2010年01月08日

ジャカルタ・スマトラ島・パダンへ 8

飛行機の、チケットの値段が、高くて、驚いた。
一人、一万程度である。

私は、他の、会社の安いチケットは、無いのかと、コータに言わせた。
そこでは、二つの会社しか、扱わないようだった。

結果、一人、9000円程度の、チケットに決めた。
それは、昼前の、便だった。
丁度よい。12時が、チェックアウトである。

さて、支払いの段になり、ルピアを出す。
二人の、お金を出しても、足りない。
すると、相手の男が、予約にしますと言う。
後で、持ってきてくださいと、なった。

両替は、そごうデパートの、地下である。
予約書を貰い、そのまま、そごうに向かった。
本当は、そのまま、タクシーを拾い、コータが出掛けたという、スラム街に出掛けるはずだった。

両替は、二万した。
パダンでも、両替が出来ると、ガイドブックに書いてあったからだ。多く、両替して、よいことはない。

そして、さて、このまま代理店に戻る前に、そごうデパートから、タクシーで、スラム街に出向き、そのまま、代理店に、行くことにした。
支援物資がないから、ただ、見るだけである。

タクシーは、すぐに、捉まった。
道を指し示して、向かった。

川の両側が、スラム街である。
橋の、真ん中で、車を止めた。
二人で降りて、写真を撮る。

日の丸を持参したので、日の丸を持って、撮った。
川縁に、垂れるように、家というか、小屋が、立ち並ぶ。

更に、そのスラムの中に入りことにした。

運転手は、親切だった。あまり、言葉が通じないが、私たちの、思いを、理解した。

スラム街の中に入り、車を降りた。
私は、身振りで、タクシー運転手に、また、戻るからと、告げた。車をユーターンして貰うように言うと、運転手は、理解した。

一件の、小さな小屋の、お店に入り、水のペットボトルを、買った。
そこの、家には、小さな三人の子供たちがいた。

丁度、彼らに合うサイズの服を、持っている。それに、ぬいぐるみも、である。
残念だと、思う。

周囲の人が、私たちの存在に気づいて、注視する。

写真を、撮ることにした。
子供たちと、一緒に、である。
一枚撮ると、横で、大きなボトルに、水を入れていた、おじさんが、俺も、撮ってくれと言っているように、聞こえた。
一緒に、写真を撮った。

周囲の人たちが、なんだかんだと、言う。
私は、ジャパンと、言った。
すると、皆で、頷いて何か言う。

私は、今度は、服を持ってきますと、身振りで言った。
何となく、通じたようである。

タクシーに乗り込むと、皆が、手を振る。
夜は、危険でも、昼間は、ご覧の通り、安全である。

名残惜しいが、そのまま、先ほどの、代理店に向かった。

今度は、運転手に、代理店の名刺を渡した。
運転手は、解ったと、走り出した。

メータは、9000ルピアに近くなっていた。
丁度、代理店の前に着いた。
10万ルピア、1000円を出して、お釣りは、チップとした。

代理店の若者に、足りない分を、出して、支払いが、終わった。
そのまま、また、そごうデパートに向かい、昼ごはんを食べることにする。

スラム街で、水を、大きなボトルに詰めていた、おじさんの、仕事の意味が解った。
スラムの、食堂に、水を売っていたのだ。

食堂といっても、小屋である。
そこでは、水を入れる、大きな入れ物がある。
その水で、洗い物をするのである。つまり、同じ水で、食器を洗うという、不衛生極まりないのである。

日本のように、水を出したまま、洗うことはない。

そういうこともあり、デパートで、食べることにした。

日差しに当たると、疲れる。
すでに、私は、日焼けしていた。見る見る、日焼けするのである。

ミーゴレン、焼きそばを食べて、アイスクリームを注文した。
タイでは、あまりの甘さだが、ジャカルタのものは、丁度よい甘さだった。
更に、ゼリー状の飲み物を、試しに、飲んでみた。

ジュース感覚で、飲む。大きな、ストローがついていた。
腹が一杯になり、ホテルに戻る。

ホテルフロントで、明日の、チェックアウトを、確かめる。
更に、タクシーの用意である。

朝、10時前に、出ることにした。
その日の、予定は、すべて、終えた。



最後の沈黙を破る 38

アメリカ、一万百発、ロシア、一万六千発、イギリス、二百発、フランス、三百五十発、中国、二百発、そして、北朝鮮の核兵器は、プルトニウム型とされるもので、十数発。
イスラエルが、二百発、インド、パキスタンが、五十発。
世界の、核兵器の、現状である。

