2010年08月19日

天皇陛下について 19

よもの海 みなはらからと 思ふ世に
など波風の たちさわぐらむ   
明治天皇御製

よも、とは、四方、世界のことである。
皆、はらから、とは、縁あるもの。同胞である。兄弟である。

など、しかし、波風が、立ち騒ぐ、とは、争いが、起こるという。
つまり、争いは、しない、という、意思である。

昭和天皇は、その、御製を、朗詠して、平和裏の解決、外交での、解決を、望まれた。

時の、首相、近衛文麿は、陛下の、御意を受けて、アメリカ大統領、ルーズベルトに、連絡を取り、日米首脳会談を開きたいと、申し込む。
それに、ルーズベルトは、機嫌よく応じるが、実際、腹の中は、すでに決まっていた。
開戦である。

1941年八月、プリンスオブウェールズ号艦船で、イギリスのウィンストン・チャーチルと、ルーズベルトは、大西洋会談を行い、日米開戦を密約する。

いかに、日本に、先制攻撃を仕掛けさせるか、すでに、協議を済ませていた。

チャーチルは、焦っていた。
このままでは、ドイツに攻撃されると。
そして、何とか、アメリカに、参戦させようとしていた。

ルーズベルトは、すぐにでも、参戦したい。
だが、彼の選挙公約は、第二次世界大戦の戦場には、アメリカの青年は、送らないとして、当選したのである。

参戦するには、それ相応の、戦争反対に対する世論を、納得させる必要がある。

そこで、ルーズベルトは、ドイツの商船を、二度も沈めたが、ヒトラーは、乗ってこなかった。

かくなる上は、日本に、それを、やらせる、という、魂胆であった。

そんな、謀略など、考えもしない、日本は、十月に入っても、天皇の命で、平和的解決を、模索していた。

10月16日、近衛内閣が、倒れ、東条英機内閣が、出来る。
東条は、大命を拝受したとき、陛下より、9月6日の、御前会議の決定を白紙にし、あくまでも、外交交渉を続けるようにとの、お言葉を賜る。

これを、知った、グルーアメリカ駐日大使も、クレギー駐日イギリス大使も、本国に、日本は、真に平和を望んでいる。今こそ、和を結ぶべきである、と、打電する。
しかし、開戦を決めていた、ルーズベルトも、チャーチルも、取り合わず。

アメリカが、突きつけてきたのが、中国大陸からの全面撤退、日独伊三国同盟の即時破棄という、ハル・ノートである。

ルーズベルトの陰謀は、最高機密であり、それを知る者は、三名だけである。
その中の、一人、スチムソン陸軍長官の、日記には、
われわれが過大な危険にさらされないで、日本の最初の一弾を撃たせるように、どのように誘導してゆくかが話し合われた。
と、書かれている。

事実、日本軍が、進駐した、インドシナ沖に、アメリカは、軍艦に仕立てた、四隻の廃船を、おとりにして、日本が攻撃したら、戦争のきっかけにするという、挑発も、行っていた。

ルーズベルトの、長女が書いた、「操られたルーズベルト」には、家族との会食の席で、ルーズベルトの、発言を、暴露している。

「私は決して宣戦はしない。私は戦争を創るのだ」

更に、真珠湾攻撃の前日は、
明日戦争が起こる
と、つぶやいていた、という。

日本は、考えに考えた末、通常の戦争では、敗戦は、火を見るより、明らかである。この上は、宣戦布告して、奇襲をかけ、多大な損害を与えて、早期に、和睦を申し入れること。
それしか、方法が無いという、ところまで、追い詰められたのである。

それは、日露戦争のときに、考えられた戦略と、同じである。

1941年12月8日、日本の存亡をかけて、ハワイの真珠湾を攻撃し、大東亜戦争に、突入する。

この、上記のことを、忘れることなかれ。
昭和天皇は、最後まで、平和解決を、希望されたのである。

暗号解読に優れていた、アメリカは、日本の真珠湾攻撃を、事前に察知していた。
それを聞いた、ルーズベルトは、飛び上がり、喜んだだろう。

これで、参戦の大義が、出来た。
日本の、卑怯な攻撃に、アメリカ国民は、参戦に反対するどころか、戦争に、奮い立つという・・・シナリオが、出来たのである。

ルーズベルトは、日本に対しても、自国民に対しても、顔を向けられない、謀略を作り出したのである。

この、大戦により、どれほどの人の命が、失われたか。

ここで、暫く、アメリカという、国と、その国民性について、検証する。

アメリカ人の、前身は、イギリスの、清教徒、ピューリタンといわれる人々である。

清教徒などと、呼ぶことすら、はらわた煮えくり返ることだが、アメリカ大陸の、先住民族、インデアンを、皆殺しにして、成り立った国である。

兎に角、単純である。
そして、憎悪に満ちている人々であった。
その、憎悪の元を、辿れば、古代エジプトにまで、遡る。

差別された、白人の子孫、末裔たちである。
古代、白人は、差別されていた。
その能力が、黒人より、劣っていたからである。



posted by 天山 at 00:00| 天皇陛下について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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