2010年01月04日

ジャカルタ・スマトラ島・パダンへ 4

部屋に入り、しばらく、呆然としていた。
今、見た、スラムの風景に、絶句していた。

そして、冷静になって、ホテルの案内を見て、驚いた。

ホテル、スパ、カラオケ完備のホテルであり、更に、中華系である。
一階から、四階までは、それらの、施設であり、五階と、六階が、ホテルだった。

話は、順に進める。

食事である。
昼の食事を、三時頃にした。
一階に、レストランがある。そこは、ルームサービスもする。

中華料理である。

味は、そこそこ。しかし、値段が高い。
税金、サービス料で、15パーセント、上乗せされる。

次第に、ホテルの全貌が、理解できてきた。
私は、疲れて、部屋に戻り、コータに、水と、ビールを買わせた。

私は、海外に出ると、アルコールは、飲まないが、昨夜と、今夜は、飲みたい気分なのである。結局、二日で、止めたが。

ビールは、嫌いである。
しかし、日本酒に変わるものがないゆえに、ビールにする。

コータの報告である。

道路を挟んだ、向かい側に、そごうデパートがある。
そこには、アメリカ資本の店舗も、多く入る。

この、スラムの向かいに、そごうデパートとは、驚いた。
確かに、高速を走っている時に、その文字を見たが、こんなところにあるとは、思いもしない。

考えた。
ここでは、支援をしない予定であるが、少しなら、一つのバッグなら、と、思った。

コータに言うと、ホテルの、横の道から、スラムに入る道があるという。

よし、明日、そこに入り、少し、衣服を差し上げよう。
そして、そごうデパートを見に行くことにした。
レストランが多いというので、夜の食事を、そごうデパートですることにした。

それまで、私は、タバコを吹かし続けた。

午後五時になると、突然、音が聞こえ始めた。
二階から、四階部分のカラオケスペースからである。
それが、何と、12時間、続くのである。
つまり、朝の五時まで。

そこには、コータが、二度偵察に出かけた。
後で、それを、書くことにする。

夜の食事に、そごうデパートに出掛けた。
ショッピングセンターのような、三階、四階は、レストラン街である。

驚いたのは、和食の店が、見た限りでは、二件はあった。
更に、これから開店する店も、和食の店である。

そこは、高級店であり、私は、一度入って、鮨を、三個注文して食べてみたが、まずまずである。

インドネシア料理を頂く。
実は、これから行くパダンは、パダン料理の発祥地である。
それが、インドネシア料理の元になっている。

全体的に、辛い料理である。
おかずを選んで、ライスを、つける。

一皿に、盛られる。

300円から、500円程度である。
これが、パダンに行くと、100円程度で、食べることが出来る。

ちなみに、一万円が、94万ルピアだった。
おおよそ、100万ルピアである。
つまり、一万ルピアだと、100円である。

10万ルピアが、1000円。
それに慣れるまで、混乱する。

食事は、二人で、いつも、五万ルピア程度である。

食事を終わり、水を買って、部屋に戻る。
水は、必須である。水道水は、飲めない。
熱中症にならないためにも、水は、多めに買う。

ジャカルタでは、2800ルピアで、買えた。
パダンでは、5000ルピアになる。
時に、同じものが、4000ルピアのこともあるから、適当なのだ。

私は、早々に、シャワーを浴びて、寝る準備である。
私が、寝る頃、コータが、下の階のカラオケムールに出た。

今回は、鍵を持って出た。
矢張り、ここでは、部屋の鍵を開けておくのは、危険である。

私が、眠っている間に、コータも戻り、寝たようである。
朝は、私が早く起きる。コータは、寝ている。

食事は、付いていないので、昨日、水と一緒に、買った、パンや、ハムを食べて、水を飲む。

その日は、スラムに出掛けて、少しの衣服支援をするつもりである。
出来れば、昼前に、出掛けたい。日差しが強くならない、うちにである。



最後の沈黙を破る 34

私は、テラの会として、追悼慰霊と、衣服支援をする。
その、衣服支援を、ボランティアと、便宜上呼ぶ。

ボランティアとは、ラテン語の、ボランタスから、出た。
生きる意味意識という、意味である。

つまり、行為が、生きる意味意識につながるもの、ということになる。

日本語では、奉仕活動などと、訳される。

その言葉に、問題は無い。

だが、ボランティアの精神を語るのに、マザーテレサが、出るのが、不思議である。
もし、マザーテレサの行為が、ボランティアであり、その原点であるというならば、それは、誤りであり、更に、彼女は、偽善者である。

