2010年01月27日

もののあわれ 487

絵合 えあはせ

前斎宮の御参りの事、中宮の御心に入れてもよほし聞え給ふ。こまかなる御とぶらひまで、とり立てたる御後見もなしと思しやれど、大殿は、院に聞しめさむことをはばかり給ひて、二条の院に渡し奉らむ事をもこの度は思しとまりて、ただ知らず顔にもてなし給へれど、おほかたの事どもはとりもちて親めき聞え給ふ。




前斎宮の入内は、中宮、藤壺が、熱心に催促される。
細かなことまで、面倒を見るという、世話役もないと、察して、大殿、源氏は、朱雀院の、お聞き遊ばす事をはばかり、二条の院へ移すことも、今度は、やめて、全く知らぬ顔をしていらっしゃる。が、一通りの、用意は、引き受けて、親のように、してあげるのである。

前斎宮とは、六畳御息所の娘のこと。




院はいと口惜しく思しめせど、人わろければ、御消息など絶えにたるを、その日になりて、えならぬ御よそひども、御櫛の箱、うちみだりの箱、香壺の箱ども世の常ならず。くさぐさの御たきものども、薫衣香、またなき様に、百歩の外を多く過ぎにほふまで、心ことにととのへさせ給へり。おとど見たまひせむに、と、かねてよりや思し設けけむ、いとわざとがましかめり。




院は、大変、口惜しく思うが、外聞が悪いので、お便りなどは、絶えてしまっていたのだが、入内の日になり、素晴らしいお召し物の数々に、お櫛の箱、打乱りの箱、香壺の箱を、幾つも、幾つも、並大抵のものではなく、色々な、薫物、薫衣香は、他にないほどの、百歩遠く過ぎても、匂うまで、特に心を込めて、揃えた。
大臣が、ご覧になるだろうと、かねてから、心積もりが、あったのか、たいそう、わざとらしい、感じであった。




殿も渡り給へる程にて、「かくなむ」と女別当御覧ぜさす。ただ御櫛の箱の片つかたを見給ふに、つきせずこまやかになまめきてめづらしきさまなり。さしぐしの箱の心葉に、


別れ路に 添へしを櫛を かごとにて 遥けき中と 神やいさめし

おとどこれを御覧じつけて、思しめぐらすに、いとかたじけなくいとほしくて、わが御心の習ひあやにくなる身をつみて、「かのくだり給ひし程、御心に思ほしけむ事、かう年へて帰り給ひて、その御心ざしをもとげ給ふべき程に、かかるたがひ日のあるをいかに思すらむ。御位を去り、もの静かにて、世を恨めしとや思すらむ」など、「われになりて心動くべきふしかな」と思しつづけ給ふに、いとほしく、「何にかくあながちなる事を思ひはじめて、心苦しく思ほしなやますらむ。つらしとも思ひ聞えしかど、またなつかしくあはれなる御心ばへを」など思ひ乱れ給ひて、とばりうちながめ給へり。





源氏も、お越しになっていらっしゃる時、このような次第で、と、女別当が、お目にかけた。ほんの少し、お櫛の片一方を御覧になると、とても、精巧で、奥ゆかしく、珍しい作りである。櫛の箱の、飾りの造花に、


あなたが、伊勢に下向するとき、再び帰りたもうなと別れの、櫛を差し上げたが、あれをして、あなたと、私の仲を、遠く離れたものと、神が定めたのであろうか。

源氏は、それを、ご覧になり、色々と、考える。
たいそう、いたわしく、無理な恋には、執着を増す、自分の性格から、身につまされて、あの伊勢へお下りになったときに、院が、お心に、思いになったであろうこと。こうして、何年もして、お帰りになり、その思いも、遂げられるときに、こうした、食い違いが、あることを、院は、どう思いになっているのか。位を去り、物静かに過ごされて、世を恨めしく思いであろうか、など、自分のこととして、考えてみれば、必ず心の動くことと、思い続けると、院が、気の毒である。どうして、こんな無理なことを、考えて、老いた私を苦しめるのだろう。自分も、かつては、院を恨めしいと思ったが、その一方で、優しく情け深いお心で、いらしたのだ、などと、思い乱れて、しばらく、思いに、耽っている。


なつかしく あはれ なる 御心ばへ
原文のままで、よいと、思う。現代文に、訳するときには、それぞれの、人により、表現が違うだろう。





源氏「この御返りは、いかやうにか聞えさせ給ふらむ、また御消息もいかが」など聞え給へど、いとかたはらいたければ、御文はえ引き出でず。宮はなやましげに思ほして、御返りいともの憂くし給へど、人々「聞え給はざらむも、いと情けなくかたじけなかるべし」と、人々そそのかしわづらひ聞ゆるけはひを聞き給ひて、源氏「いとあるまじき御事なり。しるしばかり聞えさせ給へ」と聞え給ふも、いとはづかしけれど、いにしへ思し出づるに、いとなまめき清らにて、いみじう泣き給ひし御有様を、そこはかとなくあはれと見奉り給ひし御おさな心も、ただ今の事と覚ゆるに、故御息所の御事など、かきつらねあはれに思されて、ただかく。


別るとて はるかに言ひし ひとことも かへりて物は 今ぞ悲しき

とばかりやありけむ。御使の禄しなじなに賜はす。おとどは御返りをいとゆかしう思せど、え聞え給はず。




源氏は、この返歌は、どのように、申し上げなさいます。このほか、お手紙は、どんなものでした、などと、尋ねるが、女別当は、具合が悪いので、お手紙みは、出せない。
宮は、ご気分がすぐれず、返書も、たいそう、嫌がったが、女房は、ご返事されないのでは、情けが無さ過ぎ、恐れ多いでしょう、と、女房たちが、すすめあぐねている様子を、源氏が、聞いて、それは、よくないこと。形だけでも、お返事なさいと、申し上げるにつけても、宮は、いたたまれない思いになるが、昔のことを、思い出し、院が、優しく綺麗な姿で、酷く泣いた様子を、何ということなく、しみじみと、拝み申し上げた子供心も、今のように、思われる上、今は亡き、御息所のことなども、それからそれと、あはれに、思い出されて、ただ、このように


遠い昔の、お別れのときに、再び京に、帰るなと、仰せられた一言が、帰京した今になり、かえって、心が、悲しく思われます。

そのようであった。
お使いへの、褒美には、色々と、品物を与えた。
源氏は、この返事を見たいと思ったが、申しださないのである。

そこは かとなく あはれと 見奉り給ひし
これも、そのまま、原文の通りでよいと、思う。
そこは、かとなく、あはれと思い、見奉りした・・・




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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