2010年01月06日

ジャカルタ・スマトラ島・パダンへ 6

スラムの通りには、屋台通りがある。
皆、小屋であり、それが、ずらりと並んでいる。

様々なものを、売っている。
インターネットや、電話を掛けられる店もある。

一件の、麺類屋台に入った。
すでに、地元の人々が、食事をしている。

バクワンという麺類だったと、思う。
麺は、ミーというから、ミーバクワンという名になるのか。

私は、好きな麺を選んで、おばさんに示した。

目の前にある、麺を示せば、理解してくれる。
コータも同じものを、頼んだ。
更に、私は、テーブルに置かれた、揚げたお菓子を一袋、食べた。

おばさんが、二つのどんぶりを、目の前に置いて、コーラと、尋ねる。
コーラーが必要かということだ。

ノー、いらないよ
でも、水を貰おう

小さなペットボトルを、頼む。

それで、二人で、18000ルピア、つまり、180円である。

分量は、日本のラーメンの半分程度。
汁は、麺が浸る程度、入っている。

ただ、どうも、油っぽい。
それでも、美味しく感じられる。
出汁が、いいのだろう。

食べ終えて、ホテルに戻る。
時間が経つに、つれて、胸焼けしてくる。
矢張り、油のせいである。

しかし、食中りになることは、無い。

暑い日差しを、浴びるので、部屋では、兎に角、水を飲んで、休む。

次は、国内線の飛行機チケットを、買わなければならない。

コータが、出掛けた。

私は、少し間、荷物の整理をする。
さらに、バッグの中身を確認する。

暫く、ベッドに身を横たえた。
本も読まない。物も書かない。何も、しないのである。

ここには、後、今夜と明日と、二泊する。
そして、スマトラ島の、パダンへ向かう。

コータが、帰ってくるまで、私は、ベッドで、うとうとしていた。
戻ったコータの話を聞いて、明日、その場に出かけたいと、思った。
何でも、川沿いのスラムの方へ出掛けたたらしい。

支援物資は、無いが、行って、見るだけは、見ておこうと思った。

飛行機のチケットも、明日、取ることにした。

それでは、夜の食事をどうするのか・・・
そごうデパートに行くことにした。
そして、ついでに、水などを買ってくる。

1, 5リットルのペットボトルで、安いものは、2800ルピアである。28円。実に、安い。

それを、持てるだけ買うということにした。

そごうデパートは、少し歩いて、歩道橋を渡る。
実に、不便である。

兎に角、大きな道路を越えなければならないのである。

七時前に、ホテルを出た。

私たちが、行ったのは、四階の、安いレストラン街である。
屋台のように、店が出ていて、注文し、それを、中央のテーブルで、食べるという、セルフサービスである。

パダン料理を、選んだ。

ライスに、好きな、おかずを選ぶ。
カレーのような、汁物に、私は、イカの煮付けを、選び、同じく、コータは、チキンを選んだ。

そして、小の、水のペットボトル一本である。
二人で、38000ルピア。380円である。

アラッ、美味しいねーーー
と、言いつつ、次第に、辛くなってくる。しまいに、本当に、辛い。
ハーッ、辛い。

顔から、汗が出る。
ちょっとーーー、これ、本当に辛いねーーーー

辛いもの好きな、コータも、辛いというから、本当に辛いのである。
しかし、美味しい。

食べ終わり、すぐに、立ち上がり、地下のスーパーに出た。
そこで、大きな買い物籠を取り、店内に入る。

兎に角、水である。
と、その時、目にした、女性用の、長いワンピースが・・・
値段を見る。
何と、39000ルピアと、59000ルピアの物がある。

私は、安い方から、一着選んだ。
私の、室内着である。
出来るだけ、裸でいたい私は、イスラム教徒の男たちが、着るような、服が欲しかった。または、ローマ法王が、着るようなものである。