彼女の行為に、何の問題もない。
私は、評価する。

だが、聖者と呼ばれて、ボランティアの精神の原点と言うならば、受け入れられない。

彼女は、ボランティアや、日本語でいう、奉仕活動をしたのではない。

彼女の行為は、彼女の実に、主観的な信仰に、支えられてある。

彼女は、主イエスキリストから、ある日、私は、乾くと、言われた。更に、最も貧しい人の中に行け、である。

彼女の行為は、それである。

一切の、奉仕や、ボランティア活動ではない。

キリストのために。
彼女が言う、神様のために、素晴らしいことを・・・なのである。

キリストが存在しなければ、彼女の行為も、行動も、存在しない。
要するに、駆け引きと、契約である。

だが、彼女が、聖書を、深く読めば、主イエスが、右手が、良いことをするならば、左手に教えないようにしなさい、という、言葉を、忘れたのか、知らないのである。

彼女の、喜びは、主イエスへの愛であり、死後の世界に在ると信じる、神の国、天国へ行くことなのである。

主イエスのために、とは、そういう意味である。

世界的に、彼女の解釈が、誤っているということ、である。

更に、彼女は、その活動を、ローマ法王によって、認可されたのである。
ボランティアという、本来の意味とは、別物である。

ローマ法王の認可とは、カトリック教会が、彼女の活動を、認めるということである。

そして、彼女が、世界的に知られるようになると、カトリック教会は、マザーテレサを、広告塔として、利用したのである。

歴史を、振り返れば、カトリック教会は、多くの植民地政策に、加担し、更には、民族の、大量虐殺を行っている。

南米では、スペインが、一億人を虐殺した。
そして、それに関しての、謝罪の言葉は、一言もない。

ヨーロッパの、植民地政策は、キリスト教布教と、セットになり、行われた。

イエズス会などという、修道会は、まさに、カトリック教会支配の地を、捜し求めて、世界を巡った。

日本の、キリシタン迫害というが、迫害ではなく、国を、守るべくの、行為だった。
でなれば、日本は、カトリックの、植民地になっていた。

天皇を廃止し、ローマ法王を頂く国になっていた。

フィリピンなどは、そうである。

最初のイスラム教徒を、虐殺して、スペインは、カトリックを布教した。従わない者は、殺した。

カトリック教会が、いくら、懺悔しても、許されないのは、それである。
しかし、懺悔するどころか、世界に、メッセージを送るという、傲慢である。

その、ローマ法王に認可されて、マザーテレサの活動が、開始された。
主イエスの、代理である、ローマ法王の認可が、必要だった。

実際、マザーテレサも、教会の、犠牲者の一人かもしれない。

私は、カトリック系の、ある修道会の、修道院長と友人でもあり、更に、多くの、シスターたちの、善意の行為を見ている。
決して、有名にはならないが、マザーテレサと、遜色は無い。

マザーテレサの、偽善は、余りある。
主イエスによる、祝福で、満たされるはずが、世俗的な、ノーベル賞を頂くという。

更に、彼女の、言葉ある、偽善である。
多くの人、その言葉を、人に聞かせる。

もっとも、多い言葉が、以下である。

与える私は、実は、与えた人から、より多くを与えられているのです。

この、実に、意味ありげな、偽善の言葉は、誤りに満ちている。

与えたということは、与えられるということで、完結する。

与えることによって、与えられ
という、アシジの聖フランシスコの言葉もある。

これは、キリスト教の、抜けられない、邪悪な観念である。
つまり、契約である。

与えるということは、与えられるということで、完結する、という、私の言葉が、理解できれば、幸いである。

それによって、与えた相手から、より多くの恵みを与えられると、考えるところに、実は、偽善が、大きな穴を開けて、待っている。

助けを、必要としている人がいることが、彼女の、救いなのである。

助けを必要としない人が、一人もいなければ、彼女の存在は、必要ではない。

私は、聖者になりたければ、インドに行けと、人に言う。

インドでは、誰でも、聖者になる事が出来るのである。
インドが、魔の世界だからである。

更に、精神的、霊的指導者も、多くは、インドから出る。

私は、あなたが、それに、座ったのを、知っている。
などと、自分は、椅子にまでも、意識があるというような、アホが、沢山いる国、インドである。

インドには、日本より、億万長者が多い。
だが、その福祉は、最低である。

マザーテレサは、政治的なことに、一切、関わらなかった。それは、正しい。
宗教家が、政治に関わると、とんでもない、誤りを犯す。

マザーテレサは、宗教を超えて、人々の尊敬を、集めた。

主イエスは、十字架刑である。
何故か。
ユダヤ教の、大衆の耳障りな言葉を、多く吐いたからである。
今、主イエスが、現れたら、キリスト教徒によって、殺される。

さて、長くなるので、切り上げるが、与えることによって、更に多くを与えられるなどという、偽善の言葉は、必要ない。

与えること、それのみで、事は、帰結する。

与えることで、多くを与えられると、考える人は、善を行っているという、明確な自覚がある。

与えた喜びは、自分より、助けが必要な人の存在によって、我が身の幸福を、楽しむのである。

実に、傲慢不遜である。

私は、汗だくになり、衣服を支援した後では、さて、何を食べようかと、考えている。
衣服を支援したことを、すでに、忘れる。

与えた人から、多くを与えられたなどという、アホなことは、考えない。

何故か。
一期一会である。

たまたま、偶然である。

この世に、必然的なものが、あろうか。
すべて、偶然の賜物。

昔は、すべては、必然であると、考えていた時期がある。
しかし、今、年を取って、すべては、偶然であり、たまたま、であると、知った。

何一つとして、不安定でないものはない。

すべてが、不安定で、揺れている。

マザーテレサの、主イエスに対する、誇大妄想が、彼女を、偽善の聖者にした。

昔の人は、皆、死ぬ人と、共にいた。
一人も、百人も、行為は、同じである。

posted by 天山 at 00:00| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もののあわれ 454

