2010年01月05日

もののあわれ 465

兵部卿の親王、年頃の御心ばへのつらく思はずにて、ただ世の聞えをのみ思しはばかり給ひし事を、大臣は憂きものに思しおきて、昔のようにも睦び聞え給はず。なべての世には、あまねくめでたき御心なれど、この御あたりは、なかなか情なき節もうちまぜ給ふを、入道の宮は、いとほしう本意なき事に見奉り給ふ。




兵部卿の親王は、ここ数年、変化の無い、意外な仕打ちを受けているが、ただ、世間の思惑ばかりを、気にしていらしたのを、大臣は、不快なここと、思い、以前のように、親しくすることがない。
世間一般には、誰にも、温情をかけるのだが、この宮に対しては、むしろ、無情な仕打ちもあり、入道の宮は、気の毒なこと、困ったことと、思っている。




世の中のこと、ただ半ばを分けて、太政大臣この大臣の御ままなり。権中納言の御女、その年の八月に参らせ給ふ。祖父殿いたちて、儀式などいとあらまほし。



天下の政治は、すべて、半分わけにして、太政大臣と、大臣の意のままである。
権中納言の姫を、その年の八月に、入内させる。おじいさまは、あれこれと、世話を焼き、儀式なども、まことに、非の打ち所が無い。


兵部卿の宮の君も、さやうに心ざしてかしづき給ふ名高きを、大臣は、人よりまさり給へ、としも思さずなむありける。いかがし給はむとすらむ。



兵部卿の宮の君も、入内させるつもりで、大切にしているとの、噂が高いが、大臣は、人に負けないようにと、別に思っているのではないか・・・
どうなさるつもりやら。

作者の言葉である。

当時の、貴族の女性は、入内という、帝の、后を目指すのである。
帝の、子を、産めば、最高の、栄誉である。




その秋、住吉に詣で給ふ。願どもはたし給ふべければ、いかめしき御ありきにて、世の中ゆすりて、上達部殿上人、われもわれもと仕うまつり給ふ。



その秋に、住吉に参拝される。
あれこれの、願いの叶った、お礼をされるはずである。
盛んな行列にて、世間中で、大評判である。
かんだちめ、てんじょうびと、が、我も我もと、競争するように、御供をされる。




折しも、かの明石の人、年ごとの例の事にて詣づるを、去年今年は、さはる事ありておこたりけるかしこまり、取り重ねて、思ひたちけり。船にてまうでたり。岸にさしつくる程見れば、ののしりて詣で給ふ人の気配、なぎさに満ちて、いつくしき神宝をもて続けたり。楽人十列など、装束をととのへ、かたちをえらびたり。




時も、丁度その時、あの明石の人は、毎年の例になっている、住吉詣でが、去年と、今年に、差し障りがあって、行けなかった、お詫びをかねて、思い立った。
船で、参拝した。
岸に船をつけて、ふっと、見ると、賑やかにお参りする、人の騒ぎで、海岸は、一杯である。素晴らしい、奉納品を、次から、次と、持ってゆく。十人の楽人などは、装束を整えて、顔つきの、すぐれた人を選んでいる。





「誰が詣で給へるぞ」と、問ふめれば、「内の大臣殿の御顔はたしに詣で給ふを、知らぬ人もありけり」とて、はかなき程の下衆だに、心地よげにうち笑ふ。げにあさましう、月日もこそあれ、なかなかこの御有様をはるかに見るも、身のほど、口惜しう覚ゆ。さすがにかけはなれ奉らぬ宿世ながら、かく口惜しききはの者だに、もの思ひなげにて仕うまつるを、色ふしに思ひたるに、「何の罪深き身にて、心にかけておぼつかなう思ひ聞えつつ、かかりける御響きをも知らで、立ちいでつらむ」など思ひつづくるに、いと悲しうて、人知れずしほたれけり。





どなたが、お参りなのですか、と、尋ねると、内大臣様が、御願い奉るに、お参りになるのを、知らない人もいるのだと、取るに足りない下人までもが、得意そうに笑うのである。
その通りで、呆れるほかはない。
他の月日があるのに、今日の日に来て、なまじ君のご様子を遠く見ると、もう、自分の身分が、情けなく思われる。
しかし、離れられない、御縁で、こんな卑しい身分の者まで、苦労一つないようで、御供するのが、光栄だと、思うのだが、どういう罪業の深い身で、常に、殿の事を気にかけて、お案じ申していながら、ご参拝の、噂も知らず、出掛けて来たのか、などと、考え続けると、たいそう悲しく、人知れず、涙に袖も、濡れるのであった。

平安期の、身分というものは、すでに、明確に、確定していた。
古代、その身分というものが、どのように、発展したのかは、また、書くことにするが、平安期の、身分は、すでに、推古天皇の頃に、明確にされていた。

それは、集落の、長から、はじまっている。
豪族というものが、現れて、次第に、明確になっていったと、思われる。

身分というものが、何か、差別的に感じるのだが、当時は、それが、秩序を整える方法でもあった。



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最後の沈黙を破る 35

公立学校の、教師たちが、国歌斉唱の際に、起立しないのは、良心であり、強制されるのは、良心の侵害であると、言う。

いつまでも、こんなことを、やっていられるのか。
それは、日本が、実によい国だからである。

国歌斉唱の際に、起立することを、教育するのは、子供たちに、世界の常識を教えるということである。

日本にいて、どこの国にも、行かないというならば、それでいい。
しかし、国際社会と、関わらずに生きることの出来ない時代である。

国歌斉唱の際に、起立するのは、世界の常識であるということを、教えるものであること、重々言っておく。

どこの国に、行っても、その国の、国旗や、国歌に対しての、礼儀があり、更に、その国独自の、貴いとされるものがある。

日本の若者は、外国に出掛けて、非常に恥ずかしい真似をする。
例えば、タイに行き、仏像の上に全裸で乗るという。
タイは、上座部仏教の国である。
知らないとして、許されることではない。

