2010年08月17日

天皇陛下について 17

さらに、当時の、中国の状態を、俯瞰する。

1912年、孫文の辛亥革命があり、清は、滅亡する。
歴史的な、出来事である。
二千年以上続いた、帝政中国が、終焉したのである。

臨時大統領に、孫文が推されるが、まもなく、軍閥の袁世凱が、実権を握る。
孫文は、皇帝の退位と共に、座を退く。

しかし、独裁体制を、固める、袁世凱に対して、民主政府を樹立するため、再度、孫文が、立ち上がる。

その、中華革命党は、袁世凱の死後、1917年、軍閥政府打倒を、掲げて、広東に、もう一つの、政府を打ち立てる。
それが、中国国民党である。
その、軍司令部を務めていたのが、蒋介石である。

1921年、毛沢東、周恩来が、中国共産党を、誕生させる。

二大勢力は、1935年に、戦い、共産党軍は、蒋介石の、国民党軍に、完璧に、叩き潰される。

毛沢東は、北へ、北へと、逃れる。
そして、延安を軽微していた、張作霖の息子を、そそのかし、西安にやってきた、蒋介石を、捕虜にする。
延安から、周恩来の軍政も、駆けつけ、蒋介石の命は、風前の灯であった。

ところが、そこに、ソ連の、スターリンから、電報が入る。
蒋介石を生かして、日本と、戦わせろ、である。

狡猾なスターリンが、考え出した謀略は、戦わずして勝つと言うもの。

敵同士を、戦わせて、出来るだけ、長期戦に持ち込む。そして、両者が、疲れ果てたときに、割って入り、漁夫の利を得る。

スターリンの考える敵は、国民党だけではない。
日本、アメリカ、ドイツ、イギリスなどである。

その後は、そのシナリオ通りに、進む。

最後になって、日本に参戦し、日本から、北方領土、樺太を奪い、中国、東欧などの、共産主義化に、成功するのである。

酷いのは、日本人、百五万人を、シベリアに、長期抑留し、奴隷同然に扱い、酷寒の地で、シベリア鉄道の建設に、従事させたのである。
そして、四十万もの、日本人を、虐殺したのである。

中国の、泥沼の戦い、日支事変に、日本を追い込んだのも、スターリンに、通じていた、共産党である。

義和団の乱の後、日本は、西欧列強と同じように、清国と、条約を結び、北京周辺に、四千人の、駐屯軍を、派遣している。

そして、1937年7月7日、北京郊外の、盧溝橋で、夜間演習をしていた、清水中隊に、何者かが、発砲する事件が起きる。
上官の命令が、なければ、応戦できないと、自重するが、三度目の、発砲により、やむなく、応戦した。

これが、発端となり、日本と、国民党の全面衝突が、始まる。

真相は、わからないが、おおよそ、共産党であろうと、言われる。
事件の翌日、共産党は、国中の新聞、団体に、日本が蜂起した。北京が危ない、戦闘の準備をと、檄を飛ばしている。

共産党とは、手段を選ばないのである。
自分に利があれば、それでいい。さらに、人間主義ではない。
単なる主義、主義である。
宗教と、同じである。

最近の、研究では、共産党は、日本軍にも、国民党軍にも、同時に攻撃したと、言われる。
だから、日本と、国民党は、誤解して、戦う状態になったというのである。

毛沢東在世中に、中国を訪問した、日本の社会党の、議員が、中国を侵略したことを、詫びると、毛沢東は、
日本が国民党と、戦ったおかけで、われわれは、天下を取れたと、答えている。

それでは、アメリカは、何をしていたか。
張作霖の、息子と、手を組み、満鉄包囲網を築き、満州における、日本の利権を圧迫していたのである。

満州を巡る、日米の確執が、始まったのは、日露戦争後からである。

日本が、満州国を誕生させた、1932年、アメリカ大統領に、フランクリン・ルーズベルトが、就任した。
彼は、激しい、人種差別主義者で、日本人を、最も嫌った。

彼も、日本叩きに、利用したのが、蒋介石である。

アメリカ、イギリスは、フランス領だった、インドシナ半島の、ハノイと、ビルマから、蒋介石に、武器弾薬、食糧などの、支援物資を、送っている。
抗日軍事援助を、行っていたのである。

ルーズベルトの、狙いも、スターリンと、同じである。

両者、共倒れになれば、都合がいいのである。

更に、驚きは、1940年、フライング・タイガーと、名付けられた、正規の空軍二百人を、アメリカが、蒋介石に、派遣して、日本と、戦わせるという、暴挙である。

日本とは、中立条約を結んでいるにも、関わらず、である。
これは、重大な、国際法違反である。
宣戦布告なくして、参戦している。

更に、アメリカは、日本に対して、1939年、通商条約の破棄を通告し、その十月には、アメリカ大使が、条約の締結を拒否し、翌年、条約が、失効するのである。

日本は、アメリカに対して、懸命に、関係緩和を、努めていた。
にも、関わらず、アメリカは、日本に、戦争突入を、迫るべく、様々な、形で、追い詰めてゆくのである。

日本は、アメリカと、戦う、戦争を行う意思など、毛頭無かったということである。
これは、覚えておくべきことである。

アメリカは、イギリス、中国、オランダと、交渉を重ねて、共同戦線を張り、日本に対する、経済封鎖を断行する。

軍需物資は、勿論、生活必需品の、日本への、禁輸措置を課したのである。

追い詰められた、日本が、取るべき道は、インドシナ半島への、駐留である。
その動きに、アメリカは、石油の、全面禁輸を実施した。

当時、日本の石油の、99パーセントを、アメリカの輸入に頼っていた。

ここまで、追い込まれると、戦争の道しかなくなる。

何度も、私は言う。
アメリカによって、起こされた、戦争が、大東亜戦争なのである。




posted by 天山 at 00:00| 天皇陛下について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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