かやうのついでにも、かの五節を思し忘れず、「また見てしがな」と心にかけ給へれど、いと難き事にてえまぎれ給はず。女、もの思ひ絶えぬを、親はよろづに思ひ言ふ事もあれど、世に経む事を思ひ絶えたり。




このついでに、あの五節、ごせち、を、忘れない。
もう一度、見たいものだと、いつも思うが、大変難しいことで、とても、お忍びで、行くことはできない。
親は、何かと、結婚のことを、持ちだすが、独身で、通す覚悟である。




「心やすき殿つくりしては、かやうの人集へても、思ふさまにかしづき給ふべき人も出でものし給はば、さる人の後見にも」と思す。かの院のつくりざま、なかなか見所多く、今めいたり。よしある受領などを選りて、あてあてにもよほし給ふ。




気兼ねのいらない、邸を作り、このような人を集めて、思うように、育てる子が、生まれたら、そういう人の、世話役にでも、と、思われる。
その邸の、つくりは、本邸のつくりよりも、見栄えが多く、華やかである。
良い受領などを、選んで、分担させて、急がせる。




尚侍の君、なほえ思ひ放ち聞え給はず。こりずまに立ちかへり、御心ばへもあれど、女は憂きにこり給ひて、昔のやうにもあひしらへ聞え給はず、なかなか所せう、さうざうしう、世の中思さる。



ないしのかみのきみ、を、今も思い切ることは、出来ない。
失敗に、懲りずに、昔通り、気持ちを見せるが、女は、苦しさに、耐えられず、昔のように、お相手にされないのである。
源氏は、かえって、窮屈を感じて、物足りなく、毎日を、思う。


こりずまに立ちかへり
こりずまに またもなき名は 立ちぬべし 人にくからぬ 世にし住まへば
古今集

世の中思さる、とは、二人の仲のことである。





院はのどやかに思しなりて、時々につけて、をかしき御遊びなど、好ましげにておはします。女御更衣、みな例のごと侍ひ給へど、東宮の御母女御のみぞ、とり立てて時めき給ふこともなく、尚侍の君の御おぼえにおし消たれ給へりしを、かくひき違へ、めでたき御さいはひにて、離れでて宮に添ひ奉り給へる。この大臣の御宿直所は昔の淑景舎なり。梨壺に東宮はおはしませば、近隣りの御心よせに、何事も聞えかよひて、宮を後見奉り給ふ。




院は、気軽になって、四季折々に、趣のある、遊びをされ、ご機嫌よくいらっしゃる。
女御や更衣は、御在位当時から、お仕えされているが、東宮の御母、承香殿女御だけは、特別、華やかな方でもなく、尚侍の君の、寵愛に消されていらした。今は、打って変わり、結構な幸せで、院の傍を離れて、東宮に、付き添っていらっしゃる。
源氏の大臣が、使用している、御部屋は、昔の、淑景舎である。
梨壺に、東宮がおられるので、隣同士であるから、何事につけても、話し合いして、東宮の、お世話も、される。




入道の后の宮、御位をまたあらため給ふべきならねば、太上天皇になずらへて、御封賜はらせ給ふ。院司どもなりて、さまことにいつくしう、御おこなひ功徳の事を、紫の御営にておはします。年頃世に憚りて、出で入りも難く、見奉り給はぬ嘆きをいぶせく思しげるに、思すさまにて、参りまかで給ふも、いとめでたければ、大后は、「憂きものは世なりけり」と思し嘆く。大臣は事に触れて、いと恥づかしげに仕まつり、心よせ聞え給ふも、なかなかいとほしげなるを、人も安からず聞えけり。





入道皇后の宮とは、藤壺のこと。
皇后の宮は、出家の身であり、位を、皇太后に改めるべきではないので、太上天皇、上皇に倣い、御封戸を頂戴した。
大勢の、事務官が、任命され、格段に立派であり、勤行や、功徳の仏事を常のこととして、行われる。
この、幾年、世間への、遠慮から、御所への出入りも、難しく、御子に逢えないという、嘆きを、辛く思っていた。
今は、心のままに、参内されるのは、まことに、結構な有様で、皇太后は、辛い成り行きと、嘆くのである。
源氏の、大臣は、何かにつけて、大后が、恥じ入られるほど、よく仕えており、好意を見せるので、かえって、具合が、悪いようである。
世間の人も、とやかくと、噂した。


皇太后とは、前帝の母である。
現在の帝の母は、藤壺である。そして、源氏の子でもある。

新しい東宮は、朱雀院の子である。


posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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