2010年08月28日

天皇陛下について 28

大君は神にしませば天雲の
   雷のうへにいほりせるかも  柿本人麿

おおきみは かみにしませば あまくもの 
いかづちのうへに いほりせるかも 

遠く古事記、万葉の古から、天皇は神として国民の崇敬を一身にあつめてきた。
自然発生的な貴種賛仰の心が、素朴で敬虔な天皇観を民族の血のなかに伝承させたのである。
武家の台頭とともに、朝廷の権威は衰退したものの、根づよい尊皇心は民草一人一人の胸に宿りつづけていた。
それが明治以降は「現御神」「現人神」の美称そのまま、天皇を雲の上におき、超人間的な存在として、国民に畏服を強制するようになった。
天皇裕仁の昭和史 河原敏明

自然発生的とは、古事記、万葉の時代を、遥かに、さかのぼるのである。
富士王朝として、富士の裾野に、高天原府を拓いた、王朝からの、伝え、である。

万葉の歌の、神とは、美称であり、尊称である。
崇敬の念を持って、歌にしていたのである。

超人的な存在だとは、一言も言わない。

明治期に、現人神と、呼んだというが、それは、明治の人たちが、伝統を知らないゆえのものである。

現人神とは、日本国民すべての人を言う。
天皇は、現人御神、あらひとみかみ、と、お呼びする。

明治維新は、日本の近代化を進めたが、その伝統を、詳しく学ぶ暇がなかった。
それゆえに、勝手な解釈をしたのである。

大半の、国民は、天皇の姿さえ、見なかった。見えなかった。
そして、見てはいけない存在だった。
それで、良かった。

つまり、どんなに、武力政権が、現れようと、日本には、天子様が、おいでになり、国民に、一大事があれば、国民のために、お言葉を、述べられる存在として、在ったのである。

決して、武人たちが、天皇の、命を受けなければ、国民が、受け入れなかった。
帝の、許しにより、国を、治めることが、できたのである。

あの、信長でさえ、京に上ることをして、天下を治めると、認識していた。

武田信玄も、信長が、破った北条も、その他、皆々、京を、目指したのである。

どうしても、朝廷、天皇の命を受けなければ、天下を治められないのである。

尊称としての、神という、言葉。それは、尊と、呼ばれることからも、解る。

そして、その後、カミとは、守のことを意味するようになる。
播磨の守・・・
大岡越前の守・・・

治める者を、カミと、呼んだ。

天皇は、大君であり、神という、字は、尊称である。

昭和の軍国的高揚が、天皇を更に、怪しくした。
天皇の、絶対性を、掲げて、兵士を、動かす。
天皇の、絶対性を、強調するあまり、天皇という、名を、利用することになる。

天皇は、何も変わらない。
生まれた時から、人間として、育つ。

作られた観念である。
そして、それは、宗教に、多く現れる。
作られた観念により、人は、混乱の迷いの中に入ってゆくのである。

軍国主義は、そのように、天皇の名を利用して、更に、掲げて、行われた。

誤りである。
完全な、誤りである。

国民が、崇敬した、天子さまは、超越した、存在ではなく、宮廷にいらして、祈る存在であった。
それは、日本の先祖、祖霊を、お奉りして、祈る存在、つまり、祭祀としての、存在である。

雲の上の人。
確かに、普段は、見ることも無い。
また、お会いすることも、叶わない存在である。
ただ、存在していることが、国民の安心だった。

天皇の、人間宣言とは、実に、おかしなことである。
人間が、あえて、人間宣言するという、実に、馬鹿下駄ことである。

だが、昭和天皇は、全国を、行幸して、特に、戦争犠牲者の言葉を、聞かれて、愕然としたことだろう。
天皇陛下のために、死にましたと、父母を、失った子供の言葉を、聞いた時、そこから、動けなくなったという。

その、全国行幸については、後で、書き記すことにする。

GHQの要求と、天皇の思いが、共通のものとなった。
天皇の神格化の、否定である。

天皇の神秘性を、GHQは、恐れた。
彼らは、従来の天皇観を一変させる内容を考えていた。
更に、それは、押し付けではなく、天皇自身の発意として、である。

それを、お聞きになった、陛下は、即座に、賛意を示されたという。
つまり、昭和天皇は、我が身を、神などとは、考えてもいなかつたのである。

崩御された、天皇は、神として、お奉りされたが、生きている、人間が、神になることは、ないとの、考えであり、当然のことであった。

国民も、亡くなれば、神と、呼ばれる存在になることも、伝統である。

しかし、生きているうちの、カミは、役職上の、守、カミしか、いないのである。

幣原首相は、わが意を得たりの、感慨だった。
時代錯誤と、感じていたのだ。

幣原は、得意の英語で、下書きを書いたという。
詔書を出す真意は、国内よりも、外国向けだった。

原文を見た、陛下は、とても良いと、大きく頷いたという。
実に、真っ当な感覚を、お持ちだったのである。




posted by 天山 at 00:00| 天皇陛下について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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