエス・キリストの、存在を、否定しない。肯定する。

神学というものが、学問に価しないというのは、これを、読んでみて、よく、解るのである。

つらーっとして、読んでいると、そんなものかと、思われるが、このような、妄想を、彼らは、撒き散らすのである。

そして、驚くべきは、原罪というものである。
生まれながらに、罪人であるという、意識。それを、持てという。
それも、信仰の、世界の問題である。

生まれながらに、罪人という、意識を、持たなければ、キリスト教徒になれないのである。

自虐に、他ならない、考え方。
一体、誰が、考え出したのか。
実に、おぞましい、自虐感覚である。

これを、考え出した者、当然、自虐感覚に、囚われたのである。
それを、教義とした、キリスト教である。

宗教の、蒙昧が、明確に、現れた。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あらっネグロス島へ 3

セブシティの中心部、その中でも、更に、中心の、ダウンタウンの、ゲストハウスに泊まる。

近くに、メトロ・ガイサノという、デパートがあり、少し歩くと、フィリピン最古の教会の一つ、サント・ニーニョ教会がある。
更に、新しい教会も、その傍にある。

その、界隈が、ストリートチルドレンの、溜まり場であると、知ることになる。

彼らは、夕方から、動き始める。
まず、真っ当なのは、教会にお祈りする人たちに、ロウソクや、花輪を売る。
更に、ゴミ箱から、食べ物を、探す子供もいる。

親のいる子もいるが、兎に角、貧しいゆえに、自分の食べる物は、自分で、確保しなければならない。

矢張り、広い意味での、ストリートチルドレンである。

私たちは、二日で、三度の、支援を行った。

夕暮れから、夜にかけて、行う。

最初は、新しい教会辺りからはじめて、サント・ニーニョに向かう。
小さな子供たちが、多い。
一人に渡していると、次から次と、子供たちが、現れてくる。

よちよち歩きの、幼児は、母親に言われて、私たちの元に、来る。
下半身が、裸の子が多い。

今回は、子供用を、多く持参した。
渡した子供たちは、とても、喜んだ。

さて、そこから、サント・ニーニョに向かうと、10名ばかりの、子供たちが、下水道から、吹き出す水で、水浴びをしているではないか。

水道管から、水が洩れて、下水道に流れているのである。

驚いた。

女の子たちも、全裸である。
これは、写真に撮ると、掲載できないかもしれない・・・と、思いつつ、衣服を取り出して、手渡しをはじめた、が、足りない。

男の子も、女の子も、どんどんと、私の傍に来て、ズボン、シャツと、ねだる。
しかし、足りない。

私は、皆に、明日、ここに、もう一度来るから、ここで、待っていてと、英語で、話した。
中に、英語が解る子がいて、皆に、お知らせしていた。

必ず来るから

裸の女の子に、腕を取られて、抱きつかれそうになった時は、少し、ドキドキした。
これは、少女売春が、可能であろうと、想像した。

それは、セブ島に来る前に、その、情報を得ていたからである。
フィリピンの法律では、19歳から、売春は、可能であるが、それ以下の年齢は、罰則がある。

帰国して、写真を見て、矢張り、危ないと、思った。

私が、子供たちに、渡している間に、とても、セクシーに写真に、収まる女の子が、写る。

翌日、その場所に出掛けると、昨日とは、少し顔が違った、子供たちもいた。
兎に角、手渡しをはじめると、昨夜の、子供たちも、やってきた。

幼児を、おんぶした、女の子が来た。
男の幼児は、全裸である。
一切の、衣服が無い。

彼女に、幼児のもの、彼女用のものを、手渡した。
とても喜ぶ。
幼児は、彼女が、衣服に夢中になるので、泣き始めた。
私が、幼児を、後ろから、抱えるようにして、抱くと、泣き止む。
その写真もある。

怒涛の如くの、手渡しを終えると、昨夜の、顔見知りの子達が、食べ物が欲しいと、言う。
そこで、何を食べたいのかと、尋ねると、フィリピンで、展開している、ハンバーカーの店の名を言う。

そこで、五名を引き連れて、その店に向かった。

コータに、ハンバーガーを買わせ、私は、水を買うために、別の店に行く。

水を渡し、ハンバーガーを渡して、終わりである。
ところが、後から、一人の男の子が、着いて来た。
私たちの、帰り道、一緒に着いてくる。

私は、口に手をやり、食べ物ほしいのと、聞く。
彼が、頷くので、近くの、パン屋さんに、立ち寄り、二つのパンを買って、与えた。

とても、名残惜しそうに、私を見つめる。が、連れてゆくことは、出来ない。

手を振り、別れた。

ストリートチルドレンは、地元では、相手にされない。
差別の対象なのである。
それが、悲しい。

確かに、彼らを相手にしていれば、毎日、毎日、彼らのために、何かをしなければならなくなる。そんな暇は、誰にも無い。
自分のことで、皆、一杯である。

私は、彼らを忘れるが、彼らは、私を覚えている。
それが、次に、行くときの、救いである。

衣服を渡すと、必ず、食べ物を、求められる。
食べ物は、一日、最低、一度は、必要である。
衣服は、長く持つが、食べ物は、毎日のことである。
深く、考えさせられる。

子供たちだけでなく、青年、大人も、ゴミ箱から、食べ物を探す光景を、目にする。
老人福祉は、無い。
道端に寝る、老人の気持ちを思うと、心が乱れる。

マニラも、大変だが、島々も、大変である。
兎に角、貧しい。
更に、貧しい者は、差別される。

posted by 天山 at 00:00| あらっネグロス島へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月04日

