2010年03月16日

バリ島は静かに死ぬ 2

部屋に入り、ホッとしていた。

そして、私は、送迎の車のガイドの、話を思い出していた。

まず、クタ地区は、危険になったという。
ジャワの人も、ロクボクの人も多く、引ったくりや、強盗なども、多いと聞いた。
夜は、特に注意して欲しいと、言われた。

バリ島は、北海道程度の、広さがある。
意外に、大きな島である。

その、一角、クタ、レギャン地区が、観光の街だったが、それが、北へ伸びて、スミニャック、クロボカンなどと、広がっている。

更に、ガイドは、日本人の観光客は、クタを嫌い、ウブドゥに、行くようになったという。

ウブドゥは、芸術の村々である。
だが、そのウブドゥも、時間の問題である。

人が集えば、人が、また、集う。
クタのようになる可能性は、大きい。

ただし、バリ島のリピーターは、バリ島の色々な場所に点在して、旅するようになった。

日本人は、団体旅行が多い。
勿論、個人旅行の人もいるが、目的のある人と、単に、バリ島が好きな人に、分けられる。
バリ島は、好き嫌いの、極端な反応がある。

好きになる人は、バリ島を、第二の故郷と、思う人も多い。

そして、好きな人にとっては、バリ島の人、バリニーズは、とっても良い人たちなのだ。

ところが、バリニーズにも、良い人、悪い人がいる。

バリ島の悪いモノは、すべて、ジャワや、ロンボクから来た人たちだというのは、極端な、バリニーズ好意主義である。

以前の、旅日記にも、書いたが、バリニーズに、多くの日本人が、騙された。
バリ島に、家を建てるために、土地を買う。しかし、外国人は、土地を買えないから、バリニーズに、代理で買って貰う。
ところが、家を建てて住んでから、土地問題が出る。

そして、名義は、私のものだとの、言い分で、裁判でも、負ける。
日本人は、バリニーズの人の良さに、信用するが、相手は、騙すつもりなくとも、騙すという行為になるのである。

一切の、契約書を作らない、日本人の負けである。

要するに、バリニーズより、日本人の方が、数倍、人がよい。素直だ。人を信じるのである。

原宿に出るような、気分で、バリ島に旅する、若い、特に、女たちを、見た。
非常に危険である。
何の、防備もないのである。
危機意識も無い。

私を騙して、という、姿、風情なのである。

バリニーズあるいは、ビーチボーイと、擬似恋愛を体験するために、やってくるような気分である。

そして、本当に、そのように行動する。
私は、何人も、そういう、日本の、醜い若い女たちを、見た。

騙されて、嬉々として、喜ぶのである。

甚だしいのは、結婚詐欺や、商売詐欺に遭う。
本当に、結婚してしまう女も多い。

バリニーズとの、結婚は、120パーセント不幸になると、断言する人もいる。

結婚する、バリニーズは、カーストの、低い身分男たちが、多いからでもある。

だが、その、カーストを理解できないのである、日本の女たちは・・・
ある女は、今は、そんなこと、ないと、平然として言う。
では、カーストの高い人と、出会うかと、いえば、彼らとは、会うことも、叶わないのである。

社会の底辺に、生かされている、バリ島のカースト制を、全く知らないのである。

高いカーストの人たちは、高い塀で、囲まれた家の中に住み、人前に出ることは、稀である。

インドネシア政府は、高いカーストの人を、政治家並みに、扱うことも多い。
世界会議などにも、出席する、王族の末裔もいる。

観光客の、目で見ていては、決して分からないことである。

クタ、レギャン地区は、荒れていた。
それは、廃れたということと、商売が、うまくいかないこと、更に、客が少なくなったこと。

日本人観光客は、何年も前から、彼らに馬鹿にされていた。
だが、精々、四五日で、帰るのであるから、大したことではなかった。

しかし、今回は、ハッキリと、日本人を馬鹿にしているということが、あからさまに分かるのである。

味の素、こんにちは、おげんきですか、どこゆくの、何さがしてる・・・
色々と、声を掛けてくる。
以前は、それだけだった。
しかし、今回は、その後に、言葉がつく。
それは、現地の言葉、バリ語であるから、意味がわからない。
だが、それは、罵倒している言葉だと、分かるのである。

一々、彼らに反応しているのは、疲れるから、無視することにした。
すると、背中に、言葉が浴びせられるのである。

クタ、レギャン地区は、明らかに、滅びを予感させる。

一年前の、店が無くなっているのは、当たり前。
地元の人の利用する、食堂だけは、そのままある。
観光客を、目指しての、店は、コロコロと変化している。

ここから、バリ島の死がはじまる。

バリ島は、静かに死ぬのである。
そして、それは、バリ島にとってもよいことである。

観光収入だけに頼っていた。
観光が廃れれば、皆、廃れる。
しかし、伝統文化は、残る。平和が残る。
何より、ゴミが、減るのである。

その伝統文化なるものも、実は、時の浅いものである。
本物の、バリ島の文化は、これから、作り始まるのである。

今までは、客を意識してのものだった。
これからは、バリ島の人のためにある、文化である。

この、旅日記は、インドネシアのバリ島という、意識を持って書いてゆく。

インドネシアは、その建国から、日本の支援なしには、機能し得なかった、イスラムの国、軍事政権国家である。




posted by 天山 at 00:00| バリ島は静かに死ぬ 平成22年2月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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