2010年08月02日

あらっネグロス島へ 2

靖国神社は、千鳥が淵墓苑と、隣同士である。

車を靖国神社に、移動する。

日の丸だけを、掲げて、参拝に向かう。
明後日の、敗戦の日に向けての、準備が行われていた。

参拝者の姿も、結構多い。

靖国神社の、ご神体は、戦没者の名簿、お名前である。
そんな、行為は、日本だけであろう。

要するに、書かれた、お名前を、拝するのである。

何故、それで、通ずるのかは、日本の伝統について、語らなければならない。

さて、私は、一人先頭を歩いていた。

済みませんが
と、声を掛けられた。
警察官である。
国旗を持たれているというのは、右翼の方でしょうか・・・

えっ
私は、彼の顔を見詰めた。

後ろから、コーターが、来て、
違います
と、言う。

境内では、旗や、幕などを掲げての、集いは、禁止されている。
だが、私は一人である。

私は言う。
この、国旗を持って、アジアの追悼慰霊を行っています
そして、衣服支援をしています

警官は、それを聞くと、失礼しました
と、戻った。

至る所に、警備の警官が、立っている。
そして、携帯電話で、やり取りしている。
私のことも、連絡がいったのだろう。

確かに、右翼の街宣車が、数台、目に付いた。

参拝は、理想的なものではなかった。
丁度、賽銭箱が、横に片付けられているところである。

遠くに、鏡が見える。
私は、日の丸を掲揚し、深く、頭を下げた。

ただ。それだけ。
拍手は、打たない。

別に、気取るわけではない。
皇室と、同じ、参拝の仕方であるが、不遜な気持ちはない。

その、成り立ちは、明治二年である。
東京招魂社として、はじまる。

それは、明治維新の、戊辰戦争の犠牲者を、お祭りしたところからである。

私が、靖国神社に、組しないのは、この、最初にある。
官軍の、犠牲者を、お祭りしたのである。

つまり、敗軍の犠牲者は、祭られていない。

官軍とは、薩長同盟である。

明治維新の、犠牲者は、官軍も、敗軍も、共に、合祀するべきである。
それぞれが、国を思い、戦ったのである。
そして、かむながら、というものは、そういう、寛容なものである。

何せ、大和心である。

さて、その後の多々、屁理屈があるが、国のために、犠牲になった、皆様を、お祭りするのは、日本だけではない。
世界のすべての国が、行うことである。

靖国だけが、例外ではない。

更に、それぞれの国の、多数の人が奉じる、宗教の形態をとる。
つまり、常識である。

その、常識を知らないのが、中国と、韓国であり、彼らと、話し合うには、千年もの、時間が、必要である。

世界の常識を知らない国が、どのような、展開をするのかを、とくと、見ていることにする。

更に、日本の仏教団体、キリスト教団体も、話にならない。

政教分離という、言葉を掲げるが、彼らは、政教分離などという、観念を、歪曲して、理解している。

アメリカも、政教分離を掲げるが、大統領は、聖書に手を置いて、誓う。
どうだろう・・・
政教分離か・・・

アメリカは、キリスト教国である。
カトリック、プロテスタント諸派、多々ある。

政教分離とは、どこの、派閥にも、組しないということであり、キリスト教という、柱は、失われていない。

日本の、宗教団体は、甘えているだけである。
日本は、古来から、道教、儒教、仏教、そして、キリスト教にも、寛容に接した。
一時期の、キリシタン弾圧は、弾圧ではなく、自衛のための、行為である。

あのまま、天主教が、日本に蔓延すれば、確実に、ローマ法王に、日本は、乗っ取られた。

その、証言は、多々ある。
イエズス会が、行ったことを、検証すれば、一目瞭然である。
傲慢不遜に、イエス・キリストを信じない人々は、簡単に殺された。

今年は、全閣僚が、参拝しないと、表明した。

民主党政権が、日本には、利益とならないことは、明白である。

誰に、遠慮しているのか・・・
中国、韓国・・・国内の、偏屈な人たちに、である。

自国の戦争犠牲者を、追悼慰霊する、施設である。
神社が駄目なら、靖国戦争犠牲者追悼慰霊社と、すれば、いい。
国会で、決議すればいい。

全閣僚が参拝しないと、堂々としたところが、低レベルである。
つまり、アホ。

小学生のような、知性の社民党の、党首は、政教分離を考えると、当然だということを、いう。
勉強不足も、ここまでくると、政治家という、職に就いていること、自体、異常事態である。

