2010年08月26日

天皇陛下について 26

マッカーサー回想録より

「私は、国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたの代表する諸国の手にゆだねるためおたずねした」
私は大きい感動にゆすぶられた。死をともなうほどの責任、それも私の知り尽くしている諸事実に照らして、明らかに天皇に帰すべきではない責任を引き受けようとする、この勇気に満ちた態度は、私の骨のズイまでもゆり動かした。私はその瞬間、私の前にいる天皇が、個人の資格においても日本の最上の紳士であることを感じとったのである。

元帥夫人の、ジーンも、この光景を、会見室のカーテンの影から、覗いていたという。

その当時は、天皇の、戦争責任と、処遇について、内外から、多くの意見と、関心が、寄せられていた。

中華民国、ソ連、オーストラリア、ニュージーランドなども、戦争犯罪人の中に、天皇の名を、つらねていた。

マッカーサーの天皇との、会見は、その滞在中に、11回も、行われたと、いわれる。

回想録より

天皇は私が話し合ったほとんど、どの日本人よりも民主的な考え方をしっかり身につけていた。天皇は日本の精神的復活に大きい役割を演じ、占領の成功は天皇の誠実な協力と影響力に負うところがきわめて大きかった。



最初の会見が、終わると、マッカーサーは、即座に、ワシントンに、天皇を戦争犯罪人にしては、ならないと、報告した。

トルーマン大統領と、米政府は、しかたなく、元帥の意向を受け入れたと、いわれる。

天皇と、マッカーサーの会談の際には、卓上には、戦犯容疑者リストが、置かれていた。

さて、東久邇首相と、前首相の近衛文麿公は、天皇退位説を、唱えていた。

近衛公は、統帥権に関しては、政府は、全く発言権がなく、政府と、統帥部の両方を、抑えることが、できたのは、天皇だけで、その権限行使に消極的なために、陛下には、責任があるとした。

だが、近衛公にも、戦犯の逮捕状が出され、みずからの、政治的過誤と、和平交渉にも努力したアメリカから、裁かれることの、屈辱に、耐えかねて、抑留される、前夜、青酸カリを飲んで、服毒自殺をしたのである。

回想録より

一つの国、一つの国民が終戦時の日本人ほど徹底的に屈伏したことは、歴史上に前例をみない。・・・・
幾世紀もの間、不滅のものとして守られてきた日本的生き方に対する日本人の信念が、完全敗北の苦しみのうちに根こそぎくずれ去ったのである。近代史において、これほど大きい破滅の衝撃を味わった例はおそらくあるまい。

マッカーサーは、日本人は、封建的指導者による、伝統と伝説と神話と統制の、完全な奴隷化の、所産だと、みなしていたのである。

しかし、マッカーサーは、天皇との、会見で、天皇陛下に対しては、その、先入観を改めた。更に、個人的に、好感を持ったのである。

しかし、マッカーサーの仕事は、日本解体である。
日本を、作り直すという、仕事であった。

それには、容赦なかった。

皇室財産の発表と、その、封鎖、皇室予算の、GHQの承認制、皇室財産の開放と、皇族の、経済特権の剥奪、宮内省職員の削減・・・

更に、天皇の、災害などの、見舞金、賜与も、禁じた。
つまり、民に施すのは、政府であり、天皇ではあってならない、という、考え方である。

天皇は、全皇室財産を、政府に渡し、賠償に当てると、希望したが、GHQは、許さなかった。
皇室財産は、国に属すると、大部分は、国庫に帰属させたのである。

ここで、解るとおり、天皇陛下は、すべての財産を、政府に受け渡すと、考えられていたということである。

前代未聞の、ことである。
帝が、全財産を、国民に渡すと、同じである。

敗戦した、その主は、その財産を、隠す。そして、亡命して、安穏として、暮らす。

昭和天皇には、一切、そのような、邪な、考えは無い。

世界一の、富豪であった、天皇家は、千五百万円の、現金と、一部の、貴金属、宝石、美術品を、残すのみとなった。

吹上の御文庫も、那須、葉山の御用邸も、所有者の政府から、無料で、借用するという、形にされた。

ただし、宮中の三殿だけは、私的な、宗教建造物として、除外された。

国民からは、気の毒すぎるとの、声が上がる。

衆議院で、新憲法の、草案が審議された中で、皇室財産から、生ずる収益は、すべて国庫の収入として・・・という、文言を、削除すると合議された。
が、即座に、GHQより、
連合国間には、天皇制を全廃すべしとの、強い意見がある。もし、日本国民が、天皇制の維持を、図るなら、政治的には、天皇の一切の統治機能を廃し、経済的には、皇室財産を、国に、属せしむべきだ。天皇財閥を解体することにより、天皇制の存在が、将来の禍根にならぬように、憲法で、明確にすべきである。
との、命令である。

天皇というものの、存在を、理解し得ないのは、アメリカが、新興国だからである。
更に、その他の国も、理解できないのである。

オーストラリア、ニュージーランドなどは、イギリス王室を、承認しても、日本の天皇は、承認しないのである。

王室には無い、遥かな、歴史を、認めたくなかったのである。

更に、皇室のみか、宮家にまで、それが、適用されて、平宮家十一家は、皇籍離脱となる。

臣籍降下の方針といわれた。

天皇陛下は、各宮家の当主を招いて、皇族会議を、開いた。
ところが、三直宮以外の、一斉降下に、侃々諤々の意見が、出された。

いつ果てるともない、議論に、無言で耳を傾けていた、陛下は、大声で、一喝した。
机上の空論はよしなさい
そして、穏やかな口調で、
このような時代になり、まことに、忍び難いが、この際、一同に、臣籍降下を御願いするほかはなくなった
と、仰せられて、十一宮家、五十一人が、降下したのである。

この、決断も、国を思えば、こそのものである。

敗戦から、何十年を経ても、天皇戦争責任云々が、議論されるが、この天皇を、日本人が、裁けば、ただちに、皇祖皇宗以下、祖霊から、列島が沈没させられるだろうと、私は、思う。

下々の、民が、天皇の、身の上を、想像できない。
天皇は、いつも、お一人であらせられる。

言論の自由により、天皇陛下に関しても、勝手放題なことが、言える。

しかし、その御心を、察することが、できるか・・・
出来るわけが無い。
天皇に、ならなければ、天皇の、御心を察するなどいう、不敬が出来るはずもない。

すべてを、取り上げられようが、日本が、日本国民が救われればよい

こんな指導者が、この世界に存在するということが、私には、救いである。

今上天皇は、日本の象徴であらせられる。
しかし、実質的精神指導者として、存在すると、私は、考えている。




posted by 天山 at 00:00| 天皇陛下について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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