2010年01月09日

ジャカルタ・スマトラ島・パダンへ 9

翌朝、大量の荷物を、ロビーに運んでいると、警備のおじさんが、飛んできて、手伝う。
いつも、警備のおじさんとは、親しくなる。
言葉が通じないが、何となく、心に流れてくるのでる。

タクシーは、すぐに来た。
荷物を、乗せる。
ボーイも、手伝う。
私たちは、ごく普通の泊り客だった。

ネクストタイム スティ ヒァー
また、泊まると、言って、皆にさようならを、言う。

本当に、また、このホテルに泊まる予定である。
何せ、スラム街の、ど真ん中である。

今度は、一人で来ても、大丈夫。
ボーイたちが、協力してくれると、思う。
彼らは、12時間労働である。

だから、結構、仕事の合間に、楽しんでいる。

今回、私は、一切、チップを渡さなかった。しかし、彼らの態度は、変わらない。

三日目、四日目は、ボーイも、私にマッサージを、勧めなかった。
そういう、客ではないと、見たのである。

タクシー運転手も、親切だった。
荷物を下ろして、カートのある場所を示す。
私たちを、見送って、くれた。
きちんと、メータ料金である。

タクシートラブルが多いと聞いていた。
メータを、改ざんして、料金を高く取る。最初から、メータをつけず、望外な料金を、要求するだのと。

一度も、そんなことはなかった。

ジャカルタの空港は、五つある。
私たちは、国内線の、1Aである。

ライオン航空と、覚えやすい。
人で、溢れていた。

搭乗手続きに、すでに、人が並んでいる。
その、後ろに並ぶ。
それからが、大変だった。

列が進み、真ん中辺りに来たとき、停電である。

電気が、止まるということは、すべてが、止まる。
暗くなり、エアコンが止まり、更に、コンピューターが止まる。
手続き、中止である。

どんどんと、人が入って来る。

やっと、電気が戻る。
うぁーと、歓声が上がる。

そして、また、停電となり、人々が、うぁーと、声を上げる。
それが、暫く続いた。
皆、動き停止である。

私の二人前の人で、止まったまま。

おじいさんが、倒れる。
暑さと、人ごみのせいで、人々に、支えられた。
カートに、一時、体を横にする。

私も、イライラしてきた。
ついに、カウンターに行き、まだなの・・・と、日本語で言う。
女の子が、何やら言うが、解らない。

そのうちに、出発時間の迫る、飛行機が出た。

すると、カウンターから、声が上がる。
デンパサール行きの人、出てきて、というように、である。
手書きで、手続きが、はじまった。

私たちは、後回しである。

次は、どこそこの便が、出ます。
乗る人、出て来てと、叫ばれる。

混雑、混雑である。

私と、コータは、その間に、二度トイレに行った。

カウンターの女の子とも、顔知りになる。
ついに、私に、チケットを見せろと、身振りで、言う。

彼女が、チェックし始めたとき、電気が点いた。

うぁーーーーと、歓声である。

エアコンもついた。

よく解らないが、私たちが、優先された。
兎に角、荷物を、重量計に乗せる。
どさくさに、紛れて、どんどんと、乗せる。
そのまま、オッケー。
ほんとう・・・・大丈夫なの・・・・

しかし、搭乗券を、貰って、すぐに、その場を離れた。
そして、国内線の、使用料金を払い、乗り場に急いだ。

乗り場の前に来ると、通路の真ん中の、お姉さんに、呼び止められた。
何でも、一人、2万ルピアという。

私は、何で、払うの。今、払ったよ、使用料・・・

日本語である。
コータが、きっと、保険だよと、言う。

私の声が大きいのか、お姉さんは、黙った。
見ていると、払う人もいる。保険なのだ。

そして、待合室に、入る。

もう少し、時間がある。
そこで、タバコを吸う場所を、探した。
すると、一度、持ち物検査場を、出なければいけない。
警備のおじさんに、スモーキングルームと言うと、あっちと、示してくれる。
オッケーオッケーと、言われたので、そこを、出る。

戻ると、検査なしで、通してくれた。

人の視線が、チラチラ感じるのは、着物のせいである。
夏物、絽の着物を着ていた。




最後の沈黙を破る 39

労働組合という、組織は、権利ばかりを、主張して、更には、それに拘り続けて、ヤクザより、悪い見本であるということが、よく解る。

1987年の、国鉄分割・民営化に反対した、国鉄労働組合の、組合員らが、JRに採用されず、旧国鉄事業団からも、解雇された問題について、与党三党と、公明党の実務者が、国会内で、雇用関係の確認、更に慰謝料の支払いを求めている、原告団の代表と会談し、組合員一人当たり、2200万円を支払うなどの、解決案を提示したという。