更に、戦争犠牲者の、メモリーパークなどでの、行為等々。
イタリアの大聖堂に、落書きしたという、アホもいる。

これ、すべて、教育の成果である。

言論の自由であるから、校舎を離れれば、自由であるが、校舎の中にいて、教師である以上は、公人である。

その立場というものを、考えての、良心の自由だろうか。
サヨク系といわれる人たちに、多い。

そのサヨク系の人たちが、好きな中国では、どうか。
そんな真似をすれば、どんなことになるのか。

また、イスラムの国に行けば、どんなことになるのか。
甚だしい場合は、その場で、射殺されても、文句は、言えない。

強迫神経症である。

国旗や、国歌に対して、あらかじめ、特殊な観念を植え付けられたのである。
洗脳である。

国旗掲揚に際しても、起立するのが、常識である。
世界の常識でもある。

日教組が幅を利かせる地域では、先生が、子供たちに、国歌を教えず、更に、国歌斉唱の際に、歌いたくなければ、歌わなくてもいいと、言う。

それ以前に、子供たちが、国歌を知らないという、例が多々ある。

良心という言葉を、出す前に、礼儀作法というものが、優先される場が多々あるということである。

日教組、労働組合などの、組合組織というのは、サヨク系であり、礼儀作法を知らないことでも、有名である。
自分たちの、作法は、人に求めるが、全体の作法は、無視する。

とんでもない、組織であり、それが、教育の現場にいるという、事実は、いかなることか。

日教組は、日教組で、学校を作り、日教組の教育をすれば、いい。
と、私は思う。

更に言う。
教師の、隠微極まる事件が多い。
少女売春などは、実に教師に多い。

まさか、それも、良心の自由とは、言わないだろう。

日本は、法治国家であるから、法に則って、裁かれる。

自由があれば、義務がある。

義務は、礼儀作法にも、関わってくる。

どうしても、国歌斉唱に、起立できないというなら、私立学校の、教師になるべきである。

天皇陛下でさえ、強制の無いように、と、仰せられた。
実によい国、日本である。


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ジャカルタ・スマトラ島・パダンへ 5

翌日、昼前に出掛けようと、ホテルを出て、スラム街への、道を行く。
ホテルの横の道である。

その丁度、曲がり角に、屋台がある。
そこに、四人の女が座っていた。
一人の女と目が合った。

凄い顔である。
ごつい顔に、厚化粧。何だーーー
コータが、レディボーイだという。
それで、再度、顔を見た。そして、他の女たちの顔も見た。

彼ら、いや、彼女たちが、笑いかけるので、お愛想で、ビューティフルといった。
彼らも、何か言ったが、解らない。

ここで、商売しているということは、と、コータが、声を低めて、睡眠薬強盗でもするのかもと、言う。

女と、勘違いして、部屋に入れて、彼女たちに、睡眠薬を盛られて、寝ている間に、金目のものを、盗まれるという、手である。

さて、スラム街の入り口に来た。

扉がある。
それは、鉄格子のようなものである。
その先に、男たちが、三人ほど、座っていた。

私たちが、入ると、彼らは、いいよという、雰囲気で、先を促した。

スラム街も、場所により、鉄格子の囲いがある。
皆で、その区域を、守っているのだろう。

私たちは、不思議な存在だった。
私は、浴衣を着ていた。
そして、バッグを提げている。

まず、ぬいぐみを、取り出した。
それを、小さな子に、渡す。続けて、また、渡す。
すると、親たちも、出てきて、何が始まったのかと、見る。

私は、衣服を取り出して、必要ですかと、問い掛ける。

プレゼントと、言った。
子供用だ。
子供の体に合わせてみる。オッケー、いいね。

次々と、渡す。
そして、奥に入ってゆく。

そのうちに、人が集い始めた。
いつもの、パターンである。

別のスラムの入り口にいる、おじいさんに声を掛けた。
手で、招く。
衣服を出すと、皆を呼んだ。
そこで、また、次々と、渡す。
人が多く出てきた。

一人の、おばさんが、私たちを、招く。
こっちに来てというように、聞こえる。

住宅の置くに入る。
おばさんが、皆に、声を掛けると、どっと、人が出て来た。
そこで、少しパニックぎみになった。

バッグの、日の丸を見て、ジャパンと言った。
そう、ジャパン、日本から・・・

歓声が上がる。
次から次と、衣服を出すと、誰か解らないが、それを、受け取る。
さあ、私の周辺を人が取り囲んで、わいわいと、声が上がる。

少しの、フェイスタオルを取り出すと、我先にと、手が出る。
それも、あっという間の出来事。

最後の、フェイスタオルを、取り出すと、それも、一瞬で、無くなった。

ワーと、歓声が上がる。

写真だ、写真と、私が、コータを促す。
すると、皆さん、集まるのである。
ワーといいながら、全員が、写真に入った。

何とも、実に良い雰囲気である。
先ほどの、おじいさんも来て、私も欲しいというが、もう、差し上げるものがない。

戻る道々、声を掛けてくる。
サンキューである。
更に、次は、また、来るの。
来ますよ。

一人の女が、子供を抱いて、この子に、ボールが欲しいのと、いうように聞こえる。
そういえば、先ほど、どういう訳か、ボールが一つあり、別な子に上げたのだ。

私は、汗だくである。

笑顔で、皆さん語り掛けてくれるが、インドネシア語が、分からない。

汗だくなので、一度、ホテルに戻ることにした。
先ほどの、レディボーイたちも、まだ、屋台にいた。

兎に角、暑い。
日本との、温度差は、20度である。
水を飲むしかない。

一度、部屋に戻り、休憩した。
一つの、バッグが、無くなった。
だが、これ以上、差し上げるのは、無理である。
コータが、国内線で、詰めなかったら困るから、丁度良かったと、言う。

