2010年01月25日

もののあわれ 485

石山より出で給ふ御迎へに、右衛門の佐参れり。一日まかり過ぎし畏りなど申す。むかし童にていと睦まじろうたきものにし給ひしかば、かうぶりなど得しまで、この御徳に隠れたりしを、おぼえぬ世の騒ぎありし頃、物の聞えに憚りて、常陸に下りしをぞ、少し心おきて年頃は思しけれど、色にも出だし給はず。昔のやうこそあらねど、なほ親しき家人のうちには数へ給ひけり。紀の守と言ひしも今は河内の守にぞなりにける。その弟の右近の尉とけて御供に下りしをぞ、とりわきてなし出で給ひければ、それにぞ誰も思ひ知りて、「などて少しも世に従ふ心をつかひけむ」など思ひ出でける。





石山寺から、お帰りになる、お迎えに、右衛門の佐が参上した。
この、右衛門とは、小君のことである。
先日、お供もせずに、行過ぎてしまったことの、お詫びなどを、申し上げる。
昔、童の頃、身近に、可愛がっていた。五位の位に就いたことも、源氏の、ご恩によるものである。
思いがけない、大事件があり、世間の思惑を気にして、常陸に下ったので、それから、少し、心に隔てをおいて、何年か過ぎたが、それを、顔色にも出さない。
昔ほどではないが、矢張り、親しい家人のうちに、入れていらっしゃるのである。
紀伊の守であった者も、今は、河内の守になっていた。その弟で、右近の丞が免官になって、お供をして、須磨に下ったのを、特別に、お引き立てされたので、それで誰も思い知り、何故、時勢に付くことを起こしたのかと、後悔するのであった。

小君と、源氏の関係は、少年愛の関係と、見ていい。
物語は、男女の恋愛に関してのものと、思うが、違う。男女という、区別なく、愛する行為があった。当然過ぎることであるから、あえて、書く必要もないのだ。

源氏は、縁のある者たちを、皆、引き立てている。
女に対する、対応もそうだが、男たちにも、そうである。




佐めしよせて、御消息あり。「今は思し忘れぬべきことを、心長くもおはするかな」と、思ひいたる。源氏「一日は契り知られしを、さは思し知りけむや。

わくらばに 行きあふみちを 頼みしも なほかひなしや 塩ならぬ海

関守のさもねたましくめざましかな」とあり。



右衛門の佐を、お召しになり、女に便りを出す。
もう忘れてもいいはずのことなのに、気長である、と、佐は思っていた。
その便りは、先日は、深い縁のある仲だと思いましたが、あなたも、そう思ったでしょうか。

たまたま行き逢い、それも、近江路で会う道と、頼もしく思いました。お会いできないとは、甲斐がありません。塩でない海ですから。

関守が、本当に、妬ましく思われました、と、ある。

女とは、空蝉のことである。
箒木の巻き参照。

関守とは、夫である、伊予介のこと。




源氏「年ごろのとだえもううひうひしくなりにけれど、心にはいつとなく、ただ今の心地する習ひになむ。すきずきしう、いとど憎まれむや」とて賜へれば、かたじけなくて持ていきて、佐「なほ聞え給へ。昔には少し思しのく事あらむと思ひ給ふるに、同じやうなる御心のなつかしさなむ、いとどありがたき。すさびごとぞ用なきこと、と思へど、えこそすくよかに聞え返さね。女にては負け聞え給へらむに、罪ゆるされぬべし」など言ふ。



源氏は、長らく途絶えて、いま改まった気持ちがするが、心の中では、いつも、思っていて、つい、昨日の事のように、思うのが癖になり、更に、憎まれるだろうか、と、渡す。
恐れ入って持って行き、佐は、兎に角、ご返事をと、促す。
昔に比べて、少しは、私を嫌いであったろうと思っていましたが、昔と同じように、優しくしてくださるのが、ひとしお、ありがたく思われます。このような、取次ぎは、無用なことと思っても、きっぱりと、断ることは、できません。女として、負けて、返事を差し上げても、罪になることは、ないでしょう、などと、言う。




今はましていと恥づかしう、よろづの事うひうひしき心地すれど、めづらしきにや、え忍ばれざりけむ、

空蝉
あふさかの 関やいかなる 関なれば 茂きなげきの 中を分くらむ

夢のやうになむ」と聞えたり。
あはれも、つらさも、忘れぬふしと思しおかれたる人なれば、折り折りはなほ宣ひ動かしけり。



今は、いっそう、恥ずかしく、何かにつけ、面映い気がする。珍しいお便りに、応えられなかったのか

空蝉
逢坂の関は、どのような関で、生い茂った木々の間を、かき分けてゆきますのか。私たちは、どのような仲で、このような深い嘆きを、重ねるのでしょう。

愛しいことでも、恨めしいことでも、忘れられないと、考えている女である。
折々に、なお、お便りをされて、心を、動かそうとされるのである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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