2010年03月22日

バリ島は静かに死ぬ 8

植民地時代の前の、バリ島の歴史を、俯瞰する。

9世紀頃から、バリ島では、王様の、事業や、王様と、特定の村との、取り決めなどを記した、碑文が、残されている。

碑文は、インド系の文字である。
つまり、スマトラや、ジャワの王国から、もたらされたものであると、考える。

その頃の、スマトラ、ジャワは、インドや中国と、盛んに交易を行っていたのである。

バリ島に、そうした、交易の影響が、及んだものと、思われる。
その一つの商品が、米である。
バリ島の、米の生産が目当てで、バリ島中南部を中心とした、王国が、形成されたと、推理される。

11世紀に入ると、バリ島の王、ダルマウダヤナは、東ジャワの王宮から、妻を向かえ、その長男を、東ジャワの宮廷に養子に入れた。そして、王になる。
ゆえに、東ジャワの王朝文化の影響が、強まった。

その後、東ジャワでは、王朝が、変わり、1284年、その王朝が、バリ島を攻撃したことが、ジャワの古文書に記されてある。

その王朝を、継いだ、マジャパイト王により、1343年、再び、攻撃を受ける。
それにより、中南部のバリ島王朝は、滅ぶのである。

その後、バリ島の、王朝は、マジャパイト王から、遣わされた、ジャワの貴族である、クパキサンという者から、はじまり、その王朝は、ゲルゲルに都を置いて、16世紀半ばに、即位した、バトゥ・レンゴン王のもとで、最盛期を迎える。

王は、ジャワ島の東に、出兵し、傀儡政権を立て、イスラム勢力に備えたのである。

また、東にも、兵を出して、スンバワ島、ロンボク島を支配下に置いた。

宮廷では、カウィといわれる、古典文学、仮面劇、影絵芝居などの芸能、音楽、彫刻など、ヒンドゥー・ジャワの影響を受けた、文化が盛んだった。

信仰は、ジャワから渡来した、ヒンドゥーの祭司たちが、刷新をもたらし、中でも、王を補佐した、祭司ニラルタは、タナロット、ウルワットなど、現在の、観光名所となる場所に、寺院を建立し、バリ島の、ブラフマナー族の、始祖として、祭司と、その一族の地位を、確立した。

しかし、その栄華も、一代で、終わり、クルンクンに都を遷してからは、権威としては、保持されたが、その実権は、各地の貴族によって、奪われた。

それらの、貴族は、いずれも、マジャパイト征服時に、渡来したとされる、伝説的なジャワ貴族の子孫であると、主張し、それぞれの地域に勢力を持ちつつ、互いに、覇権を競ったのである。

あるものは、東ジャワに兵を出し、あるものは、ロクボク島に、兵を出して、その西部を支配下に置いた。

その戦いに、明け暮れつつ、一方では、ゲルゲルの宮廷文化を、地方に、広めたのである。

軍政割拠の時代が、続いた時期があるのだ。
それが、皮肉なことに、オランダの植民地化により、平和を得ることになるのである。

東インド諸島を統治した、イギリスのラッフルズ副総督は、ジャワ島を回り、ボロブドゥール寺院などを見て、イスラム勢力以前に、ヒンドゥー文化があることを、知る。
そして、その、ヒンドゥー文化が、唯一、バリ島に息づいていると、結論付けた。その、彼の、考え方が、バリ島を、植民地化した、オランダも、引き継いで、バリ島を、ヒンドゥー文化を元に、支配した。

ゆえに、カースト制などを、そのまま、保存したのである。
それが、現在まで、脈々と、息づいている。

インドでは、法律により、カースト制度を、廃止し、身分差別を無くすように、努めたが、それでも、根強く、差別が残っている。
それは、バリ島でも、そうである。

普段は、それらは、見えない。
更に、観光客には、全く見えないのである。

見えないから、無いのではなく、その制度は、歴然と、明確に、存続している。
その、建物を見れば、瞭然である。

多く、塀を廻らせた家々が、それである。
一般人との、付き合いは、限られる。

インドネシア政府も、暗黙のうちに、その身分制度に、従い、バリ島を統治しているのである。

王族の、子孫は、政府代表として、海外に出ることもある。

バリ島に、深く入り込むには、この、カースト制度を、理解しなければ、本当の、バリ島の、ありようが、解らない。

王族、貴族の、子孫は、豊かであり、将来の、仕事に関しても、希望が叶う。

ウブドゥなどは、芸術の村として、知られるが、カーストが、低いゆえに、高いカーストの者が、弟子入りしても、師匠の作品に、自分のサインを平気で書き入れることが、できるのである。

高いカーストは、立ち上がっても、低いカーストの者は、立ち上がれない。

様々な、礼儀作法が、今でも、生きている。

日本人の、女性たちが、結婚する、男たちの、カーストは、低い。
120パーセント、結婚が、不幸であるといわれる、理由も、この当たりにある。

低いカーストというのは、貧しい。
更に、親類の中で、持つ者から、貰うことは、当たり前である。
要するに、金を持つ、日本女性が、嫁に来ると、親戚一同が、その金を目当てに、やってくるという、状態もある。

その、文化的背景を、知らずに、結婚して、愕然とするという。
更に、日々の暮らしの中にある、宗教儀式である。

朝早くから起きて、供物を作るのは、女の仕事である。
それらは、皆、ゴミになる。

何にもならないことに、意味を見出して、毎日毎日を、過ごさなければならない。
最初は、目新しいが、一年も、経ると、うんざりするだろう。

日本には、そんな、習慣は無い。

バリ島の、女性と、結婚した、初老の男性に話を聞いた。
見合いすること。
相手の、家庭のレベルと、こちらのレベルが、おおよそ、同じであることが、一番重要であると、言った。
その方は、幸せであると、言う。

しかし、恋愛により、相手の家庭を知らずに、結婚する人は、必ず後悔するだろうと、言った。

矢張り、問題は、見えない、カースト制にある。
低いカーストの男たちに、騙される日本女性たちは、騙されることを、喜ぶ。

ある女性は、相手に妻子がいることを知り、驚くが、そのバリニーズの男が、開き直り、一夫多妻だといったという。

こちらから見れば、騙しているが、あちらからは、それが仕事なのである。
決して、上に這い上がれない、社会が、バリ島であるから、下の者は、手段を選ばなくなる。金を得ることに、である。

更に、バリ島では、毎日が、祭りの様子だが、実は、観光客が入ってくることによって、そのようになったのである。
それを、バリ島の伝統だと、知らぬ者は、思う。

人に見せるという意識が、実に強い。
それが、また、観光客を喜ばせることだと、知っているのである。

実際の、バリ島の、信仰形態は、今でも、作られ続けてある。
昔から、行われていたという、儀式は、少ないのである。
バリ島から、観光を取ったら、何もなくなるが、実は、それが、バリ島を救うことにもなる。

皮肉なことで、バリ島が、静かに死ぬ、ことで、バリ島は、守られるのだ。




posted by 天山 at 00:00| バリ島は静かに死ぬ 平成22年2月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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