2010年08月25日

天皇陛下について 25

今日は閣下に、御願いの議があって、参りました。
陛下が、マッカーサーに、仰せられた。

マッカーサーには、侮蔑の色があった。

天皇も、命乞いに来たのだと、思ったのだ。

陛下は、姿勢を崩さず、
実は、本日参りましたのは、今回の戦争のことについてであります。
今、多くの将兵や文官たちが、戦争犯罪人として、身柄を拘束されておりますが、このことについて、説明と、御願いを、申し上げたいのです。
実は、今回の、大東亜戦争については、その責任の一切は、この私にあります。
閣下の部下の兵士の方々の中にも、多くの犠牲者が出ました。
そして、我が国でも、今回の戦争で、三百余万の、尊い命が、失われております。
これは誰の責任であるかといえば、全く、私の責任であります。
閣下には戦争ということの、本質はご承知でいらっしゃるでしょうが、十数百万の人たちが、命を失ってしまったということに対して、限りない痛みを覚え、日夜、この罪業に責められ、この五体は、張り裂けんばかりであります。
特に、戦場に我が夫を送り、我が子を送り、戦死をしていった将兵に対し、戦死せり、との、一片の通知によって、永く別れねばならない、遺族のことを、思うとき、この苦痛は、更に、深くなるばかりです。しかも、家を焼かれ、家族を失い、路頭に彷徨うもの、幾十幾百万の国民の上に思いを、いたすとき、この償いを如何に、すべきかということに、五体を裂いても、足りない思いです。
閣下、今回の戦争の責任は、すべてこの私にあるから、どのような処罰を受けようとも、そのことを厭うものではありません。
例え、この身を、八つ裂きにされようとも、それはかまいません。
それで、どうぞ、戦争の責任は、私に負わせて、将兵、文官の戦争責任を、お許し頂くよう、御願い申し上げるものであります。

その、お言葉が、通訳されると、マッカーサーの態度が、徐々に変化してゆく。

マッカーサーも、陛下と同じく、直立不動になり、両手を差し出して、陛下の手に、握手を求めた。

わかりました。
陛下、陛下の仰せになることは、このマッカーサーによくわかりました。
陛下の仰せを、生かすべく、全軍に、指令を出したいと思います。
ただ、すでに、リストに載っているものについては、致し方ありませんが、これからの、新たな戦争の犯罪人は、載せないようにします。
私は、天皇陛下を、見誤っておりました。
私のところに、命乞いに来られると、思っていたのに・・・
私の認識は、間違っておりました。
私は、世界各地で戦争を続け、いろんな国の指導者を捕らえて、処罰してまいりましたが、どの、指導者も最後は、哀れなものでした。
泣いて罪を認めないもの、最後まで、偽りを押し通すもの、部下に、責任を転嫁しようとするもの、色々見てまいりました。
天皇陛下、あなたほど、立派な方に、お目にかかれたのは、最高の幸せです。
あなたは、神の思し召しを、身を持って示される、尊い方です。
陛下の御意を生かすべく、努力をします。

陛下は、ご自分の手を、握り締めていた、マッカーサーの手を握りかえすように、更に、申された。

閣下、ただ今、有難いお言葉を頂戴し、喜び、これに過ぎたるはありません。
大変ありがとうございました。
厚くお礼を申し上げます。
今一つ、閣下に御願いが、あります。
それは、閣下も、ご承知のように、今、この日本は、打ち続いた、戦乱によって、家を焼かれ、子供を奪われ、また、親に別れた寄る辺無き、子供たちら、実に、多くの国民が、路頭に迷っております。
この、多くの国民たちは、食べる食べ物にも、事欠いております。
そして、迫り来る冬に、厳寒の中に、どう生きていくかということに、不安の思いに、苛まれています。
これを思うとき、この私の力では、どうすることも出来ない悲しみを、覚えるものです。
皇室には、若干の、財産があります。
この皇室の、財産を閣下に差し上げますので、多くの日本の国民を、救ってください。
明日の食事に、事欠いて、泣き叫んでいる子を思う、母親のために、一食の食事を与えてください。
また、今宵、寒さのために、凍えて死にそうになっている、老婆のために、一枚の着物を与えてください。このことは、私が命をかけても、しなければならない大切なことであるので、閣下、是非、日本国民のために、お力をお貸しいただくよう、御願いをします。

陛下は、ここまで、申し上げられて、応接台の上に、手をつかれて、深々と、頭を下げられた。

しばらくは、お顔を上げることがなかった。
応接台の上には、陛下の涙が、流れていたのである。

通訳を受けた、マッカーサーは、陛下を、包むように、再び、その手を握る。

そして、
わかりました。
わかりました。
日本国民の、安全と生活を守るのは、今は、私の責任です。
一人の餓死者も出ないように、一人の凍死者もでないように、全力を挙げて、努力をいたします。
陛下、どうぞ、案じられよ。
このマッカーサーが、陛下の、お心に、報い奉るように、努力いたしますゆえに、ご心配なく、宮中へ、お帰りください。

陛下が、マッカーサーに、お別れを告げて、玄関に、お出ましになると、MPが、直立不動の姿勢で、挙手の礼をした。
最初の無礼さが、消えていた。

天皇陛下の、お言葉が、マッカーサーの、翌日の行動に現れる。

一切の、公務を差し置いて、アメリカに帰国したのである。

アメリカ大統領に、会い、日本占領の方向の変更を、報告し、関係諸方面に、呼びかけて、日本救済のための、一大運動を展開した。

それは、アメリカからの、救援物資として、日本に送り込まれたのである。

日本では、一人の餓死者も出す事がなかった。

敗戦の、最中、日本を困窮の中から、救ったマッカーサーを、動かしたのが、昭和天皇である。

これは、侍従長、侍従たちと、親しいものが、聞き取って書いたものを、私が、読みやすいように、書き改めた。

秘密は、洩れるものである。




posted by 天山 at 00:00| 天皇陛下について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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