2010年01月21日

最後の沈黙を破る 51

民主党、企業献金を受領することにした。

昨年、九月の政権交代から、自粛していたのを、再開するという。
更に、2009年の、衆院選マニフェスト、更に、今年の参院選でも、全面禁止を、公約した。

一体、どんな頭になっているのか・・・

更に、菅首相は、10月25日の、参院予算委員会で、企業・団体献金の禁止、罰則強化を含めた、政治資金規正法改正に、言及したばかり。

兎に角、公約も、信じる事が、出来ないのである。

自民党の、政治に、飽き飽きしていた国民が、政権交代を、求めて、民主党を支持したにも、関わらず、どんどんと、変節してゆく。

ノー天気な、鳩山から、菅に替わっても、ノー天気は、変わらない。

国民には、耳障りの、良い言葉だけで、餌で吊ったような、小馬鹿にしたような、政党である。

少しは、期待した。
が、もう、期待は、出来ない。

逆に、呆れる。

そして、野党となった、自民党に、再度、期待するしかない。
というより、政界再編を、願う。

日本のために、長期的に、見詰める政治家を、求める。

このままでは、自分の政治生命だけに、拘る、政治家ばかりになる。

次の選挙ではなく、百年の、千年の日本のことを、考える政治家である。

悲しいかな、成り上がりの、政治家が多くて、本当に、残念。
それでは、私が、といっても、人には、役割がある。

役割を知ることは、分を知ることである。
単に、有名だから、政治家になるという・・・

また、それに、投票するという、国民。
結局は、国民の意識の程度が、最大の、ポイント。

この、政治家を、選んだのは、国民である。

ノー天気な、鳩山も、政界引退を、あっさりと、撤回した。
その、神経が、解らない。
また、彼を支持する、選挙区の人たちの、頭の程度を、疑う。

要するに、考えているのではなく、惰性なのである。
今まで、応援していたから、次も、さらに、死ぬまでも、政治家をやって欲しいという、程度のこと。

惰性を、断ち切るのは、若者の、得意技である。

頼まれて、投票するのではなく、自らが、考えて、投票すること。

このままでは、本当に、日本は、危ない。

救いは、価値観の、大きな転換期にあるということ。

それが、目に見えること。

つまり、幸福という、価値が、大きく、変化する。
もう、すぐ、先に、それは、迫っている。

それに、気づけないのは、政治家と、宗教家、そして、学者・・・

明治維新以上の、価値観の、変更である。

私は、それを、肌で、感じている。



posted by 天山 at 00:00| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もののあわれ 481

姫君は、さりとも、と待ち過ぐし給へる心もしるく、うれしけれど、いとはづかしき御有様にて対面せむもいとつつましく思したり。大弐の北の方の奉り置きし御衣どもをも、心ゆかず思されしゆかりに、見入れ給はざりけるを、この人々の、香の御唐櫃に入れたりけるが、いとなつかしき香したるを奉りければ、いかがはせむに、着換へ給ひて、かの煤けたる御凡帳引き寄せておはす。




姫君は、いくらなんでも、いつかは、お見えになるだろうと、待ち暮らしていたかいあり、嬉しいが、恥ずかしい姿でお会いするのは、きまりが悪いと思う。
大弐の北の方が、差し上げていた、お召し物の数々も、不愉快な人からの贈り物なので、見向きもしなかったが、老女たちが、香を入れる唐櫃に入れておいたのが、よい香りになっていて、それを差し出したので、どうしようかと思いつつ、着替えたのである。
あの、煤けた御凡帳を引き寄せて、お座りになる。





入り給ひて、源氏「年頃の隔てにも、心ばかりは変はらずなむ思ひやり聞えつるを、さしも驚かい給はぬ恨めしさに、今までこころみ聞えつるを、杉ならぬ木立のしるさに、え過ぎでなむ負け聞えにける」とて、かたびらを少しかきやり分け入り給へれば、例のいとつつましげに、とみにも答へ聞え給はず。かくばかり分け入り給えるが浅からぬに、思ひおこしてぞ、ほのかに聞え出で給ひける。





源氏が、部屋に入り、長年の別離にも、心は、変わらず、あなたを思っていました。何も言ってこないのが、恨めしくて、今まで、様子を伺っていました。目印のような、杉の木立が、はっきりと目に付いて、通り過ぎることもできず、気持ちに負けてしまいました。と、凡帳の帷子を少し引いた。例の如く、遠慮深く、すぐに答えない。このような、草深い家を分け入ってくださった、愛情の深さに、勇気を出して、微かに返事をした。




源氏「かかる草隠れに過ぐし給ひける、年月のあはれもおろかならず、また変はらぬ心ならひに、人の御心のうちもたどり知らずながら、分け入り侍りつる露けさなどをいかが思す。年頃のおこたり、はた、なべての世に思し許すらむ。今よりのちの御心にかなはざらむなむ、言ひしに違ふ罪も負ふべき」など、さしも思されぬ事も、なさけなさけしう聞えなし給ふことどももあめり。





源氏は、このような草深い中に、隠れて過ごしていた年月の、あはれも、気の毒なことも、大変でした。自分は、心変わりしないのが、癖なので、あなたの、心中までは、分からないまま、露に濡れて、分け入り、入ってきました私を、どう思いますか。今までの、別れは、誰に対しても、同じものですから、許してくださるでしょう。今後は、お心に叶わないことがありましたら、約束に背く罪も負いましょう、などと、それほど思わないことまでも、情を込めて、仰る様子も、多々ある。

なさけなさけしう聞え
これは、作者の言葉である。





立ち止まり給はむも、所のさまよりはじめ、まばゆき御有様なれば、つきづきしう宣ひすべして出で給ひなむとす。ひき植えしならねど、松の木高くなりにける年月の程もあはれに、夢のやうなる御身の有様も思し続けらる。



お泊りになるにも、荒れたこの所、それは、具合の悪い様子であり、うまく言いつくろい、邸を出ようとする。自分が植えたものではないが、松の木が、高くなった年月も、あはれに、思い深く、その間の夢のような、有様も、自然に思われる。




源氏
藤波の うち過ぎがたく 見えつるは 松こそ宿の しるしなりけれ

数ふればこよなう積りぬらむかし。都には変はりにけることの多かりけるも、さまざまあはれになむ。今のどかにぞ鄙の別れにおとろへし世の物語も聞え尽くすべき。年へ給ひつらむ、春秋の暮らし難さなども、誰にかはうれへ給はむとうらもなく覚ゆるも、かつはあやしうなむ」など聞え給へば、


年を経て 待つしるしなき わが宿を 花のたよりに 過ぎぬばかりか

と忍びやかにうちみじろぎ給へるけはひも、袖の香も、昔よりはねびまさり給へるにや、と思さる。




源氏
松にかかる、藤を見て、通り過ぎるのが、躊躇われた。松が、あなたが、私を待つという、宿のしるしだった。

数えれば、年月も、随分経ちました。都に変わった事が多く、あれこれと、心が痛みます。そのうちに、ゆっくりと、田舎での、苦労したことなどの話を申し上げましょう。あなたが、過ごした年月の、生活の苦労なども、私のほかに、誰にも言わないだろうと、信じ切っているのも、変なものです、などと、申し上げると、


長い年月を、お待ちしていても、甲斐のなかった私の宿を、藤の花をご覧になるついでに、立ち寄ってくださっただけでしょうか。

と、忍びやかに、身動きされた気配も、袖の香りも、昔より、大人になったと、源氏は、思うのである。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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