2010年08月10日

天皇陛下について 10

大東亜戦争に、突入せざるを得ない理由を、渡辺昇一氏の、日本史快読、から、見る。

第一には、アメリカの人種差別と西進政策から来た対日敵視政策、また、それに関連しての日英同盟の廃止、第二には、日本経済を危機に追いやったアメリカ、イギリスのブロック経済への突入、第三には、北から迫るソ連の共産主義の脅威、そして、第四は、元老という歯止めを失った明治憲法の欠陥であった。

実に、明確なものである。

軍部が暴走したのは、憲法に、軍部を制御できる条文がなかったのである。
そして、元老という、歯止めがなかったという、渡辺氏の、通りである。

今も昔も、日本は資源がなく、貿易なしには成り立たない産業国家である。自由貿易は、その相手国と友好的でなければ続けられるものではない。それもあって、満州事変までの日本は対外的に協調路線を採っていた。ところが、いったんブロック経済が始まり、貿易の途が危機に曝されるならば、まず生存する方針を考えざるをえない。平和的な貿易ができなくなれば、戦争を歓迎する人間が現れてくる。
渡辺昇一

いち早く、明治憲法の欠陥を、補っていれば、軍部が暴走することもなかった。
世界には、日本に、二つの政府があるように、見えたのも、軍部と、政府との、二つの見解があったからである。

世界から、孤立。
それを脱するために、ヒトラーや、ムッソリーニと同盟することもなかった。

つまり、時代は、戦争を求めていた。

アメリカをはじめ、ドイツと対立する、イギリス、フランス、オランダなどからの、禁輸、貿易の縮小という、経済措置の危機に、日本は、ついに、物資不足に陥る。

それを、打開するためには、ドイツの欧州制覇を背景に、東南アジアに進出をせざるを得ないのだった。
これについては、後で、詳しく検証する。

昭和15年は、建国、2600年に当たる。
11月、10,11日と、二日間、奉祝行事が、行われた。

天皇の、御前に、各国大使が、招かれて、アメリカの、ジョセフ・C・グルー大使は、平和と相互協力の挨拶をした。

翌年、16年、3月、松岡外相は、ソ連、ドイツ、イタリアに向かって、旅立った。
電撃外交である。

スターリン、ヒトラー、ムッソリーニに会うためである。

その使命は、ソ連、ドイツ、イタリアの世界分割を明確にし、日本の南進政策を容認させることにあった。

すなわち、侵略協定である。

帰路、モスクワで、日ソ中立条約を締結する。

だが、独ソ開戦の危機が、濃厚で、そうなれば、戦域の拡大が予想された。
その年、矢張り、ドイツは、ソ連に、宣戦布告する。

松岡外相は、日本軍の、シベリア派兵を主張し、自ら結んだ条約に、手のひらを返したのである。

この年の暮れ、真珠湾攻撃の直後、外相の座を降りた松岡は、病床で、三国同盟は、最悪のミスだった。
陛下、お許しくださいと、慟哭したという。

アメリカ大統領、ルーズベルトは、日本が、仏印に進駐する前から、インドシナを中立にし、米英仏中も、これを占領しない方針を説いていた。

また、二人のアメリカ人神父が、来日し、両国関係改善案を持参して、平和外交の努力は、みられた。

日本が開戦に至るひとつの原因は、ヒトラーがヨーロッパを戦場にしてしまったため、世界情勢が一気に緊迫したことが挙げられる。それを背景にして、ますます情勢は険悪となり、1941年には、アメリカ、イギリス、オランダが国内にある日本資産を凍結し、通商条約の破棄を通告してきた。
しかし、最大の原因は1941年8月、アメリカが日本に対して石油の輸入をストップしてしまったことであった。
このため、最後まで開戦に抵抗していた日本海軍が決意を固め、これで開戦は避けられないことになったのである。
渡辺昇一

最後まで、開戦に反対していた、海軍も、石油が、半年で、一滴もなくなるという、状況に、自滅する道を選ぶわけにはいかない。

アメリカの意図は、日本を屈服させることにあった。
絶望感から、大戦に突入することは、ないと、考えていた。との、見方があるが、後に、これについて、詳しく見ることにする。

アメリカ側は、譲歩する気はなかった。
1941年、11月26日、国務長官、コーデル・ハルは、それまでの日米交渉の経過を一切無視する、ハル・ノートを突きつけてきた。

その内容は、日独伊同盟の事実上の破棄、蒋介石政府だけを日本が、承認すること。
シナや、インドシナからの、日本軍の、即時無条件撤退である。

石油を断ち、そして、すべてを捨てよという、アメリカの言い分は、日本は、潰れよということと、同じである。

ちなみに、日本は、人種差別に関して、世界ではじめて、国家は人間の肌の色をもって差別を行わない、と、国際連盟創設の時に、提案した、国である。

結果は、退けられた。

日本敗戦後の、国際連盟は、人種差別の撤廃が、掲げられ、ブロック経済を導入した、アメリカ、イギリスも、責任を認め、深刻に反省した。

あの、戦争は、何だったのか・・・
簡単である。
日本の、自衛の戦争である。

それは、後々、マッカーサーも、認めたことである。



posted by 天山 at 00:00| 天皇陛下について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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