総額は、200億円である。

国鉄の、組合員が、どんなことをしていたか・・・

子供時代でも、彼らの、行動が、許せなかった。
客を客として、扱うようなことはなかった。

更に、彼らの、行動は、信じられないの、一言である。

そのことについて、一々書くまい。

ただ、こうして、社会主義面をした、面々は、権利のみを、主張し、要求して、今の今まで、戦ってきたのだから、手に負えないのである。

そして、労働組合なるものは、おそらく、皆、そのようなものである。
組合貴族という、話しも多く聞いた。

それらの、生活は、経営者以上である。

日本は、民主主義国家であり、それに則って、対処して欲しいと、思うが、与党三党と、公明党が、というあたり、もう、道義も何もないのである。

公明党は、国を潰すほど、国のお金を、ばら撒くのが、好きなようである。
生活保護の一番の、大阪市などでは、公明党の議員に頼めば、スムーズである。

そうして、良いことをして、支援団体の、創価学会の会員を増やしているのだろうと、推測する。

いい顔をして、恩を売り、学会に、奉仕するのである。

さて、この売国奴たちのやることは、いずれは、国を滅ぼすことになるだろう。

どこかで、お終い、にしないと、国が、持たない。

原告団は、持ち帰って、受け入れるかどうかを、協議するというから、呆れる。
まだ、慰謝料が少ないとでも、言うのだろうか。

実務者側は、原告団に、解決策を受け入れ、すべての、訴訟を取り下げ、和解することを、求めたという。

更に、解決案には、JR各社に、約200名の、雇用確保を要請することなども、盛り込まれたという。

性根の悪い者を、雇えというのだから、社会主義である。

仕事もしないで、経営者側に、いちゃもんを、つける者どもを、雇えというのである。
ホント、日本は良い国である。

彼らは、管理者側に、悪態をつき、更には、ゴロツキ、嫌がらせをして、真っ当に働く者を、罵倒していた、連中の仲間である。

今の、日本には、そんな者どもに、大枚の金を払っている余裕はない。

放っておけば、そのうちに死ぬ。

本当に、唖然、呆然の、解決策である。

ある新聞の、社説では、ゴネ得と、書いてあった。
サヨク系の人たちは、本当に、ゴネるのが、得意である。

彼らを雇用するなら、もっと、良い人たちが、沢山いる。
この、雇用不安定の時期に、半端ものを、雇えとは、呆れる。


posted by 天山 at 00:00| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もののあわれ 469

御息所「心細くてとまり給はむを、必ず事に触れて数まへ聞え給へ。また見ゆづる人もなく、類なき有様になむ。かひなき身ながらも、今しばし世の中を思ひのどむる程は、とざまかうざまに物を思し知るまで、見奉らむとこそ思ひ給へつれ」とても、消え入りつつ泣い給ふ。




御息所は、後に残る斎宮は、頼りにする人もいません、必ず、何かにつけて、面倒を見てあげてください。ほかに、お世話を頼める人もなく、こんな不幸な者は、いません。力もない私でも、もう少し、この世に生きていられたら、何とか、分別がつくまで、お世話しようと、思ったのですが、と、仰せられつつ、命も絶えるばかりに、泣くのである。




源氏「かかる御ことなくてだに、思ひ放ち聞えさすべきにもあらぬを、まして心の及ばむに従ひては、何事も後見聞えむ、となむ思ひ給ふる。さらにうしろめたくな思ひ聞え給ひそ」など聞え給へば、御息所「いとかたき事。まことにうち頼むべき親などにて見ゆづる人だに、女親に離れぬるはいとあはれなる事にこそ侍るめれ。まして思ほし人めかさむにつけても、あぢきなき方やうち交り、人に心もおかれ給はむ。うたてある思ひやり事なれど、かけてさやうの世づいたる筋に思しよるな。憂き身をつみ侍るにも、女は、思ひのほかにて、物思ひを添ふるものになむ侍りければ、いかでさるかたをもて離れて見奉らむ、と思ふ給ふる」など、聞え給へば、「あいなくも宣ふかな」と思せど、源氏「年頃によろづ思う給へ知りたるものを、昔のすき心の名残りあり顔に宣ひなすも、本意なくなむ。よし自ら」とて、外は暗うなり、内は大殿油のほかに物より通りて見ゆるを、もしやと思して、やをら御凡帳のほころびより見給へば、心もとなき程の火影に、御髪いとをかしげにはなやかにそぎて、寄り居給へる、絵にかきたらむ様して、いみじうあはれなり。