これで、いい、と、籠に入れた。
そして、水と、パンと、ハムである。

もう、ビールは、いらない。
アルコールは、飲まない。飲めないのである。

コータが、よく解らない、お菓子を買った。
お菓子ねーーー
それではと、私は、賞味期限の迫る、割引の籠に入っている、ビスケットを選んだ。

割引の物を買うという、喜び。
私は、日本でも、大半の食品の買い物は、割引の物を買う。
これは、癖である。

レジに行き、籠から、物を取り出して、清算する。

日本のように、レジで、籠のまま出さない。
品物は、皆、取り出して、清算するのである。

重たいのは、水である。
五本買った。

コータに、三本持たせ、私は、二本と、他の物を持つ。
そして、ホテルに戻った。

その夜は、コータが、カラオケの店に、偵察に出掛ける。
私は、寝る。
夜、10時になると、私は、眠くなるのである。



最後の沈黙を破る 36

北教組が、政治資金の問題で、家宅捜索を受けている。
民主党の、議員に、不正に、資金提供していたのである。

それは、私には、どうでもいいことだ。

それより、北海道教職員組合は、竹島を、韓国領土だと、生徒に教えていたという。
呆れた。

北教組には、韓国人が多くいるとは、聞いたことがない。

更に、重大な、領土問題を、検証無しに、韓国領だと、教える、意味と、意義がわからない。

北海道の、教職員は、子供たちに、君が代も、教えない。

更に、教えないばかりか、歌いたくない人は、歌わなくても、いいと、教えている。

どこの国の、教職員なのか・・・解らないのである。

何故、日教組からはじまる、教員の組合が、そのような、僭越行為を行うのか、理解に苦しむ。

子供を手玉にとって、そのような、愚かな教育をしているとしたら、即刻、退職してもらいたい。

何様のつもりになっているのか。

東京都でも、横浜でも、教師たちが、国旗掲揚と、国歌斉唱の際に、起立しないのは、個人の良心の、自由を侵害するという。

公の場にある、つまり、学校という、公の場で、個人の自由をという、考え方は、実に、おかしい。

それは、職場を去った後の話である。

彼らは、それで、子供たちを、混乱させ、悩ませているということに、気づかないのである。

実に、罪深い行為である。

日本の常識でも、世界的常識でも、国歌斉唱、国旗掲揚の際は、起立するのが、教育である。

こんなことは、日本以外の国では、考えられないことである。

海外に出掛けて、相手国の、国旗掲揚、国家斉唱に、起立しなければ、常識を疑われるばかりではなく、相手国に、失礼である。

私は聞いた。
日本人だけは、自国の慰霊碑に、手を合わせる旅人が少ないと。
そして、それで、日本人は、笑われているのである。

日教組の、教育の成果である。

実に、愚かな、そして、自由という名で、勝手な教育を行っているのか。

個人的に、どのような、気持ちや、感情を抱いても、自由である。
しかし、大人であれば、公の場で、自分の行為が、どうなのかということを、考える力があるはずである。

もし、それが、日教組というものの、本体ならば、解散すべきである。

戦後の、教育で、日教組が、果たした、役割は、極めて、軽薄なものだった。

国に対する、気持ちというものを、無私した、行為を続けた。
更に、軍国主義云々を、言い立てて、いつまでも、過去に拘り、前に進まないことである。

君が代、日の丸が、戦争を起こしたような、口ぶりである。
信じられない。
歌と、国旗が、戦争を起こすはずがない。

それだけ、歴史を正しく教えられないということである。
自虐史観というものを、作り上げたのも、日教組の、一つ役割だった。
それで、彼らは、何を望むのだろうか。

竹島が、韓国領であるということは、日本の破滅を願い、日本が、中国や、韓国の属国になって、いいのだということだろうか。

領土の、問題は、祖先の問題である。
つまり、領土は、祖先が、守り続けてきたことである。

祖先とは、日本の先人たちである。
それに対する、不敬は、余りある。

左翼、徹底的、左翼化を図りたいのか。
それでは、教師を辞めて、そのための、運動をすべきであり、教師の職に就くべきではない。

教育の現場は、中立であるはず。

そして、一定の、ルールと、常識的行為を、教えるはずである。

国際社会に出ても、恥ずかしくない行為を教えるはずである。

更には、子供たちを、混乱させる状況を、自ら作り出して、それを、誰かのせいにしているという様、実に、下劣である。

狂っている者に、良心の自由など、あろうはずがない。

味噌汁で、顔を洗い、出直した方が、身のためである。

その後も、ぞろぞろと、日教組、北教組の、偏向教育の有様が、国会でも、議論されている。
まさに、上層部の、全体主義である。
法律違反など、朝飯前のようで、平然と、不正を行う。
子供の教育など、任せられないのである。


posted by 天山 at 00:00| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もののあわれ 466

松ばらの、ふかみどりなるに、花紅葉をこき散らしたると見ゆるうへのきぬの濃き薄き、数知らず。六位の中にも、蔵人は青色しるく見えて、かの賀茂の瑞垣うらみし右近のじもようもゆげひになりて、ことごとしげなる随身具したる蔵人なり。良清も同じすけにて、人よりことにもの思ひなき気色にて、おどろおどろしきあかぎぬ姿、いと清げなり。すべて見し人々ひきかへ花やかに、「何事思ふらむ」と見えてうち散りたるに、若やかなる上達部殿上人の、われもわれもと思ひいどみ、馬鞍などまで、飾りを整へ磨き給へるは、いみじき見物に、田舎人も思へり。




