2009年12月31日

もののあわれ 461

女君には、ことあらはしてをさをさ聞え給はぬを、「聞き合わせ給ふ事もこそ」と、思して、源氏「さこそあなれ。あやしうねぢけたるわざなりや。さもおはせなむ、と、思ふあたりは心もとなくて、思ひのほかに口惜しくなむ。女みにてさへあなれば、いとこそものしけれ。尋ね知らでもありぬべき事なれど、さはえ思ひ捨つまじわざなりけり。呼びにやりて、見せ奉らむ。憎み給ふなよ」と聞え給へば、面うちあかみて、紫の上「あやしう。常にかやうなる筋宣ひつくる心の程こそ、われながらうとましけれ。物にくみはいつ習ふべきにか」と怨、怨じ給へば、いとよくうち笑みて、源氏「そよ。誰が習はしにかあらむ。思はずにぞ見え給ふや。人の心よりほかなる思ひやりごとして、もの怨じなどし給ふよ。思へば悲し」とて、はてはては涙ぐみ給ふ。




女君、紫の上には、明石の事を口に出しては、言わないが、もし、他から、聞く事があるかもしれないと、思い、源氏は、このようだそうだ。変に、うまくゆかないもの。できて欲しいと、思うところには、できそうもなく、意外なところに、出来て、残念なこと。その上、女だそうだから、何とも、つまらないこと。放っておいて、いいものだが、そうまで、忘れることが、出来ない。いずれ、呼び寄せて、お目にかけましょう。やきもちを焼かないようにと、申されると、顔が赤くなり、紫の上は、変ですね。いつものような、言葉を頂くと、自分でも、嫌になります。焼きもちは、いつ、教わったのでしょう、と、恨みになると、君は、笑顔で、そうだね、誰も思わない、気の回しをして、恨み言を言うのだ。考えると、悲しい、と、つい、涙ぐむ。





年頃飽かず恋ひしと、思ひ聞え給ひし御心のうちども、折々の御文のかよひなど思しいづるには、「よろづの事、すさびにこそあれ」と、思ひ消たれ給ふ。



この、年頃、恋しくて堪らないと、思い思われた、二人の心。折々につけての、お手紙の、やり取り、そうしたことを、思うと、何もかにも、一切が、冗談のようである。と、否定する気持ちになる。



源氏「この人をかうまで思ひやり言とふは、なほ思ふやうの侍るぞ。まだきに聞えば、またひが心得給ふべければ」と、宣ひさして、源氏「人がらのをかしかりしも、所がらにや、めづらしうおぼえきかし」など、語り聞え給ふ。あはれなりし夕べの煙、いひし事など、まほならねど、その夜の容貌、ほの見し、琴の音のなまめきたりしも、すべて御心とまれるさまに宣ひ出づるにも、紫の上「われはまたなくこそ悲しと思ひ嘆きしか、すさびにても心を分け給ひけむよ」と、ただならず思ひつづけられて、「われはわれ」と、うちそむきながめて、紫の上「あはれなりし世のあり様かな」と、ひとり言のやうにうち嘆きて、

紫の上
思ふどち なびくかたには あらずとも われぞ煙に さきだちなまし

源氏「何とか。心憂きや。

誰により 世をうみやまに 行きめぐり 絶えぬ涙に うきしづむ身ぞ

いでや、いかでか見え奉らむ。命こそかなひ難かべいものなめれ。はかなき事にて人に心おかれじと思ふも、ただひとつゆえぞや」とて、筝の御琴ひきよせて、かき合はせすさび給ひて、そそのかし聞え給へど、かのすぐれたりけむも妬きにや、手も触れ給はず。いとおほどかに、うつくしうたをやぎ給へるものから、さすがに執念きところつきて、物怨じし給へるが、なかなか愛敬づきて腹だちなし給ふを、「をかしう見所あり」と、思す。




源氏は、明石のことを、考えて、使いをやるのには、訳があるのです。今から、それを、お耳に入れると、また、誤解されるだろうから、と、あとは言わずに、更に、人柄が、立派だったことも、場所が場所のせいなのだろうか。感心なものだと、思った。などと、話して聞かせる。
心を打たれた、別れの夕べの煙、その時の、返歌など、はっきりではないが、顔かたちを、見たことや、琴の音が、上品だったことも。感心した話しなので、紫の上は、私は、この上なく、悲しいことと、思い嘆げいて、冗談にせよ、他の女を、愛したと、堪らない気持ちは、どうにも出来ず、私は私、と、顔を背けて、思い入り、更に、昔は、良い仲だった、と、独り言のように嘆く。

紫の上
思い合う同士の、煙がなびく、その方向とは、違いましょうが、私は、煙より、先に死んでしまいたい。

源氏は、何を言う、嫌なことを。

一体、誰のために、この憂き世を、海に山に、さすらい、尽きぬ涙に、浮き沈みする私なのか。

いや、何としてでも、私の心を見せたい。
でも、命だけは、思うように、ならない。つまらないことで、人に悪く思われずにしようと、思うのも、ただ、あなたのためです。
筝の琴を、引き寄せて、調子合わせに、小曲を弾かれる。
そして、紫の上に、勧めるが、明石は、上手であったというせいか、癪なのか、手も触れない。
たいそう、大らかで、可愛らしく、やさしい方なのに、それでいて、嫉妬心もあり、恨みごとを、仰る。それが、かえって、面白みがあり、むきになって、怒るので、源氏は、おかしくて、これは、相手に出来る人だと、思うのである。

あはれなりし夕べの煙 
明石の段の、源氏の歌にある。

あはれなりし世のあり様かな
紫の上の、ため息に似た、気持ち。

共に、心のあり様を、あはれ、と、言う。

心の、移り行く様も、あはれ、な、ことなのである。

うつくしう たをやぎ
可愛いと、やさしい、である。

命こそかなひ難し
命だに 心にかなふ ものならば 何か別れの 悲しからまし
古今集




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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