天皇陛下について 35

政財界
敗戦後、いち早く、建て直しを行ったのが、経済界である。
焦土となった、日本を復興させようとの、経済活動が、日本を、未曾有の経済成長へと、突き進んでゆく。

その、多くの経済人たちは、経済的建て直しを図り、その後で、日本人の精神を、取り戻そうと、考えた。

兎に角、貧しさから、脱すること。
国民が、食べるに、困らないようにする。

敗戦後の、功労者は、経済人たちである。

そして、天皇陛下の、全国行幸である。

敗戦の、道義的責任に、心を痛めた天皇が、罪滅ぼしにと、思い立ったのが、全国行脚の旅であった。
天皇裕仁の昭和史 河原敏明

だが、実際は、そんなものではない。
道義的責任・・・

天皇陛下の、痛みは、そんなものではない。
あえて言えば、宗教的痛み・・・
皇祖皇宗に対し奉る御心、そして、それに連なる祖先たちへの、痛みである。
彼らが、築き上げた、この美しい日本という、国を、戦争によって、焦土にしたという、痛みである。

更に、物資の不足により、国民が、しのんだであろう、苦労を思えば、この身を、引き裂いても、解決しないという、痛みである。

陛下の御心を、考える時、下、しもの目線では、理解できない。
陛下は、上の人であらせられるから、上の目線で、理解しようとしなければ、理解できない。
それは、多分に、想像になる。

私は、陛下ではない。

同じ、下々の人を、理解するのさえ、ままならないのである。
どうして、上の人の御心を、理解できようか。

出来るというのは、傲慢である。

元来、内向的な天皇が、まして雲の上に隔絶されてきた身で、俄かに国民大衆の中に分け入るのは、大変な勇気と決心が必要だった。さらに、天皇に恨みをもつであろう数多くの人々、あるいは左翼テロリストの兇刀や暴行も予想せねばならなかった。
河原敏明

だが、天皇は、出掛けた。
そして、ありのままの、国民の生活を目にする。
更に、戦争犠牲者の、遺族たち、孤児たち・・・

それは、天皇にとって、針の筵に座すものであった。

一、 下々の私は、それを、思うと、狂うと、考える。
狂い死ぬ。

天皇陛下は、国体であらせられる。
そして、それを、教えられた。
我が身の、痛みが、至る所に、見えるのである。

昭和21年2月、神奈川県川崎市から、スタートした。
猛攻撃と、焼夷弾を受けて、破壊された跡の、昭和電工工場で、陛下は、対話に慣れずに、
あつ、そう
を、連発する。

雲の上の人、天皇陛下が、来られる。
人々は、好奇心もあり、至る所で、大変な人だかりであった。

巡行は、地方ブロックごとに行われた。

天皇の、温和な容姿と、飾らない人柄は、かつての軍服姿とは、結びつかないのである。
人々は、信じられなかったという。

大阪、名古屋では、何千人という、大群衆がなだれ、天皇めがけて殺到した。
立ち往生の天皇は、靴を踏まれ、ボタンを剥ぎ取られ、警備当局が、その有様に、懸念したほどである。

そんな日は、宿舎に着くと、侍従たちに、
今日も、人が、なだれたね
と、嬉しそうに語ったという。

どこも、戦災で、やられていたため、宿舎も、県庁の貴賓室、公会堂、時には、小学校の教室、駅の、引き込み線で、車中泊であった。

侍従が、風呂を心配するが、
十日間ぐらいは、入らなくていい
と、意に介さない。

四国、宇和島で、天皇のご宿泊の光栄に浴した、「つたや」の主人は、大金を投じて、浴室を改めて、到着を、心待ちした。
当日、主人の期待も空しく、陛下は、風呂に入らなかった。

折角なのに、勿体無いと、二人の侍医が、拝借していたところ、湯が、どんどんと、抜けてしまう。
風呂番が、失望のあまり、呆然としているところ、侍医が、入ってきたので、頭にきて、栓を抜いたのである。

風呂番の怒りは、もう一つ。
陛下に入浴の後に、市長、議長、議員らが、ご相伴に与ることになっていた。
彼らは、モーニングに威儀を正して、順番を待っていたのである。
それが、潰れて、面目を失った、悔しさである。

天皇は、
宿屋というものは、人を泊めるのに、なんと具合がよくできているのか
と、機能的な作りに、感心していた。

この、天皇行幸が、マッカーサーを、落胆させるとは、誰も、思わない。
天皇は、国民から、非難の的にされるはずだと、信じていたのである。
そして、人心は、天皇から、離れると。


posted by 天山 at 00:00| 天皇陛下について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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