冷戦時代の、ピークは、約七万発の、核兵器が配備されていた。
そのうちの、九割が、アメリカと、ロシアが保有していた。

それは、地球の全人類を、25回も、殺害できる量である。

この、核兵器によって、戦争が、回避された。

もし、核兵器を使用すると、こちらも、相手国の、核兵器で、報復され、甚大な影響を受ける。

核兵器、廃絶に、友情と、信頼を持って、対処するというのは、夢のまた、夢物語である。

北朝鮮は、数百万の餓死者を、出しても、核兵器を製造した。
そして、アメリカとの、二国間協議を取り付けた。

核兵器を持つというだけで、アメリカが、簡単に動いたのである。
これが、核兵器の威力である。

日本は、核兵器に囲まれた。
そして、その日本では、核兵器、三原則として、作らない、持たない、持ち込ませないという。
アメリカの、核の傘にいるので、安心だと、信じているようだが、全く違う。

報復されてまで、アメリカは、日本が、核攻撃を受けても、使用することは、考えていない。
だから、日本が、アメリカの核に、守られているというのは、幻想なのである。

ほんの、一頃は、それもあったが、今、現実的ではない。

核兵器によって、核攻撃を受けないというのが、世界の常識である。
核抑止力である。

広島、長崎に、投下された、核兵器は、実験である。
その威力を、見るためのものだった。

戦争の早期解決云々ではない。

どんどんと、情報が、暴露されて、今、事実を冷静に見ることが、出来るようになった。

日本では、核兵器の有無の、議論も出来ないほど、ボケている。

アメリカの、オバマは、非核国には、核兵器を使用しないと、宣言した。
それは、核兵器を持つ国は、核攻撃をするということだ。

それでも、一歩前進したといわれる。

日本の、技術は、一年でも、核兵器を作ることが出来る。
だが、それを、恐れるのは、アメリカであり、中国である。

中国は、膨大な軍事費を使うが、日本が、軍事費を上げれば、猛烈に反発するだろう。

そして、平気で、日本海域に、やって来る。

台湾、そして、沖縄も、歴史的に、中国領だと、主張する、時期を見ているようである。

日本が、攻撃を受けた際に、核兵器を、使用しないというならば、日本は、核武装する必要がある。

それで、東アジア共同体が、対等の立場で、話し合うことが、出来るというもの。

でなければ、日本は、中国の支配下に、置かれる。

今は、独立国家として、名目上なっているが、本当は、アメリカの、支配の下にいる。
緩やかな、植民地支配である。

今までは、それで、良かった。しかし、これからは、考え直す必要に、迫られている。

ソ連が、核兵器を持った、いきさつは、アメリカの核開発である。
それを、ソ連に、教えた人たちがいた。
スパイである。
核兵器を使用できないように、ソ連にも、核兵器を作らせるべきだという。それによって、それを、使わない、情報提起だったと、考えられるのである。

核兵器を、廻る、戦後史は、実に、複雑怪奇である。

核兵器を、持つことで、戦争を回避するという、考え方があるということである。

日本の安全保障を、考えるならば、核兵器を、製造する用意があると、世界に喧伝する必要がある。

友情と、信頼で、核兵器を、無くすというのは、あまりにも、現実を、見ていない。

言った後から、嘘をつくことの出来る、中国を信じることなど、出来ない。北朝鮮も、然り。

中国も、北朝鮮も、命が、実に軽いものである。
自国民を、殺すも消すのも、朝飯前である。

中国が、直接、手を下さなくても、北朝鮮を、そそのかして、日本を、核攻撃させるという、方法もある。

アメリカが、北朝鮮の、核開発で、即座に、動いたのは、それが、テロリストに渡る事を、
極度に、恐れたためである。

また、パキスタンに対しても、慎重に介入するのは、それが、テロリストに渡ることを、恐れてである。

さて、一度、原爆投下された、日本は、再び、投下される、恐れがある。
それに、日本には、核が無いから、報復される心配もない。

アメリカの高官が、日本のために、核兵器を使用しないと、断言している。
ということは、日本も、核武装が必要であるということだ。

オバマが、核の無い世界を目指すことの、声明を出して、ノーベル賞を貰ったが、未だに、核の第一位の国である。

本当は、核の無い、日本が、発言すると、説得力がある。

ちなみに、核拡散防止条約の、非加盟国は、イスラエル、インド、パキスタンである。

そして、北朝鮮。
国を挙げて、偽札を作り、麻薬を、売る国である。
どんな、暴力的行為を行っても、不思議ではない。

更に、怖いのは、アメリカ国民の、一部の人たちだけが、日本の、広島、長崎の、原爆の、悲惨さを知るのみ。

アメリカが、作った、日本国憲法の、戦争放棄は、原爆の、報復を恐れたために、掲げた、条文である。
仕返しが、怖いのである。

しかし、日本は、脳天気に、アメリカの原爆投下、果ては、国際法に、違反してまでも、日本の各都市の一般市民を、攻撃したことを、忘れているのである。

こういう、日本人を、世界の人は、馬鹿、アホ、間抜け、糞ったれ、と呼んでいる。

posted by 天山 at 00:00| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もののあわれ 468

かの人は過ぐし聞えて、またの日ぞよろしかりければ、御てぐら奉り、ほどにつけたる願どもなど、かつがつはたしける。またなかなかもの思ひそはりて、明け暮れ口惜しき身を思ひ嘆く。
今や京におはしつくらむと思ふ日数も経ず御使あり。この頃の程に迎へむ事をぞ宣へる。




