2010年08月22日

天皇陛下について 22

大東亜戦争を、長い歴史の、見方をすれば、五世紀に渡った、西欧列強、白人の、有色人種に対する、解放の戦争であったと、いえる。

有色人種が、到底適わないであろうと、諦めていた、白人支配、植民地化に、唯一、歯向かい戦った戦争が、日露戦争である。

世界史上、特筆すべき、戦争である。

そして、大東亜戦争により、それを、更に、具現化した。

人権の国というのは、日本のことを、言う。
アメリカが、自由と、人権の国ではない。

大東亜戦争は、自存自衛の戦争であり、アジアの開放という、崇高な目的を掲げて、戦った戦争と、今こそ、意味づけがされる。

更に、日本は、最初に、人種差別の撤回を求めた。

日本軍によって、シンガポールが、陥落したとき、当時、ロンドンに亡命していた、フランスの、ドゴール将軍、後の、大統領は、日記に、綴った。
シンガポールの陥落は、白人の植民地主義の長い歴史の終焉を意味する、と。

日本の敗戦後、アジアは、続々と、独立国が誕生した。
フィリピン、インド、パキスタン、ビルマ、セイロン、マレーシア、ベトナム、ラオス、カンボジア、インドネシア・・・

そして、アジアの、民族自決運動は、アフリカをも、動かした。
アフリカ大陸でも、続々と、独立国が生まれた。

これにより、五百年の間続いた、白人による、有色人種の植民地支配は、幕を閉じたのである。

1957年5月に、来日した、インドネシアの、ブン・トモ情報・宣伝相は、次のように日本政府の要人に語った。
われわれアジア・アフリカの有色民族は、ヨーロッパの人に対して何度となく、独立戦争を試みたが、すべて、失敗した。インドネシアの場合は、350年間も、である。それなのに、日本軍が、アメリカ、イギリス、オランダ、フランスを、われわれの面前で、徹底的に打ちのめしてくれた。われわれは、白人の弱体と、醜態ぶりを見て、アジア人全部が、自信を持ち、独立は、近いと思った。一度、持った自信は、決して崩れない。日本が敗北した時は、これからの独立戦争は、自力で遂行しなければならないと、思った。しかし、独力でやれば、50年は、かかると思っていたが、独立は、意外に早く勝ち取ることができた。
そもそも、大東亜戦争は、われわれの戦争であり、われわれが、やらねばならなかった。そして、実は、われわれの力で、やりたかった。それなのに、日本だけに、担当させて、少ししか、お手伝いできず、誠に、申し訳なかった・・・
である。

更に、タイの、ククリット・プラモード元首相は、次のように述べている。
日本のお陰で、アジア諸国は、すべて、独立した。日本という、お母さんは、難産して、母体を損なったが、生まれた子は、すくすくと、育っている。今日、東南アジア諸国民が、米、英と対等に話ができるのは、一体、誰のお陰であるか。それは、身を殺して、仁をなした日本という、お母さんがあったためである・・・

更に、である。
あの、マッカーサーまでが、東京裁判の最終判決の、わずか二年後、1950年6月、朝鮮戦争が勃発し、その途端に、戦前の日本が、恐れた、北からの脅威の意味が、解ったのである。

マッカーサーは、日本を、ナチスと、同じような、軍国主義、邪悪な民族という、イメージを持って対処し、戦争を犯罪として、日本を裁こうとした。が、
侵略戦争の共同諜議なるものを、証明できなにかったのである。

だが、当時の、マッカーサーは、戦争裁判で、日本を裁く事が、使命と思っていたのである。

ところが、共産軍の、侵攻を放置すれば、朝鮮半島が取られ、更には、日本が危ないということを、身を持って知ったのである。

マッカーサーは、全力を挙げて、朝鮮半島を守ろうとした。結果は、第二次世界大戦に、匹敵するほどの、兵士の死者を出すことになったのである。

彼が、気づいたのは、ソ連や、中国をバックにした、北朝鮮と戦う場合は、朝鮮半島だけを、考えては勝てないということだった。
弾薬、武器は、中国、ソ連から、続々と、補給される。
つまり、補給源を断たない限り、降伏しないということだった。

勝つためには、補給基地となる、満州を空襲しなければならない。また、東シナ海に面した中国を、海上封鎖しなければ、ならない。

マッカーサーは、戦争中、その考えを、トルーマン大統領に進言したが、これを拒否された。それは、トルーマンが、ソ連と、原爆戦争に突入することを、恐れたからである。

そのために、朝鮮半島を、守りきる事が出来ず、アメリカは、北緯38度線から、北を敵に渡して、休戦協定を、結ばざるを得なかった。

この体験から、戦前の日本が、あれほどまでに、満州に執着したのか、北の脅威が、如何なるものかを、明確に、理解したのである。

連合国最高司令部、最高司令官を解任されて、帰国後、上院で、演説したときに、
日本の戦争は、侵略戦争というより、自衛の戦いであった、
と、語ったのである。

つまり、ソ連の脅威が、なければ、満州事変は、起こらなかった、ということである。

だが、マッカーサーが、更に、驚くべきことは、アメリカ内部にあったのである。
今まで、書きつけた事柄である。

悪と言うものも、国際社会では、相対的なものであろう。
しかし、相対的として、判断しても、白人主義は、矢張り、悪というしかない。

アメリカや、フランスなどが、いうところの、自由と人権などは、その国内における、言葉である。
日本のように、国際的感覚ではない。

国際連盟の、人種は平等であるとの、原則を打ち立てようとした、日本の提案に反対したのは、イギリス、アメリカ、ポーランド、ルーマニア、ブラジルの、五カ国である。

11対5であったが、議長であった、アメリカの、ウィルソン大統領が、全会一致、少なくとも、反対者がいないこと、との、論理を振りかざして、否決したのである。

よくよく、鑑みてみれば、アメリカには、自由も、人権も無いのである。

だから、オバマ大統領誕生が、嘘のようであった。
つまり、アメリカは、死んだのである。
新たなる、アメリカが、生まれるためには、数百年の歴史が必要である。

つまり、建国からの、年月と同じ、年月である。
世界一の、軍事大国として、それでも、世界に君臨するのか。

その、軍事を、売ってでも、経済の建て直しを迫られるはずである。
アメリカには、もはや、力は、無い。

とことん、日本に、見破られたからである。
次は、日本が、アメリカを、どのように、導くかが、問題である。




posted by 天山 at 00:00| 天皇陛下について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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