2009年12月24日

もののあわれ 454

召しありて、内裏に参り給ふ。御前に侍ひ給ふに、ねびまさりて、人々「いかでさるものむつかしき住まひに年経給ひつらむ」と見奉る。女房などの、院の御時より侍ひて、老いしらへるどもは、悲しくて、今更に泣き騒ぎめで聞ゆ。上も恥づかしうさへ思し召されて、御装ひなど、ことに引きつくろひて出でおはします。御心地例ならで、日頃経させ給ひければ、いたうおとろへさせ給へるを、昨日今日ぞすこしよろしう思されける。御物語しめやかにありて、夜に入りぬ。十五夜の月おもしろう静かなるに、昔のことかきくづし思し出でられて、しほたれさせ給ふ。もの心細く思さるるなるべし。主上「遊びなどもせず、昔聞きし物の音なども聞かで、久しうなりにけるかな」と宣はするに、

源氏
わたつ海に しなえうらぶれ ひるのこの 足たたざりし 年は経にけり

と聞え給へば、いとあはれに心はづかしう思されて、

主上
宮ばしら めぐりあひける 時しあれば 別れし春の うらみ残すな

いとなまめかしき御有様なり。





お召しがあり、御所に、参上する。
御前に、畏まる様は、いよいよ、ご立派である。
人々は、どのように、辺鄙な田舎で、過ごされたのだろうと、拝する。
女房などの中には、故院の御世から、お仕えしている、老いぼれている者などは、胸が一杯になり、泣き騒いで、感嘆している。
主上も、顔を合わせられないほどの、お気持ちで、御装束も、ことさらつくろって、お出でになる。
この間中、ご病気気味で、酷く衰弱していられたのだが、昨日、今日あたりは、少しよくなった感じである。
十五夜の月、美しく、物静かで、昔の事を、ぽつりぽつりと、思い出されて、お泣きになる。心細く感じられたのであろう。
主上は、管弦の遊びなどもせず、昔聞いた楽の音なども、聴かず、久しゅうなったことですと、仰せになる。
源氏
海辺に流浪して、侘しい思いをしていました。あの、蛭の子が、足が立たぬという年月、三年を、過ごしました。

と、申し上げると、お心が動き、座に耐えられない気持ちで、

主上
イザナギ、イザナミの二神が、宮柱を巡り、行き逢われたように、再会のときがきたので、別れた春の恨みは、忘れてほしい。

とても、優美な主上である。

主上とは、帝である。
源氏の義理の兄である。


いとあはれに心はづかしう思されて
その場に、いたたまれないような、気持ちである。

いとなまめかしき
帝は、優美、優雅である。
平安貴族の、特徴は、この、なまめかしさ、であろう。
いかに、優美で、優雅であろうとしたことか。
しかし、それが、仇になる。
それが、過ぎれば、耽美に堕落する。
あまりに、下々とかけ離れた生活であり、私には、いただけない。




院の御為に、八講行はるべきこと、先づいそがせ給ふ。東宮を見奉り給ふに、こよなくおよずけさせ給ひて、めづらしう思しよろこびたるを、限りなくあはれと見奉り給ふ。御才もこよなくまさらせ給ひて、世をたもたせ給はむにはばかりあるまじく、賢く見えさせ給ふ。入道の宮にも、御心すこししづめて、御対面の程にも、あはれなる事どもあらむかし。




故院の、御追善のために、法華八講の催しを、何より先に、ご用意になる。
東宮に、お目通りになると、大変成長して、珍しく思し召して、喜びになるのを、感無量の気持ちで、拝する。
御学問も、この上なく、上達し、天下を治め遊ばすことに、何の、差しさわりも無いほどに、聡明に見えるのである。
入道の宮にも、お心を少し静めて、御対面の節に、心深いお話があるだろう。


めづらしう思しよろこびたるを、限りなくあはれと見奉り
あはれ、という、心象風景が、至る所に、広がる。
その、東宮の成長の様を見て、あはれ、と、思う心を、感無量と、訳す。心の、深く感じた様を、あはれ、と、言う。

あはれなる事どもあらむかし
切々とした、話しになるのである。それを、また、あはれ、という。




まことや、かの明石には、返る波につけて御文つかはす。ひき隠してこまやかに書き給ふめり。
源氏「浪のよるよるいかに、

嘆きつつ あかしのうらに 朝ぎりの たつやと人を おもひやるかな

かのそちの女の五節、あいなく人知れぬ物思ひさめぬる心地して、まくなぎつくらせてさし置かせけり。

五節
須磨の浦に 心をよせし 船人の やがて朽たせる 袖を見せばや

手などこよなくまさりにけりと、見おほせ給ひて、遣はす。

源氏
かへりては かごとやせまし 寄せたりし 名残に袖の ひがたかりしを

飽かずをかしと思しし名残なれば、おどろかされ給ひていとど思し出づれど、この頃はさやうの御ふるまひさらにつつみたまふめり。花散里などにも、ただ御消息などばかりにて、おぼつかなく、なかなかうらめしげなり。




さて、明石へは、お送りしてきた者達の帰るのに、言付けて、お手紙を遣わす。
人目を避けて、情け細やかに、お書きになる様子である。

源氏
浪の寄る夜、夜は、どのようにお過ごしでしょう。

嘆きつつ、明かして暮らす、あなたの吐息が、明石の浦に、朝霧となって、立ち上っているのではと、思われます。

そして、かのそちの五節は、つまらないことに、人知れず、好意を寄せていたのに、それも、消えうせてしまい、誰といわずに、手紙を、使いの者に、渡させる。

五節
須磨の浦で、あなたに、お便り申し上げた、船人が、そのまま、涙で、朽ちてしまった、袖を、お見せしたいと思います。

筆跡などは、大変上手になったと、誰からかと見てとり、お返事を、遣わせる。

源氏
お便りくださった、その後で、泣きぬれて、なかなか袖が乾きません。かえって、こちらから、愚痴を申し上げたい気持ちです。

いとしい思いを抱き別れた人なので、手紙を貰っては、ひとしお思い出すのだが、この頃は、そのような、行状は、慎んでおられる。
花散里などにも、ただ、手紙だけなので、心もとなく、帰京してからは、かえって、恨めしそうである。

嘆きつつ あかしのうらに 朝ぎりの たつやと人を おもひやるかな
この源氏の歌は、万葉調である。

嘆くあなたの吐息が、明石の浦に、朝霧となっているのではと、思われます。

女の五節とは、須磨で、歌を贈った、大弐の女である。

明石の段を、終わる。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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