2010年01月03日

ジャカルタ・スマトラ島・パダンへ 3

翌朝、早く目覚めた。
というより、いつも通りである。

六時頃であるから、日本時間では、八時である。

何気なく、ホテルの、案内に目を通していた。
すると、小さな、袋が、目に付いた。

YAYASAN
袋には、ややさん、とある。
ややさん・・・
あれは、バリ島で、言われた言葉・・・

ややさん、って、誰だ。
日本人なのか、バリ島の人なのか・・・
私たちは、議論していた。

ところが、違うのである。

朝食付きであるから、私は、一階ロビーの横にある、レストランに出た。

一人で、食べていると、コータも、起きてきた。

二食分程度を、たらふく食べて、フロントに行き、チェックアウトの時間と、ややさん、につて、聞くことにした。

12時、チェックアウトは、分かった。
おおよそ、どこも、ホテルは、12時である。

YAYASANの、封筒を出して、尋ねた。

私の英語が、分からないのか、女の子は、奥の男を、呼んだ。

ややさんとは、団体であること。
そして、そこの、ホテルが、中心に、ややさんを、作っていることが、解った。

私は、この街の、ストリートチルドレンに、服や、食べ物を、渡したいと言った。
すると、男は、こう言う。
それは、法律で、禁止されている。それを、すれば、警察に逮捕されるというのだ。

すべて、ややさんを、通して行うこと。

えっーーーーーー
そんな法律が、出来た・・・

何度も、警察に捕まるから、駄目という。
後で、その話が、嘘であることが、解るが、その時は、信じるしかない。

パダンで、その、YAYASANというものについて、詳しく教えてくれた人がいる。

つまり、ややさんとは、日本の、NPO法人と、同じようなものなのである。

そのホテルが、中心になって、法人格を取り、支援活動をしているということである。

そして、説明した、彼は、私に、そのホテル主体の、ややさんに、寄付、支援することを、勧めたのである。つまり、自分のホテルの売名行為に、多くの支援を集めたい。それで、私に、牽制したのである。

だが、それを、知ったのは、パダンである。
それでは、ジャカルタでは、出来ないと、思った。

部屋に戻り、コータに話す。

男は、この街には、至る所に、ストリーチチルドレンがいる。貧しい人々がいると、言った。

更に、スラムである。

私たちは、ホテルを変更するために、タクシーを予約して、まず、スラム街を見て、そして、別のホテルに、移ろうと考えた。

勿論、2000円前後のホテルである。

時間があるので、私は、ホテル付近の様子を、見に出かけた。

街の中心地であるが、ごみごみとして、ホテルが立ち並び、その間に、屋台やら、地元の食堂などが、立ち並ぶ。

もう少し、足を延ばすと、大統領府に出るのだが、止めた。

夏の暑さである。

歩くだけで、汗が出る。

部屋から、自分たちで、荷物を運び出した。
ボーイに上げる、チップを、ケチったのである。
タクシーに、荷物を積み込み、行き先は、スラム街。

それは、ジャカルタの西方面である。
その道、空港への、高速が走る。
つまり、私たちは、夜、その高速道路を通ってきたが、暗くて、見えなかった。

だが、昼間である。

その、高速道路に入り、少しすると、スラム街が、見えてきた。
その延々と続く、川べりに、建てられた、小屋、小屋、小屋の数々・・・
終わることのない、スラムが、続く。

世界最大のスラムと、いわれる。
タクシー運転手は、どこまでと、聞く。
行けるところまで。

港の前に出る。
そこも、スラムである。

この付近にホテルありますかと、運転手に聞いた。
三つあるというので、一番安いホテルに、と、促した。

丁度、そのホテルは、スラムのど真ん中にある位置である。

ここに決めた。
タクシーを止めて、部屋があるか、確かめた。

ツーベッドルーム、一泊3300円である。
高い。しかし、そこに決めた。

三泊することになる。



最後の沈黙を破る 33

霊というものについて。

いない、存在しないと、言う。

存在することを、証明できない、更に、存在しないということも、証明できない。

ただし、残像想念は、ある。存在する。
それは、生きている人間も、死んだ人間も、である。

残像想念は、思念とも言う。
思い、である。

思いが、残る。
そして、その、思いが、動く。つまり、活動する。

通常霊能者が、言う、霊とは、絶対主観である。
更に、人間は、主観から、逃れることが、できない。

ただ、主観から、逃れるべきであると、釈迦仏陀などは、教えた。
だが、人間、逆立ちしても、主観から、逃れることは、できない。
だから、人間である。

もし、客観視ということが、できるなら、それは、残像思念が、我を見ることである。

私が、私を見て、客観とは、それである。

過去も、未来も、信仰と同じく、妄想である。
過去も、今、見る、過去であり、未来も、今、見る、未来である。
だから、今しかないといえる。

どんな、歴史的建物も、今、見ているしか、方法が無いのである。
二千年前の、今を、見ている。

人間は、今しか、見られないものなのである。

霊とは、観念である。

質的次元の違う世界を、この世の言葉で語ることは、嘘になる。
霊体というものも、だから、語れば、嘘になる。

私は、亡き人の、追悼慰霊を、行う。
当然、残像思念に向き合う。

いくら、物の本で、読んでも、その場に、行かなければ、亡くなった方々の、思念を感じるのは、難しい。
想像は、できるが、それは、想像でしかない。
その現場に、出掛けて、また、その付近に、出掛けて、少しは、想像より、ましな、場の、気を感じる。