かの人、とは、明石の姫である。
君のお通りを待ち、次の日が、ちょうど良いので、御幣を捧げて、身分に合う、願いの数々など、何とか、果たした。しかし、また、物思いが増して、朝に晩に、我が身を思い、嘆くのである。
今頃は、京に着かれただろうと、思うほどの日にちもたたないのに、お使いが来た。近いうちに、京に迎えようとの、仰せである。



いとたのもしげに、かずまへ宣ふめれど、「いさやまた、島こぎはなれ、なかぞらに心ぼそきことやあらむ」と思ひわづらふ。入道も、さて出だし放たむはいとうしろめたう、さりとて、かくうづもれ過ぐさむを思はむも、なかなか来しかたの年ごろよりも、心づくしなり。
よろづにつつましう、思ひたち難き事を聞ゆ。




頼もしくも、仰せられたが、しかし、どうであろか。明石の浦を出て、島を離れて、頼る所もなく、心細くはないだろうかと、ためらう。
入道も、そのように、手元から離してしまうのは、心配であり、そうかといって、このような田舎に、埋もれて、過ごすことを考えると、これまた、かえって、幾年月よりも、気の揉めることである。
何につけても、身のすくむ思いで、決心し難い旨を、申し上げる。




まことや、かの斎宮もかはり給ひにしかば、御息所のぼり給ひて後、かはらぬ様に、なに事もとぶらひ聞え給ふことは、あり難きまで情をつくし給へど、「昔だにつれなかりし御心ばへの、なかなかならむ名残は見じ」と思ひはなち給へれば、渡り給ひなどすることは、ことになし。あながちに、動かし聞え給ひても、わが心ながら知り難く、とかくかかづらはむ御ありきなども、ところせう思しなりたれば、しひたる様にもおはせず。斎宮をぞ、「いかにねびなり給ひぬらむ」とゆかしう思ひ聞え給ふ。



そういえば、あの、斎宮も、お変わりになったので、御息所は京へ、上られたが、その後、以前と、変わりなく、なにくれと、お見舞いされる。
大変に、やさしくされるが、昔でさえ、冷たかった方、今更、なまじ後悔するようなことは、したくないと、他人になり切る、覚悟だった。
君も、ご自身、渡りになることは、特に無いのである。
強いて、心を動かしたところで、自分ながら、どのように、心変わりするのか、解らないし、係わり合いを作るような、お歩きも、今では、身分が難しく思われる。
無理強いする気持ちはない。
ただ、斎宮が、どのように成人されたのか、会ってみたい気がするのである。




なほかの六条のふる宮を、いとよく修理しつくろひたりければ、みやびかにて住み給ひけり。よしづき給へる事ふり難くて、よき女房など多く、すいたる人のつどひ所にて、もの淋しきやうなれど、心やれる様にて経給ふ程に、にはかに重くわづらひ給ひて、物のいと心細く思されければ、罪ふかきほとりに年経つるも、いみじう思して、尼になり給ひぬ。




今もなお、あの六条の、古い御殿を、大変よく修理して、昔に変わらず、優雅に住んでいられる。
風雅を好まれることは、昔と同じで、よく女房なども多く、風雅を好む人々の、集まる所になっている。
華やかではないが、気晴らしをされて、日を送っていらっしゃるうちに、急に、重く患った。命も、長くないと、思い、斎宮という罪深い所で、年月を送ったことも、気になって、尼になったのである。




大臣聞き給ひて、かけかけしき筋にはあらねど、なほ、さるかたの物をも聞え合わせ人に思ひ聞えつるを、かく思しなりにけるが口惜しう覚え給へば、おどろきながら渡り給へり。



大臣は、それをお聞きになって、色恋の相手でなくとも、やはり、お話し相手と、思われたので、入道されたのが、残念に思われ、とるものも、とりあえず、お越しになった。



あかずあはれなる御とぶらひ聞え給ふ。近き御枕がみにおましよそひて、脇息におしかかりて、御返りなど聞え給ふ。いたう弱り給へるけはひなれば、「絶えぬ心ざしの程はえ見え奉らでや」と口惜しうて、いみじう泣い給ふ。かくまでも思しとどめたりけるを、女もよろづにあはれに思して、斎宮の御事をぞ聞え給ふ。




いつまでも、心からの、お見舞いを申し上げる。
枕元近くに、御座所をしつらえて、ご自分は、脇息によりかかって、お返事を、申される。
すっかり、衰弱している様子。
いついつまでも、変わらない、わが思いを、お見せできずに終わるのかと、残念で、たいそう、泣く。
こんなにまで、心にかけてくださったのを、女も、何につけても、悲しく思う。
斎宮のことを、お頼みになる。

よろづに あはれに
何につけても、あはれ、に、思う。
この場合は、悲しく思うのである。
悲しみが、極まり、あはれ、という、言葉になる。


posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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