確かに。
荷物が、多すぎるのである。

昼ごはんは、別なスラムへ行き、屋台で、麺類を食べてみることにした。


2010年01月06日

もののあわれ 466

松ばらの、ふかみどりなるに、花紅葉をこき散らしたると見ゆるうへのきぬの濃き薄き、数知らず。六位の中にも、蔵人は青色しるく見えて、かの賀茂の瑞垣うらみし右近のじもようもゆげひになりて、ことごとしげなる随身具したる蔵人なり。良清も同じすけにて、人よりことにもの思ひなき気色にて、おどろおどろしきあかぎぬ姿、いと清げなり。すべて見し人々ひきかへ花やかに、「何事思ふらむ」と見えてうち散りたるに、若やかなる上達部殿上人の、われもわれもと思ひいどみ、馬鞍などまで、飾りを整へ磨き給へるは、いみじき見物に、田舎人も思へり。




深緑の、松原を背景に、花や紅葉を、撒き散らしたように見える、濃淡様々な、着物を着た人たちが、数知れずいる。
六位の中でも、蔵人は、拝領の青色が、際立って見える。あの賀茂の社の、玉垣を恨む歌を詠んだ、右近の丞も、衛門尉になって、ものものしい、随身を引き連れた、蔵人である。
良清も同じ衛門の、佐になり、誰よりも、苦労なくみえて、仰々しい赤色の、着物が、なんとも、立派である。
明石で、知った人たちが、一人残らず、立派になり、何の心配もない様子で、あちこちに、散らばる中に、若々しい上達部や、殿上人が、われもわれもと、競い、馬や鞍まで、飾り整え、美しく装いたてているのは、大した見物と、田舎者も、思ったのである。




御車をはるかに見やれば、なかなか心やましくて、恋しき御かげをもえ見奉らず。河原の大臣の御列をまねびて、童随身を賜はり給ひける、いとをかしげに装束き、みづら結ひて、紫すそ濃の元結なまめかしう、たけ姿整ひうつくしげにて十人、様異に今めかしう見ゆ。




君の、御車を、遠くから見ると、童随身を頂いて、それが、たいそう美しい装束を着て、みずらを結い、紫の裾濃の元結も、優美に、背丈も揃い、可愛い姿で、十人、くっきりと、鮮やかに、見える。

みづら結い、とは、髪型のこと。



大殿腹の若君、限りなくかしづきたてて、馬添ひわらはの程、みな作り合わせて、様かへて装束きわけたり。雲居はるかにめでたく見ゆるにつけても、若君の数ならぬ様にてものし給ふを「いみじ」と思ふ。いよいよ御社のかたを拝み聞ゆ。




大殿腹の、若君は、限りなく大切に、扱われ、馬に付き添う、童は、他とは、変わった服装で、区別している。
雲居遥かに、めでたく
及びもつかないほど、立派に見えるにつけても、姫君が、取るに足らない有様であると、たまらないと、思う。
いよいよ、社の方を、拝み奉る。




国の守参りて、御まうけ、例の大臣などの参り給ふよりは、ことに世になく仕うまつりけむかし。いとはしたなければ、明石「立ちまじり、数ならぬ身のいささかの事せむに、神も見いれかずまへ給ふべきにもあらず。帰らむにも中空なり。今日は難波に舟さしとめて、祓へをだにせむ」とて漕ぎ渡り。




国の守、とは、津の守のことで、くにのかみ、と、読む。
カミという、言葉は、最初、このように、使われた。
その地域を、治める者を、守、カミと、呼ぶ。
そして、その、カミの語源がある。

国の守が、お側に来て、饗宴の仕度を、普通の大臣などが参拝されるより、ずっと立派にしたことでしょう。
作者の言葉である。
明石の人は、いたたまれない思いで、あの中に入り、取るに足りない私が、何かしても、神様も、目に留め、願ほどきをしたと、思えるはずもない。明石に帰ろうにも、中途半端である。今日は、難波に舟を止めて、祓いだけでもしょう、と漕いで行くのである。




君は夢にも知り給はず。夜ひと夜いろいろのせさせ給ふ。まことに、神のよろこび給ふべき事をしつくして、来し方の御願にもうち添へ、あり難きまで遊びののしり、明かし給ふ。惟光やうの人は、心のうちに、神の御徳をあはれにめでたしと思ふ。
あからさまに立ち出で給へるに侍ひて、聞えいでたり。

惟光
すみよしの まづこそものは 悲しけれ 神代のことを かけて思へば

「げに」と思し出でて、

源氏
あらかりし 浪のまよひに すみよしの 神をばかけて 忘れやはする

しるしありな」と宣ふも、いとめでたし。




君は、明石の人が、来ているなどと、そんなことは、夢にも知らない。
その夜は、一晩中、いろいろの神事をされる。まことに、神様が、喜びになるであろう、限りを尽くして、更に、今までの、御願いに、加えて、前例のないほどに、音楽を賑やかに、奏して、一夜を明かす。
惟光のように、須磨明石で、君と辛苦を共にした人は、心の中で、神の御徳を、しみじみと、ありがたいと、思う。
君が、出ていらしたので、御傍により、お耳に入れた。

