2010年04月02日

救われないマニラ・救いようのないフィリピン 2

いつものように、マニラ、エルミタ地区の、ホテルに泊まる。
中級ホテルといわれるが、断然、安い。
一泊、1500ペソである。つまり、3000円。

勿論、私たちの旅では、高い部類であるが、マニラのホテルから見れば、安い。
ゲストハウスでも、その前後の料金である。

古いホテルなので、部屋が広いことも、気に入っている。
私は、三度目であるから、従業員とも、顔馴染みになった。

到着した夜の食事は、ホテルの前にある、地元の、食堂で食べた。
二人で、140ペソ。280円である。実に、安い。

私は、飛行機で疲れたので、早々に寝た。

そして、翌日の朝、早くから、散歩に出掛けた。
マニラ湾に、向かう道を歩く。
そして、エルミタカトリック教会の前の、店で、コーヒーを頼む。
それは、インスタントで、カップにお湯を入れて、コーヒーと、砂糖、ミルクの粉を貰い、自分で、それを、入れて混ぜるのである。
25ペソ。50円と、高い。

それを飲みながら、教会前の、公園で、人々を、見ている。
朝は、仕事探しの、人々が多い。
日雇いの仕事を、求めて、人が公園に集う。

私は、支援する場所である、付近を回る。
今回は、水害に遭った場所に、出掛けたいと、思っていた。

コーヒーを飲み終わって、早速、いつも、気になっていた、小路を歩く。
スラムといってよい、場所である。

少し、通りの中に入ると、そんな光景が見えるマニラである。

この小路が続くまで、見て回る。
今朝は、ここで、衣服を差し上げようと、決めた。
ホテルに戻り、コータが、寝ているので、一人で、二つのバッグを持って、出掛けた。

最初は、子供たちに、声を掛ける。
ボーイ、ガールと、呼びかけると、皆、寄ってくる。

バッグを開けて、一人一人に、サイズの合うものを、取り出して、手渡す。
すると、どんどんと、人が集うのである。

とても、緊張するが、また、楽しい。
大人たちも、自分たちに、回ってくるのを、待っている。

子供たちが、また、どんどんと、集まる。
次第に、収集がつかなくなる。
すると、大人たちが、子供たちを、制する。

大半が、子供用である。
裸の、幼児も多い。
子供の中には、まだ、貰っていないと、言う声が、聞こえる。
私は、タガログ語が解らないが、そのように、聞こえる。

少しずつ、前に進むが、それより、集う人が、多くなる。

子供たちに、囲まれてしまった。
もう、大半の衣類を上げてしまった時、私が、再度、しゃがもうとした。
その時、着ていた着物の、尻の辺りが、破けた。

私は、パンツをはかず、着物だけを、着ていた。
子供たちが、ノーパンと、叫んだ。

そこで、支援が、終わった。

笑い声と、衣服を貰った嬉しさから、子供たちの歓声が上がる。
実に、平和な、ひと時だった。

大人たちは、サンキューと、口々に言う。
だが、子供たちが、更に、増えた。
また、子供たちに、囲まれたが、もう、渡すものがなく、更に、尻の辺りが、裂けたので、バッグで、後ろを隠す。

一人の、年長の男の子が、小さな子供たちを、制した。

手をだされても、渡すものがなくなった。
ネクストタイム、と、言いつつ、私は、来た道を、戻る。

衣服を渡している間に、写真を撮ってもらった。
バカチョンカメラである。

今回の、写真は、すべて、このカメラで、撮ったものだけになった。
その後、写した、コータの、デジタルカメラが、盗まれたからである。

そのことは、後で書く。

兎に角、二つのバッグの衣類を渡して、ホテルに戻った。

コータは、まだ寝ていた。
十時近くになり、私は、ホテルの中に出来た、新しいスーパーに向かい、朝の食べ物を、買った。

ホテルは、一階部分を、貸していた。
コンビニがあり、更に、前回来た時に、出来ていた、スーパーである。

パンや、ジュースを買い、部屋に戻る。

ホテルも、改装中であり、私たちの、三階では、半分が、工事していた。
前回来たときも、そうだった。
であるから、私たちの、部屋は、改装を終えて、綺麗になっていた。

トイレ、シャワーも、新しくなっていた。

次に来たときは、少し料金が、高くなると、言われたが、料金は、そのままだった。
その付近は、ホテルの激戦区であるから、値上げが、出来なかったのだろう。

コータが、寝ている。
翻訳をしていて、夜型になっているためだ。

私が、朝のご飯、パンを食べはじめて、ようやく、目覚めたようだ。

すでに、朝、支援に出掛けたと言うと、驚いていた。
写真も、撮ってもらったから、大丈夫だと、言った。

支援物資は、まだ、十分にある。

大型の、バッグが、二つと、小型のバッグが、三個である。
朝は、小型の、バッグを、二個、持って行った。

夕方、また、行くことにした。

マニラでは、三泊の予定である。
その間に、支援物資を、すべて、差し上げる計画である。




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