ドイツ、イタリア、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ロシア、インド、インドネシア、タイ、台湾、ミャンマー、パキスタン、スリランカ、チベット、トルコ、パラオ、ソロモン諸島、ポーランド、オーストリア、スウェーデン、フィンランド、ベルギー、リトアニア、チリ、メキシコ、ブラジル、エジプト、モロッコ、更に、南アフリカの国々である。

世界各国の、政治家、外交官、宗教家、軍人などが、相次いで、参拝している。

あの、馬鹿ブッシュも、靖国参拝を、希望したが、更なるバカの、外務省が、懸念して、明治神宮に、変更した。

お解かりだろうか・・・

それが、世界の常識である。



posted by 天山 at 00:00| 千鳥ヶ淵、靖国神社へ 平成22年8月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

天皇陛下について 2

普段の生活の中で、天皇という存在を、思うことはない。
私も、毎日、天皇陛下を思うということは、ないし、必要ない。

ところが、国事に関わること、国難に関わる時に、天皇を思う。
陛下は、どのように、考えておられるのだろうか・・・

最も、天皇を意識したのは、昭和天皇崩御の際である。

葬送の儀の日は、街が、静まり、森閑としていた。
私は、舞踊教室で、弟子たちと、踊っていた。

昭和天皇のことは、断片的に知るだけである。

それほどの、関心を寄せなかった。
その頃は、自分の生活を、立てるということで、闇雲に突っ走っていた。

ただ、時々、国体などの行事に、今上天皇が、お出ましになられて、お言葉を、述べられるのを聞いた。
そして、ある時から、天皇のお言葉に、興味を持つようになった。

公式の、天皇のお言葉に、必ず、ある言葉があった。
それが、先の大戦で、亡くなられた、320万人の皆さんの・・・である。

更に、天皇の、お言葉を、保存するようになった。

そこに、一環して、流れる、天皇陛下の、先の大戦で、亡くなった、皆さんのことに、私は、惹かれた。

天皇陛下の、生活は、私には、窺い知れないものである。

朝から、寝るまで、天皇は、公的存在であるというのは、どういうことであるのか。
そして、その精神と、心は、どうなのか。

もし、私の、一日が、公的なものだとしたら、私は、狂うと、思う。

昭和天皇は、風呂上りも、スーツを着られて、正装されていたという。
私のように、裸同然で、部屋を歩き回るようなことは、ない。
何と、不自由な生活か・・・

時には、酒を飲んで、二日酔いするようなことは、ない。
殿上人という言葉があるが、天皇は、それであるのか・・・

もう一つの、疑問は、天皇は、汗をかかない。
映像で、汗を拭いているところを、見たことがない。

そして、もう一つの、疑問は、神社などの、神域に入り、その礼拝の様子が、違う。
拍手を打つことはない。

ただ、一礼するのみ。

様々な、儀式を、すべて見ることは、出来ないが、古式に則り、行われているということは、理解する。

だが、何故、古式に則り、今も、その儀式を続けておられるのか。

昭和天皇は、あれほどの、試練を受けられても、報道の質問に、淡々として、時には、笑い声さえ、記者が立てるほどの、健やかさがあった。

その、昭和天皇が、特に、訪問したかった、場所が、沖縄であった。
その願い叶わず、崩御された。

沖縄に対する、深い思いを、私が、考えた事がある。
それは、沖縄戦を調べていてである。

その、地上戦の、凄まじさは、言葉にならない。
犠牲となった・・・

更に、敗戦後は、アメリカのものになった。
昭和天皇は、沖縄を、本土のために、犠牲にしたことは、本人が認めている。

そして、広島、長崎への、原爆投下である。

御前会議が、開かれた。
戦争終結に、誰も、声を上げることができない。

陛下・・・

今まで、天皇は、政治家、軍人の、決定を、承認するという、手続きである。
ご自分の、発言は、一切無い。
そして、それが、伝統だった。

私が、調べたところでは、大和朝廷以前の、ころからである。

その話は、壮大なドラマであり、追々と書くことにする。

昭和天皇は、戦争終結を決定された。

聖断といわれる。

国民皆、玉砕という、考え方があった。
要するに、すべて、壊滅。国民の一人も、いなくなるまで、戦うというものである。

だが、昭和天皇は、それを、支持しなかった。
皇祖皇宗からの、この、日の本の国を、壊滅させることは、出来ない。

伝統。

この、伝統を、すべて、無きものにすることは、到底出来ることではない。

天皇陛下は、国体であると、考えられた。
つまり、国、そのものである。

国、そのものである、存在、天皇は、戦争終結を、ご決断された。

そして、日本は、救われた。

天皇が、はじめて、決められた、決定である。
誰も、戦争終結を、決定することが、出来なかった。

posted by 天山 at 00:00| 天皇陛下について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。