惟光
住吉の岸で、松を見まして、何より、感慨無量でございます。昔のことを、忘れられません。
いかにも、と、昔を思い出して、

源氏
あの恐ろしかった、須磨の波風に苦労して。住吉の御神徳を忘れようか。いついつまでも、忘れない。

霊験があるな、と、仰るのも、たいそう、素晴らしい。


すみよしの まづこそものは
住吉の松を、まづ、にかけている。
神代のことを
須磨明石で、苦労した頃の意味を、かけている。

あはれにめでたし
しみじみと、嬉しいことである。
めでたし、に、あはれ、が、感嘆詞となる。


posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最後の沈黙を破る 36

北教組が、政治資金の問題で、家宅捜索を受けている。
民主党の、議員に、不正に、資金提供していたのである。

それは、私には、どうでもいいことだ。

それより、北海道教職員組合は、竹島を、韓国領土だと、生徒に教えていたという。
呆れた。

北教組には、韓国人が多くいるとは、聞いたことがない。

更に、重大な、領土問題を、検証無しに、韓国領だと、教える、意味と、意義がわからない。

北海道の、教職員は、子供たちに、君が代も、教えない。

更に、教えないばかりか、歌いたくない人は、歌わなくても、いいと、教えている。

どこの国の、教職員なのか・・・解らないのである。

何故、日教組からはじまる、教員の組合が、そのような、僭越行為を行うのか、理解に苦しむ。

子供を手玉にとって、そのような、愚かな教育をしているとしたら、即刻、退職してもらいたい。

何様のつもりになっているのか。

東京都でも、横浜でも、教師たちが、国旗掲揚と、国歌斉唱の際に、起立しないのは、個人の良心の、自由を侵害するという。

公の場にある、つまり、学校という、公の場で、個人の自由をという、考え方は、実に、おかしい。

それは、職場を去った後の話である。

彼らは、それで、子供たちを、混乱させ、悩ませているということに、気づかないのである。

実に、罪深い行為である。

日本の常識でも、世界的常識でも、国歌斉唱、国旗掲揚の際は、起立するのが、教育である。

こんなことは、日本以外の国では、考えられないことである。

海外に出掛けて、相手国の、国旗掲揚、国家斉唱に、起立しなければ、常識を疑われるばかりではなく、相手国に、失礼である。

私は聞いた。
日本人だけは、自国の慰霊碑に、手を合わせる旅人が少ないと。
そして、それで、日本人は、笑われているのである。

日教組の、教育の成果である。

実に、愚かな、そして、自由という名で、勝手な教育を行っているのか。

個人的に、どのような、気持ちや、感情を抱いても、自由である。
しかし、大人であれば、公の場で、自分の行為が、どうなのかということを、考える力があるはずである。

もし、それが、日教組というものの、本体ならば、解散すべきである。

戦後の、教育で、日教組が、果たした、役割は、極めて、軽薄なものだった。

国に対する、気持ちというものを、無私した、行為を続けた。
更に、軍国主義云々を、言い立てて、いつまでも、過去に拘り、前に進まないことである。

君が代、日の丸が、戦争を起こしたような、口ぶりである。
信じられない。
歌と、国旗が、戦争を起こすはずがない。

それだけ、歴史を正しく教えられないということである。
自虐史観というものを、作り上げたのも、日教組の、一つ役割だった。
それで、彼らは、何を望むのだろうか。

竹島が、韓国領であるということは、日本の破滅を願い、日本が、中国や、韓国の属国になって、いいのだということだろうか。

領土の、問題は、祖先の問題である。
つまり、領土は、祖先が、守り続けてきたことである。

祖先とは、日本の先人たちである。
それに対する、不敬は、余りある。

左翼、徹底的、左翼化を図りたいのか。
それでは、教師を辞めて、そのための、運動をすべきであり、教師の職に就くべきではない。

教育の現場は、中立であるはず。

そして、一定の、ルールと、常識的行為を、教えるはずである。

国際社会に出ても、恥ずかしくない行為を教えるはずである。

更には、子供たちを、混乱させる状況を、自ら作り出して、それを、誰かのせいにしているという様、実に、下劣である。

狂っている者に、良心の自由など、あろうはずがない。

味噌汁で、顔を洗い、出直した方が、身のためである。

その後も、ぞろぞろと、日教組、北教組の、偏向教育の有様が、国会でも、議論されている。
まさに、上層部の、全体主義である。
法律違反など、朝飯前のようで、平然と、不正を行う。
子供の教育など、任せられないのである。


posted by 天山 at 00:00| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジャカルタ・スマトラ島・パダンへ 6

スラムの通りには、屋台通りがある。
皆、小屋であり、それが、ずらりと並んでいる。

様々なものを、売っている。
インターネットや、電話を掛けられる店もある。

一件の、麺類屋台に入った。
すでに、地元の人々が、食事をしている。

バクワンという麺類だったと、思う。
麺は、ミーというから、ミーバクワンという名になるのか。

私は、好きな麺を選んで、おばさんに示した。

目の前にある、麺を示せば、理解してくれる。
コータも同じものを、頼んだ。
更に、私は、テーブルに置かれた、揚げたお菓子を一袋、食べた。

おばさんが、二つのどんぶりを、目の前に置いて、コーラと、尋ねる。
コーラーが必要かということだ。

ノー、いらないよ
でも、水を貰おう

小さなペットボトルを、頼む。

それで、二人で、18000ルピア、つまり、180円である。

分量は、日本のラーメンの半分程度。
汁は、麺が浸る程度、入っている。

ただ、どうも、油っぽい。
それでも、美味しく感じられる。
出汁が、いいのだろう。

食べ終えて、ホテルに戻る。
時間が経つに、つれて、胸焼けしてくる。
矢張り、油のせいである。

しかし、食中りになることは、無い。

暑い日差しを、浴びるので、部屋では、兎に角、水を飲んで、休む。

次は、国内線の飛行機チケットを、買わなければならない。

コータが、出掛けた。

私は、少し間、荷物の整理をする。
さらに、バッグの中身を確認する。

暫く、ベッドに身を横たえた。
本も読まない。物も書かない。何も、しないのである。

ここには、後、今夜と明日と、二泊する。
そして、スマトラ島の、パダンへ向かう。

コータが、帰ってくるまで、私は、ベッドで、うとうとしていた。
戻ったコータの話を聞いて、明日、その場に出かけたいと、思った。
何でも、川沿いのスラムの方へ出掛けたたらしい。