最低、自分が、ここで、そのような状態で、死ぬことになったら・・・と、考える。
不可抗力で、そこで、死ぬことになったとしたら・・・

怨み、つらみ、哀しみ、切なさ、苦しさ、無念さ、など、色々な、感情を持つに至る。更には、呪うこともある。

最後には、自分の人生を、自分が呪うという、場面もあるだろう。

餓死や、病死で、死ぬことになったら・・・
国の命令で、そのような状態になったら・・・

息を引き取る時に、強烈な、想念、思念を、発するはずである。
そして、その、思念が、そこに、そのままに、留まる、だろう。

霊とは、それである。

死人に口無し、である。
語るに、語れない。

思念のみ。
それを、読み解く行為が、霊的能力であろう。しかし、それも、主観である。

ただ、残像思念が、存在するということだけが、事実である。

人生を、捉える考え方は、百人百様である。
これだと、言うことは、出来ない。

更に、生きるという、意識の、段階もある。
それぞれ、違う。

思念も、それぞれ、違う。
残像思念を、霊というならば、存在するという、理由である。

テレビの、チャンネルを合わせると、それぞれの、番組が見られる。
霊的存在、残像思念も、そのようである。
途中からしか、見られない。

テレビ番組も、途中から、見れば、何のことか、解らない。
ドラマの場合あり、ニュースの場合あり、バライティの場合ありと、変わる。

残像思念を、感じるのも、それに似る。
じっと、見つめていなければ、物語が、解らないのである。

霊的存在と、その場、その場で、会話するということは、あり得ない。
流れている、物語の、一部を見る如くである。

更に、思念も、想念も、動くものである。
怨みも、変形する。

悲しみも、変形する。

そして、時が経てば、その思念が、薄くなったり、画像が、不明瞭になる。

その場に、同化したり、あるいは、生き物、植物に、同化する。

霊とは、何か。
存在しないと、言った。
存在すると、観念すれば、存在する。

見えないものも、見えると、信じれば、見える。

在ると、思えば、ある。無いと、思えば、無い。
つまり、主観である。

私は、残像思念を、別名、幽体と、呼んでいる。
幽体は、肉体に、沿っているものである。添うとも、言う。

肉体が、消滅すれば、それが、残る。

そのままだと、幽霊になる。
幽霊は、存在するが、霊は、存在しないと、言う。

ただし、幽と、霊が、分離しての、霊というものは、考えられる。
幽と、霊が、別物になる。

そこで、はじめて、霊の存在ということが、語られる。
その前に、霊の存在は、語れない。ゆえに、霊は、存在しないと、言う。

語れば、観念に、陥る。

霊とは、質的次元が違うものであり、この世の、言葉の、存在するという表現では、語ることが出来ない。
ゆえに、存在しないと、言うのである。

ただ、日本の伝統である、先祖崇敬という、心の形式は、実に、真っ当であると、言う。
その、先祖というものが、国体にまで、高まる。
先祖が、作り上げた国となる。

神話として、残り、語りとして、残る。
それが、共同幻想になるから、有難いのである。

人間の存在は、幻想として、在るのである。

未来永劫、二度と、生まれることは無い。
この一瞬の、今が、現実であり、現実は、ただ、一瞬である。

たとえ、輪廻があったとしても、現実は、ただの、一瞬である。

輪廻から、逃れることを、考えるより、今の、一瞬を生きることが、貴い。

逃れる時も、一瞬のうちである。
そして、それは、一瞬のうちに、行われる。

観念に、囚われれば、その、一瞬を、見逃す。
神仏が、妄想であるように、我という意識も、妄想である。

簡単に言えば、馬鹿が、いくら、考えても、馬鹿なのであるから、考える方が、間違いなのである。

観念とは、そういうものである。

すべては、我が内で、行われる。
それを、見つめているだけである。


posted by 天山 at 00:00| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もののあわれ 463

うち返し見給ひつつ、源氏「あはれ」と長やかにひとりごち給ふを、女君しり目に見おこせて、紫の上「浦よりをちに漕ぐ舟の」と、しのびやかにひとりごちながめ給ふを、源氏「まことはかくまでとりなし給ふよ。こはただかばかりのあはれぞや。所の様など、うち思ひやる時々、来し方の事忘れ難きひとりごとを、ようこそ聞きすぐい給はね」など、うらみ聞え給ひて、上包ばかりを見せ奉らせ給ふ。テなどのいとゆえづきて、やむごとなき人苦しげなるを、「かかればなめり」と思す。