深緑の、松原を背景に、花や紅葉を、撒き散らしたように見える、濃淡様々な、着物を着た人たちが、数知れずいる。
六位の中でも、蔵人は、拝領の青色が、際立って見える。あの賀茂の社の、玉垣を恨む歌を詠んだ、右近の丞も、衛門尉になって、ものものしい、随身を引き連れた、蔵人である。
良清も同じ衛門の、佐になり、誰よりも、苦労なくみえて、仰々しい赤色の、着物が、なんとも、立派である。
明石で、知った人たちが、一人残らず、立派になり、何の心配もない様子で、あちこちに、散らばる中に、若々しい上達部や、殿上人が、われもわれもと、競い、馬や鞍まで、飾り整え、美しく装いたてているのは、大した見物と、田舎者も、思ったのである。




御車をはるかに見やれば、なかなか心やましくて、恋しき御かげをもえ見奉らず。河原の大臣の御列をまねびて、童随身を賜はり給ひける、いとをかしげに装束き、みづら結ひて、紫すそ濃の元結なまめかしう、たけ姿整ひうつくしげにて十人、様異に今めかしう見ゆ。




君の、御車を、遠くから見ると、童随身を頂いて、それが、たいそう美しい装束を着て、みずらを結い、紫の裾濃の元結も、優美に、背丈も揃い、可愛い姿で、十人、くっきりと、鮮やかに、見える。

みづら結い、とは、髪型のこと。



大殿腹の若君、限りなくかしづきたてて、馬添ひわらはの程、みな作り合わせて、様かへて装束きわけたり。雲居はるかにめでたく見ゆるにつけても、若君の数ならぬ様にてものし給ふを「いみじ」と思ふ。いよいよ御社のかたを拝み聞ゆ。




大殿腹の、若君は、限りなく大切に、扱われ、馬に付き添う、童は、他とは、変わった服装で、区別している。
雲居遥かに、めでたく
及びもつかないほど、立派に見えるにつけても、姫君が、取るに足らない有様であると、たまらないと、思う。
いよいよ、社の方を、拝み奉る。




国の守参りて、御まうけ、例の大臣などの参り給ふよりは、ことに世になく仕うまつりけむかし。いとはしたなければ、明石「立ちまじり、数ならぬ身のいささかの事せむに、神も見いれかずまへ給ふべきにもあらず。帰らむにも中空なり。今日は難波に舟さしとめて、祓へをだにせむ」とて漕ぎ渡り。




国の守、とは、津の守のことで、くにのかみ、と、読む。
カミという、言葉は、最初、このように、使われた。
その地域を、治める者を、守、カミと、呼ぶ。
そして、その、カミの語源がある。

国の守が、お側に来て、饗宴の仕度を、普通の大臣などが参拝されるより、ずっと立派にしたことでしょう。
作者の言葉である。
明石の人は、いたたまれない思いで、あの中に入り、取るに足りない私が、何かしても、神様も、目に留め、願ほどきをしたと、思えるはずもない。明石に帰ろうにも、中途半端である。今日は、難波に舟を止めて、祓いだけでもしょう、と漕いで行くのである。




君は夢にも知り給はず。夜ひと夜いろいろのせさせ給ふ。まことに、神のよろこび給ふべき事をしつくして、来し方の御願にもうち添へ、あり難きまで遊びののしり、明かし給ふ。惟光やうの人は、心のうちに、神の御徳をあはれにめでたしと思ふ。
あからさまに立ち出で給へるに侍ひて、聞えいでたり。

惟光
すみよしの まづこそものは 悲しけれ 神代のことを かけて思へば

「げに」と思し出でて、

源氏
あらかりし 浪のまよひに すみよしの 神をばかけて 忘れやはする

しるしありな」と宣ふも、いとめでたし。




君は、明石の人が、来ているなどと、そんなことは、夢にも知らない。
その夜は、一晩中、いろいろの神事をされる。まことに、神様が、喜びになるであろう、限りを尽くして、更に、今までの、御願いに、加えて、前例のないほどに、音楽を賑やかに、奏して、一夜を明かす。
惟光のように、須磨明石で、君と辛苦を共にした人は、心の中で、神の御徳を、しみじみと、ありがたいと、思う。
君が、出ていらしたので、御傍により、お耳に入れた。

惟光
住吉の岸で、松を見まして、何より、感慨無量でございます。昔のことを、忘れられません。
いかにも、と、昔を思い出して、

源氏
あの恐ろしかった、須磨の波風に苦労して。住吉の御神徳を忘れようか。いついつまでも、忘れない。

霊験があるな、と、仰るのも、たいそう、素晴らしい。


すみよしの まづこそものは
住吉の松を、まづ、にかけている。
神代のことを
須磨明石で、苦労した頃の意味を、かけている。

あはれにめでたし
しみじみと、嬉しいことである。
めでたし、に、あはれ、が、感嘆詞となる。


posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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