支援物資は、無いが、行って、見るだけは、見ておこうと思った。

飛行機のチケットも、明日、取ることにした。

それでは、夜の食事をどうするのか・・・
そごうデパートに行くことにした。
そして、ついでに、水などを買ってくる。

1, 5リットルのペットボトルで、安いものは、2800ルピアである。28円。実に、安い。

それを、持てるだけ買うということにした。

そごうデパートは、少し歩いて、歩道橋を渡る。
実に、不便である。

兎に角、大きな道路を越えなければならないのである。

七時前に、ホテルを出た。

私たちが、行ったのは、四階の、安いレストラン街である。
屋台のように、店が出ていて、注文し、それを、中央のテーブルで、食べるという、セルフサービスである。

パダン料理を、選んだ。

ライスに、好きな、おかずを選ぶ。
カレーのような、汁物に、私は、イカの煮付けを、選び、同じく、コータは、チキンを選んだ。

そして、小の、水のペットボトル一本である。
二人で、38000ルピア。380円である。

アラッ、美味しいねーーー
と、言いつつ、次第に、辛くなってくる。しまいに、本当に、辛い。
ハーッ、辛い。

顔から、汗が出る。
ちょっとーーー、これ、本当に辛いねーーーー

辛いもの好きな、コータも、辛いというから、本当に辛いのである。
しかし、美味しい。

食べ終わり、すぐに、立ち上がり、地下のスーパーに出た。
そこで、大きな買い物籠を取り、店内に入る。

兎に角、水である。
と、その時、目にした、女性用の、長いワンピースが・・・
値段を見る。
何と、39000ルピアと、59000ルピアの物がある。

私は、安い方から、一着選んだ。
私の、室内着である。
出来るだけ、裸でいたい私は、イスラム教徒の男たちが、着るような、服が欲しかった。または、ローマ法王が、着るようなものである。

これで、いい、と、籠に入れた。
そして、水と、パンと、ハムである。

もう、ビールは、いらない。
アルコールは、飲まない。飲めないのである。

コータが、よく解らない、お菓子を買った。
お菓子ねーーー
それではと、私は、賞味期限の迫る、割引の籠に入っている、ビスケットを選んだ。

割引の物を買うという、喜び。
私は、日本でも、大半の食品の買い物は、割引の物を買う。
これは、癖である。

レジに行き、籠から、物を取り出して、清算する。

日本のように、レジで、籠のまま出さない。
品物は、皆、取り出して、清算するのである。

重たいのは、水である。
五本買った。

コータに、三本持たせ、私は、二本と、他の物を持つ。
そして、ホテルに戻った。

その夜は、コータが、カラオケの店に、偵察に出掛ける。
私は、寝る。
夜、10時になると、私は、眠くなるのである。

2010年01月07日

もののあわれ 467

かの明石の船、この響におされて、過ぎぬる事も聞ゆれば、「知らざりけるよ」と、あはれに思す。神のしるべを思し出づるもおろかならねば、「いささかなる消息をだにして、心なぐさめばや。なかなかに思ふらむかし」と思す。



あの明石の舟が、この騒ぎに、圧倒され、立ち去ったことを、惟光が、申し上げる。
源氏は、知らなかったと、不憫に思う。
これも、神の導きと、思うにつけ、軽く考えられないゆえに、ちょっと、便りだけでも、遣わして、心を慰めたいものだ。悲しく思っているだろうに、思う。

あはれに思す
あはれに思うのだが、それは、前後の文脈により、解釈が様々になる。

あはれ、という言葉の、使用度が、劇的に増すのが、この物語である。



御社たち給ひて、所々に逍遥をつくし給ふ。なにはの御祓へなど、殊によそほしう仕まつる。堀江のわたりを御覧じて、「今はた同じ難波なる」と、御心にもあらでうち誦じ給へるを、御車のもと近き惟光、承りやしつらむ、「さる召しもや」と、例にならひて、懐にまうけたる柄短き筆など、御車とどむる所にて奉れり。「をかし」と思して、たたう紙に、

源氏
みをつくし 恋ふるしるしに ここまでも めぐり逢ひける えには深しな

とて賜へれば、かしこの心知れる下人してやりけり。




住吉の社を、後にされて、方々残らず、お立ち寄りになる。
難波での、祓えなどは、格別立派にされる。
堀江のあたりをご覧になり、今は、同じ難波なる。身を尽しても、逢おうもの、と、感慨深く、漏らす言葉に、車の近くに、控えていた、惟光が、耳にしたのであろうか。
そのような、御用もあろうと、懐中に携帯した、柄の短い筆を、車を止められたところで、差し出した。
でかした、と、思いになり、たとう紙に、