源氏は、そのような言葉がなくても、他人のように、扱うことはない。気のつく限り、万事、お世話をいたしましょう。決して、心配なさいますな、と、申し上げる。
御息所は、難しいことです。真実頼りにしてよいはずの、父親などに、後々の、世話をまかせてさえ、母親の手から、離れた娘は、かわいそうなものです。まして、あなたが、大切にしてくださり、世間に出して、下さる場合、つまらぬ嫉妬なども起こったり、他の女房から、疎んじられましょう。取り越し苦労ですが、決して、そんな色めいた事は、考えないでください。不幸な、私の身に、比べても、女というものは、苦労をするものです。この娘は、どうか、そんな心配は、一切、させずに、おきたく思います。などと、仰るので、君は、ずけずけ言うことだと、思うが、私も、この頃は、万事分別もできました。相変わらず、昔の浮気が、まだ残っているような、言葉は、心外です。まあ、いつかは、分かりましょう。と、仰り、外が暗くなり、内は、大殿油が、かすかに、物越しに透けて見えるので、もしやと思い、そっと、御凡帳のほころびから、覗くと、薄暗い火影の光に、御息所が、御髪を、美しく、尼そぎにして、物に、よりかかって、いるのが、絵に書いたようで、大変、風情がある。

いみじうあはれなり
とても、あはれ、とても、風情がある。前後の文章で、それを、判断する。





帳の東面にそひふし給へるぞ、宮ならむかし。御凡帳のしどけなく引きやられたるより、御目とどめて見通し給へれば、つらづえつきて、いともの悲しと思いたる様なり。はつかなれど、「いとうつくしげならむ」と見ゆ。御髪のかかりたる程、頭つきけはひ、あてに気高きものから、ひぢぢかに愛嬌づき給へるけはひ、しるく見え給へば、心もとなくゆかしきにも、「さばかり宣ふものを」と、思し返す。





帳台の東側に、横になっているのが、斎宮であろう。凡帳の、隙間から、目を留めて、奥を透かしてみると、頬杖をついて、物悲しい風情である。
少ししか見えないが、実に、美しいと思われる。髪の、着物にかかった、様子や、頭の形、感じは、上品で、気高い。小柄で、愛嬌があることが、はっきりと、解る。
君は、心引かれて、好奇心も湧いているが、あれほど、心配しているのだと、思い返すのである。




御息所「いと苦しさまさり侍る。かたじけなきを、はや渡らせ給ひね」とて、人にかきふせられ給ふ。源氏「近く参り来るしるしに、よろしう思さればうれしかるべきを、心苦しきわざかな。いかに思さるるぞ」とて、のぞき給ふけしきなれば、御息所「いと恐ろしげにははべるや、みだり心地のいとかく限りなる折りしも渡らせ給へるは、まことに浅からずなむ。思ひはべることを、すこしも聞えさせつれば、さりとも、と頼もしくなむ」と聞えさせ給ふ。




御息所は、大変苦しくなりました。失礼ですから、もう、お帰りください。と、仰り、女房の手助けで、横になる。
源氏は、お側に、伺ったかいがあり、軽くなるなら、嬉しいことですが、困ったことです。ご気分は、いかかですか、と、覗かれる。
御息所は、とても、怖い格好です。病の苦しさも、これが最後というときに、お越しになったのです。本当に、ご縁が浅くないのでしょう。心にあることを、少しなりでも、申し上げましたので、死んでもと、心強く思いますと、申し上げる。





源氏「かかる御遺言の列に思しけるも、いとどあはれになむ。故院のみこたちあまたのものし給へど、親しくむつび思ほすもをさをさなきを、上の同じみこたちのうちに数まへ聞え給ひしかば、さこそは頼み聞え侍らめ。すこしおとなしき程になりぬるよはひながら、あつかふ人もなければ、さうざうしきを」など聞えて、帰り給ひぬ。
御とぶらひ、今すこしたちまさりて、しばしば聞え給ふ。



源氏は、こういう、ご遺言を、たまわる者の中に、数えてくださったのも、ひとしお感じ入ります。故院の、御子たちが、大勢いましたが、親しく思ってくださる方など、まずもって、おりません。主上が、こちらを皇子と同じように、思い召してくださるので、私も、そのつもりで、妹君と、思いましょう。子を持ってよい年になりながら、育ててやる娘もなく、物足りない思いが、していました。などと、仰せになり、お帰りになった。
その後は、前より、お見舞いが増えて、たびたび、お訪ねになる。



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