2009年12月29日

もののあわれ 459

さる所に、はかばかしき人しも、あり難からむを思して、故院に侍ひし、宣旨の女、宮内卿の宰相にてなくなりにし人の、子なりしを、母などもうせて、かすかなる世に経けるが、「はかなきさきにて子産みたり」と、聞し召しつけたるを、知る便ありて、事のついでに、まねび聞えける人、召して、さるべきさまに、宣ひ契る。まだ若く、なに心もなき人にて、明け暮れ、人知れぬあばらやにながむる心細さなれば、深うも思ひたどらず、この御あたりの事を、ひとへにめでたう思ひ聞えて、「参るべきよし」申させたり。




あのような所、明石には、よい者など、得難いであろうと、心配され、故院に、仕えていた、宣旨の娘は、宮内卿の宰相で亡くなった人の娘だが、母なども、亡くなり、不自由な暮らしをしていた、女を。
結婚は、失敗で、子を産んだと、聞いていたので、知る、縁があり、何かのついでに、それを教えてくれた者を呼び、乳母になるように、契約する。
女は、まだ若く、特に考えることもなく、毎日を、あばらやで、暮らす心細さだという。
深く考えず、源氏のことを、結構なことと、思い、お勤めする、返事を申し入れた。




いとあはれに、かつは思して、出だしたて給ふ。もののついでに、いみじう忍びまぎれて、おはしまいりたり。さは聞えながら、「いかにせまし」と、思ひ乱れけるを、いとかたじけなきに、よろづ思ひなぐさめて、女「ただ、宣はせむままに」と、聞ゆ。よろしき日なりければ、いそがし立て給ひて、源氏「あやしう、思ひやりなきやうなれど、思ふさま、異なる事にてなむ。自らも覚えぬ住まひに結ぼほれたりし例を、思ひよそへて、しばし念じ給へ」など、事のありやう、詳しう語らひ給ふ。




いとあはれに、大変可愛そうだと、思いつつ、出発させる。
外出のついでに、誰にも知られず、密かに、お立ち寄りあそばす。
女は、返事は、したものの、いざとなると、思い迷うのだが、恐れ多さに、心も安らぎ、ただ、お言葉どおりにと、申し上げる。
よい日だったので、急ぎ出発させ、源氏は、けしからん話だ、同情のないことだと、思うだろうが、特別の考えがあってのこと。わたし自身が、思いもかけない、場所で、苦労した。あれを異なこととして、しばらく、辛抱してください、などと、事の次第を詳しく、お話になる。




上の宮仕へ時々せしかば、見給ふ折もありしを、いたうおとろへにけり。家の様も、言ひ知らず、荒れ惑ひて、さすがに、おほきなる所の、木立など、うとましげに、「いかで過ぐしつらむ」と見ゆ。




主上の、宮仕えも、時々したので、その姿をご覧になるが、すっかり、やつれきっている。家の様子も、話にならないほど、荒れていて、それでも、邸は、大きい。植木など、うっそうとして、今まで、どのように、暮らしていたのかと、思われる。

宮内卿の宰相の家である。




人の様、若ゆかにをかしければ、御覧じ放たれず、とかく、戯れ給ひて、源氏「取りかへしつべき心地こそすれ。いかに」と、宣ふにつけても、「げに、同じうは御身近うも仕うまつりなれば、憂き身も慰みなまし」と、見奉る。

源氏
かねてより 隔てぬ中と ならはねど 別れは惜しき ものにぞありける

慕ひやせまし」と宣へば、うち笑ひて、

宣旨の女
うちつけの 別れを惜しむ かごとにて 思はむ方に 慕ひやはせぬ

慣れて聞ゆるを「いたし」と、思す。




姿、様子が、若いやいで、美しいので、目を離すことが、できない。
何や、冗談をされて、

源氏
やるのは、止めて、こちらに置きたい気がする。どうだろう。
と、仰る。
それならば、同じこと、いつもお傍にお仕えできたら、我が身の不幸も、やわらぐだろうと、思い、拝する。

源氏
前々から、親しい間柄ではないが、別れは、惜しいもの。

追いかけてゆこうか、と、仰ると、微笑んで、


お会いしたばかりの、私、お別れするのが、惜しいと仰るのは、かこつけで、恋しい方の、所にお行きになるでしょう。

物慣れて、答える様を、見事と、思う。



結構な、問答である。
大人の男女の、風情を知る者同士である。

うちつけの 別れを惜しむ かごとにて 
別れを惜しむという、言葉に、かこつけても、結局は、恋しい人のところへ、行かれるのでしょう・・・

少しの、媚がある。

見事な、恋遊びである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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