2009年12月28日

もののあわれ 458

大殿腹の若君、人より殊にうつくしうて、内、東宮の殿上し給ふ。故姫君のうせ給ひにし嘆きを、宮大臣またさらにあらためて思し嘆く。されどおはせぬ名残なきまで栄え給ふ。なほ昔に御心ばへ変わらず、をりふしごとに渡り給ひなどしつつ、若君の御乳母達、さらぬ人々も、年頃の程まかで散らざりけるは、皆さるべき事に触れつつ、よすがつけむ事を思しおきつるに、幸ひ人多くなりぬべし。



太政大臣の姫が、お生みになった、若君は、誰に比べても、美しい。源氏の妻である、葵の上が、産んだ、夕霧のことである。
御所や、東宮御所の、童殿上をなさる。これは、良家の子息が、清涼殿殿上の間に出入りして、見習いをすることである。
姫君が、亡くなっての嘆き、悲しみを、母宮、大臣も、新たにされる。
だが、この源氏の大臣によって、何もかも、変わったのである。何年も、不遇でいらした跡形もないほどの、栄えようである。
源氏の、左大臣家への、御心づかいは、今も昔と変わらない。事あるごとに、邸へお渡りになり、若君についている、乳母たちや、その他の人々も、この年頃、暇を取らずに奉公していた者は、いずれも、機会あるごとに、後々まで、目をかけてやろうとする、お気持ちゆえ、幸せな者が、多くなった。






二条の院にも、同じごと待ち聞えける人を、あはれなるものに思して、「年頃の、胸あくばかり」と思せば、中将、中務やうの人々には、程々につけつつ、情を見え給ふに御暇なくて、ほかにありきもし給はず。二条の院の、東なる宮、院の御処分なりしを、二なく、改め作らせ給ふ。源氏「花散里などやうの、心苦しき人々住ませむ」など思しあてて、つくろはせ給ふ。




二条の院のほうでも、同じように、帰京を、お待ちしていた人々を、あはれなるものに思い、つまり、温情厚く思い、何年も、塞ぎこんでいた気持ちを、晴れるようにしてあげようと、中将、中務、なかつかさ、のような人々には、身分に応じて、情けをかけてやるため、暇がなくて、外の婦人を、訪うこともない。
二条の院の、東にある、御殿は、故院の遺産であるが、またとないほど、立派に、改築されて、花散里のような、気の毒な人々を、住まわせようと、計画して、手入れをするのである。




このような、源氏の、行為は、あはれなる、行為なのである。
一度、縁をした者に、対する、やさしさ、それも、あはれ、なることなのである。




まことや、かの明石に、心苦しげなりし事は、「いかに」と、思し忘るる時なければ、おほやけわたくし、忙しきまぎれに、え思すままにも訪ひ給はざりけるを、三月ついたちの程、「この頃や」と、思しやるに、人知れず、あはれにて、御使ありけり。とく帰りまいりて、使「十六日になむ、女にて、たひらかにものし給ふ」と、告げ聞ゆ。めづらしきさまにてさへあなるを思に、おろかならず。「などて、京にむかへて、かかることをも、せさせざりけむ」と、口惜しう、思さる。




そういえば、あの、明石で、心苦しく思った、あの事は、どうなったのか、と、忘れる時はない。公私共に、忙しいのに、紛れて、思い通りに、尋ねることが出来なかったが、三月、やよい、の初め頃に、この頃かと、思い出すと、誰にも言わずに、気になり、お使いが、立った。
すぐに、戻り、使いは、十六日でした。女のお子様で、安産でございます、と、報告する。めづらしきさまにて、はじめての、女の子と思うと、堪らない、思いである。
何故、京に迎えて、お産をさせなかったのかと、残念に思うのである。




宿曜に、「御子三人、帝、后、必ず並びて、生まれ給ふべし。中の劣りは太政大臣にて、位を極むべし」と、かんがへ申したりし事、さしてかなふなめり。大方上なき位にのぼり、世を政りごち給ふべき事、さばかり賢かりしあまたの相人どもの、聞え集めたるを、当帝の、かく、位にかなひ給ひぬる事を、「思ひのごと、うれし」と、思す。




宿曜師が、御子は、三人であり、帝、后が、揃って生まれます。一番、低い方は、太政大臣となり、位を極めます。と、予言した事が、一つ一つ、的中するようである。
おおよそ、無上の位にのぼり、世の中を、治めるということは、多くの人相見たちが、申したことだが、そのことは、世間が、煩いので、心中、打ち消していた。
今上陛下が、このように、即位できたことも、思いが、叶い嬉しいと、思うのである。




自らは、もて離れ給へる筋は、「さらにあるまじき事」と、思す。あまたの御子たちの中にぐれてらうたきものに思したりしかど、ただ人に、思しおきてける御心を思ふに、宿世遠かりけり。内の、かくておはしますを、「あらはに人の知る事ならねど、相人の言むなしからず」と御心のうちに、思しけり。今行く末のあらましごとを思すに、「住吉の神のしるべ、まことに、かの人も、世になべてならぬ宿世にて、ひがひがしき親も、及びなき心をつかふにやありけむ。さるにては、かしこき筋にもなるべき人の、あやしき世界にて生れたらむはいとほしう、かたじけなくもあるべきかな。この程過ぐして迎へてむ」と、思して、東の院、いそぎ造らべきよし、もよほし仰せ給ふ。




君自身は、あり得ない話は、問題にしない。
大勢の、皇子たちの中でも、自分を一番、可愛がってくださったが、それでも、臣下にと、決断された、父帝の、お心を思い、帝位には、遠い運命だった。
主上が、こうして、位に、あらせられることの、真相は、誰も知ることのないことであるが、人相見の予言は、嘘ではなかった。と、思う。
今は、将来の、予想をすると、住吉の神の導きであろう。明石の人も、世にまたとない、運命であり、
ひねくれ者の、父親も、分外の望みを持ったのであろうか。それにしても、恐れ多い、后の位にも、就くべき人が、変な田舎で、生まれたとは、可愛そうであり、勿体なくとも、思われる。しばらく、日にちを置いて、迎えようと、思われる。
東の院を、急ぎ、修理せよと、ご催促、命令される。

宿曜師とは、二十八に、生まれた日を、区分けて、人の運命を占うもので、人相なども、それに、取り入れている。

現在では、宿曜星占とも、言われる。

帝に就いたのは、先帝の御子となっているが、実際は、源氏の子である。
この、罪の意識を、源氏は、一生負うのである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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