何度も、手紙をご覧になり、源氏は、あはれ、と、長く溜め息をつくのを、女君は、横目で、ご覧になり、浦より漕ぐ舟の、私は、放っておかれる、と、そっと、独り言を言い、沈み込む。
源氏は、本当に、これほど、邪推されるとは。これは、ただ、これだけのこと。明石の風景を思い出す時々、昔のことが、忘れ難いので、つい、独り言が出るのに、あなたは、聞き流してくれない、などと、恨み言をいう。
手紙の、表だけを、見せる。
筆跡などは、大変趣があり、身分のある人にも、引け目を感じそうなので、これほどゆえに、愛情が深いのだと、紫は、思う。

源氏の、あはれ、とは、嘆息である。
感嘆詞である。
思い極まり、あはれ、と言う。





かくこの御心とり給ふ程に、花散里をかれはて給ひぬるこそいとほしけれ。おほやけ事も繁く、所狭き御身に、思し憚るに添へても、めづらしく御目驚く事のなき程、思ひしづめ給ふなめり。
五月雨、つれづれなる頃、公私もの静かなるに、思しおこして渡り給へり。



このように、紫の、ご機嫌をとりつつ、花散里を、放っておいては、気の毒なことだと、政治も、忙しく、簡単に動けない身分であり、遠慮があるゆえに、見事なと、目を覚ますほどのことを、言わない限り、つい、そのままにしておかれると、思われる。
五月雨で、何も出来ないので、公私共に、暇になり、腰を上げて、お出かけになった。


作者の感想が、入り、実に、複雑な、文になっている。
物語の難しさは、誰のことなのかと、佇むところである。
突然、作者の解説が、入るのである。




よそながらも、明け暮れにつけて、よろづに思しやりとぶらひ聞え給ふを頼みにて、すぐい給ふ所なれば、今めかしう心にくき様に、そばみうらみ給ふべきならねば、心やすげなり。年頃に、いよいよ荒れまさり、すごげにておはす。女御の君に御物語聞え給ひて、西の妻戸には夜ふかして立ち寄り給へり。月おぼろにさし入りて、いとどえんなる御ふるまひ、尽きもせず見え給ふ。いとどつつましけれど、端近ううちながめ給ひけるさまながら、のどやかにてものし給ふけはひ、いとめやすし。水鶏のいと近う鳴きたるを、

花散里
水鶏だに おどろかさずは いかにして 荒れたる宿に 月をいれまし

と、いとなつかしう言ひ消ち給へるぞ、「とりどりに捨て難き世かな。かかるこそ、なかなか身も苦しけれ」と思す。

源氏
おしなべて たたく水鶏に おどろかば うはの空なる 月もこそいれ

うしろめたう」とは、なほ言に聞え給へど、あだあだしき筋など、疑はしき御心ばへにはあらず。年頃待ちすぐし聞え給へるも、さらにおろかには思されざりけり。「空ながめそ」と、頼め聞え給ひし折の事も宣ひ出でて、花散里「などて、類あらじと、いみじう物を思ひしづみけむ。憂き身からは、同じ嘆かしさにこそ」と、宣へるも、おいらかにらうたげなり。
例のいづこの御言の葉にかあらむ。つきせずぞ語らひなぐさめ聞え給ふ。



離れているが、明け暮れ、朝に夕に、何から何まで、心ある、お世話を頼りに、日を送る人である。
行かずにても、無愛想な顔をしたり、すねたり、恨んだりするはずものないこと、だから、安心である。
この何年間に、ますます、荒れが酷くなり、凄い雰囲気の、住まいである。
まず、女御の君と、お話されて、西側の戸口には、夜が更けるのを、待って、お立ち寄りになる。
月が、朧に差し込んで、君の姿が、いっそう、優美で、立ち居振る舞いの様子も、立派である。
それゆえ、花散里は、気が引ける。
端近くに座り、思いに耽る、その様子のまま、慌てず、騒ぎもしない様子は、まことに、難がない。
水鶏が、すぐ近くで、鳴いた。

花散里
水鶏でも、戸を叩いてくれませんでしたら、この荒れた宿に、月を、あなた様を、向かえることができましょう。

と、何事もなく、やさしく仰る様子。
源氏は、どの女も、皆、良いところがあり、それでかえって、私は苦労するのだと、思う。

源氏
いつでも、戸を叩く音で、開けていたら、思わぬ月も、変な人も、入ってくるでしょう。

気になります、と、仰るが、そのような、不実な、性格を、疑うような人ではない。
それどころか、須磨退去以来、ずっと、待ち続けてくれたことを、決して、いい加減に、思ってはいないのだ。
源氏は、空を眺めるな、と、約束された時の、ことなどの、お話ができて、花散里は、あの時は、どうして、ほかに、又とあるまいと、酷い嘆きをしたのでしょう。哀れな私には、どちらも、同じ嘆きでしたのに、と、仰る様子も、穏やかで、可愛らしい。
源氏は、例の通り、どこから、出てくるのか、やさしい言葉の限りを尽くして、慰めるのである。


posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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