2009年12月30日

もののあわれ 460

車にてぞ、京の程は、行き離れける。いと親しき人さし添へ給ひて、ゆめ漏らすまじく、口がため給ひて、遣す。みはかし、さるべき物など、所狭きまで、思しやらぬ隈なし。乳母にも、あり難うこまやかなる御いたはりの程、浅からず。




乳母は、車で、京の町を出たのである。
ごく親しく、召し使うものを、お供にして、決して、他に漏らすことのないように、口止めされて、遣わす。
みはかし、剣のこと、必要な品々を、すべて用意し、気のつかないところがないほど。
乳母にも、考えられないほどの、情けある、御心づけを賜るのである。




入道の、思ひかしづき、思ふらむ有様、思ひやるも、ほほえまれ給ふ事多く、又、あはれに、心苦しうも、ただ、このことの御心にかかるも、浅からぬにこそは。御文にも、「おろかにもてなし思ふまじ」と、かへすがへす、いましめ給へり。

源氏
いつしかも 袖うちかけむ をとめごが 世をへてなづる 岩のおひさき

津の国までは、舟にて、それよりあなたは、馬にて、いそぎ行きつきぬ。




入道が、姫を、大切にし、可愛がる様子を想像すると、つい、微笑みが浮かぶことも多く、それに、あはれに、心から、痛々しくも、ただ、姫のことばかりが、心から、離れない。それも、愛情が強いゆえのこと。
お手紙にも、姫を粗末に扱うのではない、と、繰り返し、繰り返し、いましめ給へり、なのである。

源氏
いつ、我が袖に、抱く事ができるだろう。天女が、一世に、一度ずつ撫でるという、岩のように。長い未来を持つ姫を。

摂津の国までは、舟で、それから先は、馬で、急いで、行き着いた。





入道、待ちとり、喜びかしこまり聞ゆる事、限りなし。そなたに向きて、拝み聞えて、あり難き御心ばへを思ふに、いよいよいたはしう、恐ろしきまで思ふ。ちごの、いとゆゆしきまで、うつくしうおはする事、類なし。乳母「げに、かしこき御心に、かしづき聞えむ、と、思したるは、うべなりけり」と見奉るに、あやしき道に出で立ちて、夢の心地しつる嘆きも、さめにけり。いとうつくしう、らうたく覚えて、あつかい聞ゆ。





入道は、乳母を、待ち迎えて、君に感謝し、恐縮申すこと、限りなし。都に向かい、礼拝し、特別の思し召しを思い、いよいよ、大事に、恐れ多い気持ちである。
赤子の、あやしいまでに可愛い姿は、二人と無いほどである。
乳母は、なるほどに、貴い思し召しから、大事に養育されようと、思いあそばしたのも、御もっともなことと、思う。こんな片田舎に旅した、夢見心地の悲しさも、忘れてしまう。
とても、可愛らしく、いたわしく、感じて、お世話をするのである。




子持ちの君も、月頃、ものをのみ思ひ沈みていとど弱れる心地に、生きたらむとも覚えざりつるを、この御掟の、少し物思ひ慰めらるるにぞ、頭もたげて、御使にも、二なきさまの心ざしを尽す。使「とく参りなむ」と、いそぎ苦しがれば、思ふ事どもすこし聞え続けて、

明石
ひとりして なづるは袖の 程なきに 覆ふばかりの 蔭をしぞまつ

と、聞えたり。
あやしきまで御心にかかりて、ゆかしう思さる。




明石の君も、この幾月、物思いに沈むばかりであり、気力が弱く、生きてゆく気もなくなっていたが、君の、こうした、ご配慮に、少しは、物思いも、安らいだ。
頭を、もたげて、お使いの者にも、出来る限りのもてなしをする。
使いは、すぐに、お暇しますと、帰りを急ぐゆえに、心の内を書き付けて、

明石
我が身ひとりで、姫君を撫で、慈しむのには、あまりに、袖が、狭いのです。お力ある、お助けをお待ちします。

と、申し上げた。
源氏は、不思議なほど、姫君のことが、心にかかり、逢いたいと、思うのである。


後撰集より
大空に 覆ふばかりの 袖もがな 春さく花を 風にまかせじ

大空を、覆うほどの、袖はない。春に咲く花を、ただ、風に任せるしかないのである。

新しい展開が、はじまる。
時代は、違うが、女の心は、同じもの。
紫の上が、明石の君を、どのように、思い、受け入れるのか。

そして、明石の子、姫を、どのように、受け入れるのか。

思いままならぬ、人生の諸相が、物語には、ある。
そして、人の心の、機微である。
それも、また、もののあはれ、の、風景となる。





posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。