2009年12月19日

もののあわれ 449

侍ふ人々、ほどほどにつけては喜び思ふ。京よりも御迎へに人々参り、心地よげなるを、あるじの入道涙にくれて、月も立ちぬ。程さへあはれなる空の気色に、「なぞや心づから今も昔もすずろなる事にて身をはふらかすらむ」とさまざまに思し乱れたるを、心知れる人々は、「あなにく、例の御癖ぞ」と見奉りむつかるめり。「月頃は、つゆ人に気色見せず、時々はひ紛れなどしたまへるつれなさを、この頃あやにくに、なかなかの、人の心づくしに」とつきじろう。少納言、しるべして聞え出でし初めの事などささめきあへるを、ただならず思へり。




家臣一同は、それぞれの、身分に応じて、喜んでいる。
京からも、お迎えの人々が、参り、愉快そうにしているが、家の主の入道は、涙にくれて、その月も、終わった。
季節は、秋である。
胸を締め付ける、空を仰いで、何故、自ら求めて、今も昔も、たわいない恋のために、我が身を捨てて、省みないのかと、あれこれと、思い、心が騒ぐのである。
事情を知る人々は、困ったお方だ、いつもの癖なのだと、むつかるめり、呆れている。
家臣は、一年近く、全然、素振りも、見せず、時々、人目を忍んで、お出かけになる、冷淡な、扱いであったが、この頃になり、あいにく、構わずに、置かれればいいのに、女の嘆きの種になろうと、互いに、頷きあう。
少納言は、自分が、娘への道を、噂し、手引きしたことの、初めのことを、囁きあうのを、聞いて、心穏やかではない。

程さへあはれなる空
季節も秋であり、空も、あはれ、を、誘う。

空模様も、あはれ、に、覚えるという。
程さへものあはれ、とは、言わない。
空が、もの、である。
空、あはれ、なのである。


もののあはれ
もの の あはれ
もの、とは、何か。
あはれ、とは、何か。

しばし、検証してみる。

もののあはれ、に、注目した、本居宣長も、それについては、明確にしていない。

日本国語大辞典から、あはれ、についてみる。
心に愛着を感じるさま。いとしく思うさま。また、親愛の気持ち。
しみじみとした風情あるさま。情趣の深いさま。嘆賞すべきさま。
しみじみと感慨深いさま。感無量のさま。
気の毒なさま。同情すべきさま。哀憐。また、思いやりのあるさま。思いやりの心。
もの悲しいさま。さびしいさま。また、悲しい気持ち。悲哀。
はかなく無常なさま。無常のことわり。
神仏などの、貴いさま。ありがたいさま。
殊勝なさま。感心なさま。

原文の、あはれ、を、訳すときに、これらを参照して、訳している。

しかし、上記は、多数の、あはれ、という言葉の、使われた、場面、場面による、言い換えである。

その場の、訳語を、並べただけでは、一つの、単語の意味記述としては、適切を欠くものとなる。

アハレのような心情表現を理解する一つの手立ては、いきなりそれを分解しようとせず、アハレがどんな言葉と対になって使われているかを見ることである。
源氏物語のもののあはれ 大野晋 編著

をかしうもあはれにもおぼゆるかな

あはれにもをかしうも聞え尽くしたまへど

さまざまにをかしくもあはれにもあるかなと

あはれ、と、をかし、が、対になっている。

をかし、とは、興味がある、面白い、美しい、変わっている、笑うべきだ、という、訳語になる。

アハレは平安女流文学では陽性ではない、むしろ悲しさを底に持つ感情を表すのではなかろうか。
源氏物語のもののあはれ より

あはれに悲しきことども書き集めたまへり
あはれに悲しき御事をさしおきて
あはれに悲しう思ひあへり
悲しうあはれに

あはれ、に、近い意味の言葉として、悲しい、という言葉がある。

悲しいとは、源氏物語では、八割が、別離に対して、使われる。
それ以外の、二割は、生きている人間に対する、愛情を表す。

わがかなしと思ふむすめを
うつくしくかなしと思ひきこえたまへり

愛しい、とも、書く事が出来る。

悲哀と、愛着の、かなしい、は、基底が同じといえる。

悲し、を、あはれなり、と、見ると、対象が、全く相違している。

秋になりゆけば、空のけしきもあはれなるを
かやうなるけはひは、ただ昔の心地して、いみじうあはれなり
寺のさまもいとあはれなり

あはれ、の、対象が、実に、広いのである。
目に見える気色、雰囲気、建物のさま、相手の心遣いなども、あはれ、なのである。

その対象に、共感しているさまを、あはれ、と表現する。

悲し、は、無力の自覚があるが、あはれ、は、常に対象に、共感して、対象と、一体化するような、状況である。

この、共感能力こそ、あはれ、の、重要な働きであると、いえる。

現在でも、人の、不幸や、痛ましい出来事に、共感して、あはれ、だと、言う場合がある。

それでは、もの、とは、何か。
そして、もののあはれ、とは。
それについては、明石の段が、終わった後で、検証することにする。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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