源氏
身を尽して、恋い慕う、甲斐もある。ここ、澪標のある、難波までも来て、めぐり逢った。私たちの、縁は、深いものだ。

と書いて、お与えになったので、惟光は、あちらの事情に詳しい下人を遣わした。





駒なめてうち過ぎ給ふにも、心のみ動くに、露ばかりなれど、いとあはれにかたじけなく覚えて、うち泣きぬ。

明石
数ならで なにはのことも かひなきに などみをつくし 思ひそめけむ

たみのの島にみそぎ仕うまつる御はらへのものにつけて奉る。
日暮れがたになりゆく。夕潮みち来て、入江のたづも声をしまぬほどのあはれなる折りからなればにや、人目もつつまずあひ見まほしくさへ思さる。

源氏
つゆけさの 昔に似たる 旅ごろも たみのの島の 名にはかくれず

道のままに、かひある逍遥あそびののしり給へど、御心にはなほかかりておぼしやる。




こちらでは、駒を並べて、通ってゆくのを見ると、心は乱れるばかり。
簡単な、お手紙だが、いとあはれに、嬉しくも、もったいなく、思い、涙がこぼれる。

明石
身分の低い私である。何事も諦めている。何故、身を尽して、お慕いしますのか。
田蓑の島で、禊をお勤めする、御祓えに使う、木綿に、この歌を、つけて、献上する。
日が暮れてゆく。夕潮が満ちて、入江の鶴も、声を惜しまずに、鳴きわたる。
情趣に満ちた、折であるからなのか、人目も、構わずに、逢って、語り合いたい気持ちまでする。

源氏
海辺を眺めた、昔のように、旅の衣は、涙で濡れる。田蓑の島というのに、その蓑には隠れずに。

道すがら、逍遥を楽しみ、賑やかに、音楽をされる。
だが、明石の人が、心にかかり、思いを馳せる。

いとあはれにかたじけなく
深く心にかかり、ありがたいのである。

たづも声ををしまぬほどのあはれなる
鶴も、声を惜しむことなく、鳴くのが、あはれ、なのである。

その、趣ある、風情を、あはれ、と、いう。





あそびどものつどひ参れるも、上達部と聞ゆれど、若やかに、こと好ましげなるは、みな目とどめ給ふべかめり。されど、「いでや、をかしき事ももののあはれも、人がらこそあべけれ。なのめなる事をだに、すこしあはきかたによりぬるは、心とどむるたよりもなきものを」と思すに、おのが心をやりて、よしめき合へるも、うとましうおぼしけり。




あそびども、とは、遊女たちである。
遊女たちが、集まり、寄ってくると、上達部ほどの方でも、若やいで、物好きな方は、皆、目を離さずに、見ている。
しかし、どんなものか、面白さも、もののあはれ、も、情けの深さとでもいう、相手次第であろう。どうでもよいことでも、多少浮ついたところがある。心をとめる気にも、なれないものと、思うと、遊女が、それぞれ、得意げに、嬌態を演じているのも、厭わしく思われる。

をかしきことも もののあはれも
面白いことも、もののあはれ、つまり、情け、情緒・・・

ここでは、明確に、もののあはれ、と、使う。
それが、人がらこそあべけれ、というのである。
人柄によるもの。
相手次第であろうと、いう。

つまり、もののあはれ、を、知るもの、また、もののあはれ、を、感じるのは、人柄によるというのである。

人は、人によって、人になる。
ある人には、もののあはれ、の人になり、そうでない人には、もののあはれ、を、感じない。
人と人の、相性もあるのである。

それは、触れてみなければ、解らない。

現代の、怖さは、顔を知らない人と、メールや、書き込みで、やり取りすることである。
逢えば、仲良くなれる、者同士でも、顔が、見えないばかりに、誤解が高じて、非難をし合うこともある。

これも、また、あはれ、である。

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最後の沈黙を破る 37

北海道の、美唄市で、市有地に、神社があるのは、政教分離に反するとして、訴訟を起こし、最高裁判所にて、勝訴した。

それから、全国に、その問題が起こった。

誰の、所有でもない、古くからの、お宮、お社も、その対象となるのである。

政教分離は、戦後の、日本国憲法による。

明治に、国家神道という、神道を国教とする、憲法が発令された。
それ以後、神社、また、お宮は、すべて、国の所有になるのである。

神社によっては、千年の歴史のあるものもある。
つまり、神社は、宗教施設というより、伝統文化の上にあるものである。

神社のみならず、寺院も、然り。

ここで、政教分離という、考え方をもって、伝統文化である、お宮、お社に関して、憲法に違反すると、判断したとしても、せん無いことである。

お宮、お社は、宗教とは、判断できないのである。
しかし、キリスト教系、仏教系の、一部の者たちは、それを、宗教と、認定して、判断せよと、裁判所に、訴える。

宗教とは、宗教法人である。
しかし、昔から存在する、お宮、お社は、明確に、宗教法人という、法人格ではない。
それは、地域が、守り続けた、文化遺産である。

と、どうして、そのように、考えられないのかということが、問題である。

要するに、我が信仰の宗教という、概念によって、お宮、お社を、その範疇に収めるからである。

現在では、信仰云々ということよりも、地域の人々の、触れ合いの場であり、希薄になった、地域の人間関係を、深める場ともなる。
そのような、文化的存在が、それなのである。

また、神道に関しても、敗戦後に、マッカーサーが、宗教と、認定し、政教分離を推し進めるために、そのようにした。
しかし、実は、神道を調査した、アメリカの軍人は、神道に、宗教の姿を探す事が出来なかったという、事実がある。

