2009年12月26日

もののあわれ 456

澪標 みをつくし

源氏二十八歳、十月から、二十九歳、十一月まで

さやかに見え給ひし夢の後は、院の御事を心にかけ聞え給ひて、「いかで、かの沈み給ふらむ罪救ひ奉る事をせむ」と、思し嘆きけるを、かく帰り給ひては、その御いそぎし給ふ。
神無月に御八講し給ふ。世の人靡き仕うまつる事、昔のやうなり。

さやかに、お見えになった、夢から後は、亡き上皇様の、御ことを、思い続けていらして、なんとかして、父君が、苦しんでおられるという、罪障を、お救いいたす、追善を行いたいと、心に嘆くが、こうして、帰京されたこととても、早速、その準備をつれる。
十月に、御八講をなさる。誰彼と、進んで、お役に立とうとするのは、昔と、同じである。

八講とは、法華経八巻を講ずる法要のこと。




大后、なほ御悩み重くおはしますうちにも、「つひに、この人をえ消だなりなむ事」と、心やみ思しけれど、帝は、院の御遺言を思ひ聞え給ひ、ものの報いありぬべく思しけるを、なほし立て給ひて、御心地すずしくなむ思しける。



大后は、今も、重態の病気の中にありながら、結局、この人を、抑えることができなかったと、心よからずに思うのだ。だが、帝の方は、院の遺言に、背いた事を、案じて、報いが、必ずあるにちがいないと、思っていたところ、源氏を、召還されて、晴れ晴れとしていらした。

なほし立て給ひて
元の地位に戻すこと。



時々おこり悩ませ給ひし御目も、さはやぎ給ひぬれど、大方世にえ永くあるまじう、心ぼそき事、とのみ、久しからぬ事を思しつつ、常に召しありて源氏の君は参り給ふ。世の中の事なども隔てなく宣はせつつ、御本意のやうなれば、大方の世の人も、あいなくうれしきことに、喜び聞えける。




そのせいか、時々、痛んでいた、御目も、全快されたが、今後も永くは無いと、一途に、心細く思われて、それゆえ、始終、源氏を召すので、君は、参内される。
政治のことも、隠すことなく、仰せられて、望みが叶ったゆえに、世間の人たちも、嬉しいことと、喜び合っていた。




おり居なむの御心づかひ近くなりぬるにも、内侍のかみ、心ぼそげに世を思ひ給へる、いとあはれにおぼされけり。主上「おとどうせたまひ、大宮もたのもしげなくのみあつい給へるに、わが世残りすすくなき心地するになむ、いといとほしう、なごりなき様にてとまり給はむとすらむ。昔より人には思ひおとし給へれど、みづからの心ざしの又なきならひに、ただ御事ありて見給ふとも、おろかならぬ心ざしはしも、なずらはざらむ、と思ふさへこそ、心苦しけれ」とて、うち泣き給ふ。女君、顔はいとあかくにほひて、こぼるばかりの御愛嬌にて、涙もこぼれぬるを、よろづの罪忘れて、あはれにらうたしと御覧ぜらる。





ご譲位の、予定が近くなった。すると、ないしのかみが、見た目にも、心細げに、身の上を、嘆くのを、たいそう、可愛そうに思われた。
主上は、太政大臣が、お亡くなりになり、大后も、ご病気で、弱くなり、その上、私の命も、残り少ないような、気がする。可愛そうに、今とは、まるで違った、生活を一人、続けられることでしょう。前々から、軽く見ていらっしゃったけれども、私の気持ちは、一筋だったのが、癖になり、ただ、あなただけが、愛しく思われるのです。私以上の方と、改めて、望み通り、ご結婚されるとしても、この私の深い思いは、比べるものになるまいと思う。その思うのも、ままならない気がする。と、涙を流すのである。
女君は、顔が赤く染まり、こぼれるばかりの、可愛らしさで、涙も流れ、一切の、過失を忘れ、本当に、愛しいと、御覧になる。

いとあはれにおぼされけり
相手の、心の状態を、推し量り、それを、共感しての、あはれ、である。

昔より人に
源氏のことである。
自分より、源氏を好んでいたという、暗示。

あはれに覚えける
その、状況を思い、同情するのである。

あはれにらうたしと
深く、可愛らしいと、思うのである。
心が、極まる状態さえも、あはれ、という言葉で、表現する。





主上「などか御子をだに持給へるまじき、口惜しうもあるかな。契り深き人の為には、今見いで給ひてむと思ふも口惜しや。限りあれば、ただうどにてぞ見給はむかし」など、行末の事をさへ宣はるに、いと恥づかしうも悲しうも覚え給ふ。御容貌などまめかしう清らにて、限りなき御志の年月に添ふやうにもてなさせ給ふに、めでたき人なれどさしも思ひ給へらざりし気色ばへなど、もの思ひ知られ給ふままに、「などて我が心の若くいはけなきに任せて、さる騒ぎをさへ引きいでて、わが名をばさらにも言はず人の御為さへ」など思しいづるに、いと憂き御身なり。




主上は、どうして、皇子だけでも、産んでくださらなかっのか。残念なことです。縁の深い、あちらのためなら、すぐにでも、産むだろうと思うと、悔しいこと。しかし、身分が身分ですから、家臣として、お育てになる。などと、将来のことまでも、おっしゃるのであり、顔が上げられなく、恥ずかしく、悲しくも、思う。
主上は、お顔や、お姿も、美しく、綺麗でもあり、限りない、愛情を年月と共に、深くなる。源氏は、立派な方だが、それほど、愛して、くれなかった、そぶり、心向けなど、物事が、解ってくるにつけ、分別がつかず、子供のように任せて、あのような事件まで、起こして、自分の評判は、勿論、あちらにまでも、迷惑をかけた、などと、昔を、思い出すと、まことに、辛いのである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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