それは、彼らの、認識外のモノだった。

彼らが、宗教と、考えている、一神教とは、全く異質なものだった。

更に、多神教というものでもなかった。

それは、そのはずで、日本の神道は、宗教ではない。
生活の中に、息づいている、伝統文化なのである。

これを、一神教の、国の人たちは、理解できないのである。

日本は、全く、異質な国である。

仏教を取り入れて、国造りをしたという、説も、あるが、日本は、神道、つまり、かむながらの道の、文化がある。
それは、人が神、かむに上がるという、考え方である。

絶対的超越した、神という、存在を置かない民族なのである。

神として、奉られる、神は、祖霊である。
先祖の霊なのである。

更に、各地にある、お宮、お社は、土地の守り神として、つまり、それは、自然を、崇敬するという意味である。

その自然の中で、生かされて生きているという、考え方であるから、政教分離云々の、分野ではない。

全く、見当違いも、甚だしいのである。

これから、各地で、この問題が、取り上げられる。

そして、訴訟に至る。

実に、馬鹿馬鹿しいのである。

バーミアンの仏教遺跡を、アフガンのタリバン政権が、破壊した時、世界中が、それに、遺憾の意を表明した。
それは、宗教ではなく、世界の遺産として、価値があるからだった。

いつの時代かもしれないほど、古い建物、貴重な存在は、保存して、大切にするというのが、文明社会である。

そこには、様々な、文明の、遺産が、残されてある。

政教分離の問題からは、遠い。
瑣末な、個人の、信条により、それらを、単に宗教施設として、認定するようなものではないのである。

お宮、お社は、神道であるから、宗教だと、決め付ける考え方は、暴力である。
その形によって、地域社会が、培ってきた、地域の伝統文化を、破壊するものであり、それは、タリバンが、バーミアンを破壊したものと、一緒である。

誰のものでもない、お宮、お社が、市有地であれば、なお更、良いことである。

文化遺産としての、お宮、お社と、考えて、政教分離の、お話ではないということを、理解すべきである。

偏狭で、不寛容、排他的な、宗教信者に、そのような、者が多い。
実に、嘆かわしい。

伝統文化は、個々人の、感情や、信条を超えてあるということを、知るべきである。

神仏は妄想であると、看破する私でも、歴史的建造物である、寺院などを、破壊するべきだとは、思わない。
それらは、守るべき、人類の遺産であると、思うのである。

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ジャカルタ・スマトラ島・パダンへ 7

ジャカルタ最後の日、つまり、四日目の朝である。

コータは、寝ていた。
昨夜、カラオケに出掛けている。
私の、寝ている間に、戻っていた。

私は、タバコを吹かしつつ、ぼんやりと、外を眺めた。
今時期は、ジャカルタの、雨季の終わりであるが、雨に当たらなかった。

今日も、晴れである。

時計を見ると、六時を少し過ぎている。

日本時間で、八時なので、実家の母に、電話をする。
ただ、声を聞かせれば、安心するので、電話をする。

ああ、大丈夫かい、解った
それだけである。

母は、話も、ろくに聞かずに、電話を切る。国際電話は、高いと、思っている。
私も、コータも、携帯電話を、持っている。

私たちの携帯は、それぞれの国に行き、内部のチップを変えると、どの国でも、使用できる。
勿論、期限があるので、注意。

大体、半年以内であれば、番号を変えることなく、使用出来る。

今回は、コータの電話だけを、使った。

だが、私は、自分の携帯電話の、それぞれの、国の番号を知らないのである。

必要な時は、メモを見る。
日本の携帯電話の番号も、覚えていない。

尋ねられるたびに、手帳のメモを見る。
どうして、覚えられないのか、解らない。

カーテンをすべて開けると、部屋が、明るくなる。
コータが、目を覚ました。
だが、すぐ、起きることは無い。

どうだったーーー
カラオケである。
売春だね
それだけで、意味が解った。

飲み代は、安い。
そこに、みやび、という、女たちが着く。それが、売春斡旋である。
みやび、とは、日本占領時代の名残のようだという。

みやび、と、呼ばれた女たちは、皆、体を売る。
一日、一緒にいると、80万ルピア、つまり、8千円。
セックスが付くと、180万ルピア、つまり、1万8千円であるという。

コータは、それは、ボラれる値段だという。
そんなに、しないはずだと。

日本人だと、解っての、値段である。

8千円で、十分だと、言う。
やり手婆あがいる、のである。

朝、五時まで、営業していて、地元の、男たちも、来ていると、言う。
ただ、彼らは、お金が無いから、歌うだけだとのこと。

女を買うのは、中華系と、韓国系であるらしい。

ホテルの、部屋は、三時間使用と、六時間使用がある。

実は、私は、それを、間違えて、三日間使用だと、その料金になり、六日間使用だと、その料金になると、勘違いした。
英語力の無さである。

五階の部屋が、多く使用されるらしい。

更に、ストリップシューがあり、とても、激しいものだったとのこと。
コータは、体を擦り付けられて、飲み物を、ねだられた。
それが、彼女たちの売り上げになる。

ストリップシューに出演するのは、年増の女たちである。
全裸に近い、パンティ一つになるという。

コータの出費は、20万ルピア程度だった。つまり、2千円である。

ボーイや、歌う専門の女の子もいるという。
他の客が、コータに、ボーイも、みやび、だと言ったらしいが、真偽のほどは、解らない。
まあ、金を出せば、ボーイも、売るのであろう。

それで、カラオケの話は、終わりである。

スパは、風呂であるが、そこでは、何が行われるのか、分からない。
私は、ボーイに、マッサージを勧められたが、気乗りしなかった。

部屋にも、出張するというが、やり取りが、面倒である。
タイのように、マッサージの店が少ないのが、残念だった。

昼前に、飛行機のチケットを、買いに出掛けた。
ガイドブックには、5000円程度から、チケットがと、書かれてあるので、それを、鵜呑みにしていた。

ホテルの並びに、旅行代理店がある。
大きな通りが、三つ交差した場所を、通る。

信号が無いので、渡るのが、大変である。

ようやく、そこを通り抜けて、代理店に入った。
愛想のよい、若者の前に行った。
エアポートチケットと、私は、言ったが、通じない。
後は、コータに、任せることにした。


2010年01月08日

もののあわれ 468

かの人は過ぐし聞えて、またの日ぞよろしかりければ、御てぐら奉り、ほどにつけたる願どもなど、かつがつはたしける。またなかなかもの思ひそはりて、明け暮れ口惜しき身を思ひ嘆く。
今や京におはしつくらむと思ふ日数も経ず御使あり。この頃の程に迎へむ事をぞ宣へる。




かの人、とは、明石の姫である。
君のお通りを待ち、次の日が、ちょうど良いので、御幣を捧げて、身分に合う、願いの数々など、何とか、果たした。しかし、また、物思いが増して、朝に晩に、我が身を思い、嘆くのである。
今頃は、京に着かれただろうと、思うほどの日にちもたたないのに、お使いが来た。近いうちに、京に迎えようとの、仰せである。



いとたのもしげに、かずまへ宣ふめれど、「いさやまた、島こぎはなれ、なかぞらに心ぼそきことやあらむ」と思ひわづらふ。入道も、さて出だし放たむはいとうしろめたう、さりとて、かくうづもれ過ぐさむを思はむも、なかなか来しかたの年ごろよりも、心づくしなり。
よろづにつつましう、思ひたち難き事を聞ゆ。




頼もしくも、仰せられたが、しかし、どうであろか。明石の浦を出て、島を離れて、頼る所もなく、心細くはないだろうかと、ためらう。
入道も、そのように、手元から離してしまうのは、心配であり、そうかといって、このような田舎に、埋もれて、過ごすことを考えると、これまた、かえって、幾年月よりも、気の揉めることである。
何につけても、身のすくむ思いで、決心し難い旨を、申し上げる。




まことや、かの斎宮もかはり給ひにしかば、御息所のぼり給ひて後、かはらぬ様に、なに事もとぶらひ聞え給ふことは、あり難きまで情をつくし給へど、「昔だにつれなかりし御心ばへの、なかなかならむ名残は見じ」と思ひはなち給へれば、渡り給ひなどすることは、ことになし。あながちに、動かし聞え給ひても、わが心ながら知り難く、とかくかかづらはむ御ありきなども、ところせう思しなりたれば、しひたる様にもおはせず。斎宮をぞ、「いかにねびなり給ひぬらむ」とゆかしう思ひ聞え給ふ。



そういえば、あの、斎宮も、お変わりになったので、御息所は京へ、上られたが、その後、以前と、変わりなく、なにくれと、お見舞いされる。
大変に、やさしくされるが、昔でさえ、冷たかった方、今更、なまじ後悔するようなことは、したくないと、他人になり切る、覚悟だった。
君も、ご自身、渡りになることは、特に無いのである。
強いて、心を動かしたところで、自分ながら、どのように、心変わりするのか、解らないし、係わり合いを作るような、お歩きも、今では、身分が難しく思われる。
無理強いする気持ちはない。
ただ、斎宮が、どのように成人されたのか、会ってみたい気がするのである。




なほかの六条のふる宮を、いとよく修理しつくろひたりければ、みやびかにて住み給ひけり。よしづき給へる事ふり難くて、よき女房など多く、すいたる人のつどひ所にて、もの淋しきやうなれど、心やれる様にて経給ふ程に、にはかに重くわづらひ給ひて、物のいと心細く思されければ、罪ふかきほとりに年経つるも、いみじう思して、尼になり給ひぬ。




今もなお、あの六条の、古い御殿を、大変よく修理して、昔に変わらず、優雅に住んでいられる。
風雅を好まれることは、昔と同じで、よく女房なども多く、風雅を好む人々の、集まる所になっている。
華やかではないが、気晴らしをされて、日を送っていらっしゃるうちに、急に、重く患った。命も、長くないと、思い、斎宮という罪深い所で、年月を送ったことも、気になって、尼になったのである。




大臣聞き給ひて、かけかけしき筋にはあらねど、なほ、さるかたの物をも聞え合わせ人に思ひ聞えつるを、かく思しなりにけるが口惜しう覚え給へば、おどろきながら渡り給へり。



大臣は、それをお聞きになって、色恋の相手でなくとも、やはり、お話し相手と、思われたので、入道されたのが、残念に思われ、とるものも、とりあえず、お越しになった。



あかずあはれなる御とぶらひ聞え給ふ。近き御枕がみにおましよそひて、脇息におしかかりて、御返りなど聞え給ふ。いたう弱り給へるけはひなれば、「絶えぬ心ざしの程はえ見え奉らでや」と口惜しうて、いみじう泣い給ふ。かくまでも思しとどめたりけるを、女もよろづにあはれに思して、斎宮の御事をぞ聞え給ふ。




いつまでも、心からの、お見舞いを申し上げる。
枕元近くに、御座所をしつらえて、ご自分は、脇息によりかかって、お返事を、申される。
すっかり、衰弱している様子。
いついつまでも、変わらない、わが思いを、お見せできずに終わるのかと、残念で、たいそう、泣く。
こんなにまで、心にかけてくださったのを、女も、何につけても、悲しく思う。
斎宮のことを、お頼みになる。

よろづに あはれに
何につけても、あはれ、に、思う。
この場合は、悲しく思うのである。
悲しみが、極まり、あはれ